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転生ヤンキー、異世界で天下一(てっぺん)をとる! ボンタン狩り編  作者: 知恵利一


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第五章 クレイジータウン――別名(体育館裏)

善二たちが辿り着いたのは、通称【体育館裏】――クレイジータウン。

そこは、喧嘩と暴力が日常として存在する異常な町だった。

町に足を踏み入れた善二の前に現れる、柳剣正という男。

そして、近づくボンタン狩り。

善二はこの町で、己の力と向き合うことになる。

 しばらく歩をすすめた一行の目の前に、町のシルエットが浮かび始める。

 そして町中に入った途端――進むごとに、景色は段階的に歪んでいった。舗装は途切れ、街灯はへし折られ、建物はどれも傷痕だらけ。しかし人影は薄くならない――むしろ増えている。だがその賑わいは、笑いとは無縁だった。

 通りでは取っ組み合いが起き、血塗れの男が地面に転がっていても、誰一人として止めない。周囲のギャラリーすら、応援でも非難でもなく、どちらが生き残るかの観客に徹している。

 「……楽しそうに見えるのに、どいつもこいつも目が笑ってねぇ」

 善二の声に、僅かに警戒の色が混じった。

 「ここでは“生き残る奴=面白い奴”なの。だから笑う必要がないのさ」美柑の返答は乾いている。

 風が吹けば、砂埃と血の匂いが混ざり合う。この町そのものが――闘争という宗教装置だ。

 やがて、視線がこちらへと集まりだした。歓迎の色は一切ない。新しい獲物の値踏みだ。

 「おい、新顔だぞ」「また転生者か?」「どうせ噛ませだ」

 囁き声がそこら中から漏れ聞こえる。

 そして――露骨な一歩が、目の前に現れた。

 ボロボロのジャケットに傷だらけの顔。不敵に笑うその男が、道の真ん中で腕を広げる。

 「おい、そこの赤毛。通行料置いていけや」

 善二は立ち止まらない。ただ、視線だけがほんのわずかに動いた。

 「聞こえなかったか? 払っていけっつってんだよ」

 男が善二の肩を掴もうと――した、その瞬間。

 パンッ。

 何が起きたのかわからないほど軽い音だった。

 だが次の瞬間、男の身体は横方向へ跳ね飛んでいた。

 地面を二回バウンドして、壁に叩きつけられる。

 観客の息が一瞬止まる。

 「……なっ、今、殴ったか?」

 「殴ったっていうより消し飛ばしただろ……反応すらしてねぇ」

 善二は拳を握ったことすら覚えていない。ただ、邪魔な手を払っただけ。

 だがその軌道は――普通の骨格では耐えられない。

 「なんだよ……まだ触ってもねぇのに勝手に吹っ飛んでったじゃねぇか」善二は肩を回しながらぼやく。

 敵意も、熱量も――まだゼロ。それすら理解できない者は、この町では狩られる側。

 観衆の空気が、一段階だけ変わった。好奇から、計測へ。この男はどのレベルのヤンキーか?

 前座のチンピラが吹き飛ばされた瞬間、ざわめきは一段階強度を変えた。

 驚きでも賞賛でもない。評価だ――「この赤髪は〈遊び〉を越えるガチだ」という共通認識。

 ――その時、空気の転換に反応するように、周囲がざわりと割けた。

 正確には――何かが歩いてきた気配に、道が勝手に空いた。

 足音はほとんどない。

 だが、そこに在ると誰もが理解した。

 細身に短ラン、ボンタンといった忍者のような黒装束。銀色の長髪を後ろ手に縛っている。

 表情は感情の影すらなく、血の気配すら纏わぬ静寂。

 顔が見える距離に立っただけで、通りの温度が一気に下がった。

 善二の背後にいたチェリーの毛が、ぞわりと逆立つ。

 《……来た。アイツ……危険だよ》チェリーの声にはいつもの軽さが一片もなかった。

 美柑は視線を逸らさず、ただ小さく息を呑む。

 「……四天王直近の舎弟クラスがもう動くって……早いわね」

 「舎弟? あの威圧感で……」

 善二や美柑とは違い、ピックルとテンテンは声どころか呼吸さえ潜めた。弱者は余計な音すら命取りになる――この町の空気がそれを教えてくる。

 その男は善二の正面、距離三歩。ただ立つ。

 名乗りも挑発も、殺気すらない。だが、意思という一点において、今までの喧嘩とは階層が違う。

 善二は、理解した。こいつは喧嘩を楽しむタイプではない。戦いを間引きとして遂行する存在だ。

 その男は――言葉の代わりに、ただ視線だけを動かす。善二を、じっと、一点に射抜く。

 その瞬間、空気そのものが軋んだ。

 呼吸しようとした胸の動きに、ほんの一秒だけ重さが乗る。(……息が、重い?)

