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転生ヤンキー、異世界で天下一(てっぺん)をとる! ボンタン狩り編  作者: 知恵利一


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第三章 成り上がりの町

ケルベロスとの激闘を終え、善二たちはついにノーマリータウンへ到着する。

通称【成り上がりの町】。

酒場、宿屋、道具屋――。

異世界らしいようで、どこか妙に見覚えのある町で、善二はまたしてもツッコミに追われることに。

しかし、その町にはもう一人のヤンキーが訪れていた。

第三章、開幕です。

 「おっ、なんか見えてきたな」

 「あれが目的の町――ノーマリータウン。通称【成り上がりの町】よ」

 「成り上がり……ね」善二の顔は”なぜそんな通称になってんだよ”とでも言いたげな面持ちで目を細めていた。 

 崖上から一望した景色の中に、綺麗な街並みが広がっている。

 善二たちが着く頃には日が暮れていた。

 「やっと着いた〜」

 「途中えらい目にあったから疲れたわね」

 ケルベロスを倒した後も、スライムキングやら、グール、トロールなどのモンスターが現れては倒し、やっとのことでたどり着いたのだ。

 《ボクはまだ元気だよ》

 「はいはい。だったらそこらへん走ってきなさいよ」

 《ピックルってボクに冷たいよね》

 「冷たいんじゃないの、ツッコんでるの」 

 「とりあえず腹減ったからメシにしようぜ」

 「そうね。なら私が案内するわ」

 「そっか――ピックルはこの町、初めてじゃないんだよな」

 「ええ、歴代のヤンキーたちを案内してるからね」得意気に胸を張るピックル。


 煌々と光る一つの建物が見えた。

 「ここよ」

 ピックルの指さす看板を見る。

 「酒場じゃねーかよ!」善二が激しくツッコんだ。

 看板には樽のマークに、酒処【やんちゃモン】という文字が書かれている。

 「大丈夫よ。ここはお酒だけじゃなく、ご飯も美味しいんだから」

 「未成年が入って大丈夫なのか?」

 「あんた、ちっさいこと気にするのね」

 「ちっさなことじゃねーだろ!」

 「こっちの世界に未成年とかいう概念はないから平気よ」

 「それじゃ小学生ぐらいの年齢でも酒飲めるってことか」

 「それは流石にないでしょ。アンタ馬鹿なの?」

 「このっ……」手をあげる善二だったが、すぐに手を引っ込め、「はぁ〜」とため息をつきながらその手を酒場のドアに添えた。

 中に入った途端、喧騒が飛び込んでくる。

 「へぇ〜、賑わってんな〜」

 「まぁ、基本――酒場だからね」

 《すっごい良い匂いがするー》

 「て、あんたも入ってきたの⁉︎」

 「当たり前だろ、仲間なんだから」

 「いや、そうだけど流石に……」

 「おっ、ピックルじゃねーか」そう野太い声を発したのは、エプロン姿の巨漢の男だった。

 「あらっ、テンチョサン」

 「なんでカタコトになってんだよ」

 「カタコトってなによ。この人の名前じゃない」

 「テンチョサンが名前なの?」

 「ああ、そうだが。……もしかしてお前さんが今回のヤンキーかい?」

 「まぁ――そうらしいな」

 「なるほど。で、そこのちっさい犬っころは?」

 「犬じゃねぇ! シルバーウル――ブフッ」善二が言おうとした言葉を、ピックルが頬を殴ってとめた。入ってきたのがモンスターと知れたら厄介だからだろう。

 「やっぱ動物はダメよね」焦りながらピックルは言う。

 「別にかまわんぞ」

 「――え?」

 「先月からペット同伴できるようにしたんだ」

 「テンチョサン、アンタなんでもやんのね?」食い気味にツッコむピックル。

 「まぁな。さぁさっ、中に入った入った。席は空いてるぜ」

 そういわれ、通された席は座敷部屋だった。

 「なんか既視感があるな。向こうの世界とそっくりだ」

 「あんたこういう所に入ったことあんじゃないのよ」

 「いや、親に連れられてだけどな」

 《じゃーボクはこの霜降り肉のステーキ大盛りで》

 「こらっ! イヌっころのチェリーけんが! 横からいきなりとんでもなく高いもん選ぶんじゃないわよ!」

 「ピックル、興奮しすぎて何言ってるか、めちゃくちゃになってんぞ」


 「ふっー、食った食った」善二がお腹をさすりながら、満足気な顔をつくる。

 「善二とチェリーだけで相当食ったわね」目の前の上積みにされた皿を見てピックルが呆れていた。

 《こっちの世界の食べ物も美味しいね。お腹八分目だけど》

 「……殴ってやろうかしら」

 「そういえば金は大丈夫なのか?」

 「それならケルベロスを倒した時に得られたお金があるから、しばらくは心配しなくても大丈夫よ」(大丈夫どころか、一生楽できる額が入ってんだけど。ププッ)

 この世界ではモンスターを倒すと、消滅した際にお金が手に入る。

 それは可視化されず、その場にいるマネーマスターのスキルを持っている者へと換金されるのだ。そして必要な時にスキルを使い、現物化する。要は善二のいた世界でいうATMがスキル化したといった感じだ。

