地雷がある時は映画のネタバレを確認しよう
最近の映画は全てにお金がかかっている。音響がいいから大きな音に内心でビックリしたし、軍用ヘリからは飛び降りるシーンは迫力があって見ているだけでドキドキした。
映画の脚本は平凡で、アクション映画としてはありがちな展開だ。ムキムキの男である主人公が謎の美女と出会って、彼女を助けるために危ない場所に飛び込んでいく。それだけならありきたりで済んだのだけれど。
主人公である男は、結婚秒読みの彼女がいたのだ。そう、謎の美女は突然現れたミステリアスな美女であり、メインヒロインである。察しの良い人間なら気づくだろう、元々いた彼女は主人公にフラれるのである。
脚本は少し粗があり、回収されていない伏線すらある。こんな恋愛描写に時間を割くぐらいなら、もっと他に描写すべきことがあったはずだ。
先にネタバレが含まれた感想を見ておけばよかったとミレディアは内心で後悔した。
最新のアクションに単純なストーリーラインのお陰で映画自体は充分に楽しめる。そう、楽しめるのはミレディアだけである。
「……」
隣のシエロは、前世の行いを後悔しすぎてうっかり死にかけないほどなのだ。婚約者がいるのに可愛い彼女に惚れてしまう、映画の内容はシエロが前世でやったことにそれなりに被っている。
元々、映画の主役に最初から彼女がいた時点でシエロは隣で動揺していた。今は何とか黙ってはいるが、身体だけはマナーモードになっている。よっぽど新しい彼女とくっついたのが地雷だったらしい。当然、シエロの分のコーラは減っていないし、楽しめているはずもない。
映画はラストシーンに突入している、残りは15分ほどだろうか。ミレディアは荷物を持つと、シエロの腕を引いてシアターの出口へと歩いた。
防音の重たい扉を片手で開いて、腕を掴んだままに廊下を歩く。そして、人が少ない場所で立ち止まって、空いている椅子に荷物を置く。
「大丈夫ですか?」
声をかけても変わらず身体は震えていて、白金の瞳からは今にも涙が溢れ出しそうだった。
「私の目が見える? 落ち着いて、ゆっくり息をして」
ミレディアは腕を掴んでいた右手でその肩を撫でて、下から瞳をのぞき込む。吸って、吐いて、呼吸だけを意識して。そう言葉をゆっくり繰り返すとシエロの震えは徐々に収まっていく。
「いい? 私は生きている、ここにいる。何も悪いことは起こってない」
「ミリア、ごめん。ごめんなさい。俺が君を裏切ったから」
「何度も同じことを言わせないで。私は誰かに責任を押し付けないし、貴方が謝罪すべきことはない」
触れた手を離して、その額を人差し指で弾く。結構痛いはずなのにシエロはぽかんとして瞳を瞬かせた。
「私は貴方を責めたくてこの映画を選んだじゃない。展開を知らなかっただけです」
ネタバレを避けたばっかりにシエロの地雷を踏むことになるなんて、流石にそこまでは想定できなかった。浮気とか心変わりとか、そういう表現があるものだけは次から気をつけよう。
「えいが……映画!? ごめん、戻ろう!」
映画が続きだったことをやっと思い出したらしい、シエロの顔が青くなる。ミレディアはやれやれと首を横に振った。
「いえ、見たかったシーンは充分見られましたから。ドリンクとポップコーンだけは置き去りにしましたけど、スタッフの方に処分をお願いしましょう」
映画の途中でポップコーンや飲み物を消費できないことは多々あるらしいから、今回はフードロスを見逃してもらおう。
「ごめん、ミリアは楽しみにしてたのに俺が」
「だから、落ち込むのをやめてください。別に、脚本は粗があったし、好みの映画ともいえない内容でしたから」
シエロは本当に落ち込んでいる。そんな態度をとられるとこちらまで気まずくなってしまうのでやめてほしい。
「……あまり、こういうことを言って好きだとか勘違いされたら嫌なんですけど」
長い前置きにシエロの視線がミレディアへと刺さる。あまりにも気まずくて顔を逸らす。
「私は、貴方にも楽しんでもらえるような。ええと、つまり。
一緒に見ていて楽しいと思えればいいと思って映画を見たんです。だから、シエロが悲しいなら、意味なんかないんですよ」
どうしてそんな簡単なことも口にしないと分かってくれないのだろう。これだからシエロは駄目なのだ。ミレディアはそこまで自分勝手になった覚えはない、同行者を見捨てるような人間ではないのだ。
「……ミリア」
じんわりと涙に瞳を滲ませて近寄ってきたシエロに、両腕で×を作る。
「恋人でもないのに、近寄らないでください」
「もう一度、君に信頼してもらえるように頑張る」
シエロは真っ直ぐにミレディアを見て、そんな言葉を口にする。言葉になんて大した意味はないのに。
「その前に、浮気があるような恋愛ドラマぐらいは見られるようになってくださいよ。
フィクションに逐一傷ついてはキリがないでしょう」
ちなみにミレディアは恋愛小説や映画は苦手である。こちらにも好みというものがあるのだから、主人公がくっつく相手は自分で選ばせてほしい。
よって、自分で相手が選べる恋愛シミュレーションゲームは最高なのだ。
「レクスにそういうのがあるか聞いてみる」
「今のは冗談です、真に受けないでください。嫌なら見なくていいですよ」
シエロは、でもと言い募った。
「大丈夫になったら、君に迷惑をかけないから」
「迷惑って……一応言っておきますが、私は恋愛映画もドラマも苦手です。
それに、ああいう展開は好きではないのは一緒というか、私の方が苦手になってしかるべきでしょう」
前世でミレディアをフったのはシエロのはずなのに、どうしてこっちが気を遣う羽目になっているのだろう。
やっとミレディアの気まずさが分かったのか、シエロは瞳を大きく開く。そして真剣に謝り始めたので、付き合ってられないと背を向けて歩き出した。
「悪いと思ってるなら、そこの荷物を持ってきてください。あと、ご飯だって奢ってくれるんでしょう。
全部、態度で示せと言ってるじゃないですか」
「……まって、ミリア!」
慌てたシエロが二人分の通学鞄と衣服が詰まった大袋を持って、ミレディアを追いかけてくる。そして、そのまま隣に並んだ。
「大体、他に言うことがあるんじゃないですか」
隣のシエロは少し悩んでからやっと正解を口にした。
「ありがとう」
「最初からそう言っとけばいいんですよ」
ミレディアがシエロに向かって昔みたいに言葉を紡ぐと、シエロはようやく微笑んだ。
公爵令嬢だからと纏って見せた自信はただの鎧だったけれど、他人を安心させるには有効なものだったのだろう。
演技も続ければ、本音との境目がなくなっていく。どこまでが本来の自分だったのかなんて、そんなのはどうでもよかった。




