24.女優になること
春も終わる頃。ヒロイン役のオーディションが行われた。先月から呼びかけをして、場所はEOLを借りてオーディション会場としている。募集要項には15〜25歳くらいの女性。人種は限らず、新作映画のヒロイン役とだけ記してある。簡潔な方が幅広く応募があるだろうと予想しての内容だ。ところが朝のうちから会場の用意の為にEOLに来た僕らが見たのは、店の入り口に並ぶ女性の列だった。
「これは一体……」
「昼からの予定にしたはずなんだけどな」
女性の列を横目に店に入ると、テーブルを片付けているアンジーさんと目が合った。
「おはよう、早かったわね。思ったよりも早く並んでるから、先に店に入れとこうと思ってね、手伝ってくれる?」
「おはようございます。手伝いますよ。テーブル避ければいいですか?」
「そうね、椅子だけ残して、並べてちょうだい」
「分かりました」
席の用意が出来たので、女性達を招き入れる。改めて見ると、僕らよりも歳下と思える少女から、近所のおばちゃんのような人まで、多様な女性で溢れている。
「こりゃあ数を絞らないと難しそうだな」
2階から階下に集まる人を見て、エリクがぼやいた。確かに1人1人を細かく選別していたら、日が暮れてしまいそうだ。
「どうやって絞る?」
「そうだな、あれでいくか」
「あれ?」
昼になり、席に収まりきらない程の人数になったところで締め切った。オヅさんとシマトラさんも来て、こちらもメンバーが揃う。エリクは一度事務所に戻ってカメラを持ってきた。徐ろにスクリーンの前にそれを置くと、居並ぶ女性達にこう切り出した。
「新作ヒロインオーディションにようこそ!監督を務めるエリフォートです。本日は我々FLOINの次回作、交叉する時計の針のヒロインの募集に集まっていただきありがとう御座います。予想を上回る沢山の方にいらして頂いたようで、嬉しい限りです。では早速オーディションに移りたいと思いますが、まず概要を説明します」
エリクがカメラを彼女達に向ける。同時にプロジェクションの魔法を使い、スクリーンに文字列を映し出した。
「これは作中のヒロインの台詞です。今から貴女方にはこの台詞をカメラの前で演技してもらい、その場で一次審査の合否を決めます。要点は2つ。カメラに視線を合わさない事。そして、台詞と場面に合った演技が出来る事。合格の方は残っていただき、失格の方は帰っていただきます」
「質問いいでしょうか」
1人の女性から手が挙がる。
「どうぞ」
「それは個室では無く、この場でするのでしょうか?」
「はい。それも審査内容の一つです。人前で演技が恙無く出来る事は役者にとって必要なスキルですから」
「分かりました」
「あ……」
もう1人手を挙げた女性がいた。
「はい」
「それは……こ……ち」
余りに小声で聞き取れない。エリクはわざわざ近付いて彼女と話をする。僕も付いていく。
「ごめんなさい。声が小さくて……あのこんな声量しか出ないんですけど、大丈夫ですか?」
「ええ、大丈夫です。声量は審査基準にありません。元々音の無い映画ですからね」
「良かった……精一杯頑張ります」
「はい。そうして下さい」
説明が終わり、審査が始まる。エリクが示したヒロインの台詞はこうだ。
【ガスパールさん。私確かに見ました。ロビーから歩いて来てこちらの部屋に入る人影を。それを嘘だと仰るんでしょうか?私そんなに信用の無い女に見えまして?】
このシーンでは、犯人と思われる人影を目撃したリノが、それは幻だと言うガスパールを問い詰めるシーンだ。2人の関係がまだ始まったばかりで、リノとガスパールの間に信頼関係が無い故に起こる諍いである。これをどう表現するのか、それを審査する。
