第十三話 輪廻
第十三話 輪廻
セピア色に染まる大気をかき分け、爆音を轟かせるCH-50輸送ヘリ。その機中、神谷は眼下を見渡しながら口を手で押さ大声を張り上げる。
「何この臭いは……硫黄?あちこち煙が上ってる。何が起きてるって言うの?」
「はい、僕も詳しくはまだ知らないんですが、とにかく今は一刻も早く目的地に行かないと行けないらしいんです。角田さんなんか、もう着いてるって言ってたしな」
「うん、うるさくてよく聞こえないわ、で、白石君、そちらの子は誰かしら。見覚えがあるし、私の記憶が正しければあなたはあの場で……」
「まあまあ神谷さん、そんなに睨まないでも。簡単に今に至る経緯だけ説明しておきますと、神谷さん達が岡山の現地に入った後、連絡が途絶えたじゃないですか。すぐに、本庁内でも意識喪失事案が多数発生しまして、その機能を完全に無くして大パニックでした。そこに彼が現れて、僕にこれを渡してくれたんです。神谷さんと後藤さんにも……はい、どうぞ!」
白石は、ショルダーバックのサイドポケットから従来の物より小型で赤いインナートランサーを神谷達に手渡す。そしてそれを着けるようにという仕草をしてみせた。
「何なのよこ……ん?えっ!ちょっと、あなたこれ……」
「な、何ですかこれ、情報?が流れてきます頭の中に」
「最初僕もびっくりしましたよ。でも、慣れますよすぐに」
神谷と後藤の驚きを楽しむかのように白石が戯けてみせる。
《こんにちは》
「ん、何?君?今の声。直接しゃべれば良いじゃない?!」
《ヘリコプターのエンジン音がうるさいので直接脳にお話しした方が良いと判断しました》
《わ、分かったわ。これ皆にも聞こえてるの?》
《きっこえってまーす》
《私も聞こえてます先輩》
《何なのこのトランサー。多人数送受信できたり情報学習が出来たり……》
《はい、これはインシピットトランサー。我々が独自に開発したネットを介さない機能拡張インナートランサーだと認識して頂ければ良いかと。情報漏洩対策も兼ねていますが“適正者”“の方しか仕えない代物です。そして、身につけている限り絶対に“黄泉送り”される事はない》
《この情報……これはまさか……神谷さん》
《ええ、そうね、君、白磁ユウ君……でいいのよね》
《はい。初めまして。ではないですね、白磁ユウと申します》
陽が沈み、辺りはすっかり薄暗くなって行く。神谷達を乗せたCH-50は、ゆっくりと旋回をしながら高度を下げ、和歌山県熊野市付近の山林に見えてきたヘリポートへ着陸しようとしていた。
或る白い場所
リホはゆっくりと目を開けた。
見上げる空は真っ白。左右を見ても同じ。
前後左右。今自分が立っているのか、寝ているのか……。すべてが真っ白の空間。
っと、背中に接している感覚を感じたリホは、ゆっくりと肘を立ててみる。
そこには、真っ白ではあるが地平が存在し、自分は今、座っているのだと認識できた。
「やっと来たね。早瀬リホさん」
リホは、言葉が発せられたであろう後方に首を向けた。すると、間近に白麻布を1枚まとっただけの青年が忽然と現れる。
「初めまして。アエテルニタース・ルーキウスと申します。あなたを待っていました。やっと遭えた」
青年は優しく微笑みを向けリホに近づいた。そして、その手をそっとリホに差し延べる。
「さあ、宣誓を始めよう!」
「そう急かさないでおくれ。あんたにゲストが来てるんだ。まずはそちらが先でいいじゃないか。あ、私かい、私はスロス・ミントドゥール。初めまして、フォロの第三の民」
今度は、見知らぬ女性の声がどこからか聞こえてくる。リホが辺りを見回すと、いつの間にか顔のすぐ近くに、分厚い本を手に持つ綺麗だがどこか冷たい目の女性が現れた。
「ふふ、初対面でそう顔を近づけるもんじゃ無いですよミントドゥール。普通、びっくりしちゃうから」
「ごめんよ。わたしゃ、こんな眼の子を見ると、ついお気に入りの本を読む時みたいに近づいちまう癖があってね。続けておくれルーキウス」
「ふふ、じゃあ、君に会いたいって人が来てるから、先ずはご対面といこう」
青年の言葉に呼応するように、リホの眼前に人影が浮かび上がって行く。そうして、次第に実体化した人影に何処か懐かしい感覚を覚えたリホの口から、吐息のような声が漏れる。
「お、お母さん?」
ルーキウスは戯けて涙を拭う仕草を見せ、小刻みに拍手を送る。
「リホ……会いたかった。あなた達に何もすることが出来なくて……。でも、これだけは分ってほしいの。いつでも、いつまでも、ずっと、私は、あなた達とつながっているって事を」
