表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
転生ヤンキー、異世界で天下一(てっぺん)をとる! ボンタン狩り編  作者: 知恵利一


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

8/9

第七章 勝つ意味

ボンタン狩りは、ついに最後の二人へ。

狂人との死闘を越えた善二の前に現れたのは、四天王の一人――上代龍平。

かつて現世で交わった二人の因縁。

助けた者と、助けられた者。

憧れ、負い目、悔しさ、そして乗り越えるべき壁。

咬噛善二と上代龍平。

互いの誇りを懸けた、最後のタイマンが始まります。

 戦いの余韻がまだ地表に燻っている中心広場は、まるで音という概念が失われたかのように静まり返っていた。

 そこへ駆け込んできた美柑と、必死に善二の脇を離れようとしないピックルが、沈痛な面持ちで彼の状態を見守る。

 「――フルヒーリング・オール!」

 テンテンの澄んだ声が空気を震わせた瞬間、善二の全身は柔らかな光に包まれた。上空から舞い降りるように羽ばたき、テンテンはその身体へ治癒の魔力を降り注ぐ。

 「テンテン……それ、治癒系でも最強クラスの魔法じゃん。アンタ、そこまで到達してたとはね」ピックルは感嘆の声を上げる。

 「ええ。私は元々、補助と回復の専門職でしたから。それにこの魔法は……代償として、ひと月に一度しか使えないのです」

 その言葉の通り、善二の体を覆っていた裂傷、瘀血、打撲、骨折の全てが瞬く間に回復していく。頬を伝っていた血の筋も綺麗に引き、失われていた血色が戻っていく。

 「これで身体はもちろん、精神力まで回復しました」

 閉ざされていた瞼が微かに揺れ、善二はゆっくりと上体を起こす。

 「……ここは……? ……あぁ、狂人とやり合ったんだよな。で、あいつは……?」

 「残念だけど、息絶えてるわ。あれだけ怪物じみた力を振り切ったんだから……代償の反動は常軌を逸したものよ」ピックルが静かに答える。

 「そうか……。狂人――あいつは強かった。なんかまだ実感ねぇけど、俺……勝ったんだな。それにしても四天王ってのはやっぱ別格だな。こんなのが、まだ三人もいるのかよ」

 そう言って善二はふと、別の人物を思い出した。

 「――龍平だよ。あの野郎……四天王の一人だったんだ!」

 その言葉に、美柑もテンテンも息を呑む。

 「最初の町の宿屋で会った、あの金髪坊主っしょ? よく無事でいれたわねアンタ……」

 「狂人も何か言ってたが……そんなヤベェやつなのか?」

 「なんでも強い奴を探しては片っ端から潰すんだって。四天王の中でも群を抜いた危険人物よ」

 「……そうか? 俺にはそう見えなかったけどな」

 「――だとしたら、てめーの目は節穴だな、咬噛」

 鋭い声音が、広場に突き刺さった。

「なっ……! 龍平!」

 突如として現れた男に、場の空気が一気に張り詰める。

 龍平は善二を一瞥しただけで、淡々と告げる。

 「残ったのは……てめーと俺。二人だけだ。――もはやテープの色なんざ関係ねぇ」

 そう言い残し、東端にあるというアスラリングへと歩み出す。

 「さっさと来い。体は……完全に戻ってんだろ」

 一度たりとも振り返ることなく、その背中は廃墟の奥へと消えていった。

 「ちょ、ちょっと善二! もうやめときなよ! アンタじゃ勝てる相手じゃないってば!」

 美柑の叫びは、善二の胸には届かなかった。

 「……ふざけたこと言うんじゃねぇ! 勝てそうだから戦う? 負けそうだから逃げる? そんなシャバい真似、漢としてできるかよ!」

 善二の眼差しは、完全に闘う者のそれだった。

 「アイツと俺……どっちが強ぇのか。――はっきりさせる!」

 善二は美柑の制止を振り切り、龍平の消えた方向へ一直線に駆け出した。

 その背には、迷いはひと欠片もなかった。

 アスラリングには龍平が仁王立ちして待ち構えている。

 傍の鬼マルは善二が来たのを見て、そそくさとその場を離れた。

 二人はお互いを見据える。

 ――しばしの沈黙。

 それはやがてガンマンが銃を抜き出すように、お互いのメンチビームが放たれた。

 衝突が破裂音と共に弾け、善二の足が地を離れた。圧倒的な光の奔流に押し負け、善二は地面へ叩きつけられる。

 「……っぐ……!」

 その善二を、龍平は冷ややかな眼差しで見下ろした。まるで答え合わせでもするような視線だった。

 「やっぱりな。――てめぇは昔から変わんねぇよ、咬噛」

 善二は眉をひそめる。

 「……なんだと?」

 龍平は鼻で笑い、しかしその声音はどこか遠い記憶を手繰るようだった。

 「……中坊の頃の話だ」



 あれは、龍平がまだ中学二年だった日のことだ。

 人気のない近場の公園へ連れ込まれ、ひとつ上の先輩五人に囲まれ、逃げ場もなく殴られていた。

 「てめぇは調子乗ってんだよ、龍平!」

 顔面に飛んでくる拳。腹に突き刺さる蹴り。

 屈辱と恐怖で肺が潰れかけていた時――ズドン‼︎ 一人の先輩が、壁に沈むように吹き飛んだ。

 「……あ?」

 次の瞬間、龍平の視界に映ったのは、夕陽を背負って立つ、赤髪の不良――咬噛善二。

 その眼は、誰の威圧にも屈さぬ、圧倒的な闘志で満ちていた。

 「おい、お前ら」善二は乱暴に短ランの襟を正しながら歩み出る。

 「五人いんのに、たった一人相手に粋がってんじゃねぇよ」

 先輩たちは叫びながら襲い掛かった――だが、善二はその全てを一蹴した。

 拳が落ちるたびに鈍い音が鳴り、蹴りが放たれるたび、先輩たちは次々と地へ沈んだ。

 そして善二は最後に龍平へ視線を向け、その場で一生忘れられない言葉を吐いた。

 「お前はこれから先、地べたに手ぇついて、相手を見上げて生きんのか? 違うだろ。手は地面なんかにつけるもんじゃねぇ――向かってくる相手の胸ぐらを掴むためにあんだ。やられたら、やり返せ。弱ぇなら鍛えろ。誰にも負けねぇぐらい、徹底的に強くなれ!」

