第19話『九頭の蛇王』
背後からの殺気に気付いた瞬間。
一瞬だけその姿が視界に映って、次の瞬間には殺されていた。
俺の背後に現れたのは、まるで鏡が割れたかのようにヒビの入った空間。
そして、その中から現れた巨大な化け物。俺の身長の軽く5、6倍はある巨体に、鋼のように強靭な筋肉の鎧。
その額からは鋭く尖った角が2本、天を貫くように伸びていた。
AA級特別指定危険種――オーガ・ジェネラル。
魔法界に生息するオーガ種の中でも、最強クラスの個体。オーガの将軍。
それだけじゃない。オーガ・ジェネラルが開けた空間の穴から、30体以上のオーガやハイ・オーガが押し寄せてきたのだ。
「うっ、うわあああぁぁぁッ!!」
機動隊の数人が、その威圧感にパニックになって銃を乱射する。
当然、そんなものではダメージ1つ与えられず。ただオーガ・ジェネラルを刺激するだけとなった。
「おい馬鹿やめろ!」
と、騎士団の数人が止めるも、もう遅かった。
オーガ・ジェネラルは非常に凶暴で短気だ。自分に対する敵意には敏感に反応し、気がすむまで暴れ回る超危険種。目の前の個体もその例からは漏れなかった。
オーガ・ジェネラルの剛拳が振るわれ、機動隊が一度に10人以上叩き潰されて絶命する。
それは訓練された機動隊であっても、パニックに陥らせるのには十分だった。
だから、その前に強制的に落ち着かせる。
「《マインド・カルマート》!」
俺はようやく吹っ飛ばされた上半身を再生しきり、この場全員に精神安定の魔法をかける。
無理をして一度に何十人にもかけたことで、脳を直接刺すような激痛が走る。が、激痛なら慣れっこだ。
鋭い頭痛を堪えながら、俺はその場の全員に指示をする。
「機動隊は人質とテロリストの安全の確保! どっちも死なせるなよ! 騎士団はスリーマンセルで散開して雑魚オークの殲滅! ジェネラルには手ぇ出すな! 俺がやる!」
身を削って魔法を使ったおかげで機動隊はパニックから立ち直り、眠っている人たちを抱えて外まで運び出してくれた。
取り巻きのオーガに襲われそうになったら、騎士団がカバー。思ったよりもスムーズに避難はできそうだ。
「で、コイツか……」
俺が相対するのは親玉のオーガ・ジェネラル。
オーガは個体によって危険度がピンキリだが、最上級のコイツはヤバい。A級騎士でも5人がかりじゃないと倒せない程だ。
こんな巨体で暴れられたらこの辺りの全員が死滅するので、最高濃度の麻痺毒のガスで動きを止めている。
しかしオーガは元来、こういう状態異常への耐性が高い。ジェネラルともなるといつまで動きを止められるか……。
「久々の大物……AA級ともなるとキッツイなぁ……!」
それから時間にして10分ほど、体感で倍以上の時間、オーガ・ジェネラルの動きを止め続けた。
しかしもう限界が近い。オーガ・ジェネラルが麻痺に耐性をつけてきたのだ。
このペースだとあと3分と持たない。そうなればオーガ・ジェネラルが再び暴れ出し、死傷者が出てしまう――
「報告します! 取り巻きの殲滅、ただ今完了しました! 人質とテロリストの避難も完了しております!」
「ナイスタイミング!! 中に残ってる騎士も全員外へ! 今から俺がコイツを討伐する! 巻き込まれたら死ぬぞ!」
殲滅を終えた騎士が、動き出そうとしているオーガ・ジェネラルを見て、大急ぎで出口へと駆け出す。
そして俺以外の全員が外へ避難したのを確認し、オーガ・ジェネラルに向き直る。
「よう、待たせたな。詫びにひと暴れさせてやる……ってワケにもいかないんだよなぁ」
これ以上ショッピング・モールをぶっ壊しまくるわけにもいかない。外にいる人たちの安全のためにも、最初から最大火力で。コイツを圧倒的な暴力で鎮める。
そう決めた瞬間、精神が少しだけ――ほんの少しだけ、狂気に染まっていく。
「悪いが勝負は一瞬だ」
俺は今まで隠し続けていた魔力を解放し――狂気の増幅に呼応するように肉体を魔獣へと近づけていく。
青黒かった髪は、それとは対照的な血をぶちまけたような不気味な真紅へ。
金色の瞳は今まで以上に爛々と輝き、両目の下から頬にかけて黒い鱗が浮かび上がる。
変化はそれだけで終わらない。むしろここからが俺の変貌の最も顕著なところだ。
背中の肉を突き破り、8本の触手のようなモノが揺らめき始める。ソレは次第に形を変え、漆黒の鱗に覆われ――8匹の大蛇の姿を取った。
「ま&jp@ィg@9t殺s?」
「戦ぁm2¥49@mement?.戦mori闘9tぇqgtたpkゥ&殺?」
「■■■――――■■■■――■■!!」
「32'w2jAwGtt24.死677ヲ094[[想……」