 そのスキルを有していたのがピックルだったというわけだ。

 そんなことになっているとは知らず善二は、あっそ、と爪楊枝を歯にあてていた。

 だが、千里眼のスキルを持つチェリーは違う。

 《ふ〜ん。なるほどね〜》

 「あっ、ちょっ、……チクったら飯抜きにするわよ」

 そのパワーワードにチェリーはピックルから目を逸らした。

 「ところでこのあと、どうすんだ? 食ったら眠くなってきたぞ」善二はまだ爪楊枝を歯にあてシーハーシーハーしていた。

 「アンタはどこぞのオヤジか! とりあえずこの先に宿屋があるから、今夜はそこに泊まりましょ」

 一向は静寂に包まれた闇夜を、宿へと向かい歩みを進めた。

 しばらくすると「オイ! お前らちょっと待てよ」としゃがれた声が進行方向をふさぐ。

 鉄パイプを肩に乗せた髭面の男。

 さらに脇道から三人の似たような容姿の男たちが現れた。

 「なんだ? てめーらは」善二が、どすの利いた声を発する。

 「おー、にいちゃん威勢がいいね」

 「なんのようだって聞いてんだよ、チンピラ」

 「ふんっ――まぁ、率直に金置いてけって話だ」

 「もってねーよ」

 「もってねーわけねーだろ。あんな量の飯食ってんだからよ」

 「もってたとしてもてめーらなんかにやるかよ」

 「ダメだこいつ。マジで出す気ないみたいだ」脇道から出てきた三人の中の一人が、苛立ちながら善二の前に出た。

 「ま〜待て。そいつの横を飛んでいる虫にも聞いてみようぜ」

 鉄パイプの男がどうやらこの四人の中のリーダー的存在なのだろう。

 「虫って……。私のことかーーーー‼︎」ピックルが物凄い勢いで、鉄パイプの男の顔面に頭突きを喰らわす。

 「ぐはっ!」その頭突きを受けて、鉄パイプ男は数歩だけ後退った。

 「この羽虫が!」鉄パイプがピックルめがけ打ち込まれる。

 “ガシッ!”

 それを善二が片腕で受け止めた。

 「大概にしろよ。このクソ野郎」

 力を込めて握った鉄パイプはぐにゃりと、くの字に曲がる。

 「なっ、なんだこいつは――」

 四人は驚愕の表情を作った。

 「てめーらもこうなりてぇーか?」

 その一言は相手の戦意を喪失させるには十分だった。

 「くそっ、おぼえてろよ!」とお決まりの捨て台詞を吐き、四人は蜘蛛の子を散らすように闇夜へと消えていった。

 「はぁ〜。ほんとにいるのか。雑魚が言う吐き捨てワード、第一位的なやつ」曲がった鉄パイプを路肩に投げ捨て、善二は溜息をついた。

 「危なかったわね。あんたが出てこなかったらあいつらの命はなかったわ」ピックルの手からは電撃が迸っていた。

 「やめとけよ。一般人にあの電撃を使ったらマジで死んじまうからな」

 「冗談よ。いくら私でも市民には手をあげないから。それより、そこで気持ちよさそうに寝転んでいるお犬様に食らわそうかしら」

 何事もなかったかのようにその場で寝転ぶチェリー。

 「あ〜。チェリー、こんなとこで寝るなよ。しょうがないやつだな」善二はチェリーをゆっくりと抱え込んだ。

 「あんたそいつに甘すぎない?」明らかに不機嫌そうなピックル。

 それを横目に善二は再び宿へと向かい、歩を進める。

 嫉妬心か、ピックルは歯軋りしながら後を追った。


 宿の前に立つ。

 善二は戸惑っていた。

 なぜなら目の前にある宿屋の看板には【HOTEL・ラッキーS】の文字が。

 「これが異世界の宿屋かー。なんか、こう……、現実世界に似てるな」

 宿というよりコンクリートで作られたビルがそこにあった。外装はこれでもかというほどの電飾で彩られている。

 「って、ここラブホじゃねーか!」あまりのことに善二は抱えていたチェリーを放り投げてしまった。

 空中で目を覚まし、体を回転させ着地するチェリー。

 《うわー! キレイなところだねー》

 「まぁ、ラブホというのが私には分からないけど、何か卑猥な意味を感じるわね。でもここはちゃんとした宿屋で間違えないわ」ピックルはそういうと宿屋の方へと善二の背中を押した。

