22.実地研修
旗の日を過ぎて、また1つ歳を取った。17歳になり学院3年目が始まる。3年目からは専攻に分かれる事になる為、選択を迫られる。主な専攻は一般魔法開発科、攻性魔法科、魔法薬学科、魔道具科、古式魔法科、臨床魔法科に分かれる。エリクは迷わず攻性魔法科を選んだ。彼女のカリーナさんは攻性魔法科だし、本人的にも向いていると思っているようだ。僕は一般科と魔道具科で悩んだが、魔道具科を選んだ。今年に入り、魔道具科はブレイクスルーを迎えた。勿論、魔工革命の事だ。将来的に展望が望める専攻であり、自分の興味ある分野でもある。ヴァイオレットさんも魔道具科の卒業生だ。選ぶのは必然だったかもしれない。
新年度が始まって最初の月は実地研修が組まれていた。これは各専攻の卒業生がどのように働き、国に尽くしているかという現場を見ようという研修だ。2日間、各班に分かれて見学を行う。1日目は学会本部の見学研修となる。
「皆は何処の研究室を見たい?」
そう聞いてきたのは、班長のミンモンだ。彼女は真面目なタイプで周りを尊重する。今回も班員の希望を聞いて見学コースを決めるらしい。班員は、僕、ミンモン、リーグ、ヤマガの4名だ。
「俺は石研だな。絶対見たい」
「お前はスミレの君を見たいだけだろ。だが、俺も見たいな、まさに革命の中心地だしな」
リーグとヤマガは友達らしい。仲が良く、よく一緒にいるのを見る。彼らの言うスミレの君とはヴァイオレットさんの事である。彼女の紫の髪からスミレの花を連想する人も多く、またその美貌から、男性魔法使いの間でスミレの君と呼ばれているのだ。
「僕は魔工開発室かな。国もかなり力を入れてるって話だし、最前線を見てみたい」
「なんだよ、アルフはスミレの君を見てみたいと思わないのか?」
「あ、いや、別にそういう事じゃないけど……」
「やめなさい。アルフレッドはあんたみたいにミーハーじゃないのよ。ね?」
ミンモンが聞いてくるが、僕は返答に困った。こういう改まった立場でヴァイオレットさんに会うのが気恥ずかしいとはとても言えない。
「そ、そうだね」
「まぁ、両方行けばいいだろ」
「まぁ、そうね。時間はあるか、それじゃあ両方行きましょう」
「りょーかい」
石研、もとい魔石研究所は移動していた。前は奥に位置していたが、現在は敷地の右にある立派な建物に移ったとの事だ。これも魔工革命の恩恵なのだろう。
「他の班も来てるね」
「まぁ、考えてる事は同じか」
ロビーで周りを見渡せば、他の班も見学待機をしている。しばらく待つと、案内役の研究員さんが僕らを呼んだ。
「ここがかの有名なヴァイオレット主任の研究室です」
研究員さんは早速、彼女の研究室に案内してくれた。場所は変わったが、前に見たことのある暖色系を基調とした調度品が置かれた、彼女らしい部屋だ。
「現在、ヴァイオレット主任は別件で出ているようです。お忙しい方なので」
ヴァイオレットさん、主任になったんだ。自分の事のように嬉しい。
「え、いないのか」
「あら、残念ね。リーグ」
「ぐぬぬ」
研究室の研究員が何の研究をしていて、どのような展望が望めるのか、その説明をしてくれた。これがこの研修の核心だ。未来の優秀な人員に仕事に興味を持ってもらう、その為の研修である。十分な説明と紹介をしてもらい、研究室を辞した。
彼女に会えなかったのは残念だったが、どこかほっとした自分もいる。もし顔を合わせて他人のような対応をされたら……
「次は魔工開発室ね。ここは私も楽しみ」
「凄いな、中心に新しいラボを建てたらしいぞ」
「ひやー、流石最前線」
魔工開発室のラボは巨大だった。人が入れ代わり立ち代わり出入りしているし、偉そうな感じの人達も至る所にいる。まさにここが革命の中心地なのだと思わずにはいられない、そんな印象を抱かせる。
「君達も研修希望班かな?ここは希望が多いから、複数の班で同時に動くから、よろしくね」
研修担当の研究員さんにそう言われた。周りの班もここに集まってきてる。4班程をまとめて連れて行くようだ。
ロビーの扉を潜ると、巨大な空間が広がる。そこかしこに魔工具と思われる試作物が置かれ、沢山の研究員が議論を交わしていた。
「すげー、天井めっちゃ高い」
「なんか、萎縮しちゃうわ」
「いつか、ここで働きたいな」
皆それぞれの感想を口にする中、僕はある一点に目がいく。一際人が集まっている場所に、彼女がいた。紫の髪に愛用の眼鏡を掛けた女性。ヴァイオレットさんだ。
