自分にないもの
高校生が活動できるのは夜10時まで、それ以降の就業や外出は条例で禁止されている。禁止といっても、塾の帰りと嘯けば、日付を超えるまでぐらいなら補導されない。
ファミレスに居られるのも当然夜の10時まで、帰り道には当然のようにシエロが付いてきた。ついでとばかりに古本屋で貰った衣服をシエロに持たせている。ミレディアはか弱い女性なので、自分より力が強い相手に重い荷物は持たせるものだ。
つまり、これがグリモワ先輩なら荷物は持たせられない訳である。
丈が長いワンピースは動きにくいから、シエロが付いてきているのは正直助かる。ミレディアが住む場所は治安が悪く、街灯すらまともに整備されていない。ただでさえ暗い道は、切れかかった電灯がチカチカと瞬くことで不気味な雰囲気を醸し出している。
駅から家まで、なるべく安全な道を選んでいるとはいっても限度がある。
「シエロ、こっちに寄ってくれませんか」
向かいから男が二人歩いてくる気配を感じ、咄嗟に隣のシエロを呼ぶ。ミレディアの赤い目は夜目がきく。
二人組は二十代後半で柄物のジャンパーを羽織っている。目を凝らすと顔や首元に刺青を入れているのが見えて、これは確実に柄が悪いと内心で首を振る。喧嘩慣れした相手に二体一は分が悪い、一人なら気づかれないうちに逃げている。
今のミレディアはワンピースにナイフでスリットを入れないと素早く走れない。せっかく貰った質のいいワンピースを台無しにはしたくない。
「前から男が二人来ます、出来るだけ穏便に済ませたい。
腰を持つとか、何か適当にやっていいのでやり過ごせます?」
小声でシエロに囁くと冷静な肯定が返ってきた。距離が近い方が守りやすいのだろう、空いている手で肩を抱き寄せられる。今更ながらにシエロに荷物を持たせたのは間違いだったかもと思う。いざという時は両手が空いている方が好ましい。
シエロの身長と体格なら絡まれないかなと思ったが、学生服を着ている時点でダメだったかもしれない。行き先を阻むように男たちが狭い道を遮った。
「こんな夜中に可愛い嬢ちゃんを連れてデートとは、いいご身分だな」
低い男の声に眉をひそめる。
「その子は俺たちで可愛がってやるよ。ガキは引っ込んでな」
男たちのこちらを物色する視線が大層気持ち悪いので、その目を潰したい。
シエロがミレディアの一歩前に出たので、そのタイミングでシエロの片手から通学鞄と大量の服が入った大袋を奪い取る。
シエロに残ったのは標準装備の長物を入れた細長い袋だけだ。竹刀袋に見えるが、中に入っているのは剣術部で使っている模造刀だ。
一度、放課後に時間がある時に模造刀を振る様を見せてもらったが、ミレディアでは絶対に勝てないと絶望しそうになる力量だった。この世界では剣道の代わりに剣術が幅を利かせている。模造刀を打ち付け合う恐ろしい競技で、ボクシング並みに怪我をしやすい。
「それ以上彼女を見るなら、斬る」
「殺しちゃダメですよ」
ついミレディアは口を出した。なぜなら、シエロは一呼吸のうちに模造刀を鞘から抜いて正眼に構えたからだ。しかも、殺気まで放っている。
殺気というのは、肌がピリピリするような感覚とでも言えばいいだろうか。向けられた相手は堪ったものではないだろう。
暗闇では刃のない模造刀だと気づかなかったらしい。短い悲鳴を上げた男たちはシエロから逃げるために元来た道を走り出した。
自分たちよりも体格がいい男がいきなり真剣で斬りつけようとしたら、普通はビビるだろう。
真夜中に絡んでくる時点で小物だとは確定していたし、脅しとしてはいい線をいっていた。
「……脅しですよね?」
本気で斬りかねない気迫だった。シエロの馬鹿力で防具もない相手に全力で模造刀を打ち付けたら、まともに喰らった相手は一発で死ぬ。
「ミリアを傷つけるものは全部斬る」
「今は助かりましたけど。過剰防衛で貴方が捕まりかねないのでやめてください、切実に。暴力は適切に使うものですよ」
