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エンラセ  作者: 和惟
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第十二話 顕ル

 星の脈動が怒張する。零落(れいらく)末裔(まつえい)によって繰り返される過ち。連綿たる営みを刹那の間に駈走(くそう)させ、東西南北、裂けた大地から垂れ流される高熱が、じわりじわりと生命(いのち)を焦がしはじめる。

 ここでもまた、全ての者が凋落(ちょうらく)の果てへと誘われるというのか。



ナミビア ウォルビス湾

南中国海軍基地 060C型駆逐艦


《本艦はまもなく出航する。出航後、ふたひとよんまるに鷲漢(しゅうかん)(軍事衛星)から目標に向けAF-15(核弾頭)投下。同時に本艦よりREYZ−47(大陸間弾道レーザー砲)を目標に向け照射する。総員は第一種戦闘配置のまま待機。繰り返す……》

 艦内放送が乗組員のインナートランサーに伝達される。

 衛星軌道から七つの落下機影を補足した南中国の駆逐艦は、その落下座標全てを確認。アメリカ、ペンタゴンからの水面下の依頼により、落下予想地点周囲への核攻撃並びに高出力電磁波砲照射による地下施設への追撃が行われようとしていた。

 核戦争の引き金を引き世界の敵意を一身に浴びる苛酷な行為である事は南中国政府としても十分に理解していたであろう。しかし、四半世紀前、中国の分裂により華北から引き離された戦渦の耐えない小国には、独立前より蜜月な支援を与えてくれたアメリカからの要請は率爾(そつじ)でも逆らうなど出来ない自然法爾(じねんほうに)の意であったに違いない。

 2055年、そうして始まった時代の崩壊は、やがて、人類を母なる星へと(いざな)うことになる。



第十二話 顕ル


「久しぶりね、日本のスピアリアーズ、ミス神谷。私に覚えてるかしら?」

 問いを向けられる神谷の全身が小刻みに震え始める。横目ではあるが後藤はそれを確認すると、リホの肩を支え、(かくま)うようにゆっくりと後ずさりをする。

「な、なぜ、あなたが?!」

「私たちは、そこの早瀬リホさんをお連れするよう合衆国大統領より命を受け公式にここに来たのよ。大人しくこちらに引き渡し手頂けるかしら」

 流暢な日本語で神谷に語りかける金髪の女性。容姿から二十代のハーフであろう美形で整った顔立ちだ。その傍らには、二メートルほどであろうスリムな背丈にシステマチックな配置の純白輝く外装、そして、関節部や頭部にあしらわれた黄金の装飾が独特の威圧感を放つ一体のB-Sabotが立っている。

「神谷さん、あれ、あの少女(アリス)ではないですね。完全に」

「ええ、そうね……」

 苦笑した神谷はどこかキナ臭い状況を察し、後藤に目配せをしてウェアラブル回線で話しかける。

《さっきの揺れはアメリカの砲撃だったってことね》

《はい、おそらく。でも、我々のB-SAbotは破損して使えませんし、抵抗の余地がないです》

《もちろん無理よ。相手が悪いわ……でも、一応抵抗してみる。あの少女(アリス)が……ううん、なんでもない。後藤君はリホさんと後方の裏口まで間合いを計って走って頂戴》

《はい》

「輸送の準備をなさい。ここは私一人で十分よ」

 背後に居る部隊員に指示をだす金髪の女性。言葉を受け、待機していた数名の部隊員が署外へ一斉に飛び出していく。

「私は、警視庁特殊犯罪捜査課の神谷です。おひさしぶりね。現Bsmmacランク1位、アメリカ所属キース・アビゲイル大佐。で、そこに立ってるのは”ゼウス”かしら。でもね、ここは日本よ。アメリカの治安維持軍がミサイルぶっ放して良いとは思えないんだけれど。それに、早瀬さんは我々が追ってる事件の重要参考人なのよね。大統領命令ですって?他国の領土で他国民を連れ去るのって“拉致“っていうのよ私たちの国じゃね!」

 後藤は、相手を睨みながらじわりじわりと後ずさりをする。

「我々は交渉に来ているのではなくってよミス神谷。日本政府とも話はついてるわ。ここ(日本)であらゆる手段を行使してよいということになってるの。お分かり?ていうか、見てみなさい。今、あなたの言う”国”……機能してるの?ふふふ、トップはもうロストしちゃってるのよ?笑わせないでほしいのもね」