 その言葉は、龍平の心に燻っていた小さな炎へ、薪を山ほど投げ込むような衝撃だった。

 ――燃え上がる。

 ――止まらない。

 そして高校へ上がる頃には――龍平は学区一帯を制する最強と呼ばれる存在へと変貌していた。

 だが、力を得た龍平の周囲から、人影は消えていった。

 誰も寄らず、ただ道を開けるだけ。それは称賛でも尊敬でもない。畏怖だ。その冷たい視線は、心を潤すどころか、ただ孤独の色を濃くしていった。

 そんなある日――龍平はかつての自分と同じ状況を目の当たりにする。

 素朴な学生が、五人組の不良たちに囲まれ、殴られ、踏まれ、唾を吐かれ――

 我慢は、もうできなかった。

 「てめぇら……俺のシマで、なに好き勝手やってんだ。潰されてぇのか……あん?」

 不良の一人が青ざめた声を漏らした。

 「なっ……涼成高校の上代!」

 「おい、お前――」龍平は血まみれの学生へ荒げずに言う。

 「ここから逃げろ。こいつらは俺が片付ける」

 その学生は震える脚で走り去った。

 「ちっ……上代相手じゃ五人でも分が悪い……!」

 「うるせぇ!」一人が叫び、ポケットから黒光りするスタンガンを取り出した。

 「こっちはこれがあんだよ!」

 「……腐ってる奴は、どこまでも腐りきってんな」龍平は学ランを脱ぎ、拳を鳴らす。

 その音に、背筋が凍るような威圧が宿る。

 「いくぞ! 全員でやれ!」

 五人が一斉に飛びかかってきた。

 だが三人は龍平の前に立つ間もなく沈む。残る二人が背後を取り、羽交い締めにした。

 「よく押さえた! 今だ、上代にぶち込め!」

 バチバチバチッ――

 青白い電流が龍平の全身を駆け抜ける。

 「ぐっ……はっ……!」

 龍平は羽交い締めにしていた男ごと前へ崩れ落ちた。

 「……やった、やったぞ! 上代を倒したぞッ! はははは!」

 スタンガンの男が勝利の雄叫びを上げたその瞬間――ドガッと、何かが弾ける音が響く。

 男の顔面は蹴りで鼻が砕かれ、金網へ叩きつけられて気絶した。

 龍平が必死に片目を開く。

 その視線の先に立っていたのは――咬噛善二だった。

 「……また……お前かよ……横取りしやがって……気にくわねぇ」

 善二は短く言った。

 「それだけ喋れりゃ、大丈夫だな」

 そして何事もなかったかのように背を向け、立ち去った。

 その後ろ姿は、龍平の脳裏に焼き付いたまま消えなかった。

 「……俺は、またあいつに助けられたのか……くそっ……気にくわねぇ……! 一人で倒せた……なのに、いいとこだけ攫っていきやがって……!」

 その日以来、龍平は誰かに助けられることを心底嫌うようになった。正義感でも弱者救済でもない――あの日の悔しさが、彼の根幹に深く突き刺さった棘となった。

 そして後に、ケルベロスを仕留めかけた瞬間に善二が獲物を横取りした――そう錯覚し、逆恨みする遠因にもなった。

 龍平にとって咬噛善二は、憧れであり、壁であり、そして何より――乗り越えるべき宿敵なのだ。



 「――これが、お前に負い目を感じ、見逃し続けてきた唯一の理由だ」

 龍平は静かに告げた。

 ケルベロス戦の時点ですら、その実力は善二を大きく凌駕していた。

 だが――ひとつだけ、龍平の中に燻り続ける“しこり”があった。

 かつてリンチに遭っていた自分を救った善二への、あの負い目。

 龍平は卑怯者ではない。

 だが善人でもない。

 ただひとつ――受けた恩は必ず返すと、己に課した信条だけは裏切らない男だった。