 初めて味わう静の威圧。

 善二の背後で誰かが喉を鳴らす音がした。

 逃げ腰ではない。本能が触れるなと警告している音だ。

 だが善二は、一歩も引かない。むしろ――自然と顎が僅かに上がった。

 無意識に、挑む構図が完成する。

 そのわずかな仕草に、男の眉がほんの数ミリだけ動く。

 それは言葉より雄弁な理解――「ビビらない」という意思表示に対する「……なるほど」という静かな承認。

 喧嘩はまだ始まっていない。

 だが、火はもう点いた。

 軽薄な者を一掃する静かな刃と、考える前に拳で答える野生の怪物が、ここで初めて互いを認識した。

 「一応やる前に名乗っておくぜ。俺は咬噛善二だ……」

 名乗り出た善二に、目の前の者は氷を宿したような目で、低く重く応える。

 「俺の名は――柳剣正(やなぎけんせい)

 空気が一枚、物理的に厚くなったかのようだった。

 周囲の野次馬が息を呑み、音が世界から失われる。

 善二も一歩も引かない。美柑から叩き込まれたばかりのメンチを思い出し、腰を据え――見返す。

 その意図を理解したのか、剣正の目がゆっくりと細められた。

 それだけで背筋に氷柱が差し込む。

 (……始めるぞ)善二は心の中で言った。声は不要、視線こそ宣戦布告。

 善二――メンチ発動。

 “ビシュンッ!”目から放たれたビームは、一直線に相手の眼光へと向かう。さきほど美柑に向けられたものよりはるかに強い閃光が迸る。

 ――が、その光は剣正の眼前で霧のように霧散した。

「――ッ⁉」善二が驚愕で一瞬目を見開く。

 剣正が放ったのは光ではない。殺意を一点に圧縮した斬圧。それは撃ち出されるものではなく、睨んだ瞬間に相手を切断する意思だ。

 空気が――裂けた。

 ピシッ……と目には見えない亀裂が走り、善二の頬を風圧だけで浅く切る。

 《……やばい、本物だ……!》チェリーが背を丸め低く唸る。

 「……今のが、段違いの階層ってやつよ」美柑が低く呟く。その声には畏怖すら滲む。

 だが善二は――怯まない。むしろ、目を細めて口元で笑った。

 「……なるほどな。お前――強ぇじゃねえか」

 その瞬間、剣正の眼差しが初めて評価へと性質を変える。

 わずかに顎が上がる――それはこの世界における不文律。《喧嘩を交える資格を認めた》ことを意味する静謐な承認。

 剣正は低く告げた。

 「……踏み込んでこい」

 それは挑発ではない。侮蔑でもない。選ばれし者だけが受け取れる、ヤンキーとしての正式な招待状――開戦の号令。

 直後、周囲の大気がざわりと波打つ。

 誰の目にも理解される――これはただのしょっぱい喧嘩ではなく、ガチのタイマンだ。

 善二の足が砂を跳ね上げ、一気に踏み込む。

 距離が二メートルへ収束した瞬間、空中回し蹴りが疾風のように放たれた。

 だが剣正は一歩も動かない。

 首をわずかに引く――それだけで攻撃軌道を看破し、紙一重で躱す。

 「そのような力でボンタン狩りに参加するつもりか?」冷ややかな声と同時に、剣正の拳が唐突に鳩尾へ突き刺さる。

 「――ぐはっ……!」

 臓腑をえぐられる衝撃。胃酸が逆流し、善二の身体は宙を舞った。

 背中から地へ叩きつけられる。

 剣正は見下ろしたまま一切の感情を揺らさない。

 実力差は――絶望的。

 そして誰よりも早く、それを理解したのは善二自身だった。

 「……なるほど……ね」

 「おいっ! 善二! オマエじゃ無理だ! ここは一旦引くぞ!」焦燥を帯びた美柑が叫ぶ。

 しかし、善二は顔を上げた。瞳に灯ったのは後退ではなく、ただ一つ――意地。

 「……男のタイマンに女が出しゃばんじゃねーよ!」その声音に宿る尋常ならざる圧。

 美柑は直観する――(このアタシがビビって動けない⁉︎)