8匹が全て、意味不明な金切り声のようなものを発していた。俺にもその言葉は理解できない。
しかし、言葉がわからなくても何を言ってるかはわかる。
このおぞましく、不気味で、不可解な8つの首もまた、俺の体の一部なのだから。
「あぁ、後悔させてやろうぜ。この俺に――俺たちに喧嘩売ったことをな」
SS級接触禁忌種の神話級モンスター。
魔法界でもモンスターとひての枠組みを超え、神獣の域に達しているとされる蛇の王――
――ヒュドラ。
9つの首と、およそ生物ではあり得ない不死性、英雄を死に追いやったとされる猛毒。
それら全てを持ち合わせた最強クラスのモンスター。
俺はその魔人。
俺の半分は、神話でできていた。
「グオオォオォォアァァァ!!」
「へぇ? 俺のこの姿を見てもまだ殺る気なのか。大した勇気だな。でもそれは「蛮勇」って言うんだぜ?」
オーガ・ジェネラルが鉄拳を振り下ろす。
俺は無防備にただそれを眺めていた。どうせ不死身だから、潰されても大丈夫――という余裕ではなく。
その拳が俺に届く寸前、オーガ・ジェネラルの腕は、じゅうっ、と音を立てて溶解・霧散した。
流石のオーガ・ジェネラルも突然の異変に驚愕し、数歩後ずさる。
「おっと、言い忘れてた。この姿の俺は最凶最悪の猛毒ガスを身に纏ってる。近付いただけで死ぬぞ?」
「ガルルルッ……ォオ゛……オオオオオオッ!!」
「まだ懲りないのか? これだから脳筋は……」
がむしゃらに向かってくるだけじゃ、俺にダメージを与えることはできない。
俺に傷を付けたいなら、最強クラスの浄化能力を持つ聖剣でも無いと不可能。それもすぐに再生できる。
この程度の相手なら、このまま突っ立ってるだけでも勝てるだろう。
ただ、さっきも言った通り勝負は一瞬で終わらせたい。
最大火力で叩き潰す――その宣言を実行するとしよう。
「なぁ、知ってるか? 不死身ってのは防御だけじゃなくて攻撃にも使えるんだ。例えば――肉体的な代償を伴う呪術。俺ならその凶悪な呪術を、ノーリスクで使えるんだ」
そう言って俺は、背中の蛇の1体に手首を噛みつかせた。
噛み砕かれたと言った方が正しいか。夥しい量の血液が噴き出し、フロアを赤に染めていく。
「剣になれ、《ソル・ブラッド》」
俺はそれを鮮血魔法によって、一振りの細い剣の形状に凝縮した。
ただの血の剣じゃない。全身が猛毒の俺の血液から生成された、この世に2つと無い死の刃だ。
そしてその剣に、深く、暗く、濃厚な呪いをかけていく。俺が独自に編み出し、改良したオリジナルの呪術だ。
「――『我は悪意なり』『始祖を誑かし、堕落させ、死を与えた長蟲なり』」
詠唱を紡いでいく。
怒りも、悲しみも、享楽も無く。
ただ淡々と、目の前の獲物への死のみを込めながら。
「『命の失落あれ』『虚無を謳え』『黒死を嘆き給え』『堂巡り、目眩み、零に還れ』」
四肢を焼かれ、心臓を蝕まれ、脳を溶かし崩されるような苦痛が俺を襲う。
しかし、屈しない。
何度も何度も体験した苦痛だ。もう慣れた。
心の痛みに比べれば、こんなの些細なモノだ。
「『頭を垂れよ』『此れは慈悲の刃である』――」
詠唱が終わり、血の剣が禍々しさを増す。
鮮血の赤は酸化したような赤黒となり、さらに呪いを吸ってドス黒くなった。
これこそが俺が持つ最凶最悪の一撃。
1つは、腐食を超えて解体・霧散の域に達した腐蝕毒。
1つは、魂を痛みも苦しみも無く解体する呪術。
その2つが絡み合った、「解体」という概念が刃の形を成したモノ。
それを俺は、「神の悪意」と呼ばれた天使になぞらえてこう名付けた。
「――『悪性慈悲・赫蛟』
そう呟くと同時に、呪いの剣を一閃する。
直後、オーガ・ジェネラルの膝から下が侵食され、塵となって消え失せた。
支える足を失った巨大が前のめりに崩れ、図らずも俺に首を差し出す姿勢となる。
「ォオ……オ゛オォォ……ッ!?」
「これで、トドメだ。安心しろよ、痛みは感じない。一瞬で逝かせてやる」
俺は呪いの剣を掲げ、オーガ・ジェネラルに言った。
その直後に、音もなく腕を振り下ろす。
「ォオ゛オオォォ――」
その呻き声が、首を両断されたことで途切れる。
そしてオーガ・ジェネラルは、両断された首の断面から呪いに侵食され、塵と化し、無に帰した。
こうして、ショッピングモールの戦いは終わりを迎えた。
「ふぅ、任務完了……後の処理はよろしくっス」
呪術と半モンスター化を解いた俺は、外にいる騎士に無線でそう伝える。
そして黒衣を脱ぎ、今までの戦いなど無かったかのようにアッサリと――「特A級騎士『蛇王』」から「ただの学生の九頭龍巳禄」へと戻った。