 そして今、ようやくその借りを返す機会が訪れた。胸の奥の負債を清算し、ようやく真正面から立てる。

 「ここからは――遠慮も手加減も一切なしだ。全力でテメェを叩き伏せて、俺の力を証明する。乗り越え、俺はてっぺんを取る」

 善二は鼻で笑った。

 「てっぺんを目指す……? ギャグセンスが壊滅的だな。俺はこれから先――誰一人として負けるわけにいかねぇんだよ」

 善二はゆっくりと立ち上がり、龍平を真っ向から見据えた。

 放った言葉の通り、不屈の眼光で。

 「はっきり言うぜ、龍平。俺はお前を助けたなんて、一度たりとも思ったことはねぇ」

 龍平の眉がぴくりと動く。

 〈勝手に助けられたと思い込んで、勝手に借りを感じて、勝手にチャラにしたいなんてよ――笑わせんな。そんなの、テメェの自己満だ」

 「……なんだと?」

 「気づけよ。てめぇが俺を見逃してきた理由――それは恐れだよ」

 龍平の目が見開かれる。

 「現世で俺と初めて対面した時からずっとだ。お前は心のどこかで咬噛善二という壁を作っちまっていた。乗り越えられねぇ壁を――自分でな!」

 善二の声は雷のように響く。

 「それをこの世界まで持ってきて、恩だの借りだの理由つけて誤魔化してんじゃねぇ! ダセェんだよ、上代龍平!」

 「……ッ‼ こいつ……殺す」

 「そうこなくちゃな! 俺を舐めたまま戦われても、一瞬でケリがついちまうからよ!」

 言葉という殴り合いを経て――龍平の本気が、完全に引きずり出された。

 地を割るような殺気がぶつかり合い、周囲の空気が悲鳴を上げる。

 これが真のボンタン狩り――そして、咬噛善二と上代龍平。因果を断ち切るガチンコバトルが始まる。

 先に仕掛けたのは、咬噛善二だった。

 「番核発動――っ! バイバイララバイ八倍!」

 爆ぜる赤黒いオーラ。

 寿命を削る代償など、今の善二には思考の片隅にもない。勝負を、一気に終わらせるトップギアで踏み込む。

 地を蹴り砕き、跳躍。

 大気が悲鳴を上げるほどの速度で善二は天へ躍り――

 「――八倍! 超ネリチャギだぁ!」

 流星のような踵落としが、重力ごと叩き伏せる勢いで降下する。

 その速度は、ピックルにも、美柑にも、テンテンにも――一筋の線にしか見えなかった。

 対して龍平は、静かに瞼を細める。

 「番核発動――サキヨミゴロー!」

 龍平の周囲の空気が歪む。

 未来の一手を読み切るヤンキースキルが起動した。

 次の瞬間――善二の超ネリチャギは、空を切った。

 轟音と共に地面が陥没し、粉塵が天地を覆う。

 しかしその灰煙を裂きながら飛び出したのは――龍平の拳だった。

 「――ステゴロ!」

 黒鉄の塊のような拳が善二の顔面に突き刺さる。

 善二の身体は、砲弾のように吹き飛び、廃墟ビルへ激突した。

 「……ちょ、ちょっと……レベルが違いすぎない?」ピックルの声は震えていた。

 「上代も四天王の一角……当然、化け物よ」美柑でさえ目を離せない。

 だが、龍平は冷然と言い放つ。

 「こんなもんじゃねぇだろ……咬噛!」

 その声に応えるように、瓦礫を割って善二が姿を現す。血を拭い、ギラついた眼で龍平を睨む。

 「……てめぇのその力、俺の八倍の動きを完全に見切っていた。鴉丸狂人ならともかく、普通なら有り得ねー。これは俺の推測だが、もしかしてお前は俺の動きがスローに見える……もしくは先を読んでる。だとすりゃ、代償も相当なもんじゃねぇか?」