「おい、あれ!」
「あの人だろ」
「スミレの君だ!」
他の班からも声が上がる。彼女がその声に反応して、こちらを見る。学院生と分かると手を振ってくれた。
「おい、俺を見て手を振ってるぞ!」
「いや、お前じゃないから、でも噂通り美しい人だな」
「そうね。美人なのは間違い無いわね」
そんな反応がある中、彼女はこちらを見たまま手を止める。周りの研究員に一言断って、こちらに向かって来た。
「なんだ?こっち来るぞ」
「やっぱり俺を見てたんだよ!」
「はいはい、勘違いもいいけど……え、本当にこっちに来た」
やがて、ヴァイオレットさんは僕の前で立ち止まる。久しぶりに見た彼女は相変わらず美しい眼をしている。
「お久しぶりですね。アルフレッドさん」
「はい、ヴァイオレットさんもお元気そうで」
「今日は実地研修ですか?」
「そうなんです」
僕は班員を彼女に紹介する。3人は魂を抜かれたような表情で、紹介を受けている。
「皆さん、ヴァイオレットです。よろしくお願いしますね。……そうだ、アルフレッドさん。実はちょっと相談があって」
「相談、ですか?」
「はい。この後、よろしいでしょうか」
「えーと……」
僕が班のメンバーを見ると、3人とも激しく首を縦に振っていた。
「大丈夫みたいです」
「では、こちらに。皆さんアルフレッドさんをお借りしますね」
呆然とする3人を置いて、僕は先程ヴァイオレットさんが話し合いをしていたデスクに案内された。
「前にエリフォートさんがお話していた事、覚えてらっしゃいますか?」
「話というと、通信と交通が何とか言っていた事ですか?」
「それです。私なりにその課題に取り組んでみたのですが、中々上手く行かなくてですね……」
ヴァイオレットさんに1枚の設計図を渡される。箱型の建物、いや馬車かな?に車輪が組み合わされ、上に綱が張られている。
「あの日のお話から構想を得て開発した魔工車です」
「なるほど、この綱が車を引っ張る訳ですか」
「最初はそう思ったのですが、そうなると回転機構があまりに数多く必要になると試算された為、もう一捻りしました」
ヴァイオレットさんが、2枚組の板を取り出してくる。徐ろに魔力を流すと、上の板が浮き始める。
「反発の魔工具です。変換式の所在は明かせないのですが、この作用を使って、車を動かす機構を考えました」
ヴァイオレットさんの説明では綱の中に空洞を造り、魔液を流す、その魔液に満たされた魔工パイプ(ヴァイオレットさんが命名したらしい)それに流れを作って圧力を掛ける。そしてその中に反発の魔石を流すのだ。車には対になる反発魔石が設置されており、魔液に流れる魔力で起動し、車を押す。
「ここまでは良かったんです。魔工パイプに魔力を流す実験も成功しました。ただ問題は魔液にかける圧力です。これだけの長さの魔工パイプに車体を押せるだけの力を流す為には、パワーのある回転機構が必要になります。現状その方策がありません」
「んー、回転機構の方はちょっと分かりませんが、車体の方は軽く出来ると思いますよ?」
「え、本当ですか?」
「はい、反発の魔工具が多分解決してくれます」
どういう訳か、僕にはその方策が思い浮かんだのだ。いつも破天荒な相棒と付き合ってるおかげなのかもしれない。
「下にも魔工具を敷くんですよ」
「それは、車体を浮かせるという話ですか?」
「いえ、完全に浮かせるのは多分無理です。だから、上に車輪を置くんです」
僕は拙いながら、分かりやすいように図を描いた。
「こうやって、魔工パイプに沿って反発板を敷いていきます。勿論、車体の下にも、これで重さはほぼ消えるでしょう。そして魔工パイプ自体に車体を吊り下げて、その接点に車輪の通り道を造るんです。もし1本で無理なら2本。2本で無理なら3本。実際は車体の重さはほとんど軽減されているんで2本ぐらいでいけるんじゃないかと」
「……なるほど、その考え方は思い付かなかったです。しかし、これは……」
ヴァイオレットさんは考え込んでしまう。しばらく沈黙が続いて彼女がはっと顔を上げた。
「ごめんなさい。考え込んでしまって。でもこれはいけそうです。すいませんアルフレッドさん、なんかアイデアを盗むような形になってしまいそうなんですが……」
「いいんですよ。ヴァイオレットさんのお役に立てるなら」
「今度御礼をします。それから……時々こうやってまた相談にのってくれませんか?」
「それは大歓迎ですよ。でも、僕なんかでいいんですか?」