「ロスト?なんなの?!何が起きてるって言うの?」

「あらあら、何にも知らないのね。いいわ、その子を渡すというならこの状況の説明をして上げても。あ、安心なさい、その子には危害を加えないわよ。プレジデントの大切なゲストですもの」

 その時、突如建物全体が小刻みに激しく震え始め、神谷達をはじめアビゲイルも立位ではバランスを保てないとばかり、床に手を付けてしまった。

《今よ!走って後藤君》

 神谷の合図でリホを伴いながら後藤は裏口に向けダッシュする。しかし、1秒もし無いうちにそれを察知したアビゲイルは体勢を戻し、苦笑を浮かべた口先で傍らのB-Sabotゼウスに向け操作詠唱を行う。ゼウスは、ゆっくりと純白のボディー背部に装着された長く研ぎ澄まされた重厚な装飾の槍を片手に携えると床面から数センチ浮遊をした。

「無駄よ」

「う、なんだ?!体が……」

 突然、ゼウスから十数メートル先の神谷と後藤が弱い電流で感電したかのように細かく振戦(せんしん)しながら床面から五十センチほど浮遊し始める。

「や、やっぱり本当だったのね……ゼ、ゼウスの重力制御……」

「ご明察。さすがランカーよくご存知ね。でも少し訂正すると重力制御というより焦点重力波に近いわね。どちらにせよ屋内だろうと関係ないの。そしてその強さを変える事でこーんな事も出来るのよ」

 アビゲイルが短く操作詠唱を行う。すると、先ほどまで浮遊していた神谷、後藤はまるで吸い付けられるように素早い動作で両手両膝を床面に着け倒れ込んでしまう。

「あなた達はもう動け。そうやって地面に這いつくばってなさい。さて、早瀬リホさん。ゆっくりとこっちに来て頂けるかしら。おとなしく言う事を聞いて頂ければ、そちらのお二人も無事で居られるからね」

 リホは倒れ込む後藤に目をやる。何か言いたげな口元。しかし上手く動けず苦し気な表情。神谷も同様だ。そうして、状況を理解したリホはゆっくりとアビゲイルの方に歩んでいく。

《ターゲットを確保。離脱するわよ。応答しなさい!ジャミング?まさか》

 気がつけば、署内はおろか外部からも物音一つせず静まり返っている。

「意外に早かったわね」

 アビゲイルは何かに気づくと、近づいてきたリホをゼウスに抱えさせその場を立ち去ろうと振り向く……が、歩みを進めようとしない。神谷達は床に縛り付けられながらアビゲイルの動向を目で追っている。

「あなた、まさかあの砲撃を……出力レベル9+(ナインプラス)のレールガンよ……まったく、笑わせてくれるわドクターミクニ、何て物をつくったの」

 アビゲイルが立ち止まる廊下の先には、ズタズタに切れ傷んだセーラー服で右手には日本刀を握りしめながら仁王立ちするアリスの姿があった。そして、その左腕は肩から欠落し配線と断裂したアクチュエータが少し垂れ下がっている。

「その様子だと立ってるのがやっとのようね。そこをどきなさいRB-700、システムコード、ARIS(アリス)

 しかし、アリスの赤朽葉(あかくちば)の眼光は揺るぎなくアビゲイルに突き刺さる。あまり余裕が無い様子のアビゲイルは、忙しく口元で呪文のような操作詠唱を行うとゼウスの槍先がアリスに向けられる。

「いいわ、あなたもそこでおとなしく寝てなさい。人ではないのだから手加減はしないわよ。直にここもデッドゾーンになるのだから、どのみちスクラップよあなた」

 アリスは、少し宙に浮き体勢が崩れかけたかと思うと、すぐに床に体ごとへばりつき動けなくなってしまった。その脇を悠然と立ち去っていくアビゲイルとゼウス。

「アリス!」

 抱えられて自由の無いリホの右手が虚しくアリスに伸ばされる。とてつもない重力で床に押し付けられたアリスは顔一つ動かせず眼球だけでリホを追っている。

 やがて、その姿が廊下の先へと見えなくなる。すると、神谷達に駆けられた呪縛がふっと解けた。肩が揺れほど荒々しい呼吸で床に両手を付け(うずくま)る二人。滝のような汗が額を流れ落ちる。

