23.ガスパールとリノ
脚本の雛形が完成した。僕らは早速、事務所に集まり、議論を交わす。この雛形はたたき台だ。ここから推敲を重ねる必要がある。
「題名は【交叉する時計の針】にしようと思う」
「いいね。何となく中身が分かる、匂わせもいい具合だ」
「主題はあくまで時計って事ね」
「良いと思います!」
エリク、カリーナさん、シイナがそれぞれ意見を述べる。タイトルに対しては皆、肯定的だ。良かった、寝ずに考えた甲斐があった。
「まず大前提を話しておくね。主人公と視点者だ」
物語というものは主人公の視点から話が進んでいくものだ。ところがミステリーというジャンルはその枠には嵌まらない。物語の視点。つまり、誰の目線から語られるか、それが主人公の友人や、恋人、部下等である事が多々ある。この手法は最近流行り始めたものだが、主人公の特異性を際立たせる効果がある。第三者の視点で語られる事によって、主人公が普通の人では無い、特殊な存在と認識されやすいのだ。
「主人公はガスパール。設定がまだ決まってないけど、性格は決まってる。冷静沈着、想像力豊かなキャラクターだ。そして、視点者はリノ。家族は銀行業を営む箱入り娘で、事件当日ホテルに滞在していて巻き込まれる」
「ガスパールとリノの年齢は?」
「ガスパールは40歳くらい。リノは20前後かな」
「じゃあ、恋愛要素はまず除外出来るな」
「どうしてよ、別に20歳差くらいならいいじゃない」
「いや、どちらかというと、親子みたいな歳の差を利用した演出をした方がいい。それにミステリーに恋愛要素は余分だ」
「余分か、んー、まぁいいわ。続けて」
「リノは1人で宿泊してるんですか?」
「その方が都合が良いからね、でも小間使いくらいいた方がいいかな?」
一応設定では、1人旅行で首都を観光に来た娘となっている。
「お嬢、荷物運んできましたよ!てやつか」
「それで、ガスパールにもいいように使われちゃう不遇な人ね」
「不遇って……」
「その役にぴったりの人思い浮かんだんだけど」
「奇遇だな。俺もだ」
「じゃあ、その案で採用ね。ガスパールの職業は?」
「まだ決めてません。いい職業が浮かばなくて」
「探偵、は無理か……」
「探偵?何それ」
「あー、事件の調査をしたり、犯人を探したりする人かな」
「ミステリーに都合が良い職業だね」
「ミステリーの為に生み出されたような職業だからな」
「お話が職業を生むなんて事あるんだ……」
「全然あるだろ。だが、今回は使えないな、別で考えないと」
「実際の殺人の処理とかは憲兵隊の仕事よね?」
「そうだな。まぁ碌な調査なんざされてないだろうけどな」
実際に街中で殺人が起これば、憲兵隊に通報が行く。憲兵が数人来て、簡単に事実確認をして、犯人が判明しなければそれまでだ。余程の重要人物の殺人で無ければ、有耶無耶になってしまう。それというのも、殺人に至る場合、大体が喧嘩か痴情の縺れという事が多いからだ。これらの時は犯人が判明しやすい。
「じゃあ憲兵さんなんじゃないですか?」
「いや、そのままというのは面白く無いし、そんな型にはまったキャラにしたくない」
「この初稿だと、かなり理知的な判断をする人として描写されてるわよね」
「はい、普段から判断を委ねられる立場の人かなと思って書いたんです」
描いたワンシーンに、ガスパールが各部屋からの時計の見え方が違う事に気付くシーンがある。廊下の窓から射し込む夕日で、とある部屋の扉付近からは針が読めない時間帯がある事に気付くシーンだ。振り子時計の前面に保護用の硝子魔石を使用している為だ。所謂透明なアレである。当初の振り子時計には保護カバーが無かったが、新型には追加されたのだ。これによって光を反射するという事例が生まれた。
「実際に遺体を処理するのは誰なんだろうな」
「憲兵隊じゃないの?」
「いや、調べるのは憲兵隊だとしても、例えば身元不明の遺体とか、どう処理してるんだろうって」
「シイナ知ってますよ!」
シイナが勢い良く手を上げたので、皆で驚く。
「え?知ってるの?」
「はい!昔見たことあります!首都には共同墓地があって、遺体処理の墓守さん達がいるんです。身元が分からない人はその人達が処理してるみたいですよ!」
「よく知ってるわね、そんなこと」
「墓守さんに知り合いがいるんです」
「公共墓地と言えば、東の街道沿いにあるあれかな」
「はい!墓守さんが言うには、旧防衛砦の跡地みたいです」
