第25話『茜色の髪、翡翠の瞳、薄水色の――』
そろそろ本当に視線にうんざりしてきた俺は、昼休みに屋上へ行くことにした。
あそこなら人もいないだろうし、視線から逃れるのには適している。仮に視線を感じたとしても、屋上の狭いスペースなら視線の正体を探すのにも苦労しないだろう。
階段を上り、屋上の扉を開く。
「……」
そっ閉じした。
俺1人だと思ってたが、先客がいたようだ。しかもその先客ってのが、今できるだけ俺が会いたくない人だった。
しかし逃げてばかりというのもどうかと思ったので、意を決して再び屋上の扉を開く。
そこには、メアリーがいた。
茜色のポニーテールを風に揺らし、どこか遠くの空を見つめながら、もそもそとサンドイッチを齧っている。
そのぽつんとした後ろ姿は寂しさや孤独よりも、むしろ孤高といった雰囲気を醸し出していた。
さて、決意したはいいものの、どうやって話しかけようか?
無駄にテンション高くすると面倒臭そうだし、かといって下手に出るのもなんか違う気がするし。
そのままどうしようか迷いながら突っ立っていると、
「……何してんの? 座ったら?」
と、メアリーが振り向きもせずに言った。
俺の存在がバレてたのと、いきなり話しかけられたのに驚いたのを「……はは」と乾いた笑いで誤魔化す。
それからメアリーの隣に移動して腰かけた。
「……」
「……」
「「…………」」
気まずい!
何この空間! 座れって言ったくせに無言!? 何を話せばいいのか全くわかんねえよ!
おこなの!? 違うよね!? 俺なんもしてないよね!
「……あんたも大変だよね」
「へ?」
「何かしたわけでもないのに腫れ物扱いされてさ。おまけにテロリストなんかに襲われて」
「は、はぁ……まぁ、その辺はしゃーないかな。怒ってどうにかなるわけでもあるまいし……」
「……そ」
なんか同情してくれた。
メアリーも周りから腫れ物扱いされてるし、シンパシーを感じているのかもしれない。
俺は脱ぼっちしたけどな!
「そ、そっちこそ色々と大変そうだね? 中執とか忙しそうだし」
「ん、すごい面倒。メガネが暑苦しかったり、ネズミ女が絡んできたり、発明馬鹿が面倒事起こしたり……たかが転入生1人に大騒ぎしたり」
「その節はご迷惑を……」
「別に。もう諦めてるから」
それフォローになってないんだけどなぁ……。
それにしても、意外とメアリーって喋るんだな。いつも無言だし、そもそも授業サボってることも少なくないし、いても寝てるし。
そして、こうして実際に話してみてわかった。メアリーは俺に監視なんかつけてない。
田中は可能性の話をしただけであって、メアリーはやはりそういうことをするタイプじゃない。そして、そもそも俺に興味が無い。
「メア……サンプソン、さん?」
「メアリーでいい」
「あ、うん。じゃあメアリーはどうして留学なんかしたの? こっちに来てまで学びたいことがあるようには見えな……あ、いや、悪口じゃなくてね!? ただ、あんまりそういうの積極的にやるタイプに見えないといいますか……!」
「家庭の事情」
「あ、そう……」
予想通りかつあんまり踏み込めない回答が来たので、俺は押し黙った。そして再び沈黙。
最初は気まずかったが、もう慣れた。最初は「怒ってるのか?」と思ったが、どうやらそういうわけではないらしい。その後も少し話しては沈黙、というのが何回か続いた。
「そういや、さっきからずっとあっち見てるけど……なんかあるの?」
「ツバメ。雛にご飯あげてる」
目を凝らしてみる。全然そんなの見えない。
けど、メアリーの視線の先には確かに巣があるらしかった。数秒後、ツバメが飛ぶのが見えた。メアリーは目がいいらしい。
「……ツバメはいいよね。空飛べてさ」