 龍平の瞳がわずかに揺れた。

 「思ったより冴えてるじゃねぇか。その通りだ……俺の能力は相手の一手先を視る力。だが当然、等価交換――代償は視力だ」

 善二は息を呑む。

 「視力……削ってんのか?」

 「サキヨミゴローを使うたびに、視力は0.01ずつ落ちる。いずれは光すら掴めなくなるだろうな」

 龍平は嗤った。その笑みは、諦観でも、弱さでもない。むしろ誇りだった。

 「安心しろよ咬噛。俺の元の視力は3.0だ。今はまだ――2.5ある。お前を叩き潰すには十分すぎる」

 善二はわずかに目を見張り――そして笑った。

 「……元が3.0って――日本人の域を超えてんぞ、てめぇの目は」

 二人の笑みは、一秒後には殺意へ変わる。

 そして戦場の空気は、さらに張り詰めていく――。

 粉塵が薄れ、再び互いを射抜くように視線を交わす善二と龍平。

 しかし、その戦場のわずか後方では――三人が息を呑み、恐怖と焦燥の間で揺れていた。


 「……冗談じゃないわよ……化け物二人を同時に見るなんてさ……」

 美柑は震える指でスカートの端を握りしめていた。普段の豪胆さは欠片もなく、視線は二人の闘争から離れない。

 「善二……八倍まで使ってるのに……押されてる……!」

 ピックルは両手の羽根を胸の前で固く合わせ、祈るように見つめていた。その小さな体は、風圧だけで吹き飛ばされそうなくらい震えている。

 テンテンは静かに目を閉じ、戦況を冷静に解析していた。けれど、その表情には明確な焦りが混じる。

 「……マズいですね……。龍平さんの未来視は、善二さんの攻撃手段をほぼ封殺している。しかも彼の視力はまだ十分残っている……八倍程度では突破できません」

 「ちょっと待って、じゃあ……どうすんのよ!」美柑が声を荒げる。

 テンテンは一瞬ためらい、小さく首を振った。

 「……正直に言えば……今のままでは善二さんに勝ち目はありません」

 「はぁ⁉︎ じゃ、じゃあ善二は……!」ピックルの瞳が潤む。

 テンテンは視線を二人へ向け、苦い声で続けた。

 「龍平さんは……視力という大きな代償を払っている。でもそれは裏を返せば、勝つためなら目を捨てる覚悟すら出来ているということです」

 「……目を……捨てる……?」美柑の顔から血の気が引く。

 「はい。あの方は……てっぺんのためなら、視力さえ代償にできる。それは善二さんと同じように――命を削る覚悟を持っているんです」

 それを聞いた二人の喉が、ごくりと鳴った。

 善二 vs 龍平 ――その闘いはもはや強さ比べでも、名誉でもなく、覚悟の勝負。

 「……善二……アンタ、本当に勝てるの……?」美柑が絞り出すように呟く。

 その瞬間。

 粉塵の向こうから、爆ぜる音と共に二つの影が再び激突する。

 赤黒い軌跡を描いて突進する善二。迎え撃つ龍平の眼は、ぎらつきながらも確実にそして少しずつ光を失なっていく。

 テンテンの声が震えた。

 「……時間との戦いです。どちらが先に――自分の限界を越えきれるか……」

 三人はただ見つめるしかなかった。二人の闘いに、一切口を挟むことも、助ける術もない。

 ただ――善二が倒れぬことを。龍平が止まらぬことを。この闘いの行く末を、ただ見届けるしかなかった。


 善二は焦燥に駆られていた。八倍という極限強化を解放しているにもかかわらず、龍平の先読によってすべての攻撃が無為に終わる。

 (――このまま八倍を連打し続けるなんて不可能だ……)

