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第10話『安浦葉由流という少女』

 昼休み。

 俺はジョージと羽多野の誘いを断り、ある人物を探して学園内を歩き回っていた。

 そして、目的の人物は思ったよりも早く見つかった。


 俺たちの教室から少し離れたところにある廊下。

 例の噂話をしている生徒の近くの曲がり角で、彼女は深く深呼吸をしてから噂話をしているグループに割って入っていった。


「あの……それデマが混じってるみたいですよ」


 言うまでもなく、ハユルちゃんだ。

 彼女はなぜか俺の誤解を解こうと奔走していた。

 さっきだって、2限目が終わるなり教室を出て行ってしまったものだから、こうして探しに行くことになったのだ。


 その真意はいまいちわからないが、お礼ぐらいは言っておくべきだろう。

 これを機に親交が深められれば一石二鳥、という打算もある。


 そうしているうちに、ハユルちゃんは説得を終えたようだ。

 説得が終わるなり人気の無いところまで戻り、呼吸を整えている。メチャクチャ緊張してたみたいだ。

 何がそこまで彼女を駆り立てるのだろうか。


「はぁ……何回やっても慣れないなぁ……」


「インタビューとかなら慣れてるんじゃないの?」


「いえ、そういうのとは少々勝手が違うといいますか……ってうわあああっ!? くっ、くくくく九頭龍くん!? いつからそこに!?」


「ハユ……安浦ちゃ……さん、が説得始めたあたりから」


「全部見てたんですか……っ、おっ、おおおお恥ずかしいところをっ……!」


 さっきまであんなに勇気出してたのに、俺と正面から話したらこの有様。データ通り、かなりのアガリ症みたいだ。

 え? 単に俺にビビってるだけ? 否定はしない。


「え、ええと、その、何の御用でしょうか?」


「用ってほどでもないけど。あちこちで俺のウワサを訂正してくれてるみたいだから、そのお礼」


「いえっ、そのっ、それは私が好きでやってることでして、決してお礼を言われるような……だって、その、あなたのためにやってるってよりは……あぁ、何言ってるんだろ私っ」


「あー……うん、わかったからとりあえず落ち着こう。深呼吸深呼吸」


「わわわわかりましたっ! ひっ、ひーひーっ、ふぅーっ!」


「違う違うそれ産まれるやつ」


 わざとじゃないのは知ってるけど、これはまたベタなボケを……。

 どうしよう。これ思ってよりも会話の難易度が高いぞ? この子本当に大丈夫か?

 

「落ち着いた?」


「はっ、はい! 大丈夫でひゅっ!」


「全然大丈夫そうじゃないけどまぁいいや。それじゃあ改めて、色々とありがとう。おかげで助かってるよ」


「ど、どういたしまして……」


「なんでわざわざこんな事を? 安浦さん、こういうの得意じゃないでしょ」


「それは……半分は……いえ、7割ぐらいは私自身のためなんです。すみません」


「どういうこと?」


 あまり焦らせたり、威圧したりしないように努めて話を進める。

 ハユルちゃんは相変わらず躊躇いがちに、しかしある程度落ち着いた様子でぽつぽつと話しだした。


「実は私、新聞記者を目指してるんです。新聞部に入ったのもその修行みたいなものでして。私、ほとんど取材用の諜報系魔法でここに入学しちゃうような取材オタクで……」


「へぇ、すごいじゃん。こんなカオスな街で記者やるなんて並大抵な決意じゃできないよ」


「あ、ありがとうございます」


 実際、この世界で記者をやるなんて正気の沙汰じゃないってレベルの難易度だ。

 どの情報が真実かなんてわからないし、どの情報が役立つかも判断しづらい。

 異界門ゲート開通前の120年前と後では情報量が何十倍、何百倍にも膨れ上がってるんだから当然だ。


「今回、私があなたのウワサに関与した理由は……一種の度胸付けみたいなものです」


「度胸付け?」


「はい。お恥ずかしながら、私は……その……チキンでして。ウサギなのに。あ、あははは、ははは、はは……ごめんなさい」


 謝るぐらいなら言わなきゃいいのに……。


「私、テンパるとこんな風によくわからないことを口走っちゃうんです。この程度でアガっちゃうようなメンタルでは記者なんてできません。だから、少しでも度胸を付けたくて」


「だからたくさんの人と喋るために、こうして誤解を解いてまわってたと……ん? でもそれ、わざわざ俺に関わる必要なくない?」


 度胸を付けたいなら、別にこんな事をしなくてもインタビューして回るなりすればいいだけだ。

 それなのに、わざわざこんなリスクの高い手段を取ったのはなぜだろう?

 

「一言で言うなら、()()()()()から……ですかね」


「許せなかった? 何が?」


「ただのウワサに事実が歪められていることが、です」


 心なしかハユルちゃんの口調が強まる。


「記者の中には、真実を捻じ曲げて客引きの道具にしたり、真実そのものを無かったことにしたりする人もいます」


「そういう人種が嫌い?」


「嫌いというよりは、否定です。記者たる者、何があろうと真実を伝えるべきなんです。たとえその先に、どんな結果があっても」


 あのアガリ症の少女と同じ人物とは思えないほど、饒舌かつ強い口調でハユルちゃんは言った。

 まるで何かの信念を持っているような……いや、取り憑かれていると言った方がふさわしいか。

 とにかく、ハユルちゃんが「真実を公表すること」に対して並々ならぬ思いを持っているのはわかった。


「あ……ごっ、ごごごごめんなさい! なんか偉そうに語っちゃって!」


「あぁいや気にしないで。ハユルちゃんの気持ちはわかったよ、ありがとう。その志は立派だと思うし、俺なんかのウワサでよければじゃんじゃん度胸付けに利用してよ」


「そう言われると罪悪感が……で、でも! ちょっとだけ、気持ちが楽になった……ような気がします」


 ハユルちゃんはどこか晴れ晴れした顔だった。

 コロコロと様子が変わる彼女に疑問を持ったので、さりげなくそれを投げかけてみる。


「もしかして、今まであんまり人に話せないことだった?」


「あ、それもそうなんですけど……もし九頭龍くんがウワサ通りの怖い人だったらどうしようって思ってて。でもこうして話してみてわかりました。九頭龍くんは、いい人です」


「そりゃまたどうして?」


「記者のカンです」


 なんか要領を得ないような、それでいて納得できてしまうような……本人がそれで満足してるならいいか。

 その後、ハユルちゃんは「やる気が増したのでもう行ってきます!」と言ってまたどこかへ行ってしまった。


 徹夜でカメラの勉強なんてする必要なかったなぁ……と思いつつも、これはこれで結果オーライ。

 これから状況が好転することを願おう。俺は確かな手応えを感じながらその場を後にした。



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