 「ちょっ、待っ――」善二は押されるがまま、宿屋へと入っていく。

 「いらっしゃい」

 白髪をなびかせ、サンタクロースを思わせるほど立派な髭を湛えた老人が、カウンターの奥から姿を現した。重厚な声色には、長年宿を切り盛りしてきた者の風格が宿っている。

 「たっ、タッチパネル……どこだ!」

 突如として善二は挙動不審に辺りを見回し始めた。視線は壁、棚、そして天井までさまよい、まるで現代の機械がどこかに隠れているかのように探している。

 「あんたなにしてんのよ」

 慌てふためく善二に、ピックルは冷えた目線を投げかけた。その表情は呆れ半分、諦め半分といったところだ。

 「何を探しているのかはわからんが、受付ならここに名前を書いてくれないか」

 宿屋の主人は厚手の帳簿を差し出した。古びた紙からは、無数の旅人たちが刻んできた歴史の匂いが漂ってくる。

 「あっ……これね。そう、受付をしなきゃと思ってたんだ」

 ようやく現実に意識を戻した善二は、帳簿を受け取って安堵の表情を浮かべる。

 「さっきタッチパネルとか叫んでたくせに」

 背後から放たれるピックルの鋭い一言は、氷の矢のように善二の背中へ突き刺さった。


 受付を終えると、一行はきしむ階段を上がり、二階の一室へと足を踏み入れた。

 窓から差し込む月光が古びた木造の部屋を柔らかく照らし、旅人を迎え入れるような温かな空気が漂っている。

 「ペット可でよかったなチェリー」

 《ボクはペットなんかじゃないよ!》

 「ペットみたいなもんでしょ――あんた」

 軽口を交わす声が、狭い室内に弾むように響き渡った。三人の間に流れる空気は、いつの間にか和やかで、どこか心地よいものになっていた。


 時を同じくして――夜の町へと切り替わる境界。

 人影のまばらな門前に、一人の男が立っていた。刈り込まれた金髪の坊主頭に、無骨な体躯。静かに佇むだけで、夜気そのものが重くなるような圧を放っている。

 その隣には、小柄な影。幼子ほどの体に不釣り合いな一本のツノを額から生やし、月光を受けて淡く輝いていた。

 二人は言葉を交わすことなく、ただ町の奥を見据えている。

 やがて歩みを進める足音が、夜の静けさを破り、眠りについた町の中へと響いていった。


 「くそっ! さっきのヤツら次あったらタダじゃおかねー!」

 「アニキ、あの男は鉄パイプを軽く曲げたんですよ! 只者じゃないっす」

 「だから鉄パイプなんてチンケなもんじゃなく、このナイフを買ったんじゃねーか!」

 「ちゃんと買うあたり、アニキは流石っす!」

 「当たり前だろーが! 盗むなんて非人道的なことをしねーのがオレ様の流儀よ!」

 「でもさっきのヤツらからは、金を脅し取ろうとしたじゃないっすか」

 「バカかお前は! 盗むと奪うはちげーんだよ!」

 「あっ、なるほどっすね!」

 夜道に響くチンピラたちの軽口は、先ほど善二たちから散々に追い払われたばかりの四人組のものだった。肩を怒らせながらも、どこか情けない空気を纏っている。

 その時、そんな連中に言葉を放つ者がいた。

 「おいっ、そこの馬鹿ども。邪魔だ――どけ」

 低く響いた声が闇を裂いた。

 姿を現したのは――金髪頭の男。その堂々たる立ち姿は、四人組とは比べるべくもない圧を放っていた。

 「あっ? てめー今、何か言ったか?」

 リーダー格の男がナイフをチラつかせ、挑発的に歩み寄る。

 「聞こえなかったか? 邪魔だ……うせろ」

 冷ややかに告げられたその一言は、鋭い刃よりも深く四人の心臓を貫いた。思わず息を呑むほどの迫力。

 「くっ……いい度胸だ……! このナイフの最初の餌食はてめーだ!」

 言い終えるや否や、リーダー格の男は金髪頭へと刃を突き出した。

 「光もん出しゃービビると思ってんのか?」

 金髪頭はわずかに唇を歪め、伸ばした手でナイフの先端をつまんだ。

 ――ギチリ。

 次の瞬間、分厚い鋼の刃がまるで飴細工のようにグニャリと歪む。

 「――へっ?」

 素っ頓狂な声がリーダー格の口から漏れた。

 「……どけ」

 金髪頭の低い声は、それだけで命令として成立していた。四人組は条件反射のように背筋を伸ばし、まるで軍人のように揃って道を開ける。

 それはあたかも、海を割るモーゼの奇跡のごとく――街道の中央に、ただ一人金髪頭の男の進む道が作られていた。

 「あ……アイツも……ただもんじゃねーな……」

 リーダー格の口から弱々しい声が漏れる。手の中にあったナイフは、もはや原形を留めぬほどひしゃげており、その無惨な姿が彼らの恐怖を倍増させていた。カラン、と乾いた音を立てて地面に落ちた瞬間、四人組の膝から力が抜ける。全員が糸の切れた操り人形のように、その場にへたり込んだ。

 金髪頭は迷いのない足取りで宿屋へと向かった。

 重い木製の扉を押し開けると、白髪に長い顎髭を蓄えた店主がカウンターの奥から現れる。

 「いらっしゃい。泊まりかい?」

 「ああ、部屋は空いてるか?」

 「ええ、二階の一室が空いてるよ」

 そう言って手渡された鍵を握りしめ、金髪頭は階段を軋ませながら上がっていく。

 渡されたキーナンバーを確認すると、扉の錠を外し、暗がりの部屋へと足を踏み入れた。

 パチリ、と明かりを灯し、ソファへ腰を下ろす。

 「ケルベロスの情報はガセか?」

 鋭い眼差しを虚空に投げながら、低く呟く。

 「いや、そんなことはないっち! 情報屋から仕入れたから間違えないっち!」

 小鬼が甲高い声で返答する。

 「ちっ、既に別のエリアへ行ったか……。レジェンダリーアイテムを手に入れそこなったかもな」

 舌打ちとともに男の額に苛立ちが滲んだ。だが次の瞬間、隣室から賑やかな声と笑いが壁を震わせるように響いてくる。

 「ちっ、鬱陶しい連中がいるな」

 「まったく、時間を考えるっち!」

 四大獣禍族――彼らはただの魔物ではない。

 大陸にとっては災害であり、ヤンキーにとっては頂へ至るための踏み台であり、同時に墓標でもある。

 だからこそ、レジェンダリーアイテムを巡る戦いは常に血と涙で彩られるのだった。

 静寂を求めた部屋に流れ込んだ喧騒は、まるで挑発のように二人の神経を逆撫でした。四大獣禍族の名が口にされるとき、人々は声を潜める。

 それは畏敬ではなく、純然たる恐怖ゆえだった。


 〈フェニックス〉は、討伐者の命を焼き尽くした直後に、炎の羽根を散らして再生する。燃え盛る大翼は一度広がれば大地を塵芥に変え、数千の兵を一瞬で灰にしたという記録すら残されている。

 〈金剛甲羅〉は、どんな剣も槍も通さぬ絶対の防壁を背負う巨獣。振り下ろす一撃は山をも砕き、衝撃だけで都市の城壁が崩壊したと伝わる。防御と攻撃、そのどちらもが理不尽なほどの暴威に等しい。

 〈白夜龍〉は夜そのものを喰らう竜。月なき夜空に白銀の鱗を輝かせ、吐息一つで氷嵐を呼び、千里を凍土へと変える。現れたが最後、逃げ延びた者はほとんどいない。

 そして〈ケルベロス〉。

 地獄の門番と呼ばれたその魔犬は、黒炎を纏った三つ首を持ち、咆哮一つで大地を揺るがす存在だった。その牙は鋼鉄をも砕き、吐き出す業火は岩盤すら融解させる。まさに【死そのもの】を従えた獣。

