20.親方の矜持
フラット板は売れた。それはもう売れに売れた。貴族から商売人から様々なところから注文が入り、手が足らなくなったので、僕らも手伝いに出たくらいだ。工房の職人総出で木枠を生産し、僕とエリク、シイナさんでポケット部分を量産する。今までの魔道具と違いこの作業は魔法が使えないと完成しない。まさに魔工師にしか作り出せない商品だ。
冬も半ば、既に発売から2ヶ月が過ぎ、落ち着くかと思った注文はさらに増加している。ちなみに1ヶ月くらい前に工房にクローブさんが現れた。父さんが対応していたが、僕らはこっそり父さんの背後に立ち、無言で睨みつけてやった。それが功を制したのかクローブさんは早々に立ち去っていった。エリクは何故か塩を撒いていた。あれは何かのおまじないだろうか。
「ちょっと話がある」
父さんにそう言われたのは学院の昇級試験の準備をそろそろしようかなと思っていた頃だ。集められたのは姉さん、僕、ゲンナー、シイナさんと、職長のバスケスさんだ。バスケスさんは職人の取りまとめ役で、背の高い巌のような漢である。
「この数ヶ月、文句も言わずよく働いてくれた。おかげで過去最高益を記録したぞ」
「頑張った甲斐があったね!」
「シイナも頑張りました!」
「ああ、そうだな。皆頑張った。サシャも立派に職人を引っ張って奮い立たせた。もう店を預けられると安心したよ。ゲンナーもな」
「珍しい。父さんが手放しに褒めるなんて」
「素直に受け取りなよ……」
姉さんが言うと、ゲンナーが苦笑する。
「それで俺は思った。もう俺は必要無いんじゃないか、と」
「え?」
「父さん?」
「冗談ですよね?」
「……冗談だ」
一拍おいた父さんの言葉に、皆で脱力する。
「びっくりさせないで下さいよ」
「引退するとか言い出したら、叩き倒すところだった」
「すまんすまん。だがな半分は本気だ。全て俺が見る必要は無いと思ってな。だから工房を分けようと思っている。実際、フラット板を売り出してから、時計造りは休業状態だ。このままじゃ俺は死んだ親父に申し訳が立たん」
父さんは造りかけの歯車を軽く叩いて、僕らを見回す。
「お前ら工房を新しく作れ、でアルフ達もそっちに移れ。俺はバスケスと昔ながらの職人数人でここに残る。それが俺のけじめだ」
姉さんは口を結んで考え込んでいた。ゲンナーも何かを思案している。
「バスケスさんはそれでいいんですか?」
「ああ、わいらは元々前親方に拾ってもらった連中だからな、時計造りが出来なくなるのは偲びねぇのさ。だから、親方について行くよ」
「分かりました。姉さんは?どう思うの?」
すると口を結んでいた姉さんは、躊躇うように口を開く。
「父さん。もしかして私がした事は間違いだった?」
それは震える声だった。絞り出すように発した声。
「勘違いすんな。サシャは最高の娘だ。お前が選択した事に間違いは無い。実際ここ数ヶ月の酒はうめぇ。なぁバスケス」
「ええ、そりゃあ美味い酒でした。皆も、そう思ってる」
「だがよ、俺にも矜持がある。親父から受け継いだ時計造りをしてきた矜持だ。幸いお前が考えてくれた振り子の時計はちょくちょく売れてる。まだこの商売は続けられる。だがお前らは別だ。魔工革命とやらが来てこの先、新しい時代が来る。その波に乗らなきゃやっていけねぇ。だから別れるんだ。俺達は俺達の道で生きる。お前達はお前達の道を探せ」
「かぁー流石親方言うことがちげぇ」
「うるせーぞバスケス」
その時、今まで黙っていたゲンナーが前に出て来た。これは、覚悟の顔だ。
「親方。その話受けたいと思います。でもその前に俺のお願いを聞いて貰えませんか」
その様子に父さんも居住まいを正す。
「なんだ改まって。お前はサシャと行け、残りたいとは言わせんぞ」
「分かってます。だから言うんです」
ゲンナーは直角に頭を下げた。
「娘さんを俺に下さい」
僕は思わず姉さんを見た。そこには今までの見たこともないような姉がいた。口を両手で抑え、目を見開いている。こんなに驚いた彼女は見たことが無い。