メアリーはしみじみとそんなことを言った。その時、一瞬だけメアリーから感じていた「孤高」が「孤独」に揺れた気がした。
その言葉がひどく意味深長なものに思えて、さっきの「家庭の事情」とやらに関係あるのかと勘ぐってしまいそうになり……首を振って考えるのをやめた。
首を突っ込むべきじゃない。監察官は首を突っ込む仕事だから突っ込むべきなんだろうけど、そのタイミングは今じゃないように感じられた。
それから何を言うべきか迷って、
「俺らだって飛べるじゃん?」
「重力魔法で?」
「いや、飛行機とかヘリコプターとか。科学の力舐めちゃいかんよ。魔法界にだって飛行艇はあるじゃん?」
「そんなの飛竜とかに撃墜されるだけでしょ」
「そこは、ほら。障壁魔法とかあるじゃん」
「科学の力はどこいったの」
「そこは使い分けだよ。科学と魔法の相乗効果で云々っていう……シナジーってやつ? 知らないけど」
「何それ……適当じゃん」
「適当でいいじゃん。俺こんな奴だし」
こういう時は何も考えずに話すに限る。ウジウジ考えながら言葉を選んで作り笑いをしたところで、すぐ見透かされてしまう。それはハユルちゃんで学んだ。
だったら気楽に行けばいいじゃない。人生長いんだもの。そんなノリが俺には合ってる。
「……そういえば、さ」
「ん? どしたの?」
「お昼、食べないの?」
「あ、あー……教室に忘れてきた」
何も考えないってのも考えものだ。
「……食べる?」
メアリーが焼きそばパンを1つ渡してきた。
ずいっ、という風に半ば押し付けられているので、素直に厚意に甘えることにした。
「その優しさがストレス溜まった心にジーンと来る……愛してるよ!」
「死ね」
メアリーは辛辣だった。照れ隠しでもなく普通に。
何も考えないってのも考えものだ。
世の中そんなに気楽じゃないことを噛みしめつつ、貰った焼きそばパンを齧る。愛に溢れた味がした。コンビニのだけど。
「愛ってなんだろう……」
「……どうせ今何も考えてないんでしょ?」
「あ、バレた? もしかして読心魔法使った? さすが魔法界人、日常生活に魔法が生きてる」
「適当なこと言ってると帰るけど」
「あれ、それわざわざ俺に言うんだ。無言で帰ればいいのに……あ、もしかして俺のこと気になっ――」
「死ね」
辛辣、二度目。
何も考えないってのも――そろそろ脊髄反射で話すのやめよう。
俺はぼーっとしていた頭を揺り起こして、屋上から立ち去ろうとするメアリーの背中を目で追う。
「ねぇ、メアリー」
「……何? 適当なことだったらやめてくれる?」
「いやいや今度はそうじゃなくて。 メアリーはなんで――」
と、疑問を口にしかけた瞬間。一陣の風が吹いた。
やや強い風は、梅雨のどんよりとした空気を押し流して夏へと誘うような爽やかさで――そんな爽やかな風によって、1つの小さな幸せが運ばれた。
それは、ヒラリと舞う短めの布に隠されていた、この青空のようなパステルブルー。
「……メアリーって意外と可愛らしいパン――」
「死ね」
三度目の辛辣な物言いとセットで、ゴミを見るような冷たい視線。そこにさらに無詠唱の氷魔法が追加。
テニスボールほどの大きさの氷塊が俺の額にクリーンヒットすると同時に、メアリーはすたすたと歩いて行ってしまった。
「っ痛ぇ……脳天ブチ抜かれたかと思った」
つい先週、中身ごと吹っ飛ばされたけどね。
俺は再生するまでもない額をさすりながらぼやいた。しかし、それと一緒に手応えも感じていた。
「ま、ちょっとは仲良くなれたかな」
メアリーにはこれからも付きまとうつもりだ。それが仕事だからね。仕方ないね。
だが仕事というのを抜きにしても、彼女と話すのは気楽だった。何となく転入してから潜めていた素を出せたような。そんな気がしていた。