 だが、そのケルベロスは既に一人のヤンキーによって討伐されていた。

 そのことはまだ市民にも、他のヤンキーたちにも知られていない。

 ただ一人、ケルベロスの刺繍が描かれたジャケットを羽織った勝者だけが、伝説を裏で塗り替えた事実を握っていた。


 いつの間にか、善二とピックル、チェリーは眠りについていた。

 深夜の宿屋に静寂が戻る。

 ――翌日。

 ピックルの甲高い声は、まるで目覚まし時計の警報のように部屋中へと響き渡った。

 「こらっ! あんたたち、もう朝よ! 起きなさい!」

 どこから取り出したのか、左手にフライパン、右手側にお玉を握りしめ、”ガンガン”と金属音を容赦なく鳴らし立てる。

 「――うるさっ!」

 善二は思わず寝ぼけ眼を擦り、身を起こした。

 その横ではチェリーが気持ちよさそうに寝息を立て、まだ夢の世界に浸っている。

 「このっ、クソ犬!」

 苛立ちを募らせたピックルが、お玉を投げつける。

 ――瞬間。チェリーは目を閉じたまま、風音を先読みするかのように軽やかに飛び退いた。

 「――あんた起きてたの⁉︎」

 《ふぁっ……今起きたよ》

 あくび混じりに応えるチェリー。

 ピックルは悔しそうに眉を寄せて睨みつける。

 「この犬っころ、そういえば千里眼持ってたわね」

 小さな監視者の声には、完全に出し抜かれた苛立ちが滲んでいた。


 身支度を整えた一行は、きしむ階段を降りて一階の食堂へと向かった。

 そこではすでに朝食を楽しむ宿泊客たちの笑い声や談笑が飛び交い、活気に満ちていた。香ばしい焼きパンの匂いとスープの湯気が空気を満たし、旅人たちの一日の始まりを祝福しているかのようだった。

 善二たちは空いていた席に腰を下ろすと、メニューを開き、それぞれ好きな料理を注文する。

 やがて皿が運ばれてきた。

 湯気を立てる料理に舌鼓を打ち、久々の腹ごしらえを楽しむ。

 食事を終える頃、善二の前に金髪頭の男が影を落とすように近寄ってきた。

 「――お前、ヤンキーだな」

 「なんだ? お前。藪から棒に」

 爪楊枝を口に咥え、シーハーシーハーと歯の隙間を掃除する仕草は、場違いなほどオヤジ臭く、かえって善二の余裕を際立たせていた。

 「……いや、今はやめておこう」

 男は短くそう告げると、背を向けて踵を返す。

 「……なんだあいつ……変なヤツ」

 善二は爪楊枝を皿の上に投げ置き、不機嫌そうに呟いた。

 そのとき、ピックルが小声でつぶやく。

 「あいつもヤンキーね」

 「見りゃわかるだろ」

 「容姿のことを言ってんじゃないわよ! あの男もまた普通じゃない感じがするって意味!」

 「あ〜、そっちか。紛らわしい」

 善二は両手を頭の後ろに組み、椅子に深々と身を預けながら気の抜けた声を返した。


 二階の一室。

 「どこ行ってたっちか?」

 ツノを生やした小鬼が、扉を押し開け戻ってきた金髪男に問いかける。

 「……便所だ」

 「長かったっちね。ウンコっちか?」

 「てめー、ぶん殴られたいか」

 「冗談っちよ。ホント通じないヤツっちね」

 軽口を叩く小鬼に、金髪男は不機嫌そうに眉をひそめた。

 「……鬼マル、ウォッチャーってのはお前みたいなツノ生やしたやつだけじゃないのか?」

 鬼マルと呼ばれた小鬼は、胸を張って得意げに答える。

 「ウォッチャーの見た目は様々だっち。オレっちみたいなイケメンもいれば、ブサイクなヤツもいるっちよ」

 「同族同士の見た目じゃねー! 別の種族のことを言ってんだ」

 「そういうことっちか。まぁ、オレっちみたいな鬼族、妖精族、魔獣族、禍虫族と大まかに四種属はいるっちね。そこから見た目のタイプなんかに枝分かれするから、結構複雑っちよ」

 「……なるほどな。じゃー、銀色の犬は魔獣属か?」

 「銀色の犬? 聞いたことないっちね、もしかしたら魔獣属の犬タイプかも知れないっち」

 「ウォッチャーは一人に二人つくことはあるのか?」

 「それはないっち。オレっちも業界長いっちけど、聞いたことないっちよ」

 「そこまで業界に詳しく見えんけどな」

 「照れるっちよ」

 「褒めてねー」

 軽妙なやり取りの裏で、金髪男の瞳は鋭さを増していた。

 (……俺の勘が言っている。あの赤毛野郎は只者じゃない。それに学ランじゃなくスカジャンだと⁉︎ この世界にも存在するのか、あんなもの。背中に刺繍されたのは三つ首の獣……まさか、ケルベロスではあるまい)

 思考に沈む彼の表情は、先ほどの不良じみた軽さをすっかり失っていた。

「 どうしたっちか? やっぱウンコ我慢してるっちか?」

 軽口を叩いた瞬間――鬼マルの頭には立派なタンコブができていた。

 「おい、鬼マル――ヤツらの動向を監視してくれ」

 「いいっちが、気になるっちか?」

 「ああ、少しな」


 善二たち一行は宿を後にした。

 ピックルの提案によれば、この先の道中は何が起こるかわからない。だからこそ、最低限の一式を道具屋で揃えておく必要があるのだという。

 石畳の道を歩き始めて三百メートルほど。街角に差しかかると、古びた木製の看板が視界に飛び込んできた。

 【道具屋 三松】

 だが店先の光景は、善二の想像していた“冒険者御用達の武骨な店”とは大きくかけ離れていた。

 入口脇に鎮座していたのは――まさかのカプセル自販機。カラフルな球体が透けて見える透明ドームに、近所の子供たちが群がり、楽しげにはしゃぎ回っている。さらには店内から出てきた子供たちが手にしているのは、どうみても低価格のお菓子だった。

