第26話『溢れ出るかませ臭』
その日の授業が終わり、俺は早々に寮の自室へと向かうことにした。ここのところ毎日コレだ。
何をしているのかというと、生徒のデータの更新。
俺が孤立しなくなってからは色々な生徒と関わることが増えた。そのため、性格のデータは毎日更新しないととても間に合わないのだ。
もはや日課となったデータ更新だが、この作業は嫌いじゃない。むしろ、これだけの優秀な生徒に関われたことが実感できて楽しいのだ。
そんな感じで俺はちょっと浮かれていた。言い方を変えれば、油断しきっていた。
「今日は……山中に、小泉さんに、あとは池原くんも更新しないとな。あ、里田もか。いやぁ、友達が多いっていいことだ――」
と、鼻歌交じりで寮までの道を歩いている途中。
俺の道を塞ぐように、1人の男子生徒が立っていた。そんなデカイ図体でそんなとこにいたら邪魔だなぁ、と思いながら男子生徒を避ける。
そうして俺が去っていこうとした時。
「待て」
と、道を塞いでいた男子生徒に呼び止められた。
筋骨隆々のデカイ図体に、眉間の寄ったおっさんみたいな顔、そして鉛のように低く響く声。
ジョージの上位互換みたいな奴だ。何となく嫌な予感がしたが、無視せずに応えることにする。
「な、何スか?」
「てめェ……九頭龍巳禄だなァ?」
「はぁ、まぁ。俺に何か用スか?」
その青年は俺のことをジロリと一瞥したかと思うと、今度は嘲笑うかのように鼻を鳴らしてから、
「ンだよ、聞いてたよりも全ッ然ザコっぽいじゃねェか。ほとんど覇気を感じねェ」
「い、いきなりすっげえ偉そうっスね……馬鹿にしに来ただけなら行かせてほしいんスけど。これから用事あるんで」
そう眉を潜める俺に対して、さらにその青年は唇を歪ませながら、
「そう怒ンなって。ザコっぽいだけでザコとは言ってねェだろォよ。タダのザコなら、こうしてオレが会いに来ることもねェンだからよ」
「それ褒めてるんスか……? 何が言いたいかよくわかんねえんスけど」
こんな面倒なのに絡まれるのは御免だ。せっかく浮かれてた気分も台無しだし。どうせ絡まれるなら女の子がよかった。
そうやってウンザリする俺に、ようやく青年は用件を話し始めた。
「ケンカだ」
「……はい?」
「てめェに対戦を申し込みに来たンだよ。ウワサの転入生がどんなモンなのか、きっちり潰して試してやろうじゃねェかよ」
うわぁ……なにこの人、めっちゃ物騒。
そんな「デュエルしようぜ!」みたいなノリでケンカふっかけられましても。やっぱりここ不良学園だったの?
「いきなりそう言われても困るっつーか……そもそもアンタ誰だよ」
「……はァ?」
普通の質問しただけなのに「正気かコイツ」みたいなリアクションをされた。
え? 何、なんか変なこと言った? と首を傾げる俺に対し、青年は数秒固まってから大爆笑した。何この人怖っ。
「ガッハッハッハッ! 知らねェのか、オレのことも知らねェのか! っとに、ウワサの転入生とやらはつくづく腑抜けてやがる! フツーは学園のトップぐれェ調べとくだろォよ! こういう腑抜け見てると、ますます潰したくなってくる!」
「え、トップ? ……うげっ、もしかして」
「今更気付いたってもう遅ェぞ! てめェはいっぺん叩ッ潰して、骨の髄まで渋谷第三の弱肉強食ってヤツを叩き込んでやるよ!」
青年は鋼のような拳を打ち合わせ、
「このオレが――学園ランク第10位・溝呂木大和サマがよォ!」
で、出た〜! まだ見ぬエリートヤクザ集団の一員!
話には聞いてたぞ。確か10位って去年ジョージをボコボコにしたとかいう奴か。
うっわぁ……戦いたくねえ。というより関わりたくねえ。コイツ完全にジャイ○ンじゃん。
つーかコイツ、ネクタイの色からして同級生じゃねえか。普通に敬語使ってたわ。やめだやめ。
「俺に戦うメリットないからパス。やるならほかの奴とやってくれ」
「あ? 逃げんのかァ?」
「それでいいよ。何なら降参でもいい。参りました、俺の負けです。そっちの方が強いです。……ってことで」
適当にあしらい、俺はくるり背を向けて数歩歩き出す……が、突然目の前に現れた土壁によって阻まれる。
学園内は指定区域以外は攻撃魔法禁止なんだが。中執はその辺も融通利くのか。めんどくせえ。
「てめェ舐めてンのか? そんなんで俺が納得するワケねェだろォが。オレぁ一度ケンカ売った相手とは必ず戦ると決めてンだ。逃げられると思うなよ」
「いやぁ、だって結果見えてんだろ。俺なんかが第10位サマと戦ったところで結果は見えてるし。痛い目見たくないしな」
「トボけんな。てめェの実力がそんなモンじゃねェってのは知ってンだよ。ショッピングモールの事件だって、相当な手練れでもねェと解術弾で武装した集団にゃ勝てねェんだからなァ」
そこを突かれると痛い! あの時はアドレナリンがドバドバ出てたからってことで……あ、ダメだな。コイツどんな言い訳しても俺と戦うつもりだわ。目が戦闘狂のそれだもん。
「オレと戦え、九頭龍ゥ……。もし、てめェがどォしても首を縦に振らねェなら……オレにも考えがあるんだぜ?」
溝呂木はニヤニヤとした笑みを貼り付けながら、懐から写真を数枚取り出した。
そこに写っていたのは、ジョージ、羽多野、そしてハユルちゃんの3人だった。
「てめェのオトモダチは調査済みだ。てめェがオレと戦わねェんなら……後は言わなくてもわかンだろ?」
あぁ、なるほど。そういうことしちゃうか。
ただのパワータイプ戦闘狂かと思ってたが、意外と頭も回るらしい。しかも最悪の方向に。
さて、どうしようか。
放置してもいいんだけどな。中執って立場に胡座かいてるであろうコイツが、3人を不当に襲えばどうなるか。
よく知らないけど何らかの処分はあるだろう。バレなきゃいいのかもしれないが、残念ながらコイツが絡んできた瞬間に会話は録音してる。証拠としちゃ十分だ。
しかし万が一のこともある。
もし俺の知らないところで何か抜け道があったとしたら? もし処分覚悟で手を打ってきたら? もし俺が断ったことで、他の誰かに絡んだりしたら? その場合は成敗した方がいいのかな。
でも監察官としてはこれ以上目立ちたくない。好印象で目立つといっても、さすがにトップランカーに勝つのはやり過ぎだ。
かといってこのまま放置するのもなぁ……ほんと面倒くさいなぁ。仕方ない、ここは保留で。
「一晩、考えさせてくれ。明日の夕方には答えるから」
「ハッ、どォせ返答なんざきまってンのによォ……ま、いいぜ。せいぜい眠れない夜を過ごせや、青髪野郎」
溝呂木はそう言い残して立ち去っていった。俺もその場にいるのが何となく嫌になったので、足早に寮へと向かった。
予想外の宣戦布告でちょっとビビったが……まぁ、今夜の議題が1個増えただけだ。
パパッとどうするか決めて、ぐっすり眠れる夜を過ごすとしよう。