「ご、後藤君、行ける?」

「はい、か、神谷さんは大丈夫ですか?」

「行くしか無いでしょ、ん?アリス?」

 神谷は、重い体をふらつかせながら呪縛が解けても床に踞っているアリスに近づいていく。

「こんな状態でよく動いてたわね……後藤君、この子運ぶわよ」

 神谷と後藤は、機能の停止したアリスを両脇から支えながら瀬戸内署の外へ向かう。

 入り口を出た二名は周囲を見渡すが誰一人としていない。

「あんなに大勢いた避難した人達や署員が……どこに?」

「分からないわ。陣功さんも居ないみたいね。嫌な予感がする。上を見て……」

 神谷に促され上を見上げる後藤。今までに見た事の無いような雲。それはどす黒く、分厚く、空一面を覆い辺りを薄暗くしている。

「これは、雪……じゃ無いですね」

 藍墨色の空からはしとしと、淡い雪のような灰が振り始め、神谷の手の平にも舞い落ちた。

 言葉を無くした神谷達の耳に、突然、けたたましいエンジン音が飛び込んで来る。同時に吹き荒れる風で灰や塵が巻き上げられる。目を細めながら再度、空を見上げる二人。上空では、身を乗り出して救護ロープを垂らす白石の無邪気な笑顔が見下ろしている。

「たすけにきましたよー。おふたりともー、はーやくのってくださーい!」



スイス ローザンヌ

五ヵ国EUならびにヨーロッパ軍事共同体MARTEZ(マルテス) 本部


「報告致します。南中国から核が発射された模様です」

C国「各国防衛システムの状況は?」

「EU、中東、アフリカおよび日本、落下予想地域でのBMD発動は確認されません。世界規模での意識喪失事案が相当程度影響してあらゆる都市機能、国家機能を麻痺させている模様です」

A国「南中国政府からの発表は?」

「確認されていません」

B国「アメリカか……我々としても報復を考えねばならん。早急に応戦させろ。箱船に保有するNew brancher(ニューブランチャー)(自我覚醒体)の積込みも急がせなければ」

C国「わずか五ヵ国となってしまった我らEUの最後の切り札となるべき存在ですからね。しかし、同盟を結べそうな日本……彼らは事態をどのように把握しているのか」

D国「おそらく、今だ正確に把握できていないだろう。彼らの同盟国である南中国からの攻撃など予測もしていまい……」

E国「そうか……ロシアからの情報が無ければ我々もまんまと出し抜かれるところだった。ここはアメリカの企みをどんな犠牲を払っても止めなければな」

 会議の最中、1本の通信がC国代表のウェアラブル端末に飛び込んでくる。

C国「今しがた我が国の部隊が成層圏上のデープソートに接触したと連絡が入った。即刻、量子ネットワークとの物理的遮断作業に入らせる」

A国「おお、これで障害無く渡航できるな。彼の地では主導権など絶対に握らせないぞアメリカめ」



バチカン市国

サン・ピエトロ広場


 謁見広間に設置されたバリケードの外はロストから生き残った人々の波が押し寄せていた。第275代ローマ教皇ベニンコーリ1世が広場に姿を現すと、群衆からは事態の救済を求める叫びが怒号のように神に向けられる。


「現在、全世界規模で発生している未曽有の出来事に関して、皆が心を痛めているでしょう。どんな生き物もその存在、生活、美しさ、そしてその他生き物との相互依存において実在価値があります。我々キリスト教徒に加えて他の一神教徒は、宇宙は神の愛ある決断の産物であると信じています。神は人間に敬意を表し、人間同士そして神への賛美のために環境を利用することを許可しましたが、環境の乱用、ましてや環境を破壊することは認めていません。全ての宗教にとっても同じ、環境は基本的産物です。今まさに、我々が行ってきた代償を神が求めておられるのかもしれません。しかし、この現状にも尚、祈りを捧げ……」

 演説を止めるようにSPの一人が教皇の耳もとでささやく。すると、教皇は少し取り乱した様子でSPに連れられて宮殿の方へと連れられていってしまう。

 静寂が(どよ)めきで染まっていく……突然、群衆の後方より数名の悲鳴があがり、それに気づいた者達が演説の途中で立ち去った教皇よりもそちらに注意を向け始める。そして次の一瞬、広間を再び静寂が支配すると、後方で勢いよく飛ぶ人間の姿があった。

