第21話『後悔と勇気の記憶』
ハユルの過去回
ちょっと長いです
私の父さんは、外科医だった。
いつもニコニコしていて、優しくて、でもちょっと気が弱くて。母さんの尻に敷かれていたけど、私も母さんも父さんのことが大好きだった。
患者さんからの評判もよくて、父さんはたびたび患者さんと「友達」になっては、病院の中庭でおしゃべりしていたっけ。
父さんはうっかり屋で、忘れ物をすることが多かった。
特にお弁当を忘れることが多くて、そのたびに私が父さんの勤め先の白鐘病院まで届けに行っていた。
今思えば、父さんは私に会いたがってたから、わざと忘れていってたんだと思う。
父さんと、患者さんと、私と。中庭のベンチに座ってお昼を食べるのは、人と話すのが苦手な私にとってもささやかな楽しみだった。
ある時は、腰の悪いおじいさん。
ある時は、バイク事故で骨折したお兄さん。
ある時は、肺を悪くしたおばさん。
ある時は、幼い私と同じくらいの女の子。
色んな人とおしゃべりした。
みんなそれぞれ、色んな話をしてくれた。
みんな、父さんと喋っている時は笑顔だった。悩みを話していた患者さんも、話が終わるとすっかり笑顔になっていて。
父さんは患者さんの体の傷だけじゃなくて、心の傷も治していた。みんな父さんを慕っていた。
そんな優しい父さんは、私の誇りだった。
「ねぇ、お父さん」
「ん? どうしたんだい、ハユル?」
「どうしてお父さんは、そんなにいっぱいお友だちをつくれるの?」
「……ふむ」
私は小学生の時から友達と呼べる人がほぼおらず、それが悩みだった。
そんな私の問いに、しばし悩んでから父さんは答えた。
「勇気を持つこと、かな」
「?」
「友達を作る秘訣だよ。ハユルはお友達が欲しいんだろう?」
「う、うん」
「じゃあ、ハユルから話しかけてみたかい? お友達になってください、って」
「そ、それは……その、怖くて。もしお友だちになってくれなかったらどうしようって。お友だちになれても、嫌われちゃったらどうしようって。それが怖いの」
幼くして、すでに私のネガティブ思考は全開だった。
父さんは「ハユルもある意味大人だなぁ……」と苦笑して、
「でも、その気持ちもすごくわかるよ。父さんも昔はそんな風にばっかり考えてたから、高校生になっても友達がいなくてね。いっつも勉強ばっかりしていたよ」
「そうなの?」
「うん。友達と遊ぶ時間なんて作らずに、いっつも勉強しかしてなかったんだ。だから父さんはお医者さんになれた。それはそれで良かったと思うけど……最近、少し後悔してるんだ」
「後悔、してるの?」
「ちょっぴりね。父さんにいっぱい患者さんの友達ができて、その友達といっぱいお話をして……思ったんだ。みんな、すごく面白い人生を送ってきたんだなぁ、って」
「お父さんは、人生が面白くなかったの?」
「いや、そういうわけじゃ……あぁでも……うん、そうなのかな。父さんは勉強ばっかりしてたから、友達がいなかったんだ。だから、友達と遊ぶ楽しさを知らない。友達と笑う喜びを知らない。友達とケンカした時の怒りも知らない。仲直りできた時の安心感も知らない。患者さんのお話の中でしか、そんなものは知らないんだ」
その話は、当時8歳の私には難しい話だった。
でも、何となく父さんが寂しそうな表情をしていたのはわかった。いつも穏やかな父さんの笑顔が、少しだけ乾いて見えた瞬間だった。
「あぁ、ごめん。難しい話だったね。要するに、そんな体験ができるのは今だけってことさ。怖くて話しかけられないっていうなら、まずは話しかける勇気を持とう」
「でも、怖いものは怖いよ……」
「大丈夫さ。ハユルは優しくていい子だ。患者さんとあれだけ明るく話せるなら、きっとクラスのみんなとも友達になれるよ。それに、この耳も可愛らしいからね」
「ほんとかな……?」
「本当さ。もしダメだったら、また父さんと作戦会議しよう。ハユルのイメージ改善&友達ザクザク大作戦! 父さんでよければいっしょに考えるよ」
九頭龍くんに手を貸そうと思ったのは、多分この時の私と重ねていたからだと思う。
結論を言うと、私はこのあと友達がたくさんできた。私の勇気と、父さんのアドバイスのおかげだった。
だから私は、九頭龍くんにとっての「私の父さん」になりたかった。
「お父さん! わたし、いっぱいお友だちできたんだよ!」
「おお、それはよかった! 自分から話しかけたのかい?」
「うん! 怖かったけど、がんばった!」
「そうかそうか、よくやったぞ! これもハユルが勇気を出したからだ。これからもその勇気を忘れちゃダメだよ」
「はーい! あ、お父さん! また今度、お友だちといっしょに来てもいい?」
「父さんはいいよ、大歓迎だ!」
幼い日の、幼い約束。