台詞を覚えきれない人や、字幕やカメラに気を取られて、目線が彷徨ってしまう人、子供に叱りつけるように怒鳴ってしまう人等、申し訳無いけれど、即座に失格にしていく。そんな中、25人目の応募者。
「25番!リーンライラいきます!」
「待て待て待て」
「リーンさん。僕らから隠れてましたね?」
「だって、あたしもやりたいもん!ね、いいでしょ?見るだけ見てよ、ね?ね?」
「まぁ、人種は問わないとは言ったけれど……」
「まぁ、見るだけ見てやれや。それで気が済むだろ」
シマトラさんの言う通り、やらせてみて、満足して帰ってもらおう。突然の妖精の登場にざわつく会場。困惑する僕らを尻目に、中々いい演技をするリーンさん。だが、エリクは非情だった。
「失格だ」
「え、どうしてよ!」
「お前今チラッと字幕見ただろ」
「うっ……」
「はい、失格。気が済んだら、帰った帰った」
「キィー!覚えてなさい!」
冷たい対応に、ぷんすか怒って店を出て行くリーンさん。
「何だったんだ、今のは」
呆気に取られていたオヅさんがそう呟くのも無理は無い。
「まぁ、余興だと思ってくれ、さぁ続きやるぞ」
その後も応募者が何人か合格になったが、全体の9割は失格扱いだ。やはり、カメラの前で演技をするという行為に慣れていない人にとっては、高いハードルのようだ。
そんな中、1人明らかにレベルの違う人が混じっていた。目線の誘導も完璧だし、表現が飛び抜けて上手い。名前はロナーラさん。20歳くらいの女性で、栗色の髪を短くカットした特徴的な髪形をしている。
「合格だ。あんた上手いな、本職か?」
「よく分かったね。その通り。私は歌劇団に所属してるよ」
演技とは裏腹な、ワイルドな口調に驚く。
「どうしてこのオーディションに出た?無名に近いような若造の、ギャラも貰えるか分からないような作品だぞ?」
「そういうのはいいんだよ。私は挑戦がしたいのさ。あんたらの映画だっけか?見せてもらったけど、ワクワクした、理由はそれだけさ」
ロナーラさんはニカッと笑うと、さばさばした様子でそう言う。こう、姉御肌を感じる。頼りになる姉御って感じだ。なのに演技は歳上の男性に詰め寄る女性の立ち位置をしっかり捉えていた。これがプロか、僕は感心しながらそう思った。
「そうか、分かった」
残り人数も少なくなり、会場を見渡すと、見覚えのある女性がまだ残っているのが見えた。先程、質問をしたか細い声の女性だ。踏ん切りがつかないのか、それとも別の理由か、その後も、前に出て来る事もなく、結局最後の応募者になってしまった。会場には合格になった人達と彼女だけが残る。意を決して、前に出て来ると一礼する。綺麗なお辞儀だ。顔を上げた彼女は後ろで結っていた髪を解き、右肩越しに前に流す。美しいとはお世辞にも言えないが、その黒の髪は不思議と僕の目を奪った。すると目を伏せていた彼女がある一点を見つめる。僕は釣られてそちらを見そうになったが、彼女が小さい声でガスパールさんと言ったのを聞いて、慌てて目線を戻す。
「私確かに見ました」
彼女の目が、店の奥に向けられると、思わずそちらを見てしまう。勿論何も無い。彼女の目線だけが、そちらを向いている。
「ロビーから歩いて来てこちらの部屋に入る人影を。それを嘘だと仰るんでしょうか?」
再び、目線が戻り、ガスパールに対して首を傾げた。他の応募者のように、眉間に皺を寄せる事も無いが、その様子は明らかに他人を糾弾する女性のものだ。
「私、そんなに信用の無い女に見えまして?」
私と言いながら目を伏せ、傾げていた首を戻すと同時に目を開く。迫力があった。気の強い女性が静かに憤りを表す。正にその様だ。
演技が終わっても、誰も話さなかった。しばらくしてエリクが質問をする。
「あんた名前は?」
「あ、ごめんなさ……47番……オリーブ、です」
演技中とは打って変わって、おどおどした様子に戻るオリーブさん。
「歳は?」
