レクスという男
王子様ことレクス・アウルムは、前世ではレクス・セグン・アウルムという王家の第二王子だった。黄金のような金髪に空色の瞳、爽やかな声と顔立ちはまさしく王子様に似つかわしい外見と声だった。
前世では遠戚だったこともあり、幼少期から折に触れて顔を合わせていたが、性格自体は普通というか善いことをしたいという意思が強い人間だった。
なお、その善いことは転んだ侍女を気遣いすぎて、王子自ら侍女の手当てをその場でし始めるようなことを指す。動機は善だけれど、手段に問題があるというべきだろう。
立場もあって公の場で周りが注意するのも難しく、致し方なくミレディアは昔からレクスへもっと自分の権威を考えてスマートに行動しろと注意し続けていた。
当のレクスにはこちらの意図が全然伝わらず、前世ではレクスにその立場と権力を使って冤罪で国外追放されたのだけれど。まあ、浅はかな人間が他人に騙された上に、余計な権力をもっていたというだけの話だ。
レクス本人が善いことをしたかったという動機だけは認めているが、自分が正しいと思い込むと視野は狭くなるものだ。例えるならSNSで炎上している人を批判するコメントをして、炎上を加速させる人? いや、レクスの場合はもっと直接的に手を下しているので、冤罪で炎上した人間を権力で処分した人というべきだろうか。
そもそも論、ありもしない炎上を捏造した陰険眼鏡や腹黒ラクシアが悪いし、何なら最終的な決定をした国王陛下にも大いに問題がある。だから、前世の全てをレクスの責任だというには微妙なところだ。
シエロからレクスがうろうろするかもなんて最悪な話を聞かされた翌日、バイト先にあの金髪が現れた。レジにいなくてもバイト仲間の声でレクスが来たと分かってしまう。金髪の輝くイケメンなんて、レクスしかいない。
前世と比べると、今世では王族の末裔へと大いにランクダウンしているが、それでもアレの言動に大衆を扇動するだけのカリスマがあることに変わりはない。下手な噂を流されたら、何の権力もないミレディアの生活に悪影響が出る。
レクスは大人しく席でハンバーガーを食べているらしいが、ピンポイントでこの店に来ている時点で目的は自分としか思えない。丁度、昼休憩を貰うところだったので、制服を脱いで賄いのチーズバーガーセットを持って店内へ行く。
休憩は制服を脱いで客席で食べるのが普通なので、バイト仲間に余計な噂をされる以外の問題はない。
ミレディアが調理場から店内の客席へと移動すると、大きな声が店内に響いた。
「ミレディア! よかった、見つからないから声をかけようかと思っていたんだ」
やはりレクスの目的はミレディアだったらしい。立ち上がったレクスは満面の笑みを浮かべている。
元々二人掛けの席に座っていたようで、テーブルには食べ終わったハンバーガーの包みと飲みかけのドリンクが置かれていた。ミレディアはテーブルにチーズバーガーセットの載ったトレーを置いて、その向かいに座る。
「大きな声を出さないでもらえますか。存在自体が目立っているのに、声まで大きいなんて公害ですよ」
前世の因縁の相手、今世でさえ迷惑をかけられている人間に職場を突撃されたのだ。愛想が悪いのは当然のことだけれど、レクスは嫌味を意に介さずに笑ってミレディアの向かいに座る。生徒会長の信者やファンがいる校内でもないので、どうしても口は悪くなってしまう。
「それは失礼した。シエロもいないし、どうしているか心配になってな」
「貴方に心配される覚えはありませんよ」
嫌っている相手を排除したい、他人を追放する動機なんて本来はそれだけでいい。自分の決定には責任をもつものだ。騙されたとしても、前世でこの王子様は自分の権力を利用してミレディアを断罪して、追放した。今世になってこの男に心配される義理は一切ない。
「そう言うな。ミレディアの状況は知っているよ」
「それが気色悪いんですよ。自分が話していないことを他人が勝手に知っているのは非常に不愉快です。
あの眼鏡に何を吹き込まれたかは知りませんが、生徒会長は早急に常識を身につけるべきかと」
口にするだけで苛々してきて、気持ちを抑えるためにチーズバーガーの包みを解く。なお、これはただのチーズバーガーではない。昨日発売されたばかりの新作、チーズバーガーにジャガイモを挟んだ夏色チーズバーガーである。
なお、何が夏色なのかというとさっぱり分からない。チェダーチーズを使っているから黄色い、つまり太陽だから夏という屁理屈だろうか。
がぶりと齧りつけば、ハンバーガーのパティにチーズとジャガイモがバンズと合わさって、チープながらもジャンキーな味わいが広がる。ジャンクな食べ物が何だかんだ馴染む身としては、充分に美味しい。
「それは、すまない。でも、昔の俺たちはミレディアの表面しか知らなかったから間違えた。
大丈夫だという振る舞いをしているから、そうではないのだと気づかなかったから……いや、これも言い訳にしか聞こえないな」
「シエロに聞いたのか、きちんとハンバーガーを注文したことだけは評価します。
けれど、それ以外で貴方に価値を感じません。食べ終わったらさっさといなくなってください」
どうやらこの元王子も前世が云々という話をしに来たらしい。本当に付き合っていられない。
「やっぱりミレディアは昔のことを覚えてるのか」
「答える義理はありませんし、シエロからも前世が云々という世迷言を聞きましたよ。
貴方も同じことを喚くなら、同じ言葉を返しましょう。さっさとそんな妄想は忘れてしまえと」
ポテトを一本摘まんで口に入れる。自分で揚げたアツアツのポテトは塩気が効いていて間違いなく美味しい。やっぱりジャガイモを揚げたものは美味しくなるしかないのだ。油の精製は労力がいるので前世で油は高級品だったが、工業化された現代では手軽に大量の油で何でも揚げられる。産業革命は偉大だ。
「そうだな、妄想だと思ってくれてもいい。けれど、俺は君を助けたいんだ」
レクスは空色の瞳を細めて苦笑を浮かべた。本当に絵になる男だ、羨ましい。そんな顔立ちをしているから、冷たく接するほどこちらが悪者だという噂を広められる。
「なら、助けが必要なら呼ぶので、それまでは一切関わらないでください。迷惑です」
「分かった、日を改めよう」
こちらの意図は一切伝わっていなかった。これだからレクス・アウルムという男が嫌いなのだ。思い込みが激しくて、ミレディアの言葉をまともに理解しない。
立ち上がったレクスを軽く睨む。日を改めるというのは、またやってくるということだ。
自分の影響力を分かっていない人間は厄介だ。トレーに載ったゴミの捨て方が分からずにモタモタしているレクスに店員が声をかけて、レクスは礼を言ってゴミを店員に片付けてもらう。
この男のそういう所も嫌いなのだ。ミレディアはドリンクのストローを噛んだ。




