映画館にドリンクは必須、ポップコーンは応相談
ミレディアは今世で映画をあまり見ない。お金と時間がないので、それこそテレビで放送している映画を何となく見たことがある程度だ。つまり、最近の映画にも映画館にも詳しくない。
けれど、今はインターネットという便利なものがあるのだ。偉大なネットは人気の映画から映画館のシステムまで、何でも教えてくれる。
もちろん、ある程度の嘘は平気で含まれているが、そういうのは直ぐに分かるので問題ない。
映画館に着いたのは19時過ぎだった。こういう時はシエロが無駄に貯めているお金で奢ってくれることになっているので、映画のチケットは事前にシエロが二人分買ってくれた。
お金の有効活用ということで、プライドはちょっと傷つくけどお金を払ってもらう状態に甘んじている。
「これにその番号を打ち込むんです」
ミレディアは映画館にある機械に近寄って、タッチパネルに触れる。シエロが予約した時に出た番号と電話番号を打ち込むと、機械からチケットが排出された。
「ハイテクですね」
「これがハイテクか」
ミレディアが感心していると、シエロも瞳を瞬かせた。分かりにくいが、シエロなりに感嘆しているらしい。
「あとはお手洗いをすませてから……ドリンクとポップコーンを買うんです」
「分かった」
ミレディアの知識はインターネット由来だが、シエロはミレディアの言葉を鵜呑みにするので、間違ったことは言えない。
映画は一時間半ぐらいのアクション映画だが、端っこの席にしたから映画の途中でも離席しやすい。念のため先にお手洗いを済ませてから、売店の列に並ぶ。
シエロは財布だけを出して払う意欲だけを見せている。コーヒーは苦手らしいが、それ以外の好き嫌いは今のところないようで……まあ、前世でも嫌いなものは余りなかったようだけれど。何でも美味しいと言って食べていたので、シエロは元来食への興味が薄いのかもしれない。
前世と違って今世には美味しいものが沢山ある。この国の食文化は日本と同じように和食や洋食、中華やエスニックとごった煮だ。これだけ選択肢があれば、シエロにも好きな食べ物ぐらいは出来るだろう。
まあ、食事なんて誰と食べるかの方が重要かもしれないけど。
「ご注文をどうぞ」
「このポップコーンセットをお願いします、飲み物はコーラが二つで」
ポップコーンのお供はコーラが通常らしい。店員にポップコーンの味をどうするかと聞かれたところで、定番らしい塩と応える。
シエロがカードで支払って、細長い容器にポップコーンとドリンクが二つ収まったものを受け取る。
「楽しんできてくださいね」
にこりと笑ってくれた店員に、ミレディアは苦笑を返した。デートか何かだと思われているのだろう。
隣にいるのは前世の元婚約者で、ミレディアは前世でとっくにフラれていて、それなのに今世でストーカーされていますなんて。当人たち以外に分かる訳がなかった。
人気のアクション映画だからか、半分ほど座席が埋まっていた。まだ明るいシアター内で、シエロの姿は隅っこの席でも目立つ。あの人かっこよくない、芸能人かな? そんな囁き声はよくあることだった。
どこであっても、この男は美しい。顔がいいから実家に引き取られたのでは、そう疑ってしまうほどには。シエロの母は前世であっても、今世であっても不在のままだ。乙女ゲームの本編であっても彼を産んだ母親について、詳細が出たことはない。
シエロの父親とは髪や瞳の色味が似ているが、彼の実父はこれほど整った顔立ちをしてない。シエロは自分の母は早くに亡くなったと言っていたが、それが事実かどうかは怪しいものだ。
シアター内が暗くなって、鑑賞の注意が流される。それを聞きながら、視線は自然とシエロへと向く。そして、薄暗闇の中で目が合った。かつてのミレディアが信頼を寄せた白金の瞳は、昔と同じ形をしていた。思わず息を呑む、これはよくないものだ。
身振り手振りで真面目に注意を聞けと上映画面を指さす、美しい男は頷いた。
上映中は静かに、前の座席を蹴らない。そんな注意を聞きながら、コーラを一口飲む。強い炭酸の刺激に人工的な甘味は落ち着きを取り戻してくれる。
盗み見たシエロの横顔は、劇場内の誰よりも綺麗だった。
ミレディアは彼らの美しさが羨ましかった。それは、『アンジュ・セラフ』、前世のヒロインに対しても同じだった。彼女のように笑えたら、女性らしかったら、可愛かったら、弱く見せることが出来ていたら。そうしたら、何もかもが上手くいっていたのかもしれないなんて。
そんなのは全て不要な後悔で、過ぎた感情だ。
だから、ミレディアはポップコーンを一粒摘まんで口に入れる。
塩気の効いたそれは少ししょっぱかった。