「18……です」
「演技の経験は?」
「無いです……ずっと劇団に入りたかったんですけど…この声なので……」
「仕事はしてるのか?」
「親が仕立て屋してて、お手伝い、してます」
「ふむ……」
エリクが僕を見て、目で聞いてくる。僕は頷いた。
「合格だ」
「え?」
「2次審査に残ってくれ、それじゃあ後で」
「良い演技でした」
僕らがそれだけ言って2階に引っ込むまで、彼女はポカンとして立ったままだった。
「あれが天才か」
「誰にも習わず、誰にも観てもらわず、あの演技が出来たって事だよね?」
2階に上がって、僕らは感想を話す。
「偶にいるな、ああいうのは。おれっちの弟子もそうだった。成る可くして成る。そういう人間がこの世にはいるもんだ」
「それで?どうするんだ?2次審査の内容は?」
オヅさんの質問にエリクは思案し回答する。
「待たせる」
「待たせる?」
「このまま夜まで、何も言わず待ってもらう」
「どういう事だ?」
「女優に必要な要素の一つだ。忍耐力。夜まで待たせて、残った者を合格にする」
「それは、また」
「貴方エグいこと考えるわね」
エリクが階下に下り、彼女達に待っていて欲しいと告げる。トイレは店のものを使っていいし、自由にしていていいが、店の外に出た者は不合格とする。いつ戻って来るかは言わない。そうして、僕らは厨房に引っ込む。
「じゃあ、日付が変わる前にまた来るよ。オヅさん、店にいてもいいけど、彼女達の質問には答えないでくれよ」
「分かった。まぁ今日は元々営業しないから、明日の朝まで場所は提供出来る」
「助かるよ。それじゃ」
僕とエリクは帰宅する。家族にはまた夜に出るとだけ言って、脚本の修正作業に専念する事にした。食事を取る事は無かった。待たせている彼女達を思うと、どうもそういう気にはならない。
夜になり、エリクと落ち合って店に戻る事にする。
「誰か残ってるかな」
「さあなぁ、1人でもいるといいが」
街中にポツンと残されたかのようにEOLに明かりが灯っていた。店に入ると一つだけ人影がある。心細そうに俯いたオリーブさんだった。
「戻りました」
その声にはっと顔を上げると、涙目になってこちらを見やる。
「オリーブさん。合格です」
「え?……どういう」
「これが審査だったんです。貴女だけが残った。つまり他の方は不合格。貴女だけが合格です」
僕の話を噛み締めるように聞いていたオリーブさんは、何かに気付いたように慌てて口を開いた。
「あの……ロナーラさんも最後まで残っていて、他の皆さんは明るいうちに帰られたんですけど……それで、彼女と少し話をしました。家族の話とか……演技の事とか……おかげで待つのも少し楽になって。でも先程彼女も帰ると仰って、そうしたら、最後に言われたんです。おめでとう今回は貴女の勝ち、て」
「ああ、その通りだ。あんたの勝ちだ。リノ役はオリーブの姉ちゃん、あんたに決まりだ」
「え……私が?」
「そうですよ」
「でもいいんでしょうか、私素人だし……」
「そんな事言ったら、俺達だって素人さ。でも素人だからこそ頑張るんだ。素人だからこそ勉強するんだ。そういうもんだろ?」
「……そうなんでしょうか?」
「そうなんだよ。さぁ夜も更けちまった。早く帰ろう。送ってくよ。明日夕方ぐらいにうちの事務所に来てくれ、それで答えを聞かせてくれ。俺もアルフも待ってるからさ」
「……分かりました」
店を開けていてくれたオヅさんに感謝を述べて、この日は帰宅した。
「ここかぁ!うちの娘を誑かした奴らがいるところは!」
翌日、学院終わりに事務所に集まり、オリーブさんを待っていると、怒声を上げながら、男性が駆け込んで来た。腕捲くりをして、臨戦態勢だ。
「違うのお父さん!何度も説明したでしょ!」