 「今の一撃で大抵の者は落ちるんだが……」剣正の静かな確認すら、断罪に等しい。

 「そうかい。なら俺は希少種の部類に入るのか? 柳よぉ」善二の口角がわずかに吊り上がる。

 次の瞬間、空気が爆ぜた。

 「――番核発動!」

 荒れ狂う嵐のようなオーラが善二を中心に沸き上がり、岩盤を砕く覇気が地脈を鳴動させた。

 「こ……これは――まさか番核だと⁉︎」さすがの剣正も一瞬、息を呑む。

 「バイバイララバイ――三倍……鬼気一発‼︎」

 刹那――善二の拳が閃光を描き、剣正の顔面へ直撃した。

 振動が街路を軋ませ、穿たれた側の身体は弾丸のように吹き飛ぶ。それはビルを幾棟も突き破り――やがて闇に飲まれた。

 「はぁ……はぁ……、どうだよ――クールに決めたその顔に一撃もらった感想は」

 勝ち誇るでもなく、ただ届いたことへの証明。

 だが次の瞬間、善二の膝が崩れ落ちる。

 能力の代償――寿命を削るような痛みが限界を超えた。

 仲間たちが一斉に駆け寄る。

 「あ――た――ょうぶ?」

 遠のく意識の狭間で、美柑の声が霞んでいく。

  ――そして善二は静かに意識を手放した。


 「はぁ〜……この町に入って早々これ? まったく、とんだ前座を引いたもんだわ」

 ピックルは愚痴をこぼしながら、ベッドに横たわる善二の胸板の上にどかりと腰を下ろす。その姿は呆れ半分、心配半分の荒っぽい看病だった。

 「まさか四天王の舎弟が、ここまで桁外れだとはね……」

 美柑も腕を組み、善二の寝顔を見据える。戦闘の余韻がまだ骨の髄に残っているような声色だった。

 「そうですね。私もあの柳剣正と名乗った男の、吹き飛ばされた先まで追っていきましたが……瓦礫しか残っていませんでした。おそらく立ち去ったものかと……」テンテンはティーカップを持ったまま、優雅に告げる。まるで紅茶より先に恐怖の余韻を飲み干しているかのようだった。

 「……あの一撃で立ち上がれたのかよ。ちょっと自信、無くすぜ……」

 かすれた声が上がり、一同の視線が一斉に善二の顔へ集まる。

 「目を覚ましたのね!」弾けるようなピックルの声が部屋に響く。

 「……どれくらい寝てた?」

 「丸一日よ」淡々と答えた美柑の声には、安堵が滲んでいた。

 「そっか――それじゃボンタン狩りまでに……もっと鍛えねーと」

 善二が身を起こそうとした瞬間、美柑がその手を押し留める。表情は軽口ではなく――問いただす覚悟を帯びていた。

 「……少しいいかしら? アンタのヤンキースキル――相当な代償があるんじゃないの?」

 善二は一拍、息を呑む。視線を床に落とし、わずかに眉を寄せた。

 「……この力は、寿命を削って発動している」

 『――⁉︎』

 部屋の空気が一瞬にして凍り付く。

 「それって……死を引き寄せているのと同じじゃないの。……ペース的にはどんな感じなの?」スキル鑑定士の結果をまだ知らされていなかったピックルの声には、恐怖すら混じっていた。

 「……二倍なら二十時間。三倍なら三十時間。一段階上げるごとに十時間、命が消える」

 「そう――スキル鑑定士から聞かされたわけね……」

 「……ああ」

 ピックルは露骨に肩を落とした。強さの代償という言葉が、ようやく実感を伴って脳裏へ刺さったのだ。

 テンテンが静かに言葉を紡ぐ。

 「この世界は等価交換――強力なスキルほど大きな喪失を伴う。例外はないのです」

 一拍置いて、テンテンは美柑の方へそっと視線を向けた。

 「彼女のヤンキースキル――【四露死苦愛集ヨロシクアイシュー】は、感情そのものを支払いに当てています。使えば使うほど、少しずつ心が削げ落ち……やがて無感情となる。つまり――人格そのものが死ぬ」

