第29話『結局は邪念』
翌日の放課後。
俺は溝呂木に返事をするために、昨日あいつに宣戦布告された場所まで一足早く来ていた。
正直、憂鬱だ。ほんと憂鬱だ。
なんで昨日の夜、あんな安請け合いしちゃったんだろう。冷静に思い直してみると、いいように使われてるだけじゃねえか。
「…り……ん……」
が、しかし……だがしかし! アレは卑怯だろ! マリアさん、中身はあんなんでも超絶美人なんだぞ!?
それをあんな……あんな青少年の純情を弄ぶような真似をして……!
「く……りゅ……ん」
大体なぁ、中執に入ったところでどうすりゃいいのさ!? 俺にうまいこと立ち回れなんて無茶振りにも程がある!
そんなことできたら転入早々孤立しねえよ! 俺だって何も考えずにモンスター殺しまくる方が得意だっつの!
「く、九頭龍くん?」
「あ゛あぁぁぁ畜生! やりゃあいいんだろ、やりゃあ!!」
「ぴゃああっ!?」
俺が地団駄を踏むと、下の方から珍妙な悲鳴が聞こえた。驚いて見下ろすと、そこには俺の10倍ぐらい驚いて涙目になっているハユルちゃんがいた。
驚きすぎて目の焦点が合ってない。ピクリとも動かないし。
「や、安浦さん!? なんでここに!?」
「……はっ!? く、九頭龍くんっ! あ、あの、その……」
「オーケー、まずは落ち着こう。深呼吸だ」
「はっ、はい! すーっ、はーっ」
今度は普通に深呼吸できたのね。感心感心。
じゃねえ、なんでこんな所にハユルちゃんがいるんだ。俺、ちゃんと1人で来たつもりだったんだけど……。
「はーっ、はーっ、は……っ、……っ!」
「吐きすぎ吐きすぎ! やっぱ深呼吸できてねえな!?」
「げほっ、す、すみません、お見苦しいところを」
「それはいいんだけどさ。もしかして尾けてきたの?」
「いっ、いいいいいっ、いいえ? たまたま通りがかっただけでっ、です、よ?」
尾けてきちゃったんだな。
なんか尾けられるようなことしたっけ? いや、特にないなくてもハユルちゃんは尾行しかねないな。
ハユルちゃんなら、話しかけるタイミングを失ってそのまま追いかけてたら尾行状態に……とかありそう。
「で、どうしたの? 俺に用があるんじゃないの? さっき俺のこと呼んでたみたいだけど」
「や、だから用があって尾行してたわけでは……」
「尾行はしてたんだ?」
「うっ……ご、ごめんなさい。尾行してましたし用もありました」
素直でよろしい。
気まずそうな様子で、うさ耳をぺたんと寝かせているハユルちゃんに用とやらの内容を尋ねる。
するとハユルちゃんは、
「その……今日の九頭龍くん、ちょっと怖い顔してたので。何かあったのかなぁって心配になって……」
「怖い顔? そんなんしてた?」
「みんなは気付いてなかったみたいでしかけど……また前みたいな作り笑いになってました。今もです」
ぐ……この子どんだけ観察眼いいんだよ。そうだよ、無理やり作り笑いしながら考え事してたよ。
隠しても無駄そうなので、溝呂木のことを話してみた。もちろん脅しを食らってることは伏せたが。
「みっ、溝呂木くんって、あの溝呂木くんですか!? 学園ランク第10位の!?」
「うん。いきなり宣戦布告されたからどうしようかなぁ、と考えてて」
「そ、それでどうするんですか?」
「受けるよ。自己紹介でカチコミ歓迎なんて口走ったのは俺だし」
いやぁ、あんなこと言ったのは失敗だった。まさか本当にカチコミに来るとは。
しかもなんであんなチャラい口調選んだんだろう。自分で言っといて何だけど黒歴史だから思い出したくねえ……。
「受けるんですか? やめといた方がいいと思うんですけど……危ないですし」
「大丈夫だって。俺が強いのは知ってるでしょ?」
「それはそうなんですが……溝呂木くんもかなり強いですよ? しかも、もし勝てたとしても溝呂木くんは何度でもリベンジしてきます。何が何でも勝負の場に引きずり出し、疲弊させ、勝つまで挑み続ける……それが溝呂木くんです」
「うわぁ、根性あるって言えば聞こえはいいけど普通に迷惑だ……」
田中は「九頭龍に興味ある奴は真正面から挑んでくる」と言っていた。溝呂木が脅しをかけてきた時は疑問に思ったが、なるほどそう来るか。
真正面から疲弊狙いで来るとは……厄介だ。このままアレにストーキングされるとか嫌すぎる。
「……そういやまだ視線も感じるんだよなぁ」
「視線?」
「あぁ、溝呂木とは別件で悩んでてね」
最初は溝呂木の手下かと思ってたが、こうやって宣戦布告した後もしつこく視線を感じるのには違和感がある。
ぶっちゃけ視線と溝呂木が無関係なことは勘でしか無いのだが、俺の勘ってのは結構当たる。視線のこともハユルちゃんに打ち明けてみると、
「わかりました。溝呂木くんのことは、九頭龍くんが戦うと決めたなら止めません。でもストーカーのことならお力になりますよ。私がストーカーの正体を調べます」
「え、いいよ別に。安浦さんにそんな手間かけさせるわけにも……」
「お気になさらず! 私こういうの得意なので!」
得意ってどっちのこと? ストーカーの正体調べる方? それともストーカーする方?
……なんて口が裂けても言えないので、素直にハユルちゃんに甘えることにした。
「じゃあお願いしようかな。割とストレスになってたから」
「わかりました、お任せください!」
普段オドオドしているハユルちゃんが胸を張っているのを見ると、微笑ましくもあり若干怖くもある。
この子、張り切りすぎてあらぬ方向に突っ走ったりしないだろうか……。
と、そんな会話をしているところに、
「……なンだよ、もういたのかよ」
噂をすれば、だ。
依然として口元に嫌な笑みを浮かべながら、溝呂木がやって来た。溝呂木はハユルちゃんには一瞥もくれず、
「で、どうすンだ? ……まァ、返答なんざ決まってっけどなァ」
「あぁ、決まってる。受けてやるよ、その挑戦」
「へへッ、そう来ねェとなァ……! 最近骨のある奴がいなくてナマりそうだったとこだ。久々に楽しめそうだぜェ。……明日の放課後、大体育館だ。すっぽかすんじゃねェぞ」
それだけ言って、今来たばかりの溝呂木はくるりと背を向けた。本当に俺の返事を聞きに来ただけらしい。
無駄な挑発とかをしてこなかったのは意外だ。本当はそのまま帰ってほしいところだったが、俺は溝呂木を呼び止めた。
「なぁ、溝呂木。お前もしかして俺に監視とか付けてる?」
「……ハッ、ンなこしなくてもオレぁ勝つぜ。それとも負けた時の言い訳でも作ってンのかァ?」
「いや? 監視なんか物ともせず勝ったってエピソードがあった方がかっけえじゃん?」
「……上等ォ。明日が楽しみだ」
なんか柄にもなく挑発してしまった。
ま、決闘以外で手を出してくることも無さそうだし大丈夫か。あの脅しは本当にただの脅しだったみたいだし。
「あ、あの……九頭龍くん!」
「何?」
「そっ、その……負けないでください! 応援しに行きますから!」
「……ありがとう。絶対勝つよ」
ハユルちゃんの笑顔のためにも。
ジョージの仇討ちのためにも。
監察官の任務のためにも。
俺のプライドのためにも――
あとマリアさんのご褒美のためにも。