「いえ、貴方で無いと駄目みたいです。だから、どうかお願いします」
彼女が頭を下げた。周りの研究員達は何事かとこちらを見る。僕は慌てて彼女を制止した。
「頭を上げて下さい。何時でも相談にのりますよ。そうだ、今度、事務所にいらして下さい。新しい場所に移ったんですよ。案内しますから」
「はい是非!」
彼女は満面の笑みで僕の提案に頷く。その笑顔に妙に恥ずかしくなって、お別れを言って、早々にその場を辞した。
研修の班に合流しようと辺りを見ると、3人はまだそこで待っていた。僕が近付くなり肩を掴まれ、隅の方に連れて行かれる。
「おい、どういう事だよ」
「知り合いなのか?」
「随分親しげだったじゃない」
「あはは、まぁ縁があってね」
「しかも、なんか頭下げさせて無かったか?」
「アルフレッドってもしかしていいとこのお坊っちゃんとかなの?」
「違う違う。まぁ個人的な知り合いだよ」
「ふーん。なんか怪しいな」
疑われながらも上手くはぐらかして、研修も終わり、帰宅する事になった。
家に帰る前に事務所に寄る。新しい事務所はシマトラさんの家ほど遠くないが歩けば40分くらいの場所にある。これも、さっきの魔工車が実用されれば、10分くらいで着くようになるかもしれない。そう考えると素晴らしい発明品だと思う。事務所にはエリクがいた。彼も実地研修だったはずだが、さっさと切り上げたのかな?暇なのか、工房でフラット板の変換作業を手伝っているようだ。
「おうお疲れ。実地研修どうだった?」
「それなんだけどね……」
僕は今日あった出来事を話して聞かせる。
「ふーん、魔工車ね。なるほど、レールじゃなくてそっちにいったか。ん?待て、今反発の魔工具って言ったか?」
「うん?言ったよ。僕も見せて貰ったけど、板同士が反発して浮き上がるんだ。面白いよね、なんの魔物の変換式なんだろう」
「反発、反発か……先にそっちが見つかったか。となると蒸気も電気ももういらないかもな」
「蒸気?電気?何のこと?」
「どうするかな……」
エリクは僕の疑問には答えず、しばらく思案する。
「エリクさん!注文待たせてるんですから、パッパって作って下さい!手が止まってますよ!」
動かなくなったエリクを見てシイナが声を掛けてきた。しかしエリクはどこ吹く風で、微動だにしない。
「エリクは今忙しいみたいだから、僕が手伝うよ」
「ありがとう御座います!じゃあこっちのお願いします!」
「はいはい」
作業を暫くこなしていると、いつの間にかいなくなっていたエリクが戻って来た。手には1枚の紙がある。
「手を貸すつもりは無かったんだがな。どうせ気付く事だろうが、早いに越したことはない」
そう言ってエリクが紙を見せてくる。そこには簡易的な図面と但し書きが書かれている。あれ、エリク図面とか引けたんだ。これは回転機構の略図?十字の棒が中心にあり、回転と書かれている。その棒を囲うように円状に覆いがあり、円の0時、3時、6時、9時の場所に数字と反発の文字、十字の先端にも反発と書かれている。なるほど、つまり反発を順に起動する事で回転を誘発する訳か。さらに、十字の中心から線が伸ばされ、左側に拡大図と書いてある。円の周囲に小さな円がいくつか配置され、摩擦を軽減?ボールベアリングと書かれていた。
「ボールベアリング?」
「軸受の摩擦を軽減する部品さ。これを紫の姉ちゃんに渡しといてくれ」
「え、僕が?」
「俺はシイナの手伝いに戻るから。今は少しでも稼がなきゃな」
「え、でも、これ……」
「目立つのが嫌なら、投書でもして来いよ。これ見てその場で捨てる奴はいないだろ」
「えー、なんて適当な」
「何でもいいですけど、早く手伝って下さい!」
「あーわりぃわりぃ今やるよ!じゃよろしく」
「あ、ちょっと!」
エリクはさっさと作業に戻ってしまった。どうしようかなこれ。
僕はすぐ引き返して石研に行き、誰もいないのを見計らって、ヴァイオレットさんの机の上に目立つように置いて来た。流石に怪しいので、善意のFよりと書き残してある。Fとは勿論FLOINの事だ。これだけなら誰かは分からないだろう。とんだ1日になってしまったが、ヴァイオレットさんに会えたのは良かった。
「アルフ随分機嫌が良さそうだな」
家に帰ると父さんにそう言われた。そうなのかな?そうかもしれない。今日は良い日だった。
「良い事があったからね」
「そうか、そりゃあ何より」
僕らの実地研修はこうして無事終わったのだった。




