第一章 異世界の監視者
ついに異世界へ――。
事故によって命を落としたヤンキー・咬噛善二。
目を覚ました先は、魔法とモンスターが存在する異世界だった。
案内役の監視者ピックルとの出会い。
そして、生き返るための条件。
善二の天下一への物語がここから始まります。
ぜひお楽しみください。
――次に目を覚ましたとき、善二は先ほどまでいた高架下ではなく、見知らぬ場所に横たわっていた。
草の匂いが鼻腔を満たし、目の前には果てしなく続く草原が風に揺れている。空は見慣れない色をたたえ、二つの太陽が薄く輝いていた。
耳には、この世では聞いたことのない鳥の鳴き声が遠くから混じり込んでくる。
「……ここ、どこだ?」
善二が呆然と立ち尽くしていると、視界の先に小さな歪みがうずを巻くように現れた。渦の中からは、ふわりと人型の影が浮かび上がる。
「――こんにちは」
それは少女のように透いた声だった。背中には小さな羽がひらひらと揺れているのが見える。歪みが消えると同時に、影は形を整えて再び口を開いた。
「……聞こえてないのかしら? ……こんにちは」
呆然としていた善二は首を軽く振り、まばたきを重ねる。
「……こ、こんにちは?」
「なんであんた、クエスチョンマーク入れてんのよ! ただの挨拶でしょ」
小さな体は頬をぷくっと膨らませ、怒りを示しているようだった。
「夢でも見てんのか……俺は」
善二が自分の頬をつねる仕草を見て、あの小さな存在は口をすぼめるように答えた。
「あ~~~、もう! 説明するの面倒くさいんだから! ……いい⁉ ちゃんと聞いときなさいよ! まずあんたは死んだの! YOU ARE DEAD! アンダースタン?」
小馬鹿にしたような表情で、細い瞳が善二をじっと見下ろす。
「……俺が死んだ?」
「そう! あなたは死んじゃったの。それでこの世界は、あなたの世界とは別の世界。つまりは、あなたからしたらここへ異世界転生してきたってことなの。ワ~オ! アンビリバボー!」
「……異世界……転生?」
「YES! そして~、私の名前はピックルよ」
そう告げると、彼女はあどけなくウインクした。
「お前は妖精なのか?」
「……私が妖精かどうかでいうと、そう捉えても構わないわ。でも正式には監視者と呼ばれる存在ね」
「ウォッチャー……ね」
善二はまだ現実感を取り戻せず、まばたきの回数を増やしている。身体に残る痛みと混乱のあいまいさが、夢と現の境界線を曖昧にしていた。
「あっ、ちなみに、あなたのような見た目が派手な転生者を、ヤンキーと呼ぶわ」
「――どうしたらそうなる‼」
飛び上がるようにしてツッコミを入れる善二の様子は、生き生きとした焦燥に満ちていた。
「あらっ、思ったより元気じゃない」
「お前な――」言葉尻が途切れた瞬間、善二の体に電撃のような衝撃が走った。
「お前じゃない……ピックルよ」
ピックルは形相を変え、善二をにらみつける。彼女の視線が鋭くなると、目の前にいた善二の姿は一瞬、黒焦げになった無言の躯へと変じた。
「あっ、ヤバい! ホーリーライト!」
ピックルが腕を掲げると、眩い光が彼の周囲に急速に集まり始めた。光は熱を伴う音もなく周囲を削ぎ、まるで外側の煤を震わせるかのように、善二の体についていた汚れがぱらぱらと舞い散る。
「――うわっ! 死ぬ‼」
煤が風に吹かれるように散る光景は、生と死の境界を一枚はがすかのようだった。
「ごめんなさい……一回殺しちゃった。てへっ」
ピックルは軽く舌を出して照れたように笑う。
「いやいや、謝って済む問題じゃないだろ!」
「だって、あなた私のことを〝お前〟って呼ぶんだもん。ムカつくじゃない?」
善二は目を見開いた。驚愕が顔に広がる。
「……それだけで? ――殺すの? ――人を?」
善二の瞳が丸くなり、信じられないという感情が身体の端々まで波紋のように伝わる。
「私って、とってもキレやすいの。だから今後、気を付けてくれれば大丈夫だから」
「おま……いや、ピルクル――」
やばい、まずい――と善二は焦り、慌てふためく。
「私は乳酸菌飲料か!」
お前、と呼びかけたことより、名前を誤ったことに対する怒りがまたしても電撃となって迸った。
「なるほど」煤を払いながら、善二は腕を組んだ。
ピックルが改めて語ったこの世界の概要は、次の通りだった。
