都合の悪いこと
せっかく奢ってもらえるというのにファミレスを選んでしまうのは、ミレディアに外食の経験が少ないからだろうか。女子高生らしく色んな店の情報を探すべきかもしれないが、仕事でもないのにそこまでするのは面倒だ。手頃で色んな系統の食事を選べるファミレスは何度来ても飽きない。
ファミレスといっても価格帯や料理の系統はどのチェーン店を選ぶかで分かれる。毎回同じでは芸がないだろうと、以前と別のファミレスを選んでもシエロは何も言わない。
相変わらず、シエロは自分の強い意思らしきものを見せない。頑なにミリアと愛称で呼んではくるし、登下校には必ず付き添ってくる。ミレディアへの異様な執着だけが残っている。
身体の治療は目に見えるけれど、心の方はそうでもない。
若い学生にはタンパク質が必要だと選んだとんかつ定食を食べながら、シエロの様子を見る。
サクッとした衣の感触は心を軽くしてくれる。
今世では食べ物に困ったことがあったせいか、食べられる時になるべく多く食べようとしてしまう。けれど、ダイエット、つまり適性体重を保つという面では最悪な癖だ。
自制は大事だけれど、つい手はデザートを頼もうとしてしまう。
若くて基礎代謝が高いから、頼んでも問題がないのでは?
理屈はつけたので気兼ねなくシエロ分も併せてデザートを頼む。
「シエロ、味はどうですか? 別にまずいならそれでも構いませんが」
ファミレスの食事はどれも平均以上だけれど、マリアル学園のビッフェと比べると劣る。声をかけられると思っていなかったのか、白金の瞳が瞬く。
「美味しい……それと、楽しい」
どこを切り取っても美しい男が微笑む。夜の9時半前、空いている店内でさえ人々の視線がシエロへと集まっていく。この顔に耐性がなければ、ミレディアですら見惚れてしまっただろう。
「こういう物はあまり食べませんか?」
ミレディアはシエロに冷たくしている自覚がある。楽しいと言われるとこれが? とつい聞きたくなってしまうけれど、実りある答えはないと分かっているので敢えて聞かない。
「あったかどうかは覚えていないけれど、君と同じ物を食べられるのが嬉しい。だから、美味しい」
「まあ、言っていることは分からなくもないですが。一人で食べるよりは、親しい人と食べる方が美味しいですからね。
貴方と親しくなった覚えもないですけど」
一人で摂る食事は作業だが、他人と食べる食事はコミュニケーションの一種だ。
「彼とは」
珍しくシエロから声を出したかと思えば、言い淀む。どうぞと続きを促せば、やっとシエロは言葉を形にした。
「グリモワ・メルクリーオ、とは親しいのか?」
「年上かつ先輩ですよ? 敬意を込めて接し、先輩呼びぐらいはしなさい」
シエロからグリモワ先輩の名前が出るとは思わなかった。白金の瞳は不安に揺れている。
ミレディアがグリモワ先輩と同じ部活だから聞いたのだろうか。下手なことを言えば、生徒会の他の面子にまで先輩が余計に目をつけられる可能性がある。
そもそも、二人しかいない部活の時点でミレディアと関わりがあると明言しているようなものだから、今更気にしなくてもいいか。先輩もそれぐらい分かった上で入部届をくれたはずだ。
「頼れる先輩で、私の昔からのお友達です。先輩に何かしてみなさい、貴方たち全員のみぞおちに蹴りを数発入れます」
牽制を正しく受け取ってくれた……訳ではなさそうだ。シエロは切なげに声を絞り出した。
「それは、昔の俺よりも?」
「何の比較してます? 貴方と友人になったことはありませんが」
つい首を傾げる、意図が読めない。シエロは本当にもどかしそうにしてから、その視線を真っすぐにミレディアへ向けた。
「君が好き、本当に好きだ」
毎回、変な場所で告白するのをやめてもらえないだろうか。ファミレス中の客が話しをやめて、こちらの会話に聞き耳を立て始めたのが分からないのだろうか。
シエロは昔からこういうことに気づかない。気づいたとしても、気にはしない。イケメンというのは注目されることに慣れすぎてしまっている。
「それで?」
「……俺は、君を裏切った。だから、もう信頼されてないことも分かってる。
けど、君が好きで、愛しているから」
愛なんて胡散臭い言葉をよく言えるものだ。真摯にこちらを見つめるシエロについ皮肉が口をつく。
「愛しているって他人を上手く使うための言葉だって、知ってます?」
貴方を愛しているから勉強させている、愛しているから金を寄越せ。
愛、愛、愛情という中身のない商品。
「違う、俺はそんなつもりじゃ!」
周囲にはどう見えているのだろうか。修羅場かな、浮気されたとか? そんな囁き声が耳に入る。全くもって、食事がまずくなる話だ。
「分かってますよ、貴方は嘘がつけませんから。けれど、それも今だけのことでしょう?