 善二は思わず顔を引きつらせ、心の中で叫ぶ。

 (ここは……駄菓子屋か!)と。

 店内へ足を踏み入れると、外から聞こえていた子供たちの喧騒はさらに大きくなり、明るい笑い声が木造の天井に反響していた。

 だが、柱を境にして店内は不思議な二分を見せている。

 左側には、子供たちでごった返す駄菓子コーナー。棚には色とりどりの飴玉や駄菓子袋が所狭しと並び、まるで小さな祭りのような賑わいを放っていた。

 対して右側には、整然と陳列された道具類が並ぶ。異世界の産物でありながら、どこか見覚えがあるような、不思議な既視感を覚えさせる品々ばかりだ。

 当然、善二たちは右の道具棚へと足を向けた。

 最初に目に飛び込んできたのは、束ねられた青緑色の草だった。乾いた香りがわずかに漂い、ただの雑草とは違う気配を放っている。

 「これって、もしかして薬草か?」

 怪訝そうに問う善二に、ピックルが胸を張って答える。

 「そうよ。傷口にすり潰したそれを塗ると、血止め効果や鎮痛効果もあるの」

 なるほど、と善二が納得したその瞬間、薬草の隣に並べられた束に視線が吸い寄せられた。

 三枚から九枚ほどの小葉が扇のように広がり、手のひらを模したかのような奇妙な形をしている。

 「こっ、これは……マ……マリファナ⁉︎」

 善二の額に、冷や汗がじわりと滲む。

 「よくわかったわね! それはマーリーファナの葉よ」

 ピックルは悪びれることなく、屈託のない笑顔で言い放った。

 「麻薬じゃねーかよ! そんなもんまで置いてんのかこの店は! 子供たちまでいるんだぞ! 正気か⁉︎」

 顔を真っ赤にしてまくし立てる善二。

 だがピックルはきょとんとした様子で、逆に不思議そうに首をかしげる。

 「いきなり怒鳴ってどうしたのよ! これは幻覚にかけられた人を覚ます作用があるの」

 「思ってたのと逆の効果〜‼︎」善二は膝から崩れ落ち、店の床に両手をついて項垂れた。

 周囲の客たちは不思議そうに一行を一瞥するだけで、すぐに日常へと戻っていく。

 さらに善二は目を丸くした。

 段になった上段の棚――そこには、白く細かな粉がビニール袋にぎっしりと詰まって並んでいる。その見た目に、嫌な既視感が走った。

 「これも違うと思うが……コカインじゃないよな?」

 「ちょっと違うわね。コッカーインの粉よ」

 「ネーミングセンスが危ない‼︎」

 ズッコケた勢いで、善二は中央の柱に後頭部をぶつけた。鈍い音とともに、店中に“ゴンッ”と響く。

 「……誰がつけてんだよ」

 「そんなの知らないわ。【神様】じゃないの?」

 「だとしたら、しょーもない神だな……」

 後頭部をさすりながら、善二は苦虫を噛みつぶしたような表情を浮かべる。それでも「さすがにもう変なモンはねぇだろ」と店内を見渡した、その時だった。

 ジュースの缶のようなものが棚の端に並んでいるのが目に留まる。

 「おい、あれは駄菓子の方じゃないのか?」

 「ん? 猗〜、あれはシンナーよ」

 「イントネーションが微妙に違うだけ!」

 善二の顔はツッコミ疲れでやつれ、魂が抜けかけていた。

 「混乱して意識朦朧とした人を正気に戻す効果があるの」

 「また元いた世界と逆の効果かよ……どうなってやがる、この世界は」

 善二は頭を抱え、再び床に崩れ落ちながら、異世界の倫理観の迷子っぷりに呆然とするのだった。

 その時、背後から落ち着いた声が響いた。

 「――あんた、初めての来店だね?」

 振り向くと、そこには小太りの中年男が立っていた。

 薄い頭髪を気にするように撫でつけ、腹の出た体にエプロンをかけている。胸元の名札には《三松》の文字。

 「……あんたが店主か?」

 「ああ、そうさ。道具屋《三松》の三松三郎みまつさぶろうだ」

 名乗りながらニッと笑うが、その笑顔はどこか胡散臭い。

 善二の視線が自然と棚の問題児アイテムに向かう。

 「……あんたよ、店に置くもん考えた方がいいんじゃねーのか? コッカーインとかシンナーとか、どう見てもアウトだろ」

 「なに言ってんだ兄ちゃん。うちは健全な商売だよ。医療系の道具屋だからね」

 「医療系⁉︎」

 三松は胸を張り、両手を腰に当てる。

 「そうさ。あのへーロインのお香だって、集中力を高める効果があるんだ。勉強前に吸う子も多いねぇ」

 「教育崩壊してんじゃねーか‼︎」

 善二の絶叫に、店内の子供たちは「また始まった」とでも言うようにクスクスと笑い出す。

 「まあまあ、固いこと言わずに。あんたから見たらこっちは異世界なんだし、文化の違いってやつさ」

 「文化の違いで済むかよ! てか、俺のことを知ってんのか?」

 「見た目でわかるよ。あんたヤンキーだろ? 長年やってりゃ、様々なやつらも来るからな。みんな最初は同じような反応をする」

 ピックルは頬をぷくりと膨らませながら、なぜか店主を庇うように言った。

 「でも確かに、ここにしかない珍しい道具が多いのは確かね」

 「だろ? ウチは《変なモンほど効く》をモットーにしてるからな」