 善二はふいに駆ける脚を止めた。

 「……?」

 動きを止めた善二を見て、龍平も瞬時に歩みを止める。

 次の瞬間、善二の体から八倍のオーラがふっと消えた。

 「てめぇ……何を企んでやがる?」

 「このままじゃ、どっちかの代償が先に尽きる。そんなんで終わる勝負は性に合わねぇ」

 龍平が鼻で笑う。

 「咬噛――お前、その覚悟で戦ってんじゃねぇのか?」

 「あぁ。そのつもりだ。だからこそ……ここで決着つけんだよ」

 その瞬間、善二の周囲の空気が赤熱し、渦を巻いた。熱風が地を焦がし、まるで雷のようなビリビリとした放電が奔る。

 「とっとと終わらせるぞ、上代! ――バイバイララバイ十倍!」

 爆ぜるような膨張オーラ。狂人戦を超える重圧が空間を歪ませる。

 それを察した龍平の口元に、薄く笑みが浮かんだ。

 「ハッ……俺のサキヨミゴローは最強だ。どれほど速かろうが、未来視は覆らねぇ!」

 「だからだよ。お前とは相性が悪い。未来が見えるなら――命で殴るしかねぇだろ」

 「まさか……てめぇ……!」

 「うぉらあああああ!」

 善二の突進は音壁を砕く勢いで龍平へ飛び込む。

 「チッ……!」

 龍平の顔面の横数センチに、頬は切れ、凄烈な風圧が通り抜けた。

 龍平の眉間に焦りが浮かぶ。

 「未来視を……外された……? なら――当たる直前にカウンターを叩き込むだけだッ!」

 善二が再び地を砕きながら突進する。

 龍平はその軌道をその瞬間に読み切り、迎撃の構えへ移った。

 「――【八龍頭突き(パッチギ)】ッッ!!」

 ――轟音。

 龍平の渾身の頭突き。

 二人の額が噛み合うように激突し、善二の体は空中を数回転して吹き飛んだ。ビル群へ叩き込まれ、壁面が大きく陥没する。

 善二の額は裂け、大量の血が溢れていた。白目を剥き、意識は暗転している。

 龍平の額からも鮮血が滴り落ち、体は崩れ落ちそうに震えていた。

 善二はピクリとも動かない。

 龍平は膝をつきながらも、気迫だけで立ち続ける。

 「……これで……終いだ……咬噛。俺の……勝ち――」

 その瞬間。瓦礫が爆ぜるように上空へ弾け飛んだ。

 そこには白目のまま立ち上がる善二の影。

 「――咬噛……⁉ てめー化け物かよっ!」

 龍平は反射的に構えを作り直した。

 「なんで……立てんだ⁉ お前をそこまで……突き動かしてるもんは何なんだよ!」

 善二は、額から血を滴らせたまま、かすれた声で答えた。

 「……負けらん……ねぇ……」

 「はぁ⁉ 聞こえねぇぞ、咬噛!!」

 善二の声が震える。怒りではなく――自分への叱咤だ。

 「……こんなとこで負けてたら……これから先、どんなデカい敵が出てきても……俺のてっぺんなんざ……たかが知れてんだよ!!」

 龍平の瞳が揺れる。

 善二は拳を強く握りしめ、吐き捨てた。

 「上代……てめぇは戦いの最中でもずっと能力を使い続けてる。代償は視力だ……それでも覚悟を決めてる」

 善二は己の胸を拳で叩いた。

 「けどよォ……俺は寿命削ることにビビっちまってた。日和ってたんだよ……情けねぇほどにな」

 善二の全身が震える。恐怖ではなく、覚悟が沸騰している証だ。

 「だから――俺も命賭けて向き合ってやるよ」

 紅いオーラが善二の中心から吹き上がる。

 「【限界突破リミッターカット】ッ!!」

 刹那、周囲の空気が悲鳴をあげた。大地が裂け、空気が焼ける。

 「バイバイララバイ……二十倍!!」

 龍平の表情が凍りつく。

 「――っ! ま、まずい……サキヨミ……!」

 発動しようとしたその瞬間――善二の姿が消えた。

 現れたのは、龍平の眼前。

 「――な……!」

 「【勝上凄殴カチアゲアッパー】ッ!!」

 マグマのような闘気を纏ったアッパーが龍平の顎を撃ち抜く。龍平の体は天へ向け弾き飛ばされ、意識が飛びかける。糸の切れたマリオネットのこどく、力無く落ちゆく。

