すれ違いは常の事
ミレディアのバイト先である古本屋は老夫婦が営んでいる。
昔から色々と助けてくれた彼らに出会ったのは5歳の頃だ。ミレディアは物心ついた頃から転生前の記憶があり、賢かった。
だから、母が5歳の自分を放置して数日家を空けても、冷静に家を出て食べ物を探しに出かけられた訳である。
真っ昼間に家を出て、小さな足で何とか商店が並ぶ場所に辿り着いて。役所や福祉関係の場所でも誰かに聞こうかなと考えていたところで、古本屋の老夫婦に声をかけられた。それからは手伝いと称して食事や駄賃を頂くようになって、本当に世話になっている。
ミレディアは義理堅いので、シフトにない日でも手伝いが必要なら駆けつけるのだ。バイトとして給料はもらっているけれど、もう一つのバイト先であるファーストフード店と違って、二人が営む古本屋では大した利益が出ていない。
老夫婦は元々会社勤めだったけれど、娘が巣立つとともに古本屋を開業したらしい。老後の道楽としてやっているから頑張らなくても大丈夫だとミレディアによく言ってくれて、隙あらば店の売上増加を目論んでしまうミレディアを暗に止める。
そして、その老夫婦の名前も顔も……前世でスーペルノヴァ家の使用人をやっていた人たちに瓜二つなのだ。名前も前世と完璧に一緒で、二人がシエロを初めて見た時なんて揃ってひっくり返りそうになっていた。
ミレディアが前世の話をしないから、向こうも覚えていないことにしてくれているのだと思う。
「ごめんなさいね、ミレディアちゃん。今日はバイトの日でもないのに手伝ってもらって」
今日はお婆さんが一人で店番をしていたらしい。ミレディアがシエロと二人で店に着いたら、申し訳なさそうな顔で謝った。
「いえ、私は力持ちなので入荷した本の整理はお任せください! 今日はシエロもいますしね」
お婆さんは何とも言い難い顔をして、シエロにも軽く頭を下げた。シエロに思う所があると顔に書いてありすぎる。
お婆さんがミレディアとシエロにお茶を出してくれたので、ありがたくいただく。これでシエロへの水分補給も出来たので、本当にありがたい。
店の奥に積まれた段ボールをシエロに降ろして貰って、中身の分類をしていく。量はそれなりにあるが、これなら一時間もかからないだろう。
ミレディアは優秀なので、シエロに所々手伝ってもらいながらも適切に処理していく。本は一冊でも重たいので、非力なお婆さんには難しいだろう。
「知り合いから亡くなった方の蔵書を譲ってもらったんだけど、私たちじゃ重くて運ぶのもできなくて。本当に助かるわ」
「この程度ならお安い御用ですよ」
こういう細かい作業は得意な性質だ。ちなみにシエロは力が強すぎるからか、細かい手作業は苦手な方だ。
積まれた本を本棚や在庫に収納していく中で、一冊の本が気になって手が止まる。『魔法の起源について』という題名の古びた本が入っていた。
「あの、売り物を一冊買ってもいいですか?」
「あら、読みたいものがあったの? そのまま借りて行っていいわよ。読み終わったら戻して頂戴」
ミレディアは素直に礼を言って、その本だけを通学鞄によけた。
作業が終わるころには丁度17時過ぎ、日はまだ沈んでおらず辺りは明るかった。お婆さんはお礼にと大量の焼き菓子をくれたので、ありがたく頂戴する。因みにミレディアはバイトに来る度に何かしら貰ってしまっている。
「そうだ、ミレディアちゃん。まだ時間はある? この間、家を片付けていたら娘が昔着ていた服を見つけたから、よかったら貰ってくれないかしら」
「あと一時間ぐらいなら大丈夫ですけど、流石に悪いですよ。」
状態のいい服なら売れるから、無料で貰うのは気が引ける。「いいのよ、着ない服なんて邪魔なだけだから」お婆さんにそう言われて強引に店の奥へと連れて行かれながら、ミレディアは何とかシエロへ終わったら連絡すると伝えた。
奥へと連れられたミレディアは着せ替え人形と化しながら、この後の予定まで聞かれた。その途中でお婆さんからぽつりと聞かれた。
「彼とは付き合ってるの?」
「ええと、全然そういうのじゃありませんよ。何かついてくるから、便利に使ってやってるだけです。私は悪い女なので」
「ミレディアちゃんが悪い子なら、世の中の人はみんな悪い子よ」