父さんは腕を組んだまま、しばらく目を瞑って黙っていた。長い沈黙の後、一言告げる。
「……おう。持ってけ。絶対返しにくんなよ。その時にゃあ命は無いと思え」
「はい」
姉さんは泣いていた。そうか姉さんも待ってたんだね。良かったね姉さん。ゲンナーが姉さんの前に歩いて行く。そして、その場で跪いた。片手を前に出す。
「サリッシャ……俺と結婚して欲しい」
姉さんは、一瞬戸惑い、しかし、震える手で確かにその手を取った。そして微笑んで答える。
「……よろしく、おねがいします」
こうして僕に兄が出来た。2人の門出はカラッと晴れ渡る空が印象的なある冬の日の事だった。
「ふふっ」
「まずは場所を探さなきゃね。サシャは何処がいいとかある」
「ふふっ」
「無いみたい。2人は希望あるかい」
「あー広いとこがいいよな。これからスタジオとか建てたいし」
「となると郊外かな」
「シイナは何処でもついていきます!」
あれから、僕ら5人は話し合いに突入した。父さん達は早々と仕事を切り上げ、飲みに行った。子の門出を祝ってとか言っていたが、あれは単純に飲みたいだけだろうな。
「じゃあ郊外で場所を探そう。サシャはそれでいいね?」
「ふふっ」
「大丈夫みたい」
姉さんはさっきからあの調子だ。今もゲンナーの横に座って、というか密着して身を寄せたまま微笑んでいる。まぁそれだけ嬉しかったんだろう。生まれて今まで姉さんの浮いた話なんて聞かなかったし、初恋が実ったってやつだ。
「名前もそのまま、ジーターを使うの?」
「勿論。俺らはジーター時計店の従業員である事に変わりは無い。だけど、時計店はまずいか」
「じゃあジーター商会だな」
「いいね、それでいこう。サシャどう思う?」
「あなたが決めた事だから、従う」
姉さんが喋った。ゲンナーの腕を取りながら、頷いている。
「よし、ジーター商会の始まりだ!付いてきてくれる職人を募集しよう!」
この後、移転希望者を募ったところ、若い職人を中心に10名程集まった。十分な数だろうということで、ジーター商会は発足した。商会長は何とゲンナーである。ゲンナー自身は姉さんを推していたが、姉さんが辞退した。夫を立てる妻のなんちゃらと言っていたが、姉さんにそんな殊勝なところがあったなんて驚きだ。
数日後、場所が決まった。何と旧撮影所の付近だった。ゲンナーによれば、近くに川が流れていて、首都から遠くなく、隣街への分岐になるような立地で、十分な広さで、値段も安いという事らしい。西の街道沿いは駄目なのかと聞いたら、高くて手が出なかったとの事。北はタイ・オー山だし、東は国外に向かう街道だ。戦争になると真っ先に封鎖される。必然的に南に決まったとか、街中も考えたが、首都の地価は思いの外高かった。
「人の往来が増えると思いますが、何卒よろしくお願いします」
僕とゲンナーと姉さんはシマトラさんの家を訪れていた。あの場所に工房を構える以上、ご近所付き合いは必要だろう。希望者には工房横に住まいを建てる計画まであるのだ。全ては事業が上手くいったらだが。
「なんだ、ここらも騒がしい事になるのか。まぁおれっちは構わねぇが、なぁミーナ」
「別に気にしませんよ。それより、皆さんとご近所になったのが、私嬉しいわ」
この夫婦は相変わらずだった。実は現在、映画の上映を一時的に休止している。理由はラットマンが首都に戻って来たからだ。いらぬトラブルの回避の為、しばらく火の悪魔はお休みである。
「それと、お知らせというか、ご報告がありまして……」
恥ずかしいのかゲンナーが言い淀む、あ、姉さんに肘で小突かれてる。
「まぁ、結婚!おめでとうサリッシャちゃん。ゲンナーさん」
結ばれた事を告げたら、ミーナさんが興奮して姉さんを抱きしめた。
「ありがとうミーナ」
「なんだぁ、うじうじしてるからもっと先かと思ったぜ、漢見せたなゲンナー!」
「ははは」
ゲンナーはシマトラさんに背中を叩かれてる。第3の手だ。
「じゃあ次はあれだな。ちょっと待ってろ」