 「お、おい! テンテン! アンタそこまで言わなくていいでしょ!」遮るように声を張った美柑だが……すぐに唇を結んだ。もう隠し通せる問題ではないと悟ったからだ。

 その沈黙は、先ほど見せられた剣正の拳よりも重たく部屋に落ちた。


 ――ふらつく足取りで、クレイジータウン程近い洞窟に辿り着いた男がいる。

 肩で息をしながら、荒く唇を歪めるその人物は剣正であった。

 湿り気を帯びた空気が、背中に張りつき、冷徹一辺倒の表情は苦悶に歪んでいる。

 「……はぁ、はぁ……あの咬噛とかいう男――想定以上に厄介だ……」

 無傷どころか、誇りごと砕かれた悔色が滲んでいた。

 「どうした――剣正。そのざまはよ」

 洞窟の奥、闇を割るように現れたのはリーゼントの男。

 紫紺の髪は鋭く逆立ち、鼻梁には横一文字の古傷。その吊り上がった双眸には、炎ではなく処刑人の冷たさが宿っていた。

 「――狂人さん! すみません、様子を見に行ったつもりが……」

 「テメェほどのやつが、その有様とはな。……で? そいつは何者だ?」

 「咬噛善二――番核持ちです」

 「……咬噛? 聞かねぇ名だ。が――番核と聞きゃ仕方ねーか」

 一瞬だけ鋭光を孕んでいた眼が、わずかに緩む。

 許された――かに見えた、次の瞬間。剣正の喉元を掴む音が空気ごと洞窟に響いた。

 「――ッ⁉︎」そのまま壁に叩きつけられる。

 岩肌が砕け、粉塵が舞う。

 「ぐはっ……!」

 「勘違いすんなよ。テメェは俺の舎弟。つまり俺様の手足だ。違ぇか?」

 「は……はい……」

 「なら、勝って帰るか、死んで帰るか――二つに一つだろうが。 おめおめ息しながら帰ってくんな。あぁん?」

 「す……すみません……」

 “ドサッ”

 無造作に落とされる剣正の身体。嵌め込まれた言葉よりも、洞窟内に響く咳嗽の方が雄弁だった。

 「――まぁいい。ボンタン狩りには奴も出てくるだろうよ。 その時は俺様が直々に狩る」

 口の端をねじ曲げるように笑うと、狂人は再び暗闇へと溶けていった。

 闇が静寂を取り戻してもなお――剣正の背筋には、総毛立つ恐怖だけが残っていた。

 洞窟の内部は、外から見た印象よりはるかに広大だった。

 奥へ進むにつれて壁面は滑らかな岩肌に変わり、二百メートルほど歩いた先は天井の高い円形の空間――まるで地下の玉座の間のような広場へと続いていた。

 「剣正ちゃん、どしたの? そのボロボロっぷりは?」

 長ランにボンタン、見事なアフロを揺らしながら、ソファにふんぞり返った男が声をかける。その名は【榊重三郎さかきじゅうざぶろう】。狂人一派の古参で、口調とは裏腹に目は一切笑っていない。

 「……榊さん。見ての通りですよ。ちょっとヘマを踏んだだけです」

 荒い息を整えながら、剣正は無理に笑みを作った。

 「剣ちゃんをそこまでにしたヤツがいるってわけですわね? あんな辺境の町に……興味が湧きます――ふふっ」

 ピンクのグラデーションがかったショートボブを弄びながら、女――【桜木真矢さくらぎまや】が唇の端を吊り上げた。その仕草は妖艶でありながら、獲物を値踏みする蛇のように冷たい。

 「……好奇心は猫をも殺す、ですよ」剣正は乾いた声で釘を刺す。だが彼女の笑みは止まらない。

 広場には鉄骨で組まれた簡易テーブルと、バラバラのソファや椅子。どれも拾い物だが、彼らが座るだけでそこは巣としての威圧感を放っていた。

 その中心で、鴉丸狂人が姿を現す。闇よりも濃い眼差しを携え、一歩踏み出すごとに空気が震えた。

 「おい、テメェら。耳の穴かっぽじってよく聞け!」声が岩壁を叩き、轟音のように反響する。

 「今回のボンタン狩り――優勝者には隻眼龍のメリケンサックが贈られる。

 あれは俺様を、もう一段上のてっぺんに押し上げる神器だ。だが剣正の件もある。雑魚だと侮って油断すんじゃねぇぞ!」

 空気が一変し、誰一人として息を呑む音すら出せなかった。

 「狂人さん、アンタに敵う奴なんざいねぇよ」榊がにやりと笑いながら口を開く。

 「そうですわねぇ。それに雑魚どもは私たちがお片付けしますもの」桜木真矢が紅を引いた唇の端を歪め、テーブルに頬杖をついたまま蠱惑的に言い放った。

 「……当たり前だ。お前らは俺様の手足。その自覚を忘れんな」狂人は低く嗤い、奥の一際豪奢な一人掛けソファ――まるで玉座のような椅子に身を沈めた。

 洞窟の中に、覇気と狂気の入り混じった沈黙が広がる。


 善二は、夜の静寂の中でひとり苦悩していた。ヤンキースキル【倍々羅々バイバイララバイ】――その力の代償は、あまりにも重い。

 「寿命を削る能力……できれば使いたくねぇな」

 《それは無理だと思うよ》穏やかな声が耳を打つ。

 視線を落とすと、チェリーがきちんとお座りした姿勢でこちらを見上げていた。

 その瞳は、獣のそれではなく、すべてを見通す賢者のように深かった。

 《ボンタン狩りは、腕自慢の猛者が集まる戦場だ。しかも今回は、優勝者への賞品が隻眼龍のメリケンサック。強力無比な装備を求めて、血眼になった連中が殺到する。能力を封じたままじゃ――生き残ることすら難しい》