昔、同じようなことをグリモワ先輩にも言われた気がする。少しは安心してくれたのか、お婆さんは真剣な声で言った。
「彼は好きになっちゃダメよ、きっと裏切られるから」
やっぱりこの人は前世のことを覚えているのでは!? シエロは顔だけはいいし、言葉数も少ないから、普通の人は裏切るなんて思わないはずだ。
「……はい、気をつけます」
流石のミレディアも前世で婚約破棄された相手をもう一度好きになるなんて、そんな愚行は犯さないはずだ、多分。顔だけは好みなんだけれど、何なら性格も昔は相性がいいと思っていたけれど。
本当は性格の方は思い込みだったし……そもそも論、乙女ゲームのヒロインなんて激強の相手と比較されると前世のミレディアに女性としての魅力は余りなかった。悲しい事実である。
お婆さんは着ていた制服は他の服と一緒に大きな袋にまとめて入れてくれた。お婆さんにきちんとお礼を言ってから、着せてくれた丈の長いワンピースとカーディガンにもぞもぞしながら一人で店の前へと戻る。
昔から服にはあまり興味がなかった。産業の一つとして認識していた程度だ。
一度目の人生では服を必要最低限しか買わなかった。前世では仕立屋が一着ごとにミレディアに合わせて衣服を誂えてくれ、センスのいい使用人たちが服を用意してくれた。
今世では……子どもの頃の服は割とボロボロだった。今は制服があるので助かっている、休日も制服でごり押しすればいい。服に使うお金は惜しい、それなら将来の学費に回したい。
肌着や下着ぐらいは流石に買うけれど、服に使うのはその程度だ。
つまり、たった今着替えたばかりの服が似合っているか分からない上に、丈が長いワンピースだから機動力が落ちていることばかりが気になる。
帰りの夜道は正直危ないので、丈が長いスカート類は望ましくない。けれど、せっかく着せてもらったのに着替えるのも悪い。
ノースリーブのワンピースの白い布地は分厚くて縫製もしっかりしている。表面には赤い花柄が印刷されており、丈はひざ下で上品な形をしている。それなりの値段がしそうだが、服のブランドは全然詳しくない。腕を隠せるようにと気遣ってくれたのだろう、長袖の白いカーディガンはふわふわで触り心地がいい素材だった。
まあ、どうせシエロもいるし、また家まで付いてくるようなら着替えなくていいか。そう思って店から出た所にシエロがいた……連絡するって言ったんだけどな。
「棒立ちで待っているぐらいなら、その合間で勉強でもしたらどうですか」
「ミリア……!?」
ミレディアを見たシエロは大きく目を見開いたと思うと、直ぐに顔を逸らした。
「直視に耐え難いほど似合ってませんか?」
お婆さんは似合っていると全ての服に言ってくれていたのだけれど、やっぱり世代間で感性が変わるのかもしれない。
「ち、違う。その、かわいい」
ゆっくりと顔を戻したシエロは頬を赤く染めて言った。暑いところで長時間立っているからそんなことになるのだ。通学鞄から水筒を出して、シエロへと投げる。
「綺麗はともかく、可愛いは初めて聞きましたね……うーん、気品ある振る舞いとか抜けちゃったかな」
前世ではよく綺麗だと言われていたし、今世で可愛いなんていうのはナンパ男ぐらいかも。いや、グリモワ先輩は前から可愛い後輩だと思ってくれているはずである。
前世では公爵令嬢に相応しいマナーや言葉遣いに気を付けていたのだけれど、今はそういうのがないから可愛いに寄ったのかもしれない。
「待たせたことはすみません。顔が赤いから水を飲んだ方がいいですよ」
ミレディアの水筒をぎゅっと握ったシエロは、黙って首を横に振った。
「ミリアは、もっと自分がその……魅力的だって気を付けた方がいい」
意図が読めなくてシエロを見ると、その手は水筒を握っている。賢いミレディアはすぐに気づいた。
「お前が飲み物に薬を入れるほど落ちぶれてないことぐらいは、信用していますよ」
どうやらシエロが欲しい応えではなかったらしい、首を落としてがっかりしている。
落ち込んだのかと思いきやすぐに復活して、水筒に口をつけた。
そして、覚悟を決めた目で言う。
「ミリアは俺が守る」
「ほんとそのフレーズ好きですよね」
そもそも守らないでいいと言っているのだけれど。
守る守ると囀るシエロに逐一付き合う道理もないので、ミレディアは映画館に向かってさっさと歩き出した。




