満たすための具体的な手段
ミレディアは手先が器用で有能なので何でもできる。そう、概ねのことは出来るので料理だって余裕なのである。
5月の初旬、バイトのない放課後にグリモワ先輩の家にお邪魔したミレディアは一週間分の作り置きの料理を作っていた。
きちんとレシピを見ている以上、美味しくなるのは決まっていることだ。それに今世のミレディアはナイフの扱いだって上手いので、前世よりずっと簡単に包丁を扱えている。なお、材料費は先輩持ちである。先輩が食べるのだから仕方がない。
「作るのはいいけど、怪我しないようにね」
なお、先輩は保護者ムーブをしていた。一つ年上だからって生意気である! ミレディアはこれが三度目の人生、そんなうっかり指を切ったりはしないのだ。
約一週間で先輩の骨には薄っすらと肉がついた。まだまだ薄くて吹けば飛びそうな薄さだ。明日から連休が続くから、ちょっと目を離している隙に痩せてしまっては堪らない。
沢山作って置いておけば、何だかんだと律儀な先輩は腐る前に食べてくれるはずだ。出来上がったおかずをどんどんタッパーに詰めて冷ます。冷めたら冷蔵庫や冷凍庫行きだ。
「私にかかればこんなものですよ!!」
「自分が食べてく分よけた?」
「えっ、食べて行っていいんですか?」
「作らせるだけ作らせて何も食べさせないほど鬼じゃないんだけど。いや、頼んではないけど」
「まあ、こんな可愛い後輩の手料理を食べられるなんて、何回人生を送ったってそうないことですからね!」
現に三度目の人生を送るミレディアでもそんな状況に遭遇したことはない。何なら友だちの家に来るのだって初めてだ。友だちの家というには余りにも生活感がないモデルルームのような部屋なのだけれど。
今世で一人暮らしをしているらしい先輩は極端に物が少ない部屋に住んでいた。
散らかってないのは、単に物が少ないだけだ。パソコン周りだけ嫌に充実しているが、それ以外では何もなかった。当然、冷蔵庫の中も空っぽだった。
調味料を一から買い揃えて、冷凍食品を適当にぶち込むというのは大変な作業だった。ひょろひょろの先輩に食料を沢山持たせる訳にもいかず、ミレディアはか弱い振りが出来なかったのである。
「よくそれだけ持てるよね」、冷酷にそう言ってきた先輩には口で反論した。本当はか弱い淑女であるということを忘れてもらっては困る。
「そうかもね。髪切ってほしいってお願いしてるのこっちだから、好きなだけ作って食べて」
「頑なに長い前髪だけは譲らなかったのに、どういう心境の変化ですか?」
グリモワ先輩が前髪を切りたいと言い出して、ミレディアに散髪をお願いしたときはびっくりした。なんていったって、それは乙女ゲームのイベントだからである。
乙女ゲーム『マリアージュ♡ラブ』のゲーム本編において、『グリモワ・メルクリーオ』は隠れた攻略対象だ。知力のパラメータが上限にならないと最後まで攻略不可能な上に、何もない森に何回も行くという謎の行動を取らなければ出会うことすら出来ない。初見で攻略することはほぼ不可能だ。
そんな彼は普段は長い前髪で目元まで顔を隠している。そして、乙女ゲームのヒロインと関係を進めるにつれて、その心持ちが以前より前向きになる。そして、前髪を切ることを決意するのである。ゲーム本編ではヒロインが彼の前髪を切ることで、スチルが取得できるのと、立ち絵が新しくなるのだ。
つまり、グリモワ・メルクリーオはとんでもなく顔がいいのである。
「正直邪魔だなって、君に切ってもらうのも怖いは怖いけどね。ぱっつんにしそうだし」
「なっ、私は自分で髪を切っているんですよ!? 見てください、この完璧な髪型。先輩の前髪を切るぐらい余裕ですよ! ついでに後ろも整えてあげます」
これから自分と先輩が食べる料理を作ろうと新しい食材を取り出して、ふと先輩の方を見る。