 「モットーがすでに狂ってんだよ……」

 善二は溜め息をつきながらも、ふと気づいた。棚の端、そこには赤色と白色のビニールテープのような物が二つセットで置いてある。

 「おっさん、あのテープはなんだ?」

 「あ〜あれか、あれは持ち物に貼り付ける道具だ」

 「持ち物に貼る? それってどういった効果があるんだよ」

 「赤色のテープを貼ると、自分よりレベルの低いモンスターは逃げていく。白色はその逆で、強さ関係なくモンスターを引き寄せる」

 「……古いヤンキーの伝統的ルールのやつだな。……はぁ〜、医療系の道具屋はどこにいったんだよ」

 異世界にまで赤と白の因縁が存在することに、善二は軽く天を仰いだ。

 結局のところ、善二のいた世界では危険な物でも、この店――いや、世界においては正常だということだ。

 そんな善二を横目に、ピックルは慣れた手つきで棚を巡り、必要なアイテムを手際よく選び取っていく。

 「大体こんなもので大丈夫でしょ」

 言いながら袋を抱え、レジカウンターへ向かう。会計を済ませた一行が出口へ差しかかったその瞬間――。

 扉の向こうから入ってきた影と、善二の視線がぶつかった。

 金髪を刈り上げたあの男――宿屋で見かけた、例の転生者――もう一人のヤンキーだった。

 「あん⁉︎  てめーらは……」

 低く唸るような声。

 その背後から、ツノを生やした小鬼がひょいと顔を覗かせる。

 「あっ、こいつらっちね! 宿屋にいたもう一人のヤンキーは」

 「――っ‼︎ 鬼マル⁉︎」

 ピックルの声が裏返り、羽が小刻みに震えた。

 「そういうオマエっちは、ピルクル」

 「だから乳酸菌飲料じゃないわよ‼︎」

 瞬間、ピックルの掌から青白い電撃がほとばしり、小鬼の体を直撃した。

 焦げた煙が立ちのぼり、小鬼――鬼マルは口から黒い煙を吐き出す。

 「……げふっ……ち」

 それを見た金髪男の眼光が鋭く光る。彼は一歩前へ踏み出し、ピックルを睨み据えた。

 「こんなんでも俺のウォッチャーだ。手ぇ出したことは許されねーよな」

 低く唸るような声に、場の空気が一気に張り詰める。

 「だからってピックルに何かしようとしてんならやめとけ。俺が黙ってねーぞ」

 善二がピックルの前に立ちふさがり、互いの視線が火花を散らす。

 空気が一瞬で熱を帯び、まるで店内の空間ごと戦場に変わったかのようだった。

 だが、次の瞬間――

 「龍平っち……大丈夫っちよ。こんなのは毎度のことっち。ピックルとはいつもこんな感じっち」

 鬼マルは何事もなかったかのように煤を払い、けろりとした表情で立ち上がった。

 「あんたも毎度、わざと名前を間違えるのやめてくれない」

 ピックルは呆れたようにため息をつき、羽をしょんぼりと垂らした。

 「ちっ、それよりお前に聞きたいことがある。ちょっとツラ貸せよ」

 「俺に真っ向から喧嘩申し込んでくるなんて久しぶりだな」

 「ちょっと、二人とも落ち着きなさいよ」

 ピックルが割って入ろうとするが、既に二人は道具屋の外に出ていた。

 「町の裏門までついて来い」

 「上等! 意味もわからず喧嘩ふっかけてくる奴はムカつくんでな」

 二人の間には異様な歪みが発生し、いつ弾けるか緊張感が鋭利な刃と化していた。

 ピックル、鬼マル、チェリーの三体は後ろをそわそわしながらついていく。


 やがて、裏門にたどり着く。

 周りには警備兵などは配置されず、ある意味無法地帯と化していた。

 そこから一歩外に出ていく。

 広大な大地が寝覚めの朝の光を、その場の全員に降り注ぐ。

 「で、俺に何か言いたそうだな」

 はじめに言葉を発したのは善二だった。

 「お前の……そのスカジャンについてだ。――それをどこで手に入れた」

 龍平と鬼マルと呼ばれた小鬼は、善二の着ている服に目を落とす。

 「あっ? これか? これは三つの頭をはやした犬から手に入れたもんだ」

 「……ドロップしたということは倒したのか?」

 「――そうなるな」

 「ちっ!」あからさまに苛立ちを隠せない龍平。

 「これが原因で因縁つけてきてんのか?」

 「それはな……もともと俺が着る物だった」

 「は? 何言ってんだ? 倒して手に入れたのは俺だ。俺のもんにきまってんだろ!」

 龍平の拳が、無意識のうちに震えていた。悔しさと怒り、そして何より自分の誇りを踏みにじられた屈辱が、血管を逆流するように込み上げてくる。

 「なぜ四大獣禍族と呼ばれる最強種の一体が、こんな辺鄙な最初の町に姿を現したか――その理由がわかるか? それは俺がここへ来るまで、ケルベロスと死闘を繰り広げていたからだ。追い詰め、手傷を負わせ……あと一歩というところで逃げられた。そして、そこに偶然お前がいた。手負いのケルベロス相手なら、楽に倒せただろうな。横取りしやがって……てめぇみてぇな奴が、一番ムカつくんだよ!」

 ――あの地獄の炎をくぐり抜け、命を賭して挑んだ相手を、目の前の赤毛の男はまるで散歩のついでに仕留めたかのように語る。理屈ではない。これはヤンキーとしての生き様への侮辱だ。

