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王子さまはこない

 

 ミレディアが入学して一週間と少し経ったが、当然友だちはいない。輝くようなイケメンに女子トイレの前まで付きまとわれている時点で、友だちなんてものが出来る訳がない。


 朝に登校してからは何とかシエロを部活へ追い払っているが、成功しているのはそこだけで……あいつ、放課後もミレディアに付きまとっているが、部活には行っているのだろうか。放課後も部活に行けと追い払えば、何とかなるのかもしれない。


 王子様ことレクスのような生徒会面子はシエロの存在を気にせずに話しかけてくるが、ミレディアに仲良くする義理はない。ストーカーがいるせいで孤立しているようには見えないかもしれないが、実質的には孤立している。


 授業の情報やテスト対策は頼んでもいないのに陰険眼鏡が伝えてくるし、何なら王子様ことレクスは送迎車を用意しようかと不要な親切心を出してくるし……あの腹黒で前世の仇であるラクシアは目立った動きをとっていないが、要注意だ。今世でも裏から手を回して、ミレディアを退学ぐらいには追い込んでくるかもしれない。





 体育は女子と男子に分かれて、3クラス合同で行う。つまり、ミレディアは女子更衣室で着替えて、女子だけで体育の授業を受ける。そして、担当している教師まで女性だ。


 今まで女子に陰口程度は叩かれていたが、明確な虐めはされていなかった。まあ、ストーカーがいるので、虐めるのは難しかったのかもしれない。体育の時間も浮いている程度だったけれど、今日は違った。


「みんな、二人組を作って」


 女性の体育教師の言葉で柔軟のために二人組が作られていく中で、ミレディアは当然のように余った。いつもは偶数だから余った子と組んでいたが、今回はどこかのクラスで休みが出たのだろう。


「あら、スーペルノヴァさんは組む相手がいないのね。男子からプラティナさんを呼んできましょうか」

 ついミレディアはお前が言うのかと女性教師へ呆れた目を向けた。それが男子に媚びを売っているという嫌味だと気づかないほど察しは悪くないが、教師が率先して生徒を虐めるのは倫理に反している。


「結構です、というか男子から呼べる訳がないでしょう。教師を続ける内にそういう常識も忘れたのなら、教員免許を取り直しては?」

 良識のない女というものは醜い、顔を歪めた教師の醜悪さは母にそっくりだ。


「特待生は先生への口の利き方も学んでいないようね。放課後、職員室に来なさい」

 そして、二人組の女子に入るように指示された。ミレディアは忙しいので呼び出しを無視してもいいが……まあ、担任の先生にこの体育教師の馬鹿さを伝えて、代わりに対応してもらえばいいだろう。

 担任の男子教師は特待生であるミレディアに親身になってくれる。


 近くにいた女子にお願いして、柔軟に混ぜてもらう。この後は昼休みだから、お腹が鳴るのを誤魔化しながら授業を受ける。この女は教師という立場でありながら、ミレディアを虐めていいと示唆した。反論したとはいえ、他の女子生徒が追従して虐めに走る可能性は充分ある。


 悪口や陰口は問題ないが、私物を荒らされるのだけはごめんだ。なお、暴力については女生徒が何人いても概ねミレディアが勝つので心配はいらない。育ちが悪いのである程度の自衛は出来る。


 授業が終わって更衣室で着替えているところで知らない女生徒に話しかけられる。この後、お時間がありますか? そう丁寧に聞かれたので、ミレディアは頷いた。

 男子の体育は長引いているのか、シエロに遭遇せずに更衣室から無事に脱出できた。


 ミレディアの前を3人の女生徒が歩いて、先導する。

 ロクな話ではないだろうが、女生徒から攻略対象たちがどう見えているのかは少し興味があった。

 まあ、お腹が減っているので、話の途中でも飽きたら食堂へ向かうつもりだ。




 始まったばかりの昼休みに、3人の女生徒に連れてこられたのは、屋上だった。そういえばこの学園はまだ屋上を開放したままで、落下防止の柵も腰の高さまでしかない。最近の学校では珍しいタイプの屋上だ。


 屋上の光景にミレディアは一抹の懐かしさを覚える。前世では屋上に来ることがよくあった。屋上にはあまり人がいないので、乙女ゲームのイベントには打ってつけなのだ。

 そう、ミレディアは隠れ潜んで屋上でのイベントを確認して、前世のヒロインであるアンジュがどのルートに行こうとしているか確認していたのである。


 思い返せば不審者だった。監視されるのがどれほど迷惑なのか今のミレディアは身に染みているので、今世ではそういう覗き魔染みたことはしないでおこうと硬く誓った。



「それで、どういった用でしょうか?」


 ミレディアが本題に入ると、先ほどまで柔らかな雰囲気をまとっていた女生徒たちは、威圧的なそれへと態度を一変させた。周囲に人がいなくなったから本性を出したのだろう。


「単刀直入に言いますわ。生徒会の皆様に馴れ馴れしく接して、どういうおつもりですの!」

「ご自分の身分を自覚なさっては? 卑しく醜い貴方が近づいていい方々ではないです」


 ミレディアは内心で、今世でも女生徒がお嬢様言葉をこういう場面でも使っていることに感心した。


 なお、地元の公立小学校や中学校では放送禁止用語だらけの罵詈雑言が平気で飛び交っていたし、禁止されているタバコの吸い殻もあちこちに落ちていたので、丁寧な言葉使いの罵倒に感動すらしそうになる。

 まあ、ミレディアも「てめぇらクズとは違いますので」ぐらいは言っていたし、飛び蹴りぐらいはしていた。身を守るためには多少の暴力も仕方がない。


「私が超絶美人の有能であるという話は置いておいて、私から接触したことはありませんよ。

 特にシエロ・プラティナ殿に関しては」


「貴方が色目を使ったんでしょう! シエロ様はもっと良識があって、素晴らしい方でしたの! それなのに、貴方のせいで部活動も休まれるようになって」

 一人の女生徒が涙を浮かべて叫ぶ。多分、この子はシエロのことが好きなのだろう。まあ、好きになる相手を間違えたとしか言いようがない。


「彼には入学したその日から付きまとわれています。私が家を出る時に毎回待ち伏せされて、放課後もそうで、バイト先にまで同じことをされて。

 色目どころか一目会った時からのストーカーですよ」

「ちっ、違います!! シエロ様はそんなことしません、貴方が、貴方のような方が彼をおかしくしているんです」

 女生徒の柔くて細い両手がミレディアの胸倉を掴む。


「彼から離れなさい!!」

 両側にいる友だちが彼女の肩を持って、そうよと叫ぶ。男性に尻尾を振るなんてはしたないことをやめろと言う彼女たちに、ミレディアが返せる言葉はない。

 胸倉を掴む手はいつだって振り払える、女生徒の流した涙が地面へと落ちていく。


「どうやったら離れてくれるのか、私だって知りたいのに」

 ミレディアはシエロに力で勝てない。不意をつけば意識ぐらいは落とせるかもしれないが、力づくで引き離すことはできない。ミレディアはある程度の暴力をふるえるが、前世から剣術を嗜んでいるシエロには勝てないだろう。


 それでもミレディアが押しのけたらシエロが動くのは、シエロ自身の意思だ。ミレディアはきちんと全員に離れろと言っている、拒絶している。周りの全部がミレディアの思い通りにならない、これでは前世の終わりと同じだ。


 そう思ったところで、バタンと乱雑に屋上の扉が開く音と共に誰かが飛び込んでくる。


「ミリア!」


 その声は随分と聴き慣れたものだった。


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