リホの前に立った老女はリホの頬を両手ですくい、瞳に涙を湛えながら暖かい笑顔を見せる。その時、リホには全ての記憶が収束されてゆき、抱かれていたのだという充足感が瞳から幾つもの輝きとなってこぼれ落ちる。
「時間が無いからよく聞いて頂戴。あなたは最後の姉妹になってしまったの。分るでしょ。あなたを失う訳にはいかないの。だから……決し……て……」
俄に実体化した人影をノイズが取り巻き、発せられる音声とともに急激に全体が陽炎の如く薄れ、そして、消えてしまった。
「お、お母さん!」
「切れちゃったか。しょうがないね」
残念そうな仕草を見せるルーキウス。すると、堰を切ったように大きな声でレチタティーヴォの一節を刻む調子で、リホに向け高らかに問いかけ始める。
「あなたは、己の存在する意味を既に理解したはずです」
「さあ、第3幹種としての答えを教えてください!あなたは、揺らぎの果てに生れ出た高峻なほどのその存在で何を望みますか?」
「私は、すべての真理よ」
分厚い本を閉じ、高らかに宣誓するミントドゥール。
「僕は、我が種の繁栄です」
両手を大きく広げ天を仰ぐルーキウス。
「私は……」
リホは、老女の顔を思い浮かべる。
「私は、”つながり”が欲しい。孤独じゃない……そう感じられるだけでこんなにも幸せなんですもの」
リホの言葉が周囲の真っ白い空間に轟渡る。すると、真っ白だった世界がリホを中心にどこまでも続く草原に青空、色鮮やかな花々に清新な風が跳ね回る生き生きとした世界に一変して行く。
「アエテルニタース・ルーキウス、答えは出たみたいね。アドナイに選ばれたのは、第3幹種。私たちはこれから彼らの言う”つながり”の手足となるわ」
「そのようですね。まだ、苦難はありますが、選ばれしあなたなら、きっと成し遂げてくれると、私たちは信じています。早瀬リホさ……ん」
突如、リホの意識がぼんやりと薄く、遠くなって行く。ゆっくりと閉じられる瞼。覗き込む青年と女性がその奥へと消えて行く。
和歌山県熊野市
某所
広がる森林地帯に神谷達を乗せたCH-50が吸い込まれて行く。初夏で生茂った木々の枝葉。その隙間から苔生むした神社の屋根とその境内が見えてきた。ゆっくりと着陸する。ランディングスキッドが地面に着くのを待ちきれない神谷、後藤、白石は、飛ぶ様に境内に降り立ち、辺りを観察し始めた。先ず3名の眼に飛び込んだのは、上空からはただの大きな岩としか見えなかった境内の隅にある岩石。しかし、地上からは大きな岩穴への入り口が口を開け、その先に地下へと続く長い長い石階段が見えた。思わず近寄り覗き込み3名。人気のない地下からは冷気が吹き上げている。
「さあ、参りましょう。中でお仲間がお待ちです。あと、皆さんをご案内している間、アリスさんは我々がお預かり致しますね」
頷く神谷を追い抜いた白磁は、その背中で地下へ地下へと彼らを誘うのであった。
「わー、なんですかこれ、どんどん地下に行きますよ!見てください先輩、あれ!湖がある!地下なのに!うわぁーすごいや」
はしゃぐ白石をよそに意外にも冷淡な様子で進む神谷と後藤。そして先ず神谷がゆっくりと言葉を投げた。
「で、何で私たちなの?」
「はい、それはもちろん“選ばれし人たち”だからです」
後藤は眉間にシワを寄せ、階段脇に広がる地下世界に眼をやりつつ、神谷と白磁の会話に聞き耳を立てている。
「この何とかトランサーの詰め込み教育って、結局、君の情報と君の組織の情報だけしか無いわよね。今、上で起きる事とか重要な事が何にも伝わってこないわ」
「我々は、結社金鴟はいわゆる日本の裏の顔。表向きは古来から熊野を拠点に神道を全国に勧請する宗教団体ですが、実際は、日本の政治経済を裏から支え操ってきたまさに地下政府……この事だけはご理解頂かないと話がすすみませんのでお見せした方が早いと判断しました。我々は敵ではないのです」
白磁が微笑みながらゆっくりと言葉を続けた。
「こちらです」
石階段を下りきり地下空間に広がる石畳のフロアーを進んで行く。しばらくの後、神谷達は思わず足を止め言葉もなく息を呑んだ。それは、地上にあった古ぼけた社とは違って、何本もの太い柱木の束の上に荘厳な大社造りの社が据えられた神宮のような佇まいの建造物があり高潔で神聖なオーラを放っていたからだ。そして、大きく八の字に開いた檜皮の屋根間へと一行を不思議な力で吸い寄せ、その内部へと誘って行く。