シマトラさんはそう言うと、棚から掌に収まるぐらいの布に包まれた物を取り出した。
「これはおれっちの故郷のお守りだ。いいか?産まれた子供の無事を祈るお守りだからな、この布は決して開くんじゃねぇぞ?開いたら呪いが消えちまうからな」
「こ、こども……」
姉さんが真っ赤になっている。これまた珍しい。シマトラさんはそれをゲンナーに手渡した。
「おれっちの故郷では子が大人になるまでに死んじまう事がしょっちゅうあった。その災いから子を守る為のお守りだ。実際そいつには呪いが掛けてある。だから大事に持ってろ、そんで産まれたら肌見放さず身に着けさせるんだ。必ずお前の子を守ってくれる」
「これは、頂いていいんですか?」
「貰って上げて。私はもう子供を産める歳じゃないし、あなた達の子供の為に何かしたいのよ、この人は」
「え、そんなミーナさんはまだ若いじゃないですか」
確かにミーナさんは30代くらいに見える。まだまだ子供を産める年齢だろう。
「ふふ、ありがとう。でも私あと5年で50歳よ」
「え!?」
「見えない。ミーナはもっと若いと思ってた」
「そうだろうそうだろう。ミーナはいい女なんだ」
「シマトラさん。本当奥さん好きですよね」
そうか結婚したって事はそういう事だ。僕がおじさんになるんだ。まだ見ぬ甥、姪の顔を思い浮かべる。きっと可愛いんだろうな。ゲンナーは大事そうにお守りを握りしめて姉さんを見た。
「何?ゲンナー」
「サシャ、幸せにするからな」
「ふふっ。その言葉忘れないでね」
シマトラさんを見れば、手で顔を扇いでいた。僕は思わず笑ってしまった。
「仕返しされちまったな」
「見せつけるからですよ。程々にしないと」
「ああ、ちげぇねぇ」
僕らは笑い合った。
春は近付いている。もうすぐそこだ。
「映画同好会?」
「そうなんですよ。最近映画を作りたいって人達が集まって、お互いの映画を見せ合ってるらしいですよ」
そう語るのはジーシュンだ。久々にEOLに顔を出して、移転のお知らせをしようと思ったら、そんな話を聞いた。
「それはどこでやってるの?」
「分かんないんですけど、常連さんに何人かいるみたいなんで、聞いてみたらどうですか?はーい!今行きます!」
ジーシュンは厨房に呼ばれて行ってしまった。
「映画同好会だってさ、エリク」
「面白そうじゃねぇか。聞いてみようぜ」
聴き込んだところによると月末にとある倉庫に集まるのが通例になっていると言う。場所と日にちを教えてもらって、僕らも行ってみる事になった。話を聴いた人は、僕らが来ると聞いて、慌ててどこかに走っていった。
あっという間に月末になり、僕らは同好会に参加する為、連れ立って向かう事にする。今日はカリーナさんも一緒だ。場所は貴族街とは反対方向、スラム街に程近い、貸し倉庫だ。ここらへんはあまり来た事が無い。本来なら女性を連れてくるような場所ではないが、カリーナさんが後れを取るような暴漢はちょっと想像が付かない。カリーナさん自身も別離の魔女を襲って来るような勇者に是非会ってみたいと冗談めかして話していた。
「これか」
「何か普通の倉庫だね」
「ちょっと怪しい雰囲気ね。襲われたら容赦しないからね私」
「どうどう、カリはすぐ切ろうとするのやめろ。行くって言ってあるんだから、大丈夫だ」
扉を叩くと中から男性が出て来た。普通の格好をした普通の人だ。
「こんにちは。同好の士ですか?」
「はい、伺うとお話してるはずです」
「団体名とかありますか?もしくは個人名でも」
「はい。団体でFLOINです」
「え!?」
その名前を聞いた途端、男性は扉を開けっ放しで中へと声を掛ける。
「おい!いらっしゃったぞ!」
「なに!」「嘘だろ!?」「本当に来た!」
中からわらわらと人が現れる。商人のような人や、日雇いの作業員のような人、小売りのおばちゃんや、果ては貴族の格好をした人まで、雑多な人達が入り口に詰めかける。その中の貴族の服を着た人物が前に出て来た。この人が代表なのかな?
