変えられないもの
結局、ミレディアはグリモワ先輩の家に一週間も泊まらせてもらった。着信拒否している母からは5日も経てば何度も不在着信が入っていた。どうやら、今回も彼氏と長続きしなかったらしい。あまり母を調子に乗らせてもいけないので、数日は連絡を放置した。
家にいてもどこかで警戒をし続けている。夜中に泥棒が入ってきたことだってあったし、母がいつ誰を呼ぶかも分からない。浅い眠りにつくから物音に敏感で、母の寝返りで目を覚ますことも多い。
その点、先輩の家は大分居心地がよかった。わざわざミレディアのために簡易ベッドと布団を用意してくれて、通販で届いたベッドをリビングの空いているスペースに置いて眠った。先輩は寝室にいるので、自分がいる空間には一人しかいない。私物を勝手に漁られる不安もお金を盗られる心配もない。
いつまでも友だちなんて口実で泊まらせてもらうのはよくない。グリモア先輩にはきちんと泊めてもらったお礼を言ってから、名残惜しくも先輩の家を出る。
先輩の家に泊まっている間、シエロのストーカー行為は少しマシになった。マシといっても先輩の家まで押しかけないので、最寄り駅で解放される程度のことだけれど。それでも、シエロの頑なさが解けたという部分ではマシといっていいだろう。
それに、シエロ自身も剣術部の全国大会が始まっているらしく、以前より部活の拘束時間が長くなっていた。
ミレディアが約一週間ぶりに家に帰ったら、部屋中にゴミが散乱していて酒臭い母が倒れていた。
「アンタ、やっと帰ってきたの。遅いのよ」
寝転がったまま言う母に、ついミレディアはゴミと一緒に母を捨てられないかなと思った。缶やペットボトルは中身を洗ってから、ゴミ袋に散らばったゴミをまとめていく。
「母さんって、なんで息してるの? 自分から追い出すようなことしたくせに帰ってこいって、理解できないんだけど」
「だから、ごめんって言ってるでしょ。それよりもお腹減ったわ、何か買ってきてよ」
「ごめんですんだら警察はいらないんだよ。ポストに電気代の請求書入ってたんだけど、払うの忘れないでって言ったでしょ。それに、私はお金ないって言ったよね」
母はいつも通りに文句を言っている。それを聞き流しながら、母の鞄に入っている現金を確かめてため息をつく。これだと電気代は全然払えそうにない。お金がある時に払わないと、母はすぐに現金を使い果たしてしまう。
財布にクレジットカードは入ってなかった。なお、母の財布にクレジットカードが入っている度にミレディアは切り刻んでいる。当然、母は癇癪を起こすが、同居している身内が借金だらけになるのは避けたい。借金の取り立てが来るのはこの家になるのだから。
クレジットカードの審査は借金の審査よりも甘いらしく、母は隙あらばカードを作ってくる。
「今回だけ、バイト代が入ったら私が電気代は払うから。ご飯は自分で何とかして」
「アンタはいいわよね。泊めてくれる彼氏がいるんだから」
こちらを睨んだ母に気持ちが悪いなと思う。本当にこの人の思考回路とは相容れない。
「そう、だったら母さんはご飯を奢ってくれる彼氏を見つけたら?
私は誰とも付き合ってないし、そういう仲になる予定も今のところないから」
母を見ていると、余計に異性を好きになる気持ちが分からなくなる。経済的に、心理的に、自分を助けてくれる相手。母のいう彼氏とは、自分を助けてくれる人を指す。その対価は身体であったり、感情であったりする。
けれど、そんなのは安定していないし、合理的でもない。気持ちなんて移ろうものを担保にしている時点で、契約として成立していない。
だから、母は何度も繰り返してはこうしてフラれる。しかも、その母の彼氏もどんどん質が悪くなっている。年齢や外見、経済力。そういう全部が昔よりも落ちているが、全員性格がロクでもないのでどれだけスペックが高くても意味はない。
「アンタは私の娘なんだから、言うことを聞きなさい!」
怒った母が転がっているゴミを壁に投げた。これだから酔っ払いは嫌なのだ、こっちが片付けるのを邪魔しないでほしい。
「まともに養育してこなかった人に言われてもね」
母の大声を無視して、部屋を片付けていく。いっぱいになったゴミ袋は部屋の隅にまとめて、今度は洗濯物に取り掛かる。といっても、母の服なんてどうでもいいので、適当に洗濯機に入れるのだけれど。
「どうして私だけいつもこうなのよ。ミレディア、アンタのせいよ。アンタが生まれたから」
「産んでほしいとは頼んでないけど。私じゃなくて、孕ませた人に責任を求めれば?」
ミレディアは結構母の面倒を見てやっている自覚がある。バイトの賄いだって、母の分だって持って帰っているし、適当であっても洗濯物を片付けて干している。すごくやってあげているのに、対価は返ってこない。この人は他人に求めるばかりで、自分は何も返さない。
「いい大人なんだから、人せいにしないで自分で頑張りなよ」
母の兄である伯父は、母と同じ環境で育ったのにきちんと働いて自立している。だから、環境が悪かったから出来ないという言い訳は成立しない。家賃や電気代だって、ミレディアが一部負担しているのだから、真面目に働けば生活だって成り立つはずだ。
「アンタに何が分かるのよ、若くて綺麗なアンタなんかに!!」
大きな声を出した母はこちらを強く睨んで、壁を叩いた。近所迷惑なのでやめてほしい。
「分からないよ。他人に理解を求めること自体が不毛だ。だって、私は貴方じゃないんだから」
ミレディアの母は馬鹿なので、いつも同じことばかりを言う。今だって、ミレディアみたいに冷たい娘を産んだ覚えがないと怒っていた。
ミレディアが冷たくなければとっくにその首をナイフで掻っ切っているか、家を出て一生戻らないのだけれど。母は馬鹿だからそういうのが分からないのだ。
気持ち悪い、嫌だ、どの口で。そういう嫌悪や怒りを削ぎ落して、冷静に振舞えているのはミレディアだからだ。普通の子どもだったら冷静にはなれないし、もっと苦しんでいると思う。
母を無視して、片付けや掃除に洗濯を続ける。風呂掃除が終わったらシャワーを浴びてから、勉強をする。
酒をいっぱい飲んだからか、母は顔を赤くしたまま大きないびきをかいて寝始めた。
ミレディアは目先の利益より、長期的な利益を優先する。
けれど、そんな自分の生き方が正しいとも思っていなかった。正しいかどうかではなく、そうでないと生きられなかっただけだ。
そして、それが自分だけではないことも分かっていた。だから、母は変えられないし、変わらない。
長く生きているお陰で、それが仕方のないことだと分かっていた。