この辺で喧嘩を吹っかけてくる相手なら、何人殴ろうが問題にはならない。そう、息があるならだ。殺したら流石に捕まりかねない。
「貴方は力が強いんだから、自制しないと。人間は想像以上に脆いことを忘れないで」
ミレディアを守るためという名目でシエロが人を殺したら、気分が悪いなんてものではすまない。
そんなことになったら自分の顔は一生青ざめてしまうかもしれない。
「……気をつけよう」
「頭よりは腹を狙うといいですよ。肋骨を折った程度では大抵死なないので」
ミレディアは小学生の時に被害者として実践済である、子どもは医療費がタダなので助かった。子どもの頃は今よりもひ弱だったが、同級生や上級生と割と喧嘩していた。
勝手に母のスマホで動画を見て、実際の喧嘩で実戦を重ねることで、ミレディアはかなり強くなったのである。
自分のことながら本当に多彩すぎて困っちゃう、喧嘩の才能まであるなんて。出来るからやる、グリモワ先輩に言われたとおりの悪癖だ。
「ミリアはそういうことはしなくていい」
「あら、騎士気取りですか?」
「君に危ないことをしてほしくない」
真っ直ぐな言葉に正しく返す言葉はない。だって、いつだって“必要な分”だけなのだから。希望と必然は一致しないものだ。
「そう言うなら荷物ぐらいは持ってください」
シエロの通学鞄と一緒に、服が入った大袋も押し付ける。
シエロみたいに背が高ければ、体格がよければ。そもそも男であったら、余計な苦労はせずに済んだ。
前世で女性の社会的地位は低かったが、公爵令嬢であったが故にミレディアだけはそれなりの地位があった。だから、他の女性を守る必要があった。それが公爵家に相応しい振る舞いだった。
今世では表向き男女平等を謳っているが、治安が悪い場所では力が優先される。力で劣る女性はどうしても男性の下敷きになりやすい。そして、ミレディアには喧嘩の才能があった。
つまり、中学の時でも下級生の可愛い女生徒に強引に迫る男たちをボコボコにしていた訳である。そして、男女構わず舎弟が出来た上に、変な二つ名まで広まってしまい……本当にグリモワ先輩が言う通りの悪癖だ。
意識していないのに派閥を勝手に作られてしまうから、抗争みたいになってしまう。不良になったつもりは全然なかったのに。
嫌なことを思い出している内に、家の前に着く。
いつものボロアパート、二階の自室には珍しく電気がついていた。
「最悪だ」
つい本音が口から出る、嫌な予感しかしない。ちょっと悪ければ酔った母にウザ絡みされる程度、最悪なら家には帰れない。いずれにせよ、確認はしないといけない。
当然、ミレディアの独り言は隣のシエロにも聞こえている。だから、ついでにと口にする。
「すみません、シエロ。一つ頼んでもいいですか?」
「何でも言ってくれ」
真剣に頷いたシエロに服が入った大袋を指さす。
「それ、そのまま今日は持って帰って預かってくれません? また、都合がいい時に持ってきてくれると助かります」
「それは構わないけど……最悪っていうのは?」
シエロの言葉に首を振る。ここで帰らせない方が悪手だ。
「大したことじゃないです。親と喧嘩するだろう程度のことですから」
冷静を装って伝えながらも、スマホの録音機能をオンにして通学鞄のポケットに入れる。
本当はため息をつくところだが、そんなことしたら余計にシエロは帰らないだろう。
「……分かった」
最悪な場合、シエロがいたら殺傷沙汰になりかねない。一応は納得してくれたシエロは、ミレディアについてこずにアパートの入り口で立ち止まった。
「今日はありがとうございました。それなりに助かりましたよ」
ミレディアは野蛮人たちと違って礼儀正しいので、嫌いな相手にもきちんとお礼は言う。
歩き出したミレディアの背後から、縋るようなシエロの声が聞こえた。
「また明日」
それは、明日がいつも通りにあってほしいという祈りにも似ていた。