「御三方お初にお目にかかる。私はジェイス=ガメロン子爵。この映画同好会の代表を務めております」
「これはご丁寧に。私はカリーナ。右からエリフォート=キュービー。アルフレッドです。映画製作を事業とするFLOINを立ち上げております」
ガメロン子爵とカリーナさんは正式な礼を取る。流石、社交界にも顔を出したことが有るとの話通り、堂に入ったものだ。
「本当にいらっしゃって頂けるとは光栄の極み。さあどうぞ中へと言いたいところなのですが、我が同好会には掟が御座います。今から御三方に問うてもよろしいでしょうか」
「ええ、構いませんよ」
ガメロン子爵は襟を正すと、声を調整する。
「では……んんっ……この場に入る者に問う、汝は映画を愛し、その発展に寄与することをここに誓うか」
「はい。誓います」
「誓う」
「誓います」
僕らは即答した。問われるまでも無い事だったが、周りの人達は満足したように頷いている。
「ここに3名の誓いが示された。ようこそ同好の士よ。映画同好会へ」
中は伽藍洞では無く、至るところに椅子やソファが設けられ、歓談出来るようになっていた。正面にはスクリーンが張られ、誰からも見えるようになっている。
「我々は感動しました。あなた方が考え出された映画に。そしてあの作品、火の悪魔は寂しがり屋。完璧だった。ここにいる皆、あなた方の映画に心を動かされた。繋ぎ方から撮り方まで我々は研究し、自らカメラを手に映画を撮り始めたのです」
僕らは4人掛けのソファに案内される。撮った映画を観て欲しいと言うので、何本か拝見させてもらうことにした。どれも短いものだったが、興味深いものが沢山あった。日常の様子をコミカルに撮ったものや、お祭りの喧騒を映したもの。馬車をひたすら撮り続けただけのもの等、編集も禄にしていないものばかりだったが、どれも皆新鮮な映像だった。
「こんなにあるなんて、皆さん魔法使いなんですか?」
撮影するにはアクトが唱えられないといけない。つまり魔法使いである必要がある。だが、ここにいる大多数は魔法使いには見えない。
「いや、一部の人間だけです。彼らをカメラマンとして雇っているんです」
カメラマンという役職は既にテロップで出している。それが浸透しているようで何より。
「それで、どうでしたか?我々の映画は。あなた方と比べるのも烏滸がましいですが、多様な選択があってよろしいとは思いませんか」
「駄目だな」
「ちょっとエリク!」
僕が諌めるが彼は制止を聞かず、前に出て行く。
「いや、言わせてくれ。いいかあんたらは映画のこれからを担っていくはずだ。だから今言う。撮りたいものを撮ってるだけじゃ駄目なんだ。映画にはルールは無い、撮りたいものを撮り、繋ぎたいところを繋げる。だが、何よりも優先しなければいけない、あんたらでいうところの掟が1つだけある」
「掟、ですか?」
ガメロン子爵が問うと、エリクはスクリーンと僕らの席を交互に指差した。
「分かるか?この2つだ。映画にはスクリーンと観客しか無いんだ。映画ってのはこの2つで成り立ってる。そこに撮った人間の素性や想いや技術は関係無いんだ。だから、だからこそ映画ってのは観客の為に作らなくちゃいけない。観てる人間がどう思うのか、どういった印象を与えるのか。常に考える。映画を撮るってのはそういう事だ。勘違いしないでくれ。これはエールだ。あんたらの映画は始まったばかりで、まだまだ未熟だ。俺だって未熟なんだから、そうだろうさ。でも忘れないで欲しい、誰の為に撮るのかを、それが無けりゃ中身の無い卵みたいなもんだ。中身の無い卵てのは味気無いもんだろ?」
しばらく誰も言葉を発さなかった。ふと1人の青年が手を上げた。僕らよりも少しだけ歳上ぐらいの若い青年だ。
「エリフォートさん、いえ先生。どうすれば映画をまともに撮れるようになりますか」
「先生、自分も知りたいです」
「先生!」
「エリフォート先生!」
そこかしこから声が上がった。エリクは気恥ずかしそうに頬を掻く。
「先生て柄じゃ無いが、もしその気があるなら、俺があんたらに基礎を教える。毎週1回、ここで話をしよう。どうだいガメロンさん」
「ふむ。是非も無しといったところですな。お願い出来ますか?」
「分かった。アルフも顔出せよ」
「うん。勿論」
「結局こうなるのね」
「ごめんなカリ。週末は1日一緒にいられなくなりそうだ」
「いいのよ。好きなようにやりなさい。私は次のプロットでも書いてるわ」
「なんと!次回作の予定がお有りで?」
食いついたのはガメロン子爵だ。僕らを交互に見て、目を輝かせている。
「ああ、楽しみにしといてくれよ。今度のは大作だぜ」
エリクはシニカルに笑ってそう言った。