・今いるのは、善二のいた世界とはまったく別の世界。
・善二のように異世界に来た者は、総じてヤンキーと呼ばれる。
・ピックルはそのヤンキーを導く役目を持つ監視者――ウォッチャー。
・この世界では魔法や超常の力が当然のように存在する。
・大小さまざまなモンスターがそこかしこに蔓延っている。
「う〜ん……まぁ、実際にこの目で見てんだ。納得せざるを得ないよな。マジでファンタジーの世界って感じだ」
「私からしたら日常なんだけど、あなたのいた世界から見たらファンタジーな世界なんでしょうね」
「俺の言葉を繰り返し言っただけじゃん」
「――はぁ⁉」
「すみません」
どすの利いた声色に、善二の背筋は自然と縮こまる。
「それにしても……」
「なによ――私の顔見て」
善二はじっとピックルの姿を見つめ、あることに気づいた。
「ピックルって、某マンガ作品の金属を主食とする破壊天使に似てるな~と思って」
パタパタと愛らしく羽ばたく羽根、陽光を映す金髪、くるくると巻かれた髪型――まさにあの作品のキャラのようだ。
「マンガが何かは分からないけど、褒めてるの? ディスってるの?」
そう言った途端、ピックルの小さな掌から電撃が走った。
善二はまたも煤まみれになり、心の中で(何度目だよ)とぼやく。
「その……電撃やめてくんない?」
「最初にも言ったけど、キレやすいから仕方ないじゃない」
「だからってそう何度も死に直面させられると、さすがの俺もメンタルやられるぜ」
どこに地雷を踏む要素があったのかと頭を抱え込む善二。
「あ~、あと大事なことを言い忘れていたわ」ピックルはポンッと手を打った。
だが善二は苛立ちを募らせ、聞く耳を持たない。
「もういい! 俺はこんなとこにいるわけにはいかねーんだよ! 帰らなきゃ」
「帰るって、あんた死んでるのよ? 今のこの世界では生きてるけどって――ややこしいわね」
「……くそっ! そうだった」
現実を突きつけられ、善二は再び頭を抱える。
「何をそんなに焦ってるのよ」
「母ちゃんが……必死に育ててくれた俺の母ちゃんが一人きりになっちまう。下手すりゃ自ら命を……!」
拳を固く握りしめると、その掌から血が滴った。
「ふ~ん。要は生き返りたいってことなのね。可能っちゃ可能だけど」
「――できるのか⁉」
善二はピックルの小さな体を思わず掴み上げる。
「く、苦しい……電撃食らわすわよ」
その声に反射的に手を放した。
「わ、わりぃ! でもどうなんだ?」
焦燥で唇が乾き、唾が飛ぶ。
「汚いわっ! 落ち着きなさいよ!」
どこからともなく取り出したハンカチで顔を拭うと、ピックルは真顔に戻り、語り出した。
「この世界にはね――“どんな願いでも叶えてくれる龍”がいるの」
「おいおい、それもあるのよ! 作品として」
「違うわよ。あっちは七つ集めるやつでしょ?」
「いや比較出す時点で絶対わかってんじゃん!」
「……話の腰、折らないでくれる?」
電撃がまたもや奔ろうとした瞬間、善二は即座に謝った。
「ごめんなさい」
「……続けるわよ。その龍に会うためには条件があるのよ」
「――条件?」
「それはこの世界で天下一をとることなの」
「てっぺんって、どういうこと?」
「まず、四つの大陸にいる番長という存在に挑戦して勝つこと」
「番長っていつの時代だよ!」
「甘く見ないことね。それぞれの実力は拮抗。各々が最強を自負している猛者よ。そんな奴らを前に怖気ずに挑み、そして勝つことがあなたにできるかしら」
その言葉に、善二の眉間に深い皺が刻まれる。
「最強? 俺はそんな奴らを何人も目にしてきた。そしてどいつも口ばかりの野郎ばかりだった。仮に実力が俺より上だろうと、日和るかよ。俄然燃えてくるね」
「……ふ~ん。そう言うんだったら、その後ろにいるやつを倒してみなさいよ」
振り返った善二の目に映ったのは、ぷよぷよとした丸いボディ、鮮やかなブルーの存在だった。
「スライム!」
「――何? あなた知っているの?」
「いや、これ……前の世界のRPGでいう“最初に出くるやつ”って感じなんだよ!」
「意味わからないわね」
「分からなくていい! てかこの配色とかフォルムとか完全に“それ”だろ!」
「例え話にまでツッコむ趣味はないわ。ほら、構えて」