 「……だよな。今の俺は三倍が限界。もし耐えられる奴がいたら、ただ寿命を三十時間削るだけ。鍛えるにしても、どうすりゃいいんだ……」

 《ボクが鍛えてあげるよ》

 唐突に放たれた言葉に、善二は目を細めた。

 《ボンタン狩りまで、残り二十日。その間に、倍の六倍まで引き上げることができる。ただし――使えば寿命は六十時間削られるけどね》

 淡々としたチェリーの声に、善二は苦笑するしかなかった。

 「お前が鍛えるって……どうやってだよ?」

 《ボクのスキルに、“空間を支配する”ものがあるんだ。その中なら、ヤンキースキルのリスクを負わずに力を使える》

 「――そんな能力隠してたのかよ。てか、お前って一体……」

 《やる? やらない? その二択だけだよ》善二の言葉を、チェリーが強い口調で遮った。その双眸が、銀光を帯びる。

 「――強くなれるなら、やらないわけねぇだろ!」

 《フッ……そうこなくっちゃ!》次の瞬間、チェリーの身体が眩い光に包まれた。獣毛が逆立ち、白銀のオーラが荒風のように広がる。四肢は逞しく伸び、神々しさすら帯びたシルバーウルフの姿へと変貌を遂げた。

 《我がルールに従い、領域を展開――支配する! ――【ドミネーション・オブ・ルールブック】》その咆哮が世界を揺らす。

 瞬間、光が弾け、周囲の景色が一変した。

 気づけば――チェリーを中心に、三百メートル四方が雪白に染まった閉鎖空間。時間も風も止まったその場所は、まるで神の書の一頁のように静かだった。

 「マジか! こんな空間を作れるなんて……!」

 見渡す限り、白銀に染まる静謐な空間。空も地も溶け合い、善二はまるで現実が欠け落ちた異界の頁に立っている錯覚を覚えた。

 空気は静止し、音さえも凍りつく。この空間のすべてが――チェリーによって支配されている。

 《さぁ、試しにバイバイララバイを使ってみなよ》

 淡々とした声音に、善二は頷く。そして、重く息を吐き、己を奮い立たせるように低く呟いた

 「――!番核発動!」瞬間、赤黒いオーラが爆ぜ、善二の体を中心に渦を巻いた。熱気が白の空間を揺らし、足元の影が蠢く。

 「バイバイララバイ――三倍!」その瞬間、オーラはさらに膨張し、まるで荒れ狂う炎の竜のように舞い上がった。対峙するチェリーの銀毛が、その風圧に煽られてたなびく。

 《そのままボクに向けて――殴ってみてよ》

 「――⁉︎ おまっ、マジかよ! 死んでもいいのか?」

 《……死ぬわけないじゃん。そんな拳で》

 鼻で笑うような声音。その挑発に、善二のこめかみに青筋が浮かぶ。

 「このっ! どうなっても知らねーぞ!」言葉尻に、善二は右拳へ全力を込めた。

 空気が裂ける音――そして、雷鳴のごとき叫びが轟く。

 「――鬼気一発ッ‼︎」

 閃光が奔り、拳が空間を断ち割る。

 銀狼の巨躯が一瞬、光の中に飲み込まれた。

 “バンッ‼︎”と、鼓膜を焼く轟音。圧が大気を押し潰し、白銀の世界が震えた。

 煙が立ちこめ、善二の視界を覆う。

 息は荒く、喉の奥が焼けるように痛む。

 「マジで……やっちまった……」

 肩で息をしながら、善二は煙の向こうに目を凝らす。

 だが――そこから聞こえてきたのは、あまりにも落ち着いた声だった。

 《うん。まぁ、こんなもんか》

 煙がゆるやかに散る。

 現れたチェリーの姿は、無傷。銀の体毛は塵ひとつつかず、涼しげな瞳が善二を見据えている。

 「……嘘だろ。本気で殴ったんだぞ……無傷なんて……」

