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パラレルシネマパラダイス  作者: 厚切りトマト
一章
19/24

19.平面収納




 秋も終わり、冬が来る。休日の為、EOLで上映をして、相変わらず人気のシマトラさんを眺めていたら、僕らに客だと、店員のサブに呼ばれた。


「やあ、僕はクローブだ。よろしく」


 2階席で僕らを迎えたのは30代くらいの男性で、白のスーツを着た非常に目立つ人物だった。笑顔で握手を求めてくる。


「どうも」

「アルフレッドです。彼はエリフォート」

「2人の話は聞いたよ。なんでも映画とやらの発案者なんだって?僕も観たけど、面白いよ。あれ」


 僕は笑顔で握手を返す、エリクも仏頂面ながら、応じていた。


「ありがとう御座います。それでお話というのは……」

「まぁそう焦らずに、君達も飲むかい?」


 そう言われて、僕はエリクを見る。彼は軽く首を横に振った。


「お気持ちだけ」

「そうかい。では……話をしようか」


 クローブさんは肩を竦める。しかし、なんだろう仕草が胡散臭いというか、芝居をしているような印象を受ける人だな。


「僕はいくつか店を経営していてね、バーから卸屋まで業種は様々だが、まぁ成功してると言っていい」

「はい」

「そういった連中が集まる場で最近話題に上がるのがこの店でね。ちょっとどんなものかと見に来たんだが、中々面白い興行をやっているなと思ってね。どうだろうか、僕の店でこの映画とやらを観せないか?」

「クローブさんのお店で、ですか?」

「そうさ、お金はこの店の2倍出すよ。もし次の作品を作るなら、出資もするつもりだ」


 引き抜きだ。僕はこういう大人の駆け引きは未経験で、思わずエリクを見る。彼はまだ仏頂面だった。


「随分、好待遇だな。それだけ俺達を買ってくれてるって事か?」

「そうさ。最近はちらほらと映像を見るようになってきたが、どれも君達のようなレベルのものは無い。アドバンテージはかなりのものだ。だから投資さ、未来へのね。僕はこの新たな業界に一石を投じたいんだ」

「それは、無条件で好きに映画を作っていいって事か?」

「勿論、なんならスタッフも貸そう」

「至れり尽くせりだな」


 これだけ好条件なら、受けてもいいのかもしれない、僕がそう思い始めたあたりで、クローブさんは紙を取り出した。


「ここに契約書がある。形式上は僕が君達を雇う形になる」


 エリクが受け取り、目を通す。上から読むのかと思っていたら、下の小さな文字を目で追い始めた。


「どうだろか、即決してくれるなら、少し上乗せするよ」

「……無しだな」


 驚いた事にエリクは即座に紙を返した。


「それは……理由を聞こうか」

「まず、何よりもこの話をこの店の中でしようと思ったあんたが気に入らない。しかも店主の留守の間に」


 クローブさんはポーカーフェイスだ。笑顔は変わらない。


「そして、この契約書。下に書いてある一文だ。製作物はクローブ社が買い上げ、管理、運用を行う。正に詐欺の常套手段だ。若いと思って油断したんだろうが、俺達には通用しないぞ」


 クローブさんは苦笑しながら、両手を広げた。


「詐欺師扱いとは心外だね。確かに買い上げると書いてあるが、安い値段でとは思っていないよ。そうだな、この店を10日は貸し切れるような大金を用意しよう」

「話にならないな。俺達の作る映画をそんな安売りするわけ無いだろうが。まぁ金で作品を買うのは無しとは言わないさ、だけどなFLOINの製作した映画を買いたいなら、家が数軒は建つような大金を用意してこい。そこまでやって始めて話を聞いてやる」