いいんですよ、それで」
シエロの場合、それしか残らなかっただけのことだ。前世での精神的なショックが強すぎたのだろう。その時に、彼が持っていたはずの淡い初恋は飛んで行ったのかもしれない。残ったのが死んでしまったミレディアへの未練や後悔だったのだろう。
「シエロがいなくても、私は元気でやっていけます。だから、貴方はきちんと私以外に……違うな、まともになった方がいいかと」
何だかんだ自分は美人で賢くて強い、それなりに魅力的な女性なのだ。それこそ乙女ゲームのヒロイン並みに魅力ある女性が現れない限り、シエロが前世のような恋をするのは難しいだろう。
前世の『アンジュ・セラフ』並みに異性を惹きつける女性は、今世のマリアル学園には存在しない。
不良債権を押し付けるという意味では、いずれは誰かに押し付けたい所だ。
ミレディアの言葉に、シエロの表情がくしゃりと歪んだ。悲しいとか、切ないとか。そういう感情を読み取ることは出来る。けれど、やっぱりそれだけだ。
全部、終わったことだ。同じ過ちを繰り返す馬鹿になるつもりはない。
「違う、俺が悪い。そうだけど、違う。君が好きなのは、昔と全然違って、苦しくて。
でも、君だけが俺の導きの星で」
「あの、『導きの星』だけは金輪際使わないでください」
切実にその厨二ワードを出さないでほしい。あまりの地雷に、つい話の途中で口を挟んでしまった。黙って視線で続きを促せば、シエロは深刻な顔で頷いた。
「君が好きで、俺以外と仲良くしていると辛い。昔とは違って、君は俺が嫌いで、それは当然のことなのに」
堰を切ったように溢れたシエロの気持ちに理解が及ばない。それはまるで乙女ゲームで聞いたことがあるような言葉だった。
「……ごめん、こんなこと言うのはダメだ。俺のしたことは許されないから」
「貴方を罰したがっているのは貴方自身だけですよ」
ミレディアは前世のことで、今のシエロを罰したいなんて思わない。当然、こんな風に苦しんでほしいとも思っていない。
「私は貴方のことが嫌いです。他人の気持ちを分かりもしない、鈍くて頭の悪い貴方が嫌いです」
現実を口にしただけで、シエロは本当に傷ついた顔をする。そういう所が本当に嫌だなと思う。
「大体、貴方のそれは恋愛感情かすら怪しい。別におかす、だく……キスしたい訳でもないでしょう」
治安の悪いところで育ったせいで、うっかり犯すだの抱くだのが出てしまいそうになった。
慌てて軌道修正したけれど、育ちがいいシエロには意味が分からなかったはずだ、恐らく。
「……おこがましいとは分かってる」
「えっ?」
「でも、君に触れたいし、他の人に触ってほしくない。ミリアを全部知りたい、理解したい、触れたい。キスしたい」
熱に浮かされたような熱い声に、確かな欲を孕んだ眼差しに驚く。性欲あったんだ、この人。
「もしかして、それも昔と違って……だったりします?」
「うん、ごめん」
欲に濡れた瞳はすぐに消え、本心からの謝罪が添えられた。内心でそうきたかと頭を抱える。
「タイミングが悪すぎる」
「タイミング?」
もっと昔なら、それは正しいことだっただろうに。昔は違うということは、前世のシエロはミレディアに恋愛感情すら抱いていなかったということだ。
シエロにとっては家族扱いだったのか、或いは好意を向けてくる他人だったのか。今となってはどうでもいい話だ。
「私が貴方を嫌いである以上、触れていいとは言いませんから」
嫌い、嫌いだ。こんな人は嫌い。今度は見誤らない、事実はきちんと覚えている。前世でフラれた、信じてもくれなかった。それでおしまい。
嫌いと言われたシエロは今にも泣きそうな顔をしていた。羨ましいと僅かに思う、ミレディアはそういう顔をする自分を許せなかったから。今も許したくはないから、貴方が嫌いだ。
タイミングよく店員が注文したデザートを運んでくる。さくらんぼが乗ったパフェがお互いの前に一つずつ置かれる。未だに落ち込んだままのシエロに苛々する。
「私が言葉にできないことを、お前は分かりもしないじゃないですか」
理屈で解決しないことが苦手だ。他人と関わるのが苦痛だ。元々の自分はそうだった。
「それは、どういう?」
「そうやってロクに自分で考えもせずに、全部聞いたら教えてもらえると思っているところも嫌いです。
お前には私が嫌いなだけの相手に……もういいです」
他人と深く関わるということは、理屈に合わない感情に突き動かされるということだった。損しかない、分かっているのに。前世のミレディアは両親に愛された、愛されてしまったからきっと昔と変わってしまった。
自分が大損をしてまで他人を助けるなんて、きっと一度目の人生ではやらなかっただろう。
パフェグラスにスプーンを突き刺して、すくったクリームを口に入れる。甘味は苛立ちを和らげてくれる。
「……ミリアは俺を嫌いなだけじゃない?」
それに答える義理はこちらにはない。
よって、ミレディアはシエロを無視して、シエロが奢ったパフェを食べる。
過去に自分を追いつめた相手を充分に気遣ってやっているのだから、
それぐらいは許されるはずだった。