「きゃー、バケモノ!」

 誰かの叫びを皮切りに逃げ惑う雑踏。後方から砂埃のように宙を舞い人々が薙ぎ払われて行く。狂気と混乱。詰まった広場ではすぐさま大規模な将棋倒しが起こり、開けて行く視界に狂舞の震源が徐々に姿を現し始めた。

 身丈は三メートルほどであろうか。白い体毛のない皮膚が湿り気を帯びて全身を覆う。爬虫類に似たそれは、片手に人間を鷲掴み、片足では違う人間を踏みつけている。そして、もう片方の手で鷲掴んだ人間を蔬菜(そさい)(むさぼ)るが如く口らしき物に放り込んでいる。従前の地球上には確認されていないであろう、2足歩行のまさにバケモノという形容しかない者がそこに居た。

 飛び散る人とちぎれたその破片。血なまぐさい香りが立ち込める。倒れた人間を掴んではその異様な大きさの口に入れ頬張り咀嚼してはそれを吐き出す。そして周囲に遺体をばらまく。まさに人間裁断機のような……。掴み手が三本指しかないバケモノは次々と人々を殺戮していく。すると、突然、教皇のいた宮殿から凄まじい勢いでその白いバケモノに突進していく人影が現れる。

「神聖な神の御前で何たる所業を!」

 風のような身のこなしで人々を飛び越える長剣を携えたその人影は、中世騎士風にシルバー外装で全身を覆ったB-SABotであった。ラピスラズリの藍色が美しい細かな装飾があしらわれボディー。頭部では大きなファイアーオパールが輝いている。

「スピアリアーズ様だ!ディオニス!助けてください!ディオニス、ディオニス、ディオニス!」

 群衆からディオニスコールが巻き起こる。操作者であるユピトーニが教皇と入れ替わりにゆっくりと広間に姿を見せる。すれ違う際、教皇はユピトーニに声を掛けた。

「予言通りの姿ではないが、あの醜さはまるでアバドンだ。黙示録執行者はバチカンであらねばならない。あれをどうにか止めてくれ」

 深く頭を垂れるユピトーニ。顔を上げて睨んだ先にはすでに広間中央に仁王立ちしたバケモノが居た。

《コード オーバーアビリティ アルビトロ》

 ユピトーニの詠唱が思考伝達され、オーバーアビリティモードへと変化したディオニス。神々しいほどの銀白色の発光が淡いベールとなって外装を包み込む。

 対峙する白いバケモノは動きを止め見開いた血の気の無い眼光をディオニス二向ける。ゆっくりと両手を上げるディオニス。その手の平からキューブ状の光の珠が浮かび上がる。浮遊する光体はディオニスの手を離れ、30mほど先の白いバケモに向かい素早く移動したかと思うとその左右5mほどの所で白いバケモノを挟み込んで停止した。

「我が力をもって、神に仇なす者を時の狭間に拘束する」

 その言葉の直後、悠然と立っていた白いバケモノが苦しそうなしぐさを見せ始める。もがくような仕草ではあるが、その場から動こうとしない。何か目に見えない力によって地面に縛り付けられているようにも見える。祈りに似たポーズで白いバケモノを睨むユピトーニの鼻からは血液が滴り落ちている。

 身動きが取れない白いバケモノ。左右に浮かぶ光体がその白いバケモノとの距離をゆっくりと縮めて行く。その様子を捉えながらディオニスは西洋風の装飾がされた長剣を背中から抜くと、その剣を両手で構え、反重力のようなホバーリングで宙に浮きながら敵に向け一気に突進を始める。そして、四肢の自由を完全になくした白いバケモノにディオニスの一太刀が頭部から足元に向けて一直線に振り抜かれる。それは空気を切り裂く音と振動が数秒ずれて周囲に伝搬するほどあまりにも早い、居合いにも似た一閃であった。

 かわすことなど出来ない無慈悲な刃で白いバケモノは一刀両断。頭部から真っ二つになった(むくろ)が左右にずれ落ちる。

「ダメですか……」

 ユピトーニは苦々しい表情を浮かべ、突進したディオニスを自分の元へと後退させる。

 すると、崩れ落ちたはずの白いバケモノの死骸がもぞもぞと動き始め、増殖するアメーバのような動きとともに凄まじい速さで先ほどまでの白いバケモノの容姿に復元を始める。そして、両断された左右に2体。白いバケモノが分裂し復活を遂げてしまう。