善二はスライムをまじまじと見返す。
まんまるな瞳が、不思議なほど真っ直ぐにこちらを映している。
「……おい、なんかこいつ……、仲間になりたそうに見つめてきてない?」
「なによそれ!」
「くそっ! まぁいいや! こんな雑魚一発で倒してやんよ」
拳を振りかぶり、青い体に打ち込む。だが――
――ドンッ。
全身が跳ね返され、善二の体は宙に舞い、近くの木の枝に引っかかって逆さ吊りになった。
「……あれ?」
「それが今のあなたの力よ」ピックルは淡々と告げる。
木から降りた善二は、唇を噛みしめ問いかけた。
「前の世界ではそれなりに自信があった。腕っぷしだけじゃないんだな? 何か特別な力が必要なのか?」
「物分かりがいいのね。そうよ、この世界のモンスターを倒すにはスキルが必要なの」
「――スキル?」
「ヤンキーなら一つ【転生者特異】を持っているはずだけど」
ピックルが手をかざす。緑の光が善二を包み込み、身体の奥を探るようにスキャンする。
「…………なっ‼ あなたのステータス、今まで私が担当してきたヤンキーの中で群を抜いているわ」
驚嘆がピックルの表情を走った。
「あなたのヤンキースキル【倍々羅々倍】は番核と呼ばれる最強クラスのスキルよ」
「番格? だから俺は番長じゃねーぞ」
「何か漢字が違う気がするけど、遠くもなさそうな……。私が言っている番核は、この世界では最強格のヤンキースキルなの。ちなみに四天王の四人の番長も同じ番核スキル持ちよ」
「四人って、願いを叶えるために倒さなきゃいけない奴らのことか?」
「そうよ。その番長と同等の力をあなたは秘めているの」
「……そうか」善二は口元を緩め、誇らしげに笑う。
「まぁ、使いこなせなきゃ宝の持ち腐れだけどね」
「どう使うんだ?」
「ヤンキースキル発動には、おなかの中心に神経を集中させ、自然の声に耳を傾けこう叫ぶの【番核発動】って。その言葉と自然のエネルギーがハマれば体の底から爆発的な力が湧き出る」
「――なんか簡単そうで難しそうな? しかも叫ぶって……ヒーローの変身みたいじゃん」
「まぁ、ヒーローの変身ってのはわからないけど、一朝一夕で出来るようなものではないわ」
ピックルが説明を続けようとしたとき、善二の姿はすでにスライムの前にあった。
「このスライム、ちいせーのにこの俺をぶっ飛ばした。だから俺も全力でお前に挑ませてもらう!」
大きく息を吸い込む。
「俺は現世に戻らないといけない。そのためにはこの先、誰にも負けられない。俺は・・・・・・お前を倒す!」
目を閉じ、呼吸を整え、全身の力を抜く。
やがて善二は自然との一体感を感じ取った。
「――番核発動っ!」瞬間、体を取り巻く空気が爆ぜる。
「――うそっ! そんなにあっさりと?」
ピックルは目を見開いた。
自然と一体になることは並大抵ではない。
だからこそ、この男が普通ではないことを思い知る。
「今回のヤンキー、もしかしたら……本当に?」
ピックルからは不敵な笑みが口元に浮かんだ。
「――ぶっ飛べ!」
閃光が弾ける。拳がスライムを正確に捕らえ、青い体は一瞬で爆散した。
爆風はその背後をも薙ぎ払い、大地は数百メートル先まで抉れた。
「なっ・・・・・・なんなのよ、この威力。転生したばかりとは思えない」
「これが俺の力・・・・・・」拳を握っては開き、力の余韻を確かめる善二。
「あなたなら本当にてっぺんとれるかも」
「かも、じゃねぇ。てっぺんとんだよ!」
「そうね。あなたには明確な目標がある。きっと叶えられるわ」
その言葉に、善二は拳を突き出す。
「グータッチだ」
ピックルも同じように拳を差し出し、拳と拳が軽やかにぶつかった。
“タンッ”
「それじゃ、近くの町まで案内するわ」
パタパタと羽ばたくピックル。
その後ろを、善二は迷いなく追いかけていった。
第一章を読んでいただきありがとうございました。
善二とピックルの出会い、そして善二のヤンキースキル【倍々羅々倍】が初めて発動しました。
ここから善二は異世界を旅しながら仲間と出会い、強敵たちと戦い、天下一を目指していきます。
「面白かった!」
「続きが気になる!」
と思っていただけましたら、ブックマークや評価、感想をいただけると励みになります。
それでは次回もよろしくお願いします!