「は、はははははっ」


 突然、クローブさんが笑い出した。さっきまでの笑顔から、馬鹿にするような嗤いに変わる。


「こんなものが家数軒?君はおかしくなったのかい?話をしにきた僕が馬鹿だったようだ。所詮子供の遊び。無駄な時間だった」

「そりゃお気の毒様だ。映画が欲しけりゃ自分で撮れ。カメラは売ってるし、映画を独占するつもりも無い。誰でも撮れる、誰でも観れる。それが俺達の目指す映画だ」

「そうかいそうかい。そうだ、アルフレッド君。君はどうなんだ?このお子様は物の価値が分からないようだが、君はどうだ?今なら、こいつの分も含めて君に支払おう」


 クローブさん、いやクローブは僕に話をしてきた。エリクは決然とした態度で、彼だけを見ている。その目には僕が首を縦に振るとは微塵も思っていない事が伺える。


「答えはノーです」

「はっそうかい」


 興味を失ったとでも言うように僕らに視線も合わさず、立ち上がり、階段へと向かう。下り際に捨て台詞を吐いていった。


「後悔するぞ、僕と組まなかった事を」


 そのまま返答も聞かず、店を出て行ってしまった。


「誰がするかよ。礼儀も知らない三流が」

「……」

「なんだよ」


 この時、僕は三白眼だったと思う。


「人の振り見て我が振り直すとはならないんだね」

「あんなのと一緒にするな」




「厄介なのに絡まれたね」 

「知ってるの?」

「クローブって言えば、次の商工会長と目されてるやり手だね」

「立場はどうでもいい。あれとは組まん」

「エリクって将来頑固親父になりそうだよね」

「格好良いだろ。頑固親父」

「なんの話なんだ……」


 翌日、工房に来た僕らは、ゲンナーにカメラの売り上げについて尋ねてみた。すると、ちらほらと売れ始めて、暇な職人を集めて、生産を急いでいるとの事。忙しいのは分かった。でもそろそろ僕らはその次に進まなきゃいけない。だからお願いに来た。


「ゲンナー。カメラだけど」

「分かってるよ。皆まで言わなくても。もっと改良したいんだろ?」

「さすが、鬼嫁を持つだけある。察しが早い」

「鬼嫁?俺は独り身だけど」

「はいはい。取り敢えず、改良したい点を洗い出そう」


 エリクが要求した改善点は3つ。


・縦、横にそれぞれ180度回転出来るようにすること、またそれが固定可能な事

・レンズの実現

・フィルムの改良と24コマ撮影


「恐らく1つ目は可能だと思うけど、このレンズというのはなんだい?」

「そうだな。レンズの無い現状説明するのが難しいが……簡単に言えば、物の見方を拡大したり、小さくしたりする事が出来る硝子だ」

「ヴァイオレットさんが目に掛けてたやつ?」

「まさにそれだ。となると彼女に聞いた方が早いかもな」


 エリクは紙を持って来て、曲面を描き始めた。


「レンズは光を屈折させる。すると物の見方を変える事が出来る。水に手を入れると拡大したりするだろ?あれと一緒さ」


 光がレンズに当たると曲がって一点に収束する。


「これが焦点だ。これはレンズの表面が湾曲している事により起こる。ただこれ1枚じゃ成り立たない」


 もう1枚のレンズを描く。2つのレンズの距離が変わると焦点と光の線が変わる。

 

「凄い単純な絵になったけど、この作用を使って、見方を変える仕組みが欲しいんだ」

「んー、これは俺の手に負える話じゃない気がするなぁ。取り敢えず頭には入れとくけど、出来るかは分からないよ?」

「分かってる。こいつは将来的にそうできたらって話だよ。今度の撮影に使う予定は無い。それよりも3つ目。これが1番重要」

「フィルムか」

「今のままなら次作は撮らない。それほど大変だった」


 エリクが言っているのは編集作業の話だ。殻から1つずつ魔石を取り出す作業は、物凄い時間を要する。さらに言えば、撮影中もフィルムがジャムる、これはエリクが言い出した言葉だが、詰まって撮影が中断する事がしばしあった。