 だが――善二の追撃は終わらない。さらに下段に力を溜める。

 「バイバイララバイ――三十倍……!」拳が光を孕み、空気が爆ぜる。

 龍平はもはや抵抗すらできず、しがみつくように空中を漂う。

 「あれを食らったら……死ぬ……! 間違いなく……死ぬ……!」

 「善二! もうやめなさい! 勝負はついてるのよ!」ピックルの叫びは、リミッターカット中の善二には届かない。

 美柑たちが善二へ駆け寄ろうとした瞬間――爆風が三人を吹き飛ばした。

 善二の拳が龍平の顔面に到達する――寸前。

 「――鬼気一発ッ‼」

 ――だが放たれるはずの拳は不発に終わる。

 善二は力尽き、糸が切れたように崩れ落ちた。

 同時に、龍平も制御を失った体で地面へ叩きつけられる。

 静寂。

 二人は動かない。

 地響きさえ止まった世界に、ただ砂埃だけが舞っていた。

 土煙がゆっくりと晴れていく。

 その中心には、互いに昏倒したまま動かない善二と龍平――

 ただ静かに横たわっていた。

 「善二――っ!!」

 真っ先に飛び込んだのはピックルだった。羽ばたく力が弱まり、今にも墜落しそうなほど震えている。

 「お願い……アンタ、返事してよ……!」

 震える手で善二の頬に触れる。しかし、反応はない。

 「……くそっ、善二……!」

 美柑も駆け寄り、血に濡れた彼の体を抱き起こした。

 彼女のその顔は、普段の勝気さではなく、必死の思いに歪んでいる。

 「こんなボロボロになるまで……やらなくてよかったのに……!」

 美柑の声は震え、怒りと心配が入り混じったものだった。

 テンテンは龍平のほうへ駆け寄り、その様子を確認する。

 「……こちらも重症です。意識は完全に途切れています」

 テンテンは眉を下げ、静かに首を振った。

 「二人とも……これ、本気で殺り合ってた……」美柑が噛みしめるように呟く。

 「前の柳剣正戦の時よりも……明らかに命懸けだったっち……!」鬼マルが龍平の側にしゃがみ込み、歯を食いしばる。

 テンテンは善二の胸に両手をかざした。

 「応急の治癒魔法を施します。しかし……さっきフルヒーリング・オールを使ったばかり。これ以上の大規模回復は……もう私には……」

 「できる範囲でいい! 頼むテンテン!」美柑が叫ぶ。

 「……はい」テンテンは小さく頷き、優しい光を善二と龍平へ注ぎ込んだ。それは傷口を閉ざすには足りないが、命の灯火だけは繋ぐ力だ。

 「善二……アンタ……なんでそこまで……」

 美柑は顔を伏せて、善二の手を握りしめる。

 ピックルは善二の胸の上で泣きそうな顔をしていた。

 「てっぺん目指すんだろ……? だったら、こんなとこで……寝てんじゃないわよ……!」

 テンテンが静かに告げる。

 「――二人とも、死んではいません。ただ、魂が限界まで擦り切れています。意識が戻るまで……しばらく時間が必要でしょう」

 その言葉に、美柑もピックルも、鬼マルも――胸を撫で下ろすように大きく息をついた。

 だが、次の瞬間。テンテンが顔を曇らせ、善二の胸に手を触れた。

 「……これは……善二さんの寿命が……目に見えて減っています……!」

 「え……?」ピックルが顔を真っ青にする。

 「――リミッターカットと、バイバイララバイ三十倍……命を削る技を、短時間に立て続けに使いすぎました。今は安定していますが……このままだと……」

 美柑が震える声で問う。

 「このままだと……どうなるの……?」

 テンテンは目を伏せ、静かに答えた。

 「――善二さんの残りの寿命はもしかしたら、もう僅かかもしれないです」

 一同に戦慄が走る。

 「ふざけんなよ……! アイツ……生き返って……親孝行するって……言ってたんだぞ……!」美柑が声を震わせる。

 「……善二……アンタ……」ピックルの声は涙を堪えるようにかすれていく。

