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第20話『事件を終えて』

 外に出ると、すでに夕焼けで辺りがオレンジ色に染まっていた。

 今度こそ全てを終えた俺は、完全に武装を解除して「被害者の一般人」を装い、騒然としているショッピングモールの外の人混みに紛れる。

 人質となっていた人々は眠りから覚め、散り散りになっていた。その中で、不器用にも小学生ぐらいの少女を慰めようとしている女の子が1人。


「ええぇぇっと、どどどどうすればいいんだろう? いないいないばぁって歳でもなさそうだし……お、お菓子? そ、そんなの持ってないし……ってうわぁぁぁ泣かないで! な、なにか無いかな……えっと、えっと……」


「……何やってんの、安浦さん?」


「うわぁっ!? くくくくく九頭龍くんっ! ぇっ、ああっ、そのっ、わ、私、えっと……!」


「……とにかく落ち着こうか。ほら深呼吸」


「ひっ、ひーひーっふぅーっ」


「このやり取りどこかでやったよう気が……」


 ハユルちゃんは、わんわん泣いている小学生ぐらいの女の子と、突然の俺の登場の間でオロオロしていた。

 まずは子供をなんとかしよう。俺が女の子に持っいてたのど飴をあげると、女の子は割とアッサリ泣き止んだ。


 それからハユルちゃんと2人で親を探す。混乱の中で父親と離れ離れになってしまったようだった。

 幸い、すぐに父親は見つかった。90度の礼で感謝された時はちょっとビビったけど。

 そして90度の礼になぜか90度の礼で返すハユルちゃん。この子は本当に面白いな。


 親子が立ち去ると、俺とハユルちゃんの2人が残された。


「あの……さっきは本当にありがとうございました。私、九頭龍くんがいなかったらパニックになって……最悪、殺されてました」


「あの時は俺も必死だったしね。結局、ハユルちゃんに危ない目に遭わせてしまったみたいだけど……ごめん」


「な、なんで謝るんですか! 九頭龍くんが頑張ってくれたから、私も含めて人質みんな無傷で済んだんですよ! 感謝してもしきれません!」


 それは騎士としての職務を全うしただけにすぎない。

 むしろ、俺の詰めの甘さによってハユルちゃんに怖い思いをさせたことは大失態だった。


「……俺はやれることをやっただけだよ。多分、俺じゃなくても誰かがやってたことだ。このご時世じゃ、民間人が事件を解決することも少なくないしね」


「でも今回がんばったのは九頭龍くんなんです! 九頭龍くんにはみんなの感謝を受け止める権利……いや、義務があると思います!」


「そ、そうかな?」


「そうです! 九頭龍くんは今日のMVPなんですから!」


 そう言ってくれるなら、素直に感謝を受け取った方がいいのかもしれない。

 でもMVPは言い過ぎだ。だって、俺の目の前に本当のMVPがいるんだから。


「ハユルちゃんの方がお手柄だよ。何たって、今まで何もかもが不明だったマグダラ教会の行動理由を白日の下に晒したんだ。これで捜査も進むだろうし、ハユルちゃんのおかげで救われる命だってたくさんあるはずだよ」


「い、いえっ、私もあの時は必死で……だから、あの……」


「ハユルちゃんにも感謝を受け止める義務、あるんじゃない?」


「……うぅ、それはそうですが……はぅ」


 ハユルちゃんは自分のやったことの重要性がよくわかってないみたいだが、本当に凄いことだ。

 正直、ハユルちゃんの性格を考えれば、いつパニックになって人質になってもおかしくないと思っていた。

 しかしハユルちゃんは勇気を振り絞り、テロリストとの対話によって情報を引き出し、さらにセキュリティ復活までの時間を稼いだ。


「ハユルちゃんがいなかったら確実に死者が出てた。もっと誇りなよ」


「うぅ、ううぅぅ……も、もうやめてください……恥ずか死します……」


「なんだ、照れなくてもいいのに」


 弄りがいがあって面白いな。照れてるところも可愛いし。

 

「わ、私が頑張れたのも……九頭龍くんのおかげなんですよ?」


「どういうこと?」


「九頭龍くんがあの時、勇気を出して動いてくれたから……私も九頭龍くんみたいに勇気を出そうって思えたんです」


 俺は勇気を出して動いたわけじゃないんだけど、確かに俺が騎士だと知らなければ「勇気を振り絞って行動した男子学生」と勘違いしてもおかしくない。

 それにハユルちゃんが影響されたのなら光栄だ。


「私、臆病者だから……いつか変わらなきゃ、いつか勇気を出さなきゃ、って思ってたんです。でも「いつか」「いつか」って先延ばしにしてて……その「いつか」を「あの時」にしてくれたのが、九頭龍くんなんです」


「俺は何もしてないよ。「いつか」を「あの時」にしたのは俺じゃなくて、ハユルちゃん自身だ。それは間違っちゃいけない」


「そ、それでも! 私に変わるきっかけをくれたのは九頭龍くんなんです! だから私は……九頭龍くんに感謝してますし、尊敬もしてます。九頭龍くんはすごいんです」


 ふと、俺の頭に疑問がよぎった。

 どうして彼女はここまで「勇気」にこだわるんだろう?

 ただ単に「記者になりたい」という願望で、ここまでこだわるか?

 

「どうして安浦さんは、そこまでして勇気を欲しがるんだ? 安浦さんは勇気を無理に出そうとしてるように見えて……何となく、危なっかしい」


「危なっかしい……? 確かによく言われますけど……でも今回はそれで助けられた命もあったってさっき言って……」


「今回は、ね。それはよく頑張ったと思うし、俺もその決意は見習うべきだと思ってる。でも、もし安浦さんがまた危ない目に遭って、同じように勇気を振り絞って……それで取り返しのつかないことになったら? それは「勇気」じゃなくて「蛮勇」だよ」


 実力差を知ってなお、俺を殺そうとしたオーガ・ジェネラル。

 自分の臆病を知ってなお、自分の命を顧みず人の命を救おうとしたハユルちゃん。


 何もかもが違うけど、それが蛮勇だったということは変わらない。

 蛮勇が過ぎれば、俺に消滅させられたオーガ・ジェネラルのように、命を失ってしまうかもしれない。


「もし蛮勇のせいで安浦さんが死んだらしたら……友達として俺は悲しいよ」


「……っ」


「どうしてそこまで勇気にこだわるのか……よかったら話してみてよ。もしかしたら力になれるかもしれない」


 できるだけ優しい口調で、諭すようにハユルちゃんに尋ねた。

 ハユルちゃんはぎゅっと目を瞑ると、顔を俯けて黙り込んでしまった。それから決心したように顔を上げ、ゆっくりと目を開いた。

 それから小さく口を開いて、ぼそりと呟く。


「――『白鐘の悲劇』をご存知ですか?」


 それは、ハユルちゃんの幼い頃の記憶。

 彼女を「勇気」に縛りつけた、悲しい過去だった。



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