 龍平の言葉を聞き終えると、善二は短く息を吐いた。

 激昂する相手を前にしても、その表情には焦りも怯みもない。

 むしろ、静かな哀れみのような色が宿っていた。

 「……そうか。お前が追っていたのは、あの三つ首だったのか」

 低く落とした声は、怒りでも挑発でもなく、ただ事実を受け止める響き。

 彼の中では、勝ち負けよりも――戦った覚悟と、失った誇りの重さを察していた。

 「けどな、俺は横取りするつもりなんざなかった。ただ、目の前に仲間を傷つけようとする奴がいて……放っておけなかった。それだけだ」

 龍平の瞳が一瞬だけ揺らいだ。

 善二の声には、虚勢でも謝罪でもないまっすぐな誠意があった。

 「……お前が本気であの獣に挑んでたなら、同じヤンキーとして敬意は払うぜ」静かな口調のまま言い切ると、善二はその場に立ったまま視線を外さず、ほんの僅かに口角を上げた。

 怒りを鎮めようとも、挑発しようともせず――ただ対等に向き合うという意志だけを、そこに示していた。

 龍平はしばし沈黙した。

 胸の奥で煮えたぎっていた怒りが、善二の静かな声に押しとどめられる。

 まるで荒れ狂う火が、一滴の水に鎮められたようだった。

 握り締めた拳の震えが、いつの間にか止まっている。

 代わりに、わずかな戸惑いと――説明のつかない違和感が心の底に残った。

 「……チッ、言うじゃねぇか」

 龍平は舌打ちしながらも、善二の目をまっすぐに見返す。

 そこには、怯えも、偽りもない。ただ真正面から言葉で殴り返してくるような、確かな意志があった。

 「だがな……それでもムカつくもんはムカつくんだよ」

 吐き捨てるように言いながらも、その声音には先ほどまでの殺気はもうなかった。

 残っているのは、敗北ではなく――奇妙な敬意。

 「……覚えとけ。次に会う時は、本気でやる」

 そう言い残して、龍平は背を向ける。

 「いいっちか?」

 鬼マルが小首を傾げながら呟いた。

 「いいんだよ! 今はな……」

 その歩みにはまだ怒りの熱が残っていたが、どこか誇りを取り戻したような静けさもあった。

 ピックルがぽつりと呟く。

 「やっぱりヤンキー同士って……似た者同士よね」

 善二は口の端をわずかに吊り上げた。

 「かもな。けど、あいつ……悪い奴じゃなさそうだ」

 その言葉に、ピックルは小さく頷いた。

 そして次の瞬間、ピックルは何かを思い出したように、ぱっと表情を明るくした。

 「そういえば、この町に【スキル鑑定士】が来てるって話を耳にしたの!」

 「スキル鑑定士?」

 善二が眉を上げる。

 「そう! 転生者――ヤンキーに宿ったスキルの正体を見抜いて、発動条件とか、成長の方向性までアドバイスしてくれるスペシャリストなのよ!」

 「へぇ、まるでこの世界のカウンセラーってやつか。……で、どこにいるんだ?」

 「町の中心にある噴水広場よ。今ちょうど来てるはず」

 その言葉を聞くや、善二は躊躇もなく歩き出した。(そういう成長イベントみたいなの、嫌いじゃねぇ)と内心で呟きながら。

 噴水広場に着くと、煌びやかな水の音が耳に心地よく響いていた。

 広場の中央――透き通る水飛沫を背に、テーブルと椅子が置かれ、その席にはフードを深く被った人物が一人。

 「……あれ、だな」

 (わかりやすっ!)と、心の中で善二がツッコむ。

 「あのー、あなたがスキル鑑定士さん?」ピックルが声をかける。

 「ああ、そうさねぇ。あたしゃスキル鑑定士だよ。――おやまぁ、可愛らしいウォッチャーさんじゃないの」

 フードの陰から覗くのは、年輪を刻んだような皺深い顔。しかし、その双眸は若者よりもなお鋭く澄んでいた。

 「やだ、可愛いって……! 本音、ダダ漏れじゃないのよお婆さん!」

 「早速だけど、俺のスキルを鑑定してもらいてーんだ」ピックルを押しのけ、善二が一歩前に出る。

 「ほう……お前さんが今回のヤンキーかい。――いいだろう、見てやろうじゃないか」

 老婆はゆっくりと指を持ち上げ、善二に向かって椅子を指し示した。

 「腰を下ろしな。魂の奥を覗くには、ちょいと時間がかかるもんでね」


 一方その頃。

 龍平は善二と別れたあと、人気のない夜道を黙々と歩いていた。

 靴底が土を踏むたび、心の奥で鈍い痛みがこだまする。

 ――奪われる。

 その言葉が、ずっと脳裏を離れなかった。

 かつて、前世にいた頃。龍平には一人の妹がいた。病弱で、いつも咳をしていたくせに、笑う時だけは誰よりも明るかった。

 「龍ちゃんは、誰かを殴るよりも優しく撫でるほうが似合うよ」

 そう言って、いつも兄の拳を握る小さな手は、熱を帯びていた。

 家は貧しかった。

 薬を買う金もなく、龍平は夜の街で喧嘩をしては、相手の財布を奪う日々を繰り返していた。

 それが、唯一妹を生かすためのやり方だった。

 だが――あの日。

 盗んだ金で薬を手に入れた龍平は、妹の元へと急いでいた。だが、その途中で奪った奴らが仲間を数十人も連れ、現れた。だが、龍平は数など気にしない。果敢に群れに突っ込んでいく。

 三十分ほどの時が流れる。

 体はボロボロになり、手にしていた薬は無惨にも踏み躙られ、粉々になってしまっている。それでも足を引き摺りながら、妹の身を案じ、家路へと急ぐ。だが、帰ったときにはもう妹の身体は冷たくなっていた。

 その妹が何かを握っていた。それがぽろりと零れ落ちる。それは自分自身が必要としていた薬でもお金でもなかった。代わりに拾い上げたのは、昔――龍平が妹に上げた折り紙で作った手裏剣だった。目から涙があふれる。この不平等な世界への絶望感と自分自身への無力感。