社の中。畏怖の表情を隠せない神谷達。かなり奥行きのある大きな部屋にたどり着く。暗がりの室内にポッと柔らかい白熱光が満ちると、その部屋一面に整然と並べられた魂の無い人形達が現れた。神谷、後藤は訝しげに一歩下がり、白石は眼を輝かせ部屋へと駆け入る。
「これが、僕の兄弟達です。そして、皆、失敗作……」
「これが、すべてヒューマノイド?!」
「はい、世界には十三体の自我覚醒したqAI内蔵ヒューマノイドが存在します。そのうちの一体。自我覚醒個体 コードネーム グノーシス。そして僕たちはそのレプリカです」
神谷は、その言葉を聞くや身につけていたロケットペンダントを握りしめ、奥歯を強く噛み締めた。後藤はその肩にそっと手を置き、優しく語りかける。
「あれは事故です。誰のせいでもありません」
「ありがとう……そうね」
神谷の体から力が抜けて行く。白磁は神谷の落着きを確認すると、神谷の方をゆっくりと向いた。
「7年前、日本にある一体の自我覚醒体が暴走。その時に死亡した研究者が神谷沙也。あなたの妹さんでしたね。僕にもその当時のサポートプログラムとしてのログが残っています。あの時、妹さんは……」
「いいわ!言わないで。分かってる。あなた達のせいじゃないわ。フィアンセだった後藤君だって……あの時点で、機械が人を愛する何て誰も予測できないですもの。でも逆に、妹はあなた達の事をとても愛していたのよ。だから、それ以上は言わないで」
後藤は拳を震わせうつむいている。
「半年前、彼は失踪しました……7年前の暴走とは明らかに違います。アトムスフィアからのアクセスログファイルも確認されていて、それが直接的な要因ではないかと考えられます。そして、向かった先……それは、早瀬リホさんの元……。愛情、なのですかね。僕たちにはよく理解できません」
白磁そっくりの人形に近づき、皮膚感を間近で確かめる神谷。
「全世界に現れた十三の覚醒体により示された様々な予言。それは人間の理解できる物ではなく、ただ、人よりも上位種になろうとしている生命体からのまさしく教戒。異種族となってしまった時点で起こるであろう生存を駆けた争い。覚醒体の中ですらその意味をはき違え、人を殺めるという行為に及んだ個体もいた……それが……言わなくても流れてくるわ……このトランサー」
「申し訳ありません。辛い過去なのですよね。そういったリーディングエモーションがまだまだと言えます我々は。ただ、全てをお伝えする義務があります。もう一つ……お見せしなくてはならない物が」
ゆっくりと歩みだす白磁。神谷、後藤、白石はその後を静かについていく。
「この奥になります。足下が悪いので気をつけてください」
「神社の中にいきなり洞窟みたいねまるで……ごつごつと岩ばかり」
「探検気分。楽しくなってきましたねー」
いつの間にか、人一人がやっと通れるほどの岩穴を進んでいる4名。先頭を歩く白磁が急に歩みを止め、前方の拓けた先を指差した。
「あちらです。古来、我々金鴟が組織された理由。幾多の時代、如何な呻吟をもはね除け、そのすべてを捧げてきたご神体……聖蹟岩。またの名をシューシュポスの岩。情報をトランサーで送ります」
全員、耳に手を当て、真剣な眼差しで岩に近づいて行く。
「永遠の苦行……終わらない苦しみ……ですか」
「一体どういう意味なの?そして、これ……この岩の中に見えるのって……人?」
突き当たりの空洞一杯に収まったクリスタルのような輝きを見せる岩。全長五メートルもある岩を見上げる3名を後ろから眺めている白磁は、彼らに送られている情報を補足する。
「彼女は一人、あの岩戸の中に閉じ込められて幾千年を生きています。持てる記憶を搾取され続ける悲しき存在として。しかし、我らもそんな彼女の記憶を救世済民の標と信じ、巫女として守り続けている……彼女からすれば、欺瞞に満ちた愚者にすぎないでしょうが」
「白磁君、君たちは一体……」
後藤の口から湧き出る疑問に呼応し、白磁はゆっくりと神谷達の方に振り向き、言葉を重ねる。
「これからお見せする映像は、彼女からLOQCにより読み取り解析、再現した記憶です。その物語は今現在起きている事象の始まりであり、これから人類が遭遇しうる苦難の兼言。さあ皆さん、時間は余ありません。トランサーに耳を傾け、ゆっくりと眼を閉じてください」
彼らの頭の中に流れ込んでくるその物語は、どこか悲しいげで切ない草笛の調べから始まるのであった。
※小説家になろうでの連載は以上になります。
続きが気になる方はメッセージをお願い致します。




