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生涯の友だち

 

 掃除機をかける前に、髪についてる短い毛も払った方がいい。

 掃除機を持ったままの先輩に止まってもらって、その髪を自前の櫛で梳いて、切った髪を払い落とす。


「その可愛い顔で人と距離が近いの、どうかした方がいいよ」

「私だって相手は選んでますよ、お友達だからです!」


 友だちというのは距離が近いものなのである、多分。残念ながらミレディアに他に友だちがいたことはないのだけれど。


 恋愛シミュレーションゲームの友だちといえば、攻略対象の好感度を教えてくれるものだけれど。現実にいたのはそんなのよりずっと心強い友だちだった。


「だから、私のこと頼りにしてください」


 だって、ミレディアはこの先輩よりずっと体力がある。お金はないけど、頭はいいし、料理だって作れるし、髪だって切れるし、荒事だってそれなりに対処出来る。


「それなりにはね。けど、逆だから」

「逆?」


 この有能なミレディアが役に立つということは先輩も身を持って知っているはずだ。


「ミレディア。君は他人を信頼することを、無条件に頼るべきことを覚えるべきだよ」


 先輩の黒い瞳がミレディアを見つめる。やっと『ミレディア嬢』なんて呼び方をやめてくれたのか、そう思う前に思考が言葉を紡ぐ。


「それはもう失敗しましたから」

「知ってる。だから、君は絶望に落ちた。けど、根本的な原因をそこだと思い込むのは間違いだ、偏った自罰感情でしかない。

 他人への信頼が間違いであっていい訳がない、非があるのは裏切った側だ」

「そうですか? 過剰な期待をするから、いけないんですよ」


 前世のミレディアは正しかったけれど、一部だけを間違えた。他人に期待しすぎた、その点は間違いだった。自分を蝕む災厄の王『プルート』に打ち勝てなかったのは、それも原因の一つだった。


「……ごめんね、君を助けられなくて」


 先輩が本当に悲しそうに言って、その手がミレディアの頭をそっと撫でた。あんまりにもその黒い瞳が悲しそうだから、やっぱり悪いなと思う。


「私の方こそ、貴方を傷つけてごめんなさい」


 助けるなんてこの人に出来る訳がなかった。人と関わるのが苦手なこの人に、前世で大した権力がなかったこの人に、そんなのが出来る訳がない。

 それに先輩は助けてくれた、ミレディアが選べる選択肢を増やしてくれた。それは先輩が望む形の助けではなかったのだろう。


 だから、結果的にこの人を傷つけた。


「君は前世を終わったこととして扱うし、それに対しては僕も同じだけど。記憶がある限り、経験として沁みついている。

 君は、前世で他人への不信を経験として獲得している。それは自覚した方がいい」


 別に今すぐにって訳じゃないけど。そう付け加えられた言葉は優しさだった。

 先輩の手が頭の上から離れて行く、頭を撫でられたのなんていつぶりだったのか覚えてない。


「今度は助けるから、それなりに安心しといて」

「それなり、なんですね」

「君ほど体力がある訳でもないしね。けど、今度は苦手だからって目をそらさないから」


 いつもの皮肉を含んだ言葉が優しさだってことに気づかないほどの馬鹿じゃない。先輩が髪を切った理由を嫌でも思い知らされる。


 ぎゅっと心臓が痛いような、切ない気持ちが溢れてくる。これはよくないものだ。


 前髪なんてずっと長くていい、苦手なことになんて向き合わなくていい。先輩はミレディアとは違う、公爵令嬢として生まれてしまったから他人と関わらざるを得なかった自分とは違って、楽しいことだけをしていればよかったのに。


 これでは昔と同じだ。昔のシエロに成長を誘導してしまったのと同じ、自分の存在が他人を変えていくということ。死んでから変わった部分は自分の責任じゃない、本当はそんなの全部が自分で選ぶことで。


 だから、この人の選択を捻じ曲げる権利は自分にはない。


「貴方の知性には期待してますよ、グリモワ先輩」

 貴方の方が賢いということを知っている。ミレディアが賢いのは三回分の知識が詰まっているからであって、才能としての知性では先輩の方が上だろう。


 だから、この人の指摘は多分間違ってない。前世なんてどうでもいい、幾らそう思っていても経験が思考を偏らせる。ラクシアへの偏見、他人への不信。


 生きている限り他人と関わらざるを得ない。他人と関わるから傷ついて、思考まで歪んでいくのに。


「そんな悲しそうな顔で言われてもね」

「先輩に成長なんてされたら、私が意固地で見栄っ張りみたいじゃないですか」

「事実でしょ。見栄ばっか張ってるから、詰むんだから」

「必要な分はきちんと人に頼ってます!」


 ミレディアの文句を大して聞いてくれていないらしい。グリモワ先輩は箒で集めきれなかった髪を掃除機で吸っていく。それが少し寂しく見えた。


 生きている限り人は変わる。好意も友情も変化せずにはいられない、関係は保持できても感情は固定できない。


「変化自体は必ずしも悪いものではないし。考えが変わっても、関係は変わらないでしょ。友だちなのは本当なんだし」


 掃除機をかけ終わったグリモワ先輩は平然と言った。こっちだってそんなのは分かっている。


「なら、生涯友だちでいてくれますか?」


 こんな言葉に何の意味もない。今、この瞬間にそう思っていてくれたとしても、言葉はきっと後から嘘になる。だって、彼はそうだった。


「人に重いって言っておきながら、君も大概だね」


 駄目ならさっさとそう言えばいい、そう文句を言う前に先輩は薄っすらと微笑んだ。


 形のいい唇が弧を描いて、世界と他人の不信を灯していた黒い眼は希望を翳すように淡く輝く。

 いつもの嘲笑とは違って、目元は緩んでいた。


「いいよ。こっちは初めからそのつもりだったし」


 グリモワ先輩が紡いだ言葉には確かな重みがあった。


 こんな言葉に意味なんてないのだけれど。それでもその重さは気持ちを楽にしてくれる。


「私も友だちは見捨てませんから」

「君の場合は、友だちじゃなくてもでしょ」


 先輩との会話には軽口が多々含まれる。揶揄やからかい、お互いの痛いところを的確につく嫌がらせ、それはじゃれあいみたいなもので。つまり、楽しいものだった。




 友だちと過ごす時間はいつだって楽しいものだ。だから、ミレディアは友だちになってくれたのがこの人でよかったと改めて思った。


お読みいただきありがとうございます。

これでグリモア先輩編は終了てす。

次話からはデート編です!


お時間があれば、

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