「今度のはどれくらいのボリュームのを撮る予定なんだい?」


 ゲンナーの質問にエリクは人差し指を立てる。


「1時間」

「1時間!?そんなに長いとなると、確かに今のままじゃどうしようもないね」

「だから、これは喫緊の課題だ」

「と言ってもねぇ、どういったアプローチがあるのか……」

「こんな所にいた」


 女性の声がして振り向くと、姉さんがいた。横にもう1人、小柄な女性を連れている。誰だろう、知らない人だ。


「あ、もしかしてあなたがゲンナーさんですか?わぁやっと会えた!」


 その人がゲンナーに近付いて、手を握った。姉さんの背後に闇のオーラが発生する。


「えっと、どちら様かな?」

「あ、ごめんなさい。シイナって言います。よろしくお願いします」


 戸惑いながら姉さんの様子を伺うゲンナーに、屈託の無い顔で答える女性。


「それで?いつまで手を握っている?その手は必要?」


 姉さんが威圧感のある声で尋ねると、2人は慌てて離れる。怖っ、え、姉さんのあんな声始めて聞いた。


「す、すいません。ええと、カメラを開発したゲンナーさんで、合ってますよね?」

「そうだね。確かに俺が開発して販売しているね」

「そうですよね!シイナは感動したんです!」

「えっと何に?」

「B−1カメラです!シイナはあれを見ました!かいがじゃなくて、んーと、めいが?でしたっけ」

「映画、だね」

「はい、それです!観て、仕組みに興味を持ちました。それで、ジーシュン君に聞いたら、ゲンナーさんて人が作ってるって」

「あー彼の知り合いなのか」

「そうです!」


 僕らは関係無い振りをして距離を取っていた。何故なら、姉さんの闇のオーラが段々と膨れ始めていたからだ。触らぬ神に何とやらだ。


「あの、それで、お願いがあって、その……」

「何かな」

「シイナをここで雇って下さい!」


 勢いよく頭を下げる彼女はしばらく頭を上げなかった。


「雇う、雇わないはゲンナーが決める事じゃない。そもそも話が見えない。あなたはどうしてここで働きたいの?」


 姉さんが問うと、頭を上げた彼女は覚悟の決まった顔で語り出す。


「シイナは魔工師です。最近までクローブ社の開発部で働いてました」


 魔工師とは魔工具を作る人の総称だ。ヴァイオレットさんが例の発表をして以後、変換式を扱う魔道具の事は魔工具と呼ばれ始めた。それに伴い、あの発表は魔工革命と呼ばれている。彼女はそういった新たに変換式を用いた魔石で魔工具を作る職人の1人だと言う。


「実はある変換式を使って、面白い物を作ったんですけど、社長のクローブさんは興味が無いみたいで、シイナはもやもやしてました。そしたら昨日、クローブさんが工房に来て、皆に言ったんです。映画を作るって」

「あちゃー」

「そこで出て来るとは思わなんだ」


 僕らは野次馬のつもりだったが、どうやら当事者だったようだ。


「作る気の無い者は辞めてもらうって言い出して、映画が何かも分からないのに。それでシイナは急遽、観に行きました。そしたら、凄い面白くて、感動して。シイナも関わりたいって思いました。居ても立ってもいられなくなって、上司に辞表出して、ここに走ってきました!」


 どうやら思い立ったが吉日のタイプらしい。行動力があって大変よろしい。


「なるほど、それで雇って欲しいと」

「はい!」


 断られるとは微塵も思ってない顔だった。


「人はそれなりに足りてる。雇って欲しいなら、実力を示すのが普通」


 姉さんはシビアだ。次期経営者だし、父さんの手前、甘い事は出来ない。


「はい!そう仰ると思って、持ってきました!」


 シイナさんは肩に掛けた鞄から、バンドのような物を取り出す。


「じゃじゃーん見て下さい!」


 よく見ると、バンドのような物には連なったポケットが有り、区画分けされている。


「ニ次元収納バンドです!」

「二次元?」


 思わずエリクが聞き返す。


「はい。このポケット部分に物を押し付けると、立体は形を失って、二次元になり、収納されます。取り出したい時は、強く押すと取り出せます!」

「は?」


 シイナさんはバンドのポケットに拾った小石を押し当てると、小石が消え、ポケットの表面に先ほどの小石が書き出される、勿論平面で。さらに、彼女がその部分を押すと、先ほどの小石が転がり出す。


「……」「……」「いやいや……え?」


 僕らが絶句していると、徐ろにエリクがバンドを引ったくる。


「ちょっと!何するんですか!」


 シイナさんの非難を背に僕らの小屋から魔石を持って来た彼はそれを押し当て収納。そうすると、ポケットに薄っすらと記録した映像が見える。魔石では無く、記録した映像が見えるのだ。驚く僕をよそに、エリクは詠唱し始めた。


 プロジェクション


 工房の壁には燃えるセットの映像が映し出された。


「わぁ!凄い!映画で観ましたこれ!」 


 映像を観てキャッキャする彼女に何も言えない僕ら。立ち直りが一番早いのはエリクだった。


「採用」

「え、なんであなたが?というかあなた誰ですか?」

「うん、採用」

「僕も賛成」

「こんなもの見せられたら、しょうがない、父さんに掛け合ってくる」


 え?え?と困惑するシイナさんを目にしながら僕は思った。クローブさん、これ見せられて、無視とか、正気なのかな?


 シイナさんの話によれば、このバンドに使われている変換式はパルプミミックと呼ばれる魔物のものらしい。パルプミミックは絵画に潜み、夜な夜な獲物を自らが潜む絵画に引き釣り込むといわれる恐ろしい魔物だ。発見例が少なく、討伐もされにくい為、希少な魔物である。


「偶然パルプミミックが潜んでた絵を手に入れたんです。裏面を調べたら、この変換式があって」


 当初は使い道の分からない変換式だったそうだが、偶々板状に固定した時に、誤ってペンを押し付けた瞬間、収納機能が明らかになったとか。なんかこの人色々運がいいな。


「これは使えるな」

「そうだね。後はフィルム本体の材質だけだ」


 エリクとゲンナーが話し合っている。シイナさんは姉さんに連れて行かれた。父さんに紹介しに行くそうだ。それにしても、この発明品には驚かされた。彼女によれば生物は収納出来ないとの事らしいが、それでも十分、革命的だと思う。


