第9話『マジ天使』
監察官生活10日目、ホームルーム前。
相変わらず俺の周りにはジョージと羽多野以外誰もいない。
それどころか、周囲の俺を見る目がさらに他人行儀になったような気さえする。まぁ他人なんだけどさ。
「なぁ、周囲の視線が痛いのは気のせい?」
「いやオレは知らねえ」
「……アレだろうな」
羽多野がぼそりと呟いた。知っているのか羽多野!
アレってなんだろう。
例のウワサ以外に俺を遠巻きにする理由ってあったっけ? あ、戦闘狂宣言もそうだわ。
俺が羽多野の「アレ」発言に頭を悩ませていると、不意に近くの方から内緒話らしきものが聞こえてきた。
チラチラこっちを見てるのからして俺に関わることなんだろう。
こういう時は騎士団御用達の諜報魔法! もとい盗聴魔法!
「ねえ聞いた? 昨日の転入生の話」
「ヤバイよね、アレ。やっぱりウワサは本当だったみたいだねー」
昨日……ダメだ、ジョージとの模擬戦しか心当たりがない。今朝いきなり視線が変わったんだから、それが原因ってことはないだろう。
ほかに何かやったっけ? 全くわからない。
「何それ? あたしその話知らないかも」
「えー? もうクラスどころか学年がその話で持ちっきりだよ?」
「ほら、転入生が登校初日に不良集団をシメたって話」
んんんんんん!?
してないしてない、そんなこと全くしてない!
「なんか昼休みが終わったあとに、先生が人目につかない場所で不良が山積みになってるの見つけたらしいよ」
「で、ちょうどその近くで転入生を見かけたってアケミが言ってたの」
「マジで?」
「マジ。わざわざあんな人目につかない所にいるなんて、怪しいとかいうレベルじゃなくない?」
「アレ」ってそのことかーい!
それ俺じゃないです! それやったのメアリーちゃんです! 俺は一切手出ししてませんー!
アケミちゃんとやら、えらい誤解してるよ!
「こっわ……あ、でも偶然そこにいたってパターンもなくない?」
「だと思ったんだけどねー……そこで爆弾その2があったんだわ」
「何それ?」
「なんか男子寮のアイツの部屋に、鬼みたいなイカツイ奴が入ってったらしいよ?」
「うーわ、それ絶対不良仲間だよ。もう舎弟いるとかハンパないわー」
「もう確定だよね、あいつ関わらない方がいいよ」
おい佐伯ィィィ!!
お前も完全にヤバい人扱いされてんじゃねえか! コミュ力の怪物でも学年の壁は越えられなかったか……!
どうしよう!? 俺の評価が俺の知らないところでとんでもないことになってんだけど!?
しかも無駄に説得力があるから挽回できねえ! どうする、こんな状態だとイメージ改善以前の問題だぞ!?
「ハードモードすぎんだろ俺の学園生活……!」
「あー……こりゃ下手に行動しない方がいいかもな」
「……人の噂も七十五日。あと2ヶ月ちょい頑張れ」
それじゃダメなんだよ!
どうする、何か策は無いか?
一夜漬けでカメラの勉強と小テストの予習やってた俺には、そんなの考える余力が残ってない……!
「あの……それ本当は違うらしいですよ?」
俺がプチ絶望していると、不意にそんな声が聞こえてきた。
ふと横目でさっき噂話をしていた女子たちの方を見ると、そこにはハユルちゃんが加わっていた。
「えー? 何それどういうこと?」
「なになに、転入生の情報キャッチしてきたの? さっすが新聞部」
「あ、いや、情報ってほど大層なものじゃないですけど……実は昨日の昼休み、九頭龍くんのこと見かけたんです」
「あ、もしかして尾行調査的な?」
「ま、まぁそんなものです」
え!? 尾行されてたの俺!?
ウソだろ、全く気が付かなかったぞ……新聞部の尾行スキル高いな。
「まず不良の山ですけど、アレは九頭龍くんがやったことじゃないです。その時の九頭龍くんは、柳沢くんと羽多野くんと3人でお昼食べてました」
「そうなの?」
「はい。イメージ改善作戦? みたいなの話し合ってたみたいで」
「ぶふっ! あっはははははっ! よりによってジョージと羽多野!? 何それウケるんですけど!」
お前ら、本当にどういう扱い受けてんだよ。
クラスメイトから完全にネタ枠としてしか見られてないぞ。
「不良を懲らしめたのはメア……ほかの不良生徒らしいですよ」
「へー。で、鬼の方は?」
「1-Cの佐伯くんですね。確かに見た目はちょっと怖いですけど、不良の対極のところにいるような優しい子ですよ。私も何回か荷物運びを手伝ってもらったことがあります」
「あ、佐伯って名前だけ聞いたことあるかも。なんかあたしの妹が「すごくいい人」って言ってたわ」
「そうなん? じゃあなんで九頭龍なんかの部屋に行ったんだろ?」
「それはちょっとわかんないですけど……どっちにしても九頭龍くんは悪い人じゃないと思いますよ」
「ハユル喋ったことあんの?」
「1回だけですけど。何というか、普通にかわいそうな人でした。みんなに置いてかれて捨てられた子犬みたいな顔してたので」
「あの戦闘狂、放置されるのは嫌なんだ……」
「あ、あははは……」
そんな曖昧な笑いを残して、ハユルちゃんは別の集団の方へ向かっていった。
そして、そこでも俺への誤解を解くような話をしているようだった。
「ハ、ハユルちゃん……!」
俺の誤解を解くだけじゃなくて、さり気なくメアリーのことも隠してるし。
しかも、些細ではあるが誤解を解く人によって喋る切り口を変えている。信用してもらいやすくするためだろう。
見事な話術だ。その手腕はプロ級と言っても差し支えないだろう。
どうしてここまでしてくれるかはわからないけど、たった一言だけは間違いなく言える。
ハユルちゃん、マジ天使……!
俺が彼女の行動に感動していると、ふとハユルちゃんと目が合った。
ガン見してたのがバレたか。ハユルちゃんはしばし躊躇うような顔をしてから、気まずそうに視線を逸らした。