「なるほど、戦場の跡地をそのまま墓地にしたのか。しかし、墓守か……なぁアルフ、墓守ってのは世襲制かな?」
「え?違うと思うけど」
「違うのか?墓守って聞くとさ、差別された一族とか、忌嫌われる連中が担ってるってイメージなんだけど」
「エリク、誤解されるからそれ人に言っちゃ駄目だよ。フォーム教の定めるところによる墓守は聖職だよ。選ばれた者による高位の職なんだ」
「え?じゃあ神官が墓掘って、遺体埋めたりするのか?」
「正確には神官じゃなくて、それ専門の分野を修めた職業があるんだよ。学校もあったと思う。所謂エリートなんだよ」
「はぁーそれは知らなかった。でもそれ使えるじゃんか」
「ガスパールを墓守にするって事かしら」
「事件が起きて、憲兵隊が調べたけど、何も分からなくて、墓守に遺体処理が託される。しかし、ガスパールは遺体の違和感に気付く。リノはその目撃者で……てのはどうだ?脚本かなり変えなきゃいけないけど」
「書き換えるよ。絶対その方が面白そう」
「良いですね!墓守さんの知り合いに話聞いてみましょう!」
「じゃあそれで。次に……」
こんな感じで、設定とキャラクターを決めていく。会議はその日の夕方まで続き、大まかな登場人物と話の流れが決まった。これを基礎として、役者を探すのだ。
「役者は公募してもいいかもな」
「え、面白そうです!」
「えーと主役と小間使いを省いて……」
「支配人はコーダルさんに頼もうぜ、ホテルの事もよく分かってるし」
「じゃあ、ヒロイン、老夫婦役と商人役、遠征組のハンター2人に怪しい青年で7人かな」
「来月の頭にオーディションをやろう。EOLに協力お願いしてチラシ作ってさ。同好会の連中にも配るか」
「またそんな時間のかかる事を……」
「いいじゃんか、どうせならやる気のある役者に演じてもらいたい」
「はいはいはい!シイナも演技したいです!」
「却下。そもそもフィルムは出来たのか?」
「まだです……」
「じゃあそっちを完成させてから考えような?」
「……はい」
またシイナはしゅんとなってしまった。フィルム作り、手伝ってあげよう。僕はそう思った。
「え?新しいお店ですか?」
会議によって次作の骨子が決まった次の日。僕らの事務所にオヅさんが訪れた。初めての事で、慌てて来客の準備をしようとしていたら、彼に切り出された。
「そうだ。また新作を作ってるそうじゃないか、その公開に合わせて、新店舗をオープンしようと思ってな。またうちでお披露目やってくれるんだろ?」
「ええ、そのつもりです」
「私は映画が好きだけどな、あの店はあくまでバーとして営業したいんだ。だから映画だけを上映する店を隣に建てようと思ってる」
「映画館か!」
席に座って話を聞いていたエリクが嬉しそうに立ち上がった。
「映画館?」
「映画を上映する店さ、よしよし、らしくなってきたじゃないか」
「それで、映画を主体とする以上、数が必要になってくるわけだ、君達以外の映画も受け入れていくつもりなんだが、大丈夫だろうか」
なるほど、オヅさんは義理立てして、わざわざ事務所にまで足を運んでくれた訳だ。頭の下がる思いである。
「勿論大丈夫ですよ、ね、エリク」
「ああ、なんなら、他にも面白そうな映画を撮る連中を紹介するぜ、オヅさん」
「ほう、それは助かるな」
エリクが言っているのは、同好会の人達のことだろう。オヅさんにとっても、彼らにとってもチャンスである事に間違いは無い。
「まだまだ粗削りの作品ばっかになるだろうが、それでこそ映画の黎明だぜ」
「話をしておきますよ。きっと皆我先にと手を挙げると思います」
「はは、頼もしい限りだ」
「そうだ、オヅさん。映画館を造るってんなら、一つ提案があるんだが」
「ふむ、聞こうか」
「店頭広告を貼り出さないか」
「広告?役者の肖像を貼るあれか?」
「似たようなものかな。試しに新作の発表の時に用意するから、店の前に貼れるスペースがあると助かる」
「まぁ、それぐらいなら、いいだろう。だが、絵画ともなると、そう簡単には依頼出来ないだろう?」
「ふふふ、まぁまぁ任せてくれよ。アテはあるからさ」
「まぁそう言うのなら」
エリクの言うアテは多分あの人だろう。お土産でも持って早々に話に行かなきゃ。
「私に絵を?」
場所はシマトラさん夫妻の家。リビングの椅子に僕とエリク、反対側にシマトラさんとミーナさんが座っている。
「はい。お願い出来ませんか?勿論仕事としてです」
「いいのかしら、私みたいな半人前が、そんな大役。ねぇあなた」