「これさ、水とか、建材とか収納出来るのかな」

「あー確かに物流で使えそうだよな」

「調べてみようか」


 3人で色々試した結果は次の通りだ。


・収納する物は無生物である事。何をもって生物、無生物を分けているかは分からないが、恐らく微生物も弾かれる。つまり収納物は無菌状態になる。

・容量は使用した魔液の量、正確には魔力分子外殻(ヴェセルデバイス)の量に対して、収納物の質量で換算される。

・液体も可能だが、大質量の液体を押し付ける事自体が不可能な為、容器が必要。

・物の個数は関係無く、あくまで質量、重さが基準となる。

・押し付ける事自体に力はいらず、落とすだけでも可能。さらに細かく調べたところ、本体の質量分のエネルギーがあれば収納される事が判明。

・人よりも質量のある物体を出す事は現状出来ない。資材が出せなくなって、3人で焦った。変換式を唱えて解体すれば出て来た。

・サイズがポケットより大きい場合は収納されない


「うーん思ったより制約があるね」

「まず、食料や酒の輸送には使えない事が分かったな」

「出来るのは水とか、建材、服飾、あとは箪笥とかの家財かな?」

「いや、箪笥は木製が主流だからな、どうかな」


 木片を入れてみる。あれ?入った。


「あ、毛糸もいけるね、革も……大丈夫みたい」


 基準が良くわからない。


「でも、食料はやっぱ駄目だな。なんだこれ」

「ミミックの識別なのかな、随分曖昧な線引きだけど」

「でもパルプミミックは人を引き釣り込むんだよね?なんで生物は駄目なんだろ」

「さあな。まぁ今後の研究次第だな。取り敢えず、木材、石材、水、革、糸、陶器あたりはいける事が分かったな」

「後は、殺菌効果がある事も分かったね」

「有用性が高すぎて、驚きだよ」

「あのー」


 僕らが振り向くと、シイナさんが所在なさげに手を上げていた。


「皆さん。随分熱心に調べられていますけど……」

「シイナさんおかえりなさい。どうでした?」

「あ、あの。今日からよろしくお願いします!」

「お、それは行幸。よろしくなシイナ。俺はエリクだ」

「よろしくね。ゲンナーだよ」

「よろしくお願いしますシイナさん。僕はアルフレッド。エリクと、もう1人カリーナさんて人と3人で映画作ってます」

「はい!えっと、お二人は工房の方じゃないんですね」

「まぁ、そうなんだけど、手伝いとかもしてもらうし、ここの人間だと思ってもらって大丈夫だよ」


 ゲンナーが嬉しい事を言ってくれる。


「そうなんですね!それで、何を調べてたんですか?」


 僕らはシイナさんに先ほどからの調査結果を伝える。


「なるほど、大体シイナが調べた内容と一緒ですけど、新発見もありますね。素晴らしいです」

「後はこれをどう使うかだな」

「どうゆう事?フィルムに使うんだよね?」

「それはそうだが、それだけじゃ勿体無いだろ」

「俺もそう思うよ。うちの工房で作れるような物を考えたいな」

「作れるような物ね」

「そうだな、輸送と言えば……コンテナか」

「コンテナ?」


 エリクが地面に直方体を書いて、その上にもう一つ同じ直方体を重ねた。


「こうやって、重ねたり並べたり出来るようにした輸送用の箱の事だ。物流の基礎単位がこの箱のサイズになるから、量を計るのが楽になる」

「へぇ、面白いけど、平面だから関係無」

「それですよ!」


 ゲンナーの言葉を遮るように、シイナさんが叫んだ。エリクの書いたコンテナの横に、図を書き始める。


「平面の木枠を作って、大きなサイズのポケットを支えられるようにする。本体よりサイズが大きければ、収納はされませんから。その木枠を重ねたり、並べたり出来るように工夫するんです。さらに言えば、取り出し用に木枠より少し小さい石板があれば、規格が決まります。名付けてフラット板(ばん)」

「略してフラバンか。いいかもな」

「略さないで下さい!」

「話は聞いた」


 姉さんが立っていた。仁王立ちで腕を組んでいる。いつの間にそこに。


「うちの商品にする。エリクとアルフは魔液取って来て、ゲンナーと私で図面引く」


 姉さんの一声で皆が動き出す。あわあわしてるシイナさんを姉さんが引っ張った。


「ようこそジーター時計店へ。よろしくシイナ」


 姉さんの珍しい笑顔だ。シイナさんも釣られて笑顔になる。


「はい!よろしくお願いします!」




 




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