忙しかった父さんを振り回してしまったけど、それでも私も父さんも、そんな日々が幸せだった。
しかし、その約束が果たされることはなかった。
その翌日の深夜。
父さんは、死んだ。
白鐘病院内に魔物が突如として発生し、医師や看護師、患者を皆殺しにしてしまったのだ。
普通、病院や警察署、騎士団本部など、人類にとって核となるような場所には特殊な結界が張られている。
複雑な術式でそれほど広範囲に張ることはできないが、その結界内では魔物が空間を破れなくなるという代物。
白鐘病院は街でも最大級の病院だったので、当然結界もしっかり張られていた。
それなのに、魔物が発生したのだ。しかし、それを知らされたのは私と母さんの2人だけだった。
メディアには、こう公表された――反魔法界過激派テロ組織によって、医療魔術師含む医師や患者が殺害された、と。
それは結界に対する安心感を損なわせないための虚構で、父さんの死を穢すものだった。
許せなかった。
失望した。
誰かが真実を公表しなければならないと思った。
それをできるのは、私しかいない。
この失望と、絶望と、怒りを知っている私しか。
幼い私は、そんな思いに支配されていた。
これが後の「白鐘の悲劇」の実態。
しかし、私の悲劇はこれでは終わらない。ここから先は、私の後悔の記憶。
そして、私が「勇気」に縛られることとなった本当のきっかけ。
父さんの葬式は、「白鐘の悲劇」から一週間も経ってから執り行われた。
「悲劇」でたくさん人が死んだから、葬儀場の空きが無かったそうだ。その期間で私は、悲しみよりも怒りを煮えたぎらせていた。
葬儀が終わって、親族や父さんの友達が挨拶している時。私は母さんとずっと一緒にいた。
そして、母さんが1人の青年と言葉を交わす。その青年は、「悲劇」の唯一の生き残りだった。
青年のことは記憶にこびりついているけど、その顔がどんなものだったかは思い出せない。
顔のほとんどが包帯に覆われていたから。ただ、血のように真っ赤な髪と、爛々と輝く金色の瞳をしていたのは覚えている。
青年は、感情の死滅した目で虚ろな表情をしていた。
声色も感情が消え失せた機械のような声。感情を出したくても出せない、そんな痛々しさがあった。
「俺が……俺だけは、あの人を救えたはずだった。なのに俺は……っ、本当に本当に、申し訳ありません」
「謝ることはないわ。頭を上げてちょうだい。■■くんも大変な思いをしたでしょう? せっかく生きてても、あなたがそんなんじゃ主人も悲しむわ」
「でも……」
「今はまだ立ち直れないと思う。私だってそうだし、ハユルだってそう。それでも、悲しみに囚われたままじゃ明日には進めない。そうでしょう?」
「……っ、そう、ですね……善処します」
その時の私は、青年の痛々しさと悲痛さに気付かなかった。気付かなかっただけならまだいい。
しかし私は、あろうことかその青年を罵倒したのだ。
「……え……ば……」
「ハユル?」
「お前が……お前がしっかりしてれば! お前が父さんを救えなかったなら、お前が父さんを殺したのと同じだ! お前が……お前さえ……っ!」
「ハユルっ!? ご、ごめんなさいっ、この子テレビの報道にずっとイライラしてて……あなただって辛いのに……っ、本当にごめんなさいっ! ほらハユルっ、あんたもちゃんと謝りなさい!」
「いやだ! こいつがお父さんを殺したんだ! しかもこいつも本当のことを知ってるのに、ずっと隠して……! 絶対に、絶対に許さないッ!!」
「ハユル!」
「……いえ、大丈夫です。事実、ですから。俺があの人を殺したようなものです。真実を隠して、あの人の死を穢しているのも、そうです。だから……本当に、申し訳御座いませんでした」
これが、私の一番の後悔。
なんであんな酷いことを言ってしまったんだろう。
あの人だって、父さんの友達だったのに。
辛いはずがないのに。
感情が死んでしまうほど、思い悩んだに違いないのに。
私はそれをメチャクチャにした。
この人に、謝りたい。
謝らせてくれるかはわからないけど、それでもまたこの青年と会って、正式に謝罪したい。
名前も年齢も知らないし、外見だっておぼろげだ。
母さんは青年について頑なに語ろうとしなかった。
だから、私の力で調べる。
記者になって真実を公表すると共に、人脈をフル活用してこの青年を探し出す。
正直に言うと、怖い。怖くて怖くて仕方がない。
私の発言でこの人がどれだけ傷ついたか?
私の謝罪を、怒りと共に一蹴されたら?
相手にすらしてもらえなかったら?
想像するのが怖い。
だから、勇気が欲しい。
あの時、友達作りのために話しかけた勇気と同じように。
あの時よりも、もっともっと強く確固たる勇気が欲しい。
そうして私は、人生を「勇気」に捧げることを決意した。