 「……守るって、言ったのに」

 声にならない嗚咽とともに、龍平は初めて自分を殴った。力の限り、何度も殴り続けた。

 血が滲んでも痛みは感じない。ただ、奪われたという現実だけが、骨の髄まで沁みた。

 それ以来、龍平は決して奪われることを許さなくなった。

 誇りを。勝利を。信念を。

 誰かに横取りされることは、自分の生き様を否定されることと同義となった。

 だから、あの赤毛のヤンキー――咬噛善二に対して、理屈抜きで腹が立った。

 横取りされたのはケルベロスの方ではない。自分の存在意義そのものだった。

 夜風が吹き抜ける。

 龍平は、空を仰いだ。

 「……チッ。ムカつく奴だぜ」

 そう呟いた声は、怒りよりも、どこか寂しげに滲んでいた。

 その瞳には、もう怒りの炎はない。代わりに宿っていたのは――あの日、妹に言われた優しさの光だった。


 時は戻り――善二がスキル鑑定士のもとを訪ねていた頃。

 「……それで? まだ時間かかんのか?」

 善二は退屈そうに椅子を前後に揺らし、天を見上げながらため息をついた。

 その態度には、明らかに飽きたという感情が滲んでいる。

 対する鑑定士の老婆は、水晶玉に両手を翳したまま、額にびっしりと汗を浮かべていた。

 「ぬぬぬ……ここまで情報量が多いとは……」

 低く唸りながら、老いた喉が震える。

 「いつのまにか、ピックルもチェリーもいねーしよ」

 善二は周囲を見回した。気づけば、二人はとうに姿を消していた。

 かれこれ一時間は経っている。どうやら退屈に負けて別行動を取ったらしい。

 その時――

 「……‼ なるほど……これは、凄まじいの……」

 老婆の声が震えた。水晶の内部が青白く光り、場の空気が一瞬にして張り詰める。

 「おっ、やっとわかったか?」善二が身を乗り出す。

 「お主の能力、まず驚くべきは番長の素質を持つ番核保持者だということ。……ただ者ではないと思ったが、ここまでとはのう。さらに、お主のヤンキースキルはバイバイララバイ。特技スキルにはネリチャギ――そこから派生する数々の足技。そして鬼気一発、渾身の拳で相手を打ち砕く必殺の破壊技……見事じゃ」

 「いや、それ全部わかってんだけど……なんか、期待してたのと違うな」

 善二は肩をすくめ、冷ややかな視線を残して立ち上がる。

 だが――老婆の次の一言が、その足を止めた。

 「お主のヤンキースキル……バイバイララバイはあまり使わぬほうがよいぞ」

 「……そりゃどういう意味だ⁉」

 善二の声に、思わず緊張が走る。

 老婆はゆっくりと顔を上げ、その瞳に静かな光を宿した。

 「強力な力には、必ず等価の代償が伴う。この世界は常に“均衡”の上に成り立っておる。お主の全能力を倍に底上げする力への代償――それは寿命じゃ! 二倍なら二十時間。三倍なら三十時間。一段階上げるごとに十時間、命の火が消える」

 「――⁉ それって……」

 善二の瞳が大きく見開かれた。その瞬間、場の空気が一段と冷たくなる。彼の胸の奥で、何かが静かに軋んだ。

 ――力を得るたびに、寿命を削り、やがて死へと近づく。

 それは、異世界に生きる彼にとって、最も皮肉で残酷な真実だった。

 「この世界で死ぬと俺はどうなる?」

 善二の声には、かすかな震えが混じっていた。

 鑑定士は沈黙ののち、低く息を吐いた。

 「どうなるもなにも――そのまま消え去る。魂ごとな」

 その言葉が空気を凍らせた。

 善二の胸の奥に、重く鈍い音が響く。

 「……それじゃ元の世界で生き返るってこともできない。……母ちゃんが一人になっちまう」

 彼の声はかすれ、瞳の奥に焦燥が滲む。言葉よりも先に、顔がすべてを語っていた。――それだけは、絶対に避けたい。

 「どうにかならないのか?」

 善二の問いは、祈りにも似ていた。

 老婆は短く肩をすくめ、乾いた笑みを浮かべる。

 「そりゃあんた――能力を使わなければいいだけの話だわな。ただ、この世界で力を使わず先へは進めぬ」

 「……くそっ!」

 善二は歯を食いしばり、拳を固く握る。指先が白くなるほどの力で。

 しばしの沈黙。

 老婆の瞳がゆっくりと善二を射抜いた。

 「ただ――一つだけ、可能性を示すならば」

 その声には、先ほどまでの軽さがなかった。

 「能力で命を使い果たす前に、【願龍がんりゅう】に会うことだ」

 善二は息を呑む。

 「それって――どんな願いも叶えてくれるってやつか?」

 「そう。――そこはあの可愛らしいウォッチャーから聞いているみたいだね」

 老婆は小さく頷く。

 「なら、その願龍に会う条件もわかっているね?」

 「確か、四大陸にいる番長を倒して――てっぺんとること」

 言葉にした瞬間、善二の胸の奥で再び燃え上がった。死を避けるための戦いではない。生きて帰るための闘い――その思いが。


ここまで読んでいただきありがとうございます!

今回はノーマリータウン到着回――と思いきや、もう一人のヤンキー・龍平が登場しました。

善二とは違う過去を背負い、違う信念で戦う男。

今後、彼が善二にとって敵になるのか、ライバルになるのか、それとも――。

そして明かされた、善二のスキル【倍々羅々バイバイララバイ】の代償。

力を使うほど寿命が削られる。

母親のもとへ帰るために生き返りたい善二にとって、それは絶対に無視できない現実です。

ここから善二の戦いは、ただの成り上がりではなくなっていきます。

次回も読んでいただけたら嬉しいです!

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