 静寂の中、風が吹き抜けた。

 その風の先――アスラリングの中心部で倒れたままの二人は、静かに呼吸を繋いでいた。

 しかし――それぞれが背負った代償は、もはや誰の目にも明らかだった。



 激闘の死闘から、すでに一週間が過ぎていた。

 宿屋の一室には、ピックル、美柑、テンテンの三人が静かに佇んでいた。

 窓辺から差し込む朝光が、ベッドに横たわる善二を淡く照らしている。

 そのとき――ずっと一定に刻まれていた寝息が、ふと途切れた。

 「……ん? こ……ここは……?」

 わずかに開いた瞼の奥で、ぼやけた視界が仲間たちの姿を映し出す。

 「俺は……一体……」

 「善二〜ッ! やっと目ぇ覚ました〜!」弾丸のように飛び込んだピックルが、勢いのまま善二の胸に抱きついた。

 「ピックル……? 美柑に、テンテンも……」

 「やっと起きたわね。……べつに心配してたわけじゃないけど」

 「美柑さん、毎日毎日、食事も寝る間も惜しんで様子を見てましたよ?」

 「てっ……テンテン!? アンタ余計なことを……!」

 その光景に、善二は思わず笑みを浮かべた。

 だが次の瞬間、善二はハッとしたように身を起こす。

 「そうだ……上代とのタイマン……! どっちが勝ったんだ⁉」その拍子に胸元へ滑り落ちた金属の重み。視線を向けると――“隻眼龍のメリケンサック”が、静かに置かれていた。

 「……これは……?」

 「それね、上代龍平がアンタに置いていったのよ」

 ピックルが息を整えながら、事の顛末を語り始めた。

 「……アンタの最後の鬼気一発は、上代龍平には届かなかったの。当たる刹那で、アンタは力尽きて倒れた。龍平も地面に叩きつけられて昏倒。――要はダブルノックアウトよ」

 「ダブル……ノックアウト?」

 善二の目が驚愕に見開かれる。

 「それじゃあ、なんで俺の手元にメリケンサックが……?」善二が再びそれを手に取る。

 金属の冷たさが、妙に重く感じられた。

 ピックルはため息を一つつき、言いにくそうに続けた。

 「……これを聞いたら、アンタ絶対納得しないと思うけど」

 「なんだよ。気になんだろうが」

 「はぁ〜。先に起き上がったのは上代龍平の方だったのよ。それで大会側が彼の方を勝利者とした。でも彼は彼で納得いくものじゃなかったのね。アンタの胸に隻眼龍のメリケンサックを置いていった。最後に一言『俺は完全に負けていた。真の勝利者はお前だ』といってね」

 「――は……? ふざけんな! そんなの納得できるか――ぐあっ!」

 怒りの勢いで身を起こそうとした途端、全身に走る激痛が善二を再びベッドへ押し戻す。

 「善二さん! まだ絶対安静です!」テンテンが慌てて彼の肩を押さえる。

 美柑も深く息を吐く。

 「あんたのヤンキースキル……本当に危険な状態なのよ。寿命の急激な削りで、身体が壊れかけてたんだから。残りがどれだけあるかなんて、誰にもわからない」

 善二は悔しげに歯を噛みしめた。

 「……くそっ。借りを作っちまったな……上代に。アイツ……あんなに強ぇとはな。でも次会うときまでに、俺は絶対もっと強くなってやる」

 「はぁ……結局ヤンキーは脳筋の塊ね」美柑は頭を抱えながら呆れ顔を見せた。


ラスト章を読んでいただきありがとうございました!

善二と龍平。

二人の因縁、過去、そして互いに抱えていた想いをぶつけ合う、最後のタイマンでした。

寿命を削る善二。

視力を削る龍平。

どちらも一歩も引かず、自分の信念を拳に込めて戦いました。

勝敗の形はどうあれ、善二は確かにひとつの壁を越えたと思います。

ただ、物語はまだ完全には終わりません。

エピローグを投稿連続投稿です。

善二たちがこの戦いの先で何を選ぶのか、最後まで見届けていただけたら嬉しいです。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