 体制を直したディオニスは、すでにまた光体を放っていた。その光体は復活した2体の両脇に配置されその動きを封じている。再び長剣を両手に構えるディオニス。2体めがけホバーリングを開始する。今度は横に振りかぶった長剣で閃光の如き居合いを放つ。

「なに?!」

 先ほど白いバケモノを両断したときの空振とは違い、硬い金属音だけが辺りに響く。

「何で動けるのですか?!」

 重く鋭い一撃が……1体のバケモノの左腕だけで受け止められている。

 白いバケモノ達は光体の狭間からゆっくりと前進してみせると、ディオニスに向け(おぞ)ましい奇声を浴びせかける。その超音波のような音で人々は耳を押さえ倒れ込んでしまう。

 次の瞬間、奇声によって怯んだディオニスに向かい2体の白いバケモノが襲い掛かる。ホバーリングのまま長剣を巧みに操り応戦するディオニス。凄まじい手数の応酬。切っても切っても生えてくる腕。粘液質な体液が辺りに飛散する。そして、じりじりと宮殿の方に押し込まれるディオニスに周囲の信仰者達は祈るような眼差しを向けるのであった。

「我らが父よ。ここは危のうございます。裏手の車に早くお乗りください」

 その様子を気にすることもなく旧式の車に乗り込み、そそくさとその場を立ち去るローマ教皇の姿には、その場に居た誰もが関心をもっていない……。

「ママ、あれ!」

 その時、信者が連れた子供が、薄暗い空に向け指をさした。周囲の大人達がその方向を見つめ始めるとそのうちの数名が、信仰の徒であるような感嘆を漏らしはじめるのであった。

「おお、神よ」

「奇跡をお示しくださった!」

「予言の使途だ!」

 子供が見つけた流れ星は次第に大きさを増し、広間に向け飛来。落雷のような爆音が響かせながら広間中央に落ちた。

 衝突の手を止めた白いバケモノとディオニソスは、飛来した者の方を向く。衝撃でくぼんだ石畳と燃える炎の中からゆっくりと姿を見せたのは、漆黒の外装を纏ったB-Sabotであった。

 その姿を確認した白いバケモノの一体が魂の震えるようなけたたましい奇声を上げながら漆黒のB-Sabotに突進をする。一方、ユピトーニは周囲に操作者がいないか探索をしている。

 漆黒のB-Sabotは微動だにせず立ち尽くす。白いバケモノは野生の獣のような殺気を鋭い右腕に込めB-SAbotに襲い掛かる。

——操作者がいない?どうなっている……まさか……

 散漫した注意を漆黒のB-Sabotに戻すユピトーニ。

——な、何だ……と……

 そこには、先ほど飛び掛かったであろう白いバケモノの溶け(ただ)れた死骸が砕けた脊椎を(あらわ)にし、煙を上げていた。

 何が起きたか理解できないユピトーニ。唖然となるそのウェアラブル端末に(かす)れた通信が入る。瞬く間に焦燥の表情となるユピトーニは震える声で叫び始める。

「広間に居る皆さん!早くこの場を離れ地下に退避してください!急いで!」

 ディオニスの拡声器からユピトーニの震えた叫びが謁見広間に響く。

 その時、ユピトーニの眼球に映っていたのは、先ほど漆黒のB-Sabotが飛来してきたときとは明らかに違う奔星が幾つもの光の筋となりバチカンの夜空を妖しげに染める光景であった。



旧シリア領

南部の都市ダマスカス


 シリアを分断する形での領土占有を行っていたイスラエル軍とヨルダン軍、そしてシリア旧政権の残党によるテロリスト。この三つ巴の戦闘が続く都市ダマスカスでは、イスラエル軍が派遣しているB-SABot隊が最前線で戦闘を行い、そして、それを指揮しているスピアリアーズが存在する。その活動は、表向き国内治安維持活動という位置づけではあるが、実際は他国領土での侵略戦争であるため、国際的な批判と世界ビスマ協会 ( World Bsmmac Association : WBA )からの干渉を避けるため公にはされていない。