「何言ってんだ。お前の絵は半人前なんかじゃないだろう。これはチャンスだぞミーナ。おれっちはやるべきだと思う」
「そうねぇ……やってみたい。そう思うけど……」
渋るミーナさんに、エリクが一言ずつ、ゆっくりと語り掛ける。
「ミーナさん。これは絵を評価してもらう為に描く仕事じゃないんだ。映画を観てもらう為の広告塔なんだよ。だから、俺達の事を一番良く分かってる人に描いてほしい。それに今まで誰もやった事の無い仕事だ。例も無けりゃ、型も無い。誰も文句は言わない」
「だからこそ、貴女に描いて欲しいんです」
僕らの眼差しを正面から受けて、揺らいでいた彼女の瞳が定まった。
「分かりました。全身全霊を掛けて取り組ませて貰います」
「よし!」
「ミーナさん。ありがとう御座います!」
はしゃぐ僕らを見ながら、シマトラさんがミーナさんの肩に手を置いた。
「そうとなりゃ、おれっち達も撮影見に行くぞ、何も分からんで描きゃあ出来んだろ」
「そうね。2人ともいいかしら?」
「はい。是非いらして下さい。というか、シマトラさんにはお願いしたい事がありまして」
「おう、なんだ」
「今回は役者を何人か雇う形になるんですけど、僕らにはそういった事を管理するノウハウが無くて、どうか手を貸してもらえないでしょうか?」
「いいぞ」
「いいんですか!?」
「おう。ミーナの晴れ舞台のようなもんだろ?おれっちにも手伝わせろ。演出にガタガタ抜かす奴がいたらとっちめてやる」
「助かるよ、おっさん」
「おうよ。お前らはどんと構えてろ。このシマトラに任せておけ」
そう言って、3本の腕で器用に腕を組むシマトラさんはとても頼もしかった。
「出来ましたよ!」
オーディションの準備が進み、脚本も詰めに入った頃、シイナの叫びが工房に響き渡った。僕はスライムの世話をしていた手を止めて、走ってくる彼女を制する。
「どうどう落ち着いて。出来たって、フィルムの事?」
「そうです!見て下さい!」
彼女の手には、一巻にしたベルトのような物がある。後ろからゲンナーも歩いてきた。目で完成したのか訴えると、大きく頷く。
「エリクの所に行こう」
事務所の中。会議スペースに僕らは集まり、完成品を確認する事にした。シイナの説明によれば、これ1本で24コマ換算で40分程の記録が出来ると言う。今迄から比べたら大きな進歩だ。
ベルトは非常に薄い素材で出来ていた。よく見ると縄梯子のように、二次元収納の魔石が配列されている。ベルト自体の色は黒ずんだ茶色だ。
「随分薄いが材料は何を使ったんだ?」
「紙だよ」
「これが?」
「特殊な加工をしたウッドパペットの胴体です」
「ウッドパペットて言うと、迷宮によく出るって言われる、あれか?」
ルガス連邦のノアという名の都市には迷宮が存在する。迷宮からは魔物が無限に湧いてくると言われ、迷宮専門のハンターが魔物の素材を日夜収穫し、商売としているのだ。ウッドパペットはその中でも最も数が多く、安価で販売される魔物だ。
「ウッドパペットの胴体を二次元収納すると、何故か繊維だけを収納したんだ。多分、その他の部分は食料か何かと判別されたのかも。で、そいつを成形したら、こうなったよ」
ゲンナーが原紙を見せてくれる。とても靭やかでツルツルとしている。
「紙として使う訳じゃないから、漂白はしてない。こいつの一番の長所は、水や油に強いことだね」
「さらに!ここからが頭を捻ったところです!ここを見て下さい」
シイナは新フィルムの魔石配列部分を指し示した。よく見ると、フィルム本体に小さな穴が空いており、それを挟み込むように、魔石が噛み合っている。
「等間隔に穴を空けてあります。ここに魔液を流し込み、両側から挟み込む形で型に嵌めるんです。その状態で変換すれば、自ら固定される魔石フィルムの完成です!」
「アクトは小さな穴を通って発動するようになってる。後、紙だから切り離しも容易に出来る」
「さらにさらに!二重記録されないように、最小魔石量よりも小さい魔石を使用しています」
僕らは暫くフィルムを引っ張ったり、折ったりしてみたが、確かに丈夫で靭やかだった。これなら、フィルムとして申し分無い。
「よくやった2人とも。流石一流の職人だ」
エリクの褒め言葉に満更でもない様子の2人。カメラの改造は撮影までに間に合わせるとして、一先ずの懸念点が解消された。残るはキャスティングのみだ。
「よし、俺達はオーディションだな」
「沢山来るといいね」
「多すぎても困るけどな」
この時、僕達はこの言葉がフラグになるとは思ってもいなかった。