長い前髪越しに黒い瞳と目が合う。
「それで、邪魔なのは前からでしょう? ヘアピンでも買ってきましょうか」
「いや、願掛けみたいなものだしね。伸びたらまた切ってくれる?」
ミレディアは取り出したニンジンを洗って皮を剥きながら威勢よく応えた。
「じゃあ、次回はぱっつんにしてあげますね」
「やめて」
即答であった、顔がいいから正直どんな前髪でも似合うと思うのにな。
料理を作りながら、しょうがなくミレディアは先輩の前髪をスチル絵に寄せることを内心で誓った。
煮物とみそ汁とかいう余った食材を消費しやすいものを作ってしまったので、ちょっと華を添える程度の気持ちで納豆もつける。納豆と炊き立てのご飯がある時点で、何か豪華な気はするだろう、多分。
本気でミレディアの料理の腕を信じていなかったのだろう先輩は、煮物を一口食べて頷いていた。
「本気で出来るようにしてくることあるんだ。今まで大して作ってなかったでしょ」
「なんで今まであまり作ってなかったことがバレてるんですか。学校の授業ぐらいでは習いましたからね」
「自分の母親はクズだって言ってたから、その人相手に作るのは非効率だって切り捨てた。違う?」
あっているので、つい表情が固まる。家に下手に食材があったら、母は不味いものを作ってキッチンを荒らすのだ。だから、出来合いのものを置いておくほうが望ましい。
キッチンを荒らされて食材が腐るのだけは避けたい。片付けるのはアルコールの缶や衣服だけにしてほしい。そもそも荒らすなという話であるのだけれど。
「私ってそんな顔に出ます?」
「全然、出ないけど。概ね、自信がありますって顔か、笑っているか、澄まし顔かな」
なら、思考がバレるのは先輩の頭がいいせい? いや、違うな。
「もしかして、前世の私が先輩に遺した記録って相当な悪手だったりします?」
「いまさら? そりゃ僕は君の願いを踏みにじった訳だし。思考回路の癖もあれの記録で補填した部分はあるけどね」
前世のミレディアの願いを踏みにじったとこの人は言うし、それは合っている。先に死んでしまった自分にそれを防ぐことは出来なかった、仕方のないことだ。
だから、この人が私の願いを踏みにじらないといけないほどに傷ついたことは仕方のないことなのだろうか。違う、それだけは駄目だ。関わらなければ、協力させなければ、隠さなければ、そんなに傷つけなかったかもしれない。
「悪かったなって本当に思ってるんですよ、ほんとに」
前世のミレディアは頑張ったけれど、頑張っても届かなかったところはある。何回時を巻き戻して同じ選択をとるといっても、今度を選べるなら可能な範囲で誰も傷つかない選択をとりたい。
「別に君なりに態度で示しているのは分かってるから。どういう神経でこんな記録遺したんだって血反吐は吐いたけど……思考ぐらいはトレースできても、理解はできないかな」
「これからも贖罪と恩返しも含めて、料理を偶に作りにきます。
まとめた記録は貴方の役に立てなかったみたいですね」
先輩が持っている箸が煮物に入ったニンジンを掴んで、口に放り込む。きちんと咀嚼して飲み込む姿に少しだけ安心する。
「前髪を切ったら、多少は視界が開けて君のことも理解できるかもね」
「えー、それは先輩には理解してもらいたくないかもです」
前世のミレディアの生き方は多分ちょっと変だったから。
自分で自分を傷つけることを許容する。そんなのはどうしたって生き物の生き方として間違っている。だから、前世のミレディアが死んでから、食べないという形で自分を傷つけた先輩が、きちんと食べてくれる姿に安心する。
そういう意味ではきっとミレディアは間違った生き物だった。いつからこうなったのか覚えていないけれど。多分、前世で両親に出会ったせいだろう。自分よりも子どもを優先する、自分の欲望のために子どもを使おうとしない。
一方的