 信じられない現実に、善二の拳が震えた。燃え上がっていた闘志の炎が、一瞬で掻き消える。そのとき初めて、善二は悟った――自分とチェリーの次元の差を。

 善二の拳が静止したまま、空気だけが震えていた。

 赤黒いオーラの残滓が彼の体を包み込み、熱を放つ。だが、その視線の先で銀狼――チェリーは、まるで散歩の途中のように首を傾げていた。

 《ふ〜ん……力の放出は悪くない。けど、重心が甘いし、拳に意思がないね》

 「……今のがダメだってのかよ。どこまでやりゃ満足すんだ」

 《満足? 違うよ、これは修正だ。キミの力を本当の力に矯正してあげるんだ》

 その言葉を最後に、チェリーの姿が掻き消えた。空間が裂ける。次の瞬間――善二の腹部に衝撃が走る。

 「ぐっ……はぁっ⁉︎」

 吐息と共に体が吹き飛ぶ。背中が光の地面を滑り、火花が散る。

 痛みはない――それでも、感覚はあまりにも生々しい。

 《この空間では死なないから安心して。でも、受ける感覚は現実の十倍に設定してある》

 「……鬼かよ、テメェは!」

 《鍛えるってそういうことでしょ?》その声が背後から降る。反射的に振り返ると――銀光が、獣の尾のように善二の頬を掠めた。

 「ちっ……見えねぇ!」

 《なら、感じるんだ! 速さを視ようとしないで。気配を聴くんだ!》

 チェリーの声と共に、風が唸る。銀の閃光が何度も空間を駆け抜け、善二の周囲に衝撃波を叩き込む。まるで、嵐の中心で立ち尽くすような圧迫感。

 だが――善二は、一歩も退かなかった。

 (……速ぇ。けど……どこかで、掴める……)

 目では追えない。だが、殺気の呼吸がわかる。

 次の瞬間、善二の拳が本能で動いた。

 “ガッ”という鈍い音と共に、銀光が一瞬だけ止まる。

 《へぇ……いい反応だね。ようやく本物の喧嘩勘が戻ってきたのかな?》

 「てめぇ……言ってくれるじゃねぇか」善二の唇が、薄く笑みに歪む。再び拳を構え、深く息を吐く。

 「バイバイララバイ――三倍!」赤黒いオーラが再び弾け、風圧が白銀の世界を切り裂いた。闘志と闘志が、真正面からぶつかり合う。

 《いいねぇ……その目だ。その闘い方こそヤンキーだよ》

 拳が閃き、光が弾ける。一撃ごとに、善二の身体が削られながらも、確実に強くなっていく。その姿を見て、チェリーの瞳に一瞬、微かな笑みが灯った。

 《……これなら、あの番長たちとも渡り合えるかもしれないね》

 「……あたりめぇだ。俺は――てっぺん取る男だ!」

 雄叫びが、光の世界を貫いた。

 白銀の空間に響く轟音。拳と爪がぶつかるたび、閃光が弾け、残響が世界を震わせた。

 どれほど時間が経ったのか――空も地もないこの領域では、昼夜の概念さえ曖昧だった。

 《 ――はい、そこまで!》チェリーの声が空間を切り裂く。

 善二の拳が空を打ち、わずかに遅れて風が爆ぜた。額から滴る汗が、光の地面に落ちるたび、淡く蒸発していく。

 「……くそっ、全然届かねぇ……」膝をつきながら、善二は荒い息を吐いた。手の皮は裂け、指先には血のような光が滲んでいる。

 《届かない? 違うよ、まだ止めてるんだ、自分を》

 「……は?」

 《力を出すたびに寿命が削れるって、無意識にブレーキをかけてる。この空間なら削れないのに、体が死を恐れてるんだ。》

 「……チッ、言ってくれるぜ」善二は立ち上がり、拳を見つめる。赤黒いオーラは消え、代わりに淡い蒼光が掌を包み込んでいた。まるで、闘志の奥に潜む素の意志が顔を覗かせたようだった。

