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第17話『精一杯の勇気』

【ハユル視点】


「抵抗せずに、質問に答えろ」


 呼吸が止まる。

 足が震えそうになる。

 忘れかけていた恐怖が何倍にも膨れ上がって押し寄せる。

 今すぐに叫び出したい衝動に駆られる。

 

「コレをやったのはお前か」


 コレ、とは今の異様な光景のことだろう。

 私は 何もやってない。

 ただトイレで震えていただけの臆病者だ。

 何もしてない。

 何もしてないから、どうか見逃してください――喉元まで来たそんな言葉を、発する寸前で飲み込む。


「……おい、質問に答えろ。10秒以内に答えなければ撃つ」


 「飲み込んだ」というよりは「出なかった」と言った方が正しかったかもしれない。

 怖い。

 逃げ出したい。

 臆病者の私の心臓は、とっくの昔に限界を迎えている。

 この状況にずっといるぐらいなら、このまま撃ち殺された方がマシだと錯覚してしまうほどに。


「10、9、8――」


 それでも私がかろうじて耐えられているのは、九頭龍くんのおかげだった。

 九頭龍くんは強い。

 あの柳沢くんを一撃で倒せるほどに。


 それだけじゃない。

 九頭龍くんは心も強かった。

 みんな叫んで、逃げて、震えて、泣いている中で、九頭龍くんただ1人だけは違った。

 パニックになっていた私を宥め、逃がし、恐れることなくテロリストに立ち向かったんだ。

 

「7、6、5、4――」


 九頭龍くんみたいな勇気がほしかった。

 彼ほどの勇気があれば、私の人生も変わっていたかもしれない。


「3、2、1――」


 こんな逃げてばかりの人生は、もうたくさんだ。

 だから、今。

 ここで私は変わる。



『あ、ああ……大丈夫。ありがとう』

『色々とありがとう、おかげで助かってるよ』

『……ってことがあったんだ。ほんと助かった!』


 

 こんな私に「ありがとう」って言ってくれたから――!

 


「――私がやりました」


「ようやく口を開いたか、餓鬼が……これ以上黙ってたら人質を1人ずつ殺していくつもりだったんだがな」


「……何が、目的なんですか」


「誰に向かって質問している? 四の五の言わずに、こちらの質問に答えろ。お前、何をした? 管理室の奴らとも連絡がつかん。それもお前か?」


 何をした……?

 そんなこと、私が知るわけない。

 けど、推測することはできる。


 この男は、管理室の仲間と連絡がつかないと言った。

 つまりそれは、九頭龍くんがセキュリティ管理室の奪還に成功したということ。

 管理室……細かいことはわからないけど、何があるかは大体予想できる。そこから推測するんだ。

 推測して、タネを明かし、少しでも時間を稼ぐ――!


「……簡単なことですよ。ひそかにダクトの中に強力な催眠ガスを投入しました。あとは空調の設定をいじって終わりです」


 この結論に辿り着いたのは、私がトイレから出た瞬間に感じた悪寒。

 あれは悪寒なんかじゃなくて、本当にただ寒かっただけなんだ。どうして初夏にこんなに寒くなる? その原因は空調しかない。

 管理室では色んな設定をいじれる。その中に空調の設定があってもおかしくはない。

 

 九頭龍くんがどうして催眠ガスなんて持ってるのかは知らないけど、私にはそうとしか考えられなかった。


「どうやって管理室の奴らを倒した? お前にそんな力があるようには見えない」


「この街で外見なんて意味を成しません。これでも私は渋谷第三魔導学園の生徒です。そこいらの人とは魔法の腕が違います」


 半分本当で、半分は真っ赤な嘘。

 確かに私は国内トップクラスの魔導学園の生徒だけど、魔法の才能はあまり無い。

 ほぼ諜報系の魔法しか覚えてないので、戦闘力で言えば学園では下の中といったところだ。


「チッ、あそこの生徒か……物質界アガルタの民を惑わす魔法界シャンバラの狗めが!」


「っ!?」


 それまで淡々と機械のように話していた男が、いきなり感情を爆発させて叫んだ。

 私もつられた恐怖に叫びそうになる。

 それを唇を噛みしめる痛みで堪えた。


魔法界シャンバラはいつも物質界アガルタに危機をもたらす! 争いをもたらす! 死をもたらす! 貴様らはなぜ平和を脅かす!? そんなものは決まっている、支配欲と自己顕示欲のためだ! そんな下らない願望で我々の世界を弄ぶなど許せないッ!!」


「な、何を……」


「魔法などいらぬ! そんな安っぽい奇跡で世界を変えようなど人類讃歌の否定にも等しい! 魔法界シャンバラは我々から人間性を、価値を、信念を奪う!」


「そ、そんなことはありません! 魔法は人に幸せだって――」


「それが虚構だというのだ! 人々を破滅へ導く悪魔共め! 貴様らのような屑がいるから、我々が立ち上がらねばならんのだ――敬虔なるマグダラの信徒の名において!!」


「マグ……ダラ……?」


 名前だけはどこかで聞いたことがある。

 正体不明の宗教結社、マグダラ教会。目的も規模も不明で、反社会組織の疑いがあるとか。

 その名を今、この男は口にした。


「……貴様、魔人か。魔法界シャンバラかぶれの醜い忌み子め。その上、あの忌々しい学園の狗と来た。これ以上無い邪悪――粛清対象だ」


 カチャリ、と引き金にかけた指に力がこもる音がした。

 その瞬間、私の心は限界を迎え――私の思っていたのとは別の方向に、タガが外れた。


「……ま……す」


「何か言ったか」


「……傲慢ですね」


「何だと……?」


「支配欲と自己顕示欲にまみれているのは、あなたです。自分たちの勝手な思い込みを押し付けるだけじゃなくて、たくさんの人に怖い思いをさせた。それだけで、あなた達は悪です。人々を破滅に導いている屑は、あなたの方だ!」


 熱くなると普段の臆病も忘れてまくしたててしまう癖。

 途中でそれに気付いたが、もう遅かった。


「言わせておけば戯言を……! 死ね塵屑がああああぁッ!!」


 激昂した男が吼え、引き金を引く音がした。

 私は恐怖を覚える暇もなく。

 抵抗する隙もなく。

 九頭龍くんへの謝罪を口にする慈悲もなく。

 脳天に突き刺さる鉛玉によって、この世を去った――











「――汚ねえ手で安浦さんに触んな!!」



――はずだった。



 死を覚悟した私が見たのは、フロアの壁まで吹っ飛ばされていくマグダラ教会の男。

 そして、背中越しに感じる誰かの気配。

 全く知らない気配なのに、どこか懐かしいような、どこかで聞き覚えのあるような声。

 振り向くとそこには、


「時間稼ぎありがとう。よく頑張ったね、安浦さん――もう大丈夫だ」


 蛇の鉄仮面とフードに素顔を隠した、黒コートの男がいた。



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