「ヨルダン空軍による空爆は昨日で終わるはずじゃないのか?!司令部のまともな報告なしでどうやって戦えって言うんだ!」

 大声で部下の報告に愚痴をこぼす男。鳴り響く銃声。戦闘機の飛び交う爆音が低い砲弾の音と混じり合う。

《B-SABot中隊アルファからフォックストロット全隊員に告ぐ。こちらはエーグ少佐だ。これより作戦行動を伝える、アルファ隊は空爆を行っている上空の的を速やかに落とせ。ブラボー、チャーリー、デルタ、エコー隊は全て市中央に向け進攻。発砲してくる市民を殲滅。足止めさせるのが狙いだから動きを止めるな。俺のアーレスとフォックストロット隊は外のヨルダンのFOXを掃討する。対ステルス戦車の兵装を各自忘れない事。以上。作戦行動に移れ!》

 インナートランサーで部隊に指示を送ったエーグは自身のB-SABotである重装したアーレスとともに動き出す。部隊の始動により激しさを増す戦闘が辺りを轟音で包んでいる。 

 その時、後方に向かうエーグの耳に戦闘音とは違う人間の断末魔の悲鳴が飛び込んできた。

《止まれ!前方50mのビルの右脇の路地。確認しろ!》

 その悲鳴が発せられたであろう路地に視線をやるエーグ。晴れているが戦闘の土煙でハッキリとは視認できない。が、何か大きな人影のようなものが見えている。

 エーグはアーレスの最大望遠で更に現場を探索する。すると、土煙の狭間から何者かが見え隠れしているが、その者はエーグの知りうる情報の中には無い対象であった。

《おい、なんだありゃぁ。ヨルダンの新兵器って冗談なら笑えないぜ……》

 隊員達もその者の姿を確認し始める。

《隊長……あれ何すか……人が食われて……》

《こちらエコー、こちらエコー、市街入り口付近で未確認生物と交戦中。ですが数が多いため進攻できません。後退命令を……あ、ワァー……》

《ピルストイ!応答しろピルストイ!……くそ!ブラボー、チャーリー、デルタ、エコー全隊、正体不明の標的が出現している。全隊一時撤退。ポイントツーツーまで後退しろ》

 征野(せいや)に身を置き続けた者は、その研ぎすまされた感覚で“死の境界線”が見えるという。それは、現実に見える線ではなく死線をくぐり抜けてきた者の“第六感”というべき能力なのであろう。この時のエーグ達にははっきりとそれが見えていた。得体の知れない何かとの間にはっきりと出来た“死の境界線”が……。

 砲弾で巻き上がる土煙が更に乾いた風で巻き上がる。その塵のかすれ箇所から殃禍(おうか)を体現するかような者の姿が徐々に浮き上がってくる。

「た、隊長、あ、あれ……」

 エーグにも見えている。だが、返答をしないのではなく言葉を失っているのだ。到底、表現が追いつかない……それは、全時代の恐竜を彷彿とさせる容姿……3mはある体に竜のような目と牙を湛えた頭部、手足には鋭く大きなかぎ爪を(しなら)らせている。だがそれとは異なる点がある。体表全部が白く粘液質な物質で覆われ太陽光をギラギラと反射させているのだ。そして、一体、また一体と数を増していく。

「ば、バケモノ!」

 近くに居た戦闘員からの銃撃をものともせず一心不乱に死体を貪り食っている。その振る舞いはまさに、人類に対し何か贖罪(しょくざい)を求める堕天使のような昂然(こうぜん)たる行為であるかのように見え、戦場から戦意を喪失させて行く。その間隙を切り裂くようにエーグがトランサーで叫び出す。

《こちらエーグ。全員、散開していつでも撃てるようにしておけ!俺が行く》

「コード オーバーアビリティ コマリカ」

 エーグの詠唱で外装を青白く発光させたアーレスが業火の勢いで光の弓を放つ。戦場に光る飛翔体が雨のように降り注いだ。

 迷彩服を脱ぎ捨て、アーレスとともにバケモノの群れに切り込むエーグに勝算がある訳ではない。相手のただならぬ雰囲気を察して下がった部隊の士気を気宇壮大(きうそうだい)な振る舞いでどうにか上げようとしての事である。それはまさに、スピアリアーズとして如何な者でも負けはしないという確乎たる信念そのものに他ならないのであった。

 その時、彼らの背後の上空で、陽の光を反射させながら煌めく二本のラインが滑翔しているの様子が確認された。乾いた大地、乾いた空。視界を霞める砂漠の空に流れるそれはまさに“白夜の帚星(ほうきぼし)”のように。

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