 《それがキミ自身の番核コアだよ。 力に飲まれず、意思で力を使う。――それが本物のヤンキーってやつさ》

 「……ハッ。偉そうに語りやがって。犬のくせに」

 《誰が犬だよ! せめて狼って言ってよね!》

 「はいはい、わかったよシルバー番狼様」

 《番狼でもないってば!》

 軽口を交わしながらも、二人の間に漂う空気は確実に変わっていた。それは、師弟でもなく、主従でもない――喧嘩で通じ合う魂の絆のようなものだった。

 《よし、そろそろ次の段階にいこうか》

 「……次?」

 《幻影ファントム戦だよ。ここでは、ボクが創った相手と戦ってもらう。 ただし、次は冗談抜きで死ぬかもしれない》

 「はぁ? 死なねぇ空間だって言ってただろ?」

 《うん、現実では死なない。でも、精神が折れたら――ここから出られない》

 「……上等だ。やってやるよ」善二の瞳に、ふたたび赤が灯る。その光はもはや怒りでも焦りでもない。てっぺんを掴む者だけが宿す――本能の炎。

 《じゃあ――始めようか。キミが倒すべき敵を出してあげる》

 チェリーの足元に、円陣が浮かび上がる。光が螺旋を描き、やがて人影が形を取り始めた。靄の向こうに立つその男の輪郭を見た瞬間――善二の全身が硬直する。

 「――ッ! なんだ、これ……!」

 光陣の中心から姿を現したのは――善二自身だった。

 赤い髪、鋭い眼光、スカジャンの皺に至るまで寸分違わない。だがその瞳だけが、氷のように冷たく、光を宿していなかった。

 《出たね……もう一人の咬噛善二ドッペルゲンガー

 チェリーの声が空間を震わせる。

 白銀の地を踏みしめる音が、二人の間に緊張を刻んだ。

 影の善二は、ゆっくりと顎を上げ、薄く笑う。

 「てっぺん? ハッ……笑わせんなよ。母親のため? 仲間のため? 結局てめぇが一番怖ぇだけだろ」

 「……怖ぇ? 何がだよ」

 「死ぬのが怖ぇんだよ」影の声は静かで、容赦がなかった。

 「寿命削る力を、心のどっかで恐怖で縛ってんだ。使えば死ぬ――そう思い込んでる限り、天井は出来上がっている。てめぇはこのまま凡骨で終わるだよ」

 「黙れっ!」善二の拳が光の床を叩き割る。

 しかし、影は怯まない。むしろ笑みを深くした。

 「けどな――本当に怖ぇのは死じゃねぇ」その瞳が、真っ直ぐに善二を射抜く。

 「無力になることだよ。母親も、仲間も、何も守れねぇ! てめぇの拳が届かなくなること、それが一番怖ぇんだろ……善二」

 「――黙れぇッ!」怒号が炸裂する。赤黒いオーラが噴き上がり、善二の姿が霞む。

 《やめるんだ――善二! それは心の投影だ! 怒りに飲まれたら喰われる!》

 チェリーの叫びも届かない。

 拳と拳が衝突した瞬間、轟音が光の世界を引き裂いた。爆風が渦巻き、善二の身体が宙を舞う。

 だが、倒れながらも笑っていた。

 「上等だ……お前が弱ぇ俺ってんなら――ぶっ壊すしかねぇだろ!」

 立ち上がる善二の背中から、業火のような光が噴き上がる。恐怖の鎖が弾け、心の底に眠っていた意志が解き放たれた。

 「――バイバイララバイ・四倍‼︎」

 閃光が周囲を覆い、影と善二が激突する。拳がぶつかるたび、空間が震え、光が散る。

 「俺は……てめぇなんかには負けねぇッ!」

 「ハハ……それでこそ、オレだ」不敵に笑む影。

 「――くらえっ! 鬼気一発!」

 四倍の威力をのせた拳がぶつかる。

 影も同様に四倍の力をぶつけてきた。

 雪白した景色は赤黒く塗り替えられる。

「……こいつは俺だ。力はそのまま跳ね返される。なら――自分を超えるしかねーよな!」

「こっ、この力……ハハハッ。それでこそ俺だ」

「――六倍だーっ‼︎」

 刹那――二つは爆ぜ、赤黒い空間は爆風に消される。

 善二の渾身の一撃に影は霧散した。

 やがて光の粒が舞い上がり、静寂が訪れる。

 善二は膝をつき、荒く息を吐く。

 《……やったね。恐怖を越えた》チェリーの声がどこか誇らしげに響いた。

 善二は拳を見つめ、ふっと笑う。

 「……あぁ、やっと始まりの一歩って気がするぜ」

 その手の甲には、淡く輝く紋章――覚醒の印がタトゥーのように刻まれていた。それは、死でも無力でもなく、己そのものを超えた証だった。

 《キミの中にあった恐怖は、完全には消えてない。でも、今のキミはそれを力に変えられる》

 「……ああ、わかってる」善二はうなずき、目を閉じた。

 その瞬間、光の世界に亀裂が走る。

 空間が崩れ、現実へと引き戻されるように周囲の色が溶け落ちていく。

