王子様の来訪予報
6月も終盤になればすっかり暑くなって、同級生たちは制服のシャツを夏用の半袖へと変え始める。ミレディアは日焼け対策のため頑なに長袖を着ているが、流石にブレザーは羽織らなくなった。晴れている日中には気温が25度近くになるので、うっかり水分補給を怠ると熱中症になりかねない。
シエロは大会に向けて真面目に部活動に取り組んでいるのに、実家に帰ったミレディアのストーカーを再開している。家まで迎えに来ないと死んでしまう病気か何かなのだろうか。ストーカーは再開するものではないのだけれど。
シエロの所属している剣術部には中高校生の全国大会もあるらしい。全国大会では個人戦と団体戦に分かれており、シエロは個人戦で負けなしということだ……末恐ろしい話である。日本で言うなら、卓球や体操といったスポーツで常に全国大会で優勝するようなものだろうか。
シエロの場合、勉強しなくてもスポーツ推薦で大学に入れるだろう。進路までは聞いていないが、シエロの父が前世と同じ世間体を気にする性格なら進学を勧めるだろう。
ミレディアはバイト代をコツコツと貯めているが、入学金にもまだ達してない。いっそ高校の間に資格をとって、高校卒業と同時に一旦働くことも選択肢に入れるべきだ。
夏休みの間にバイトのシフトを増やしてもらうとして、どれぐらいお金を貯められるのか。放課後、授業が終わると同時に頭の中で金勘定を始めたところで、ミリアと愛称で呼ばれる。視線を向ければ、案の定プラチナのような髪と瞳をした男がすぐ近くに立っていた。
「さっさと部活に行かないと怒られますよ、大会が近いんでしょう」
「今日の放課後から明後日まで、泊まりがけの遠征があるから。戻ってくるのが明後日の夜になる」
今日は華の金曜日だが、ミレディアは当然にバイトがある。なお、全国チェーンのハンバーガー店のバイトはシフトを増やしてもらって、今では概ね週4で働いている。
夏休みは客足も伸びるらしく、ミレディアもシフトを増やせるからこれから収入は増えるはずだ。
「それは何回も聞きましたよ」
今日を含めると三日もストーカーできないせいか、シエロは眉を下げて悲しそうにしていた。付きまといは迷惑行為だと何度も言っているのだけれど、未だに実感はないらしい。
「私はいつもと同じように過ごしているので、貴方も自分のやるべきことをしなさい。
このマリアル学園の剣術部に泥を塗るような行為は……つまり、剣術部の練習をサボったり、試合で手を抜いたりしてはいけませんよ」
「連絡するのは、いい?」
上から見下ろしている癖に、シエロは捨てられた子犬のような瞳でこちらを見た。中身がピットブルのような獰猛な犬種の時点で哀れでもなんでもない。
「生存報告ぐらいはしてもいいですが……学園全体で応援に行く日には私も参加しますから、勝ち上がれるぐらいには頑張りなさい」
口にしながらも、何で私が応援しているのだと内心で首を傾げる。正直、シエロの進退には興味がない。
「ああ、君に勝利を捧げよう」
イケメンのキメ顔に頭が痛くなる。きりっとした顔のシエロは大層顔がいいから、教室に残っていた女生徒の一部はその破壊力に鼻血を出していた。
なお、男子の一部はミレディアとシエロを見て、女王様と犬だと囁いていた。不名誉な噂を流す連中を軽く睨むとすぐに黙った。
「私のためじゃなくて、貴方のために努力するんでしょう。勘違いしないでください」
シエロは軽く頷いてから、言葉を選ぶように黙った。
「俺がいない間、レクスがうろうろするかもしれない」
「はぁ?」
やっと口を開いたと思ったら、言っていることの意味が分からない。
隣のクラスの生徒会長兼王子様ことレクス・アウルムは、確かに見かける度に話しかけてくるどころかクラスに訪ねてくることもあるが……一応、校内でしか遭遇していないので、ストーカーとも言えないような接触頻度だ。
「レクスはミリアのことを心配していた。家に帰れていなかったことや……家庭のことも」
「消え失せろと言っておいてください」
つい口が悪くなってしまうのも仕方がない。シエロなりにあの馬鹿王子の発言をオブラートに包んだようだが、本来はもっと無神経なことを言っていたのだろう。
「大体、生徒会長が私の住んでいる辺りに来たら終わりですよ。
普通に危ないので、絶対に来ないように厳重注意しておいてください」
ミレディアは王子様ことレクスの連絡先を知らないし、知りたくもない。シエロとは致し方なく連絡先を交換しただけで、連絡先を押し付けようとしてくるレクスには携帯を見ないからと丁寧にお断りした。
「分かった、伝えておく」
シエロは伝書鳩扱いされても気分を害さないどころか、頼られて嬉しいという顔すらする。そんなだから犬扱いされるのだ、もっと嫌な顔をしてほしい。けれど、嫌そうにしろなんて言ったら、今度はまたそういう性癖だと勘違いされかねない。
シエロを追い払って、ミレディアはいつものように早足で教室を出る。
シエロだけでも充分に面倒なのに、裏では陰険眼鏡や腹黒のラクシアが動いているのだ。ここでレクスにまで表立って動かれたら収拾がつかない。
けれど、あの馬鹿王子が他人の忠告をまともに聞くとも思えない。
ミレディアはバイト先に向かいながら、レクスが大人しくしていることを切に願った。