後ろからオリーブさんが慌てながら追いついてきて、男性を羽交い締めにして止めようとしている。あの小声のオリーブさんがあらん限りの声を張り上げていた。
「止めるなオリーブ!一発殴らにゃ、気が済まん!」
「だから、違うんだって!」
「あちゃあ、こうなったか……」
「お前か!お前がエリフォートだな!?」
「おう、そうだ」
エリクが立ち上がり、近付いて行く。腕捲くりした男性はオリーブさんを引き離し、エリクに物凄い剣幕で迫った。すわ殴り合いかといった所で、2人を巻き込むように水が浴びせられる。僕が振り返るとスプラッシュを唱えたカリーナさんが腕組みして立っていた。
「何処の誰だか知らないけれど、人の事務所に殴り込んで来るなんて良い度胸じゃない」
そう言いながら、彼女の周りを風の刃が旋回し始めた。1つ2つ……8つ。部屋の中に強風が吹き荒れる。
「大事なモノの1つや2つ、失う覚悟はあるんでしょうね?」
「ひっ……待て待て待て。女に用は無い。俺はこいつに話があるんだ」
そう言って、エリクを指差す彼。
「お父さん!やめて!」
「うちの娘が日が暮れても帰って来ねぇから街中捜し回って、それでも見つからねぇと思って、家に戻ったら、いつの間にか帰って来ててよ、一安心してたらよぉ、男に送ってもらったと言うじゃねぇか」
さらに詰め寄るオリーブさんのお父さん。
「一体どういうつもりでうちの娘に手を出しやがった」
「それは誤解だ。あんたの娘は良い女だが、俺の好みはこういうタイプだ」
そう言って、エリクはカリーナさんの肩を抱く。
「ちょっとエリク……」
カリーナさんの頬が赤くなる。仲がよろしいようで何より。
「てめぇ!うちの娘は遊びだってのか!?」
「だから、違う!」
「良い度胸だ!いてこましたらぁ!」
どうにも話が通じない。これは1回拘束するしかないかと僕が詠唱を始めた時、彼の背後に鍋が見えた。
鍋?
「いい加減にしな!」
「ぐわっ」
見事なフルスイングで振るわれた鍋はオリーブ父の後頭部にヒットし、床に倒れ伏す。
「あんたはオリーブの話の何を聞いてたんだい!」
「い、いてぇ……」
彼が頭を押さえながら、仰ぎ見るとそこには、鉄鍋を片手に仁王立ちする恰幅の良い女性。
「場所を聞き出した途端飛び出して行っちまいやがって、まったく、追いかけて来て正解だったよ」
「か、かあちゃん」
「単細胞な旦那を持つと苦労するよ。オリーブ、あんたもあんただよ。遅くなるなら、先に言っておくもんだろう。どんだけ心配したと思ってるんだい」
「ご、ごめんな…い」
「えっと……」
事務所の主であるカリーナさんが困惑していると、女性は鍋をオリーブ父の頭に被せて、こちらに向き直った。
「私はノンナ。こいつは旦那のバスタ。オリーブの親だよ」
「あ、はい。これはどうも、えっと、FLOIN代表のカリーナです。こっちが監督のエリフォート、カメラマンのアルフレッド」
カリーナさんに紹介されて、頭を下げる。
「それで?何だか娘が映画とやらに出たいとか何とか言ってるが、私らには皆目見当がつかないもんでね。説明してくれるかい」
「そうですね。それじゃあ、エリク、スクリーン用意して、アルフはカメラを」
「了解」
僕らは火の悪魔は寂しがり屋を鑑賞してもらう事にした。映画を説明するにはこれが一番だ。
音の無い映画だけれど、シマトラさんの演技は2人を笑わせるには十分だったようで、鑑賞中終始漏れ笑いが耐えなかった。最後は2人とも拍手をしてくれた。良かった。面白いと思ってもらえたみたいだ。
「こりゃあいいな、酒の肴に丁度いい塩梅だ」
「あんたはそればっかだね。だけど、確かに面白いねこりゃ」
「映画というもんはよく分かった、分かったが……」
「ああ、そうさね。うちの娘にこんな人様を笑わせるような演技が出来るもんかね」
ノンナさんが不安そうにオリーブさんを見る。バスタさんも落ち着いた声で疑問を口にした。