 《修行はこれで終了。お疲れ様、善二。――キミはもう、あの時の自分じゃない》

 「……へっ。上等だ。これでボンタン狩りにも、胸張って出れるな」

 足元が崩れ落ち、視界が一気に光色に染まる。

 ――そして善二は意識を手放した。


 「……ん、あ?」

 まぶたの裏に、微かな暖光が差し込む。

 目を開けると、そこは宿の一室。

 見慣れた天井と、心配そうに覗き込む仲間たちの顔があった。

 「善二っ! やっと起きたのね!」美柑がベッドの端で安堵の息をつく。

 「……ずいぶん寝てたんだな」

 「二日よ! 二日もずっと寝っぱなし! ほんっとに心配したんだから!」

 ピックルが頬を膨らませ、チェリーは壁際で静かに尻尾を振っていた。

 《……ご苦労様。修行は成功だよ》

 「へっ、当然だろ」善二は上体を起こし、拳を握る。

 「もう、あの時みたいに……自分を恐れることはねぇ」

 それを見てテンテンが優雅に微笑む。

 「目の奥の光が違いますね。まるで……覚悟という名の灯火を宿しているようです」

 美柑が小さく笑う。

 「へぇ……ちょっとカッコよくなったじゃない」

 「だろ?」

 軽口を交わす二人の間に、いつもの空気が戻る。

 だが、その静けさの裏で――善二の中の何かが確かに変わっていた。恐怖でも怒りでもない、ただ真っ直ぐな信念がそこにあった。

 (……どんな相手でも、もう俺は日和らねぇ)拳を握り、静かに立ち上がる善二。

 その背に、仲間たちの視線が集まる。

 「さぁ――これで準備万端だ」

 決意の声が宿を震わせた。

 外の空はすでに赤く染まり始め、次なる戦いの狼煙が、ゆっくりと立ち上っていた。



 闇が支配する夜。

 洞窟の外では焚き火が灯っていた。

 焦げた鉄の匂いと油の煙が混じり合い、空気そのものが血のように重い。

 その中心で――狂人は椅子に腰掛け、鋭い爪のような指先で、手の中のメリケンサックを撫でていた。

 その表面には鋭い棘が付いている。

 「……退屈だな」紫のリーゼントが風に揺れ、狂人が低く呟いた。

 焚き火の周りには、三つの影。

 長ランにアフロ頭の榊重三郎。

 ピンクグラデのショートボブ、スケバンの桜木真矢。

 そして、柳剣正。

 「狂人さん……その――ボンタン狩り、明日っすよね」榊が問う。

 「ああ。だが――ただの見世物じゃ終わらせねぇ」

 狂人は静かに立ち上がり、ローファーの音をコンクリートに響かせた。

 「今年は咬噛善二って名が聞こえてきた。俺と同じ番核持ち――しかも、俺の舎弟を吹き飛ばしたらしいな」

 その目は剣正に向けられていた。

 「……不覚でした。確かにアイツは、ただのヤンキーじゃなかった」

 狂人はニヤリと笑い、肩に手を置いた。

 「不覚じゃねぇ。むしろ上等だ。久々に殺り甲斐のある奴が出てきたってことだろ?」

 「けど、狂人ちゃん……あの男のヤンキースキル、バイバイララバイとかいう……使用者の力を倍にするらしいわよ。代償は寿命」真矢が言葉を挟む。

 狂人は笑った。

 「――寿命? ハッ、それがどうした」

 一歩、二歩と前に出る。焚き火の明かりが、その笑みを妖しく照らした。

 「命削って強くなるヤツは最高だろ。死にたがりは美しい。――俺の好きなタイプだ」

 不気味な沈黙が落ちた。

 狂人の背後で、剣正が呟く。

 「……咬噛善二、必ず俺の手で始末します」

 「いいや」狂人の声が遮る。

 「お前は見てろ。俺様がどう本物のヤンキーを殺すかを」

 その声には怒りではなく、異常な悦びが混じっていた。

 焚き火が一瞬爆ぜ、火の粉が風で揺らぎ、狂人の片眼が紅く光る。

 「明日、体育館裏が血で染まる。――ボンタン狩りの名に恥じねぇ、最高の地獄を見せてやる」

 ボンタン狩り――地獄の開幕は、もう始まっていた。


ここまで読んでいただきありがとうございます!

クレイジータウン――別名【体育館裏】。

ついに、善二たちは本格的な“ヤンキー同士の戦場”へ足を踏み入れました。

柳剣正との邂逅。

寿命を削る力への恐怖。

そして、チェリーとの修行による六倍到達。

善二は確実に強くなっています。

しかし、次に待っているのはボンタン狩り。

そこには鴉丸狂人をはじめ、簡単には超えられない相手たちが立ちはだかります。

明日、体育館裏が血で染まる――。

次回もぜひお付き合いください!

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