「自慢じゃないがよ、オリーブは優しい娘だ。俺とこいつからこんな大人しい娘が生まれるもんかと思ったもんだが、器量も悪くねぇし、性格も良いときてる。そんな大事な娘が役者になると言い出した時にゃあ驚いたもんよ」
「今迄そんな素振り見せた事無いからねぇ」
バスタさんはオリーブさんに近付くと、その頭に軽く触れた。
「なぁ、あんた達、聞かせてくれ。うちの娘はどうなんだ?役者としてやっていけるのか?」
それは親として心配が故の当然の疑問だった。間違った道に進もうとする娘がいたらそれを正すのが親の役目だ。だが逆も然り。それが彼女の天命なのだとしたら……
「安心してくれ。オリーブは間違いなく演技の才能がある。それは間違い無い。だから俺達も選んだんだ。だけどな……」
オリーブさんはエリクが言い淀んだ言葉の先をじっと待っていた。
「同時に覚悟の無い者には任せられないとも思ってる。女優て言うのは様々な重圧に耐えなきゃいけない仕事だ。それは撮影中だけじゃない。一度世に出た映画は消える事は無い。あんたはそれを命がある限りそれを背負わなきゃいけない。下手をうてば一生そのレッテルと共に過ごさなきゃいけないんだ」
エリクは言葉を切ると、一枚の紙を差し出した。
「あんたにその覚悟があるのか、俺達は知らなきゃいけない。これは契約書だ。この映画に人生の一片を掛ける覚悟があるのなら、サインをしてくれ」
エリクはペンを置いた。契約用に買った高いやつだ。オリーブさんはじっとそのペンを見ている。
「オリーブ。無理するなよ。今決めなくてもいいんだぞ?なぁ、そうだろ?」
「ああ、時間はある。先送りにしても構わない」
バスタさんの言葉に、エリクは軽く返すが、その目は動かないオリーブさんを見つめていた。
「私、憧れていました」
オリーブさんが、鈴の鳴くような小さな声で話し始める。
「ねぇ覚えてる?お父さんとお母さんと私で観に行った歌劇」
「ああ、しっかり覚えてる。まだあんたが小さい頃だったけどね」
「そんな事あったか?」
「あんたは寝てたから、覚えてないでしょうね馬鹿旦那」
ノンナさんにバスタさんが叩かれる。
「ふふ、そこでね。主役の女の人の歌に感動したの私。帰って同じように歌えるかなってこっそり練習したけど、全然駄目で。じゃあせめて身振り手振りだけでもって、演技の練習したんだ。知らなかったでしょ?」
「あたしらは仕事が忙しかったからね。あんまりあんたにかまってあげられ無かったのは事実だね」
「実はね、怖かったんだ。見つかって、お前には無理だ諦めろって言われるのが。だから2人が店に出てる間だけ、練習したんだ」
「オリーブ……」
「お父さんお母さんお願いがあります。私、女優になりたいです。でも私の声はちっちゃくて、お世辞にも顔が綺麗とは言えなくて、きっと沢山嫌なことがあると思うんです。だから、応援して下さい。他の誰でも無い2人の応援があれば私、頑張れます。だって大好きなお父さんとお母さんだから、だから、だからお願いします。やらせて下さい」
オリーブさんは泣かなかった。ちゃんと自分の言葉で言い切った。むしろバスタさんが泣いていた。ノンナさんは再びバスタさんの頭を叩くと顎で促す。
「ほら、娘の大事なお願いだ。早く返事するんだよ」
「あ、ああ。オリーブ。許す」
「え?」
「許すと言った」
バスタさんは照れ臭そうにそれだけ言って、涙を拭いながら出て行ってしまった。
「え?お父さん?」
「泣いてるの見られたくないんだよ。ほらさっさとサインして帰るよ。今日はご馳走を用意しなくちゃいけないんだから」
ノンナさんが笑いながらペンをオリーブさんに差し出す。オリーブさんは戸惑いながらペンを受け取り、しっかりと名前を記した。
リノ役 仕立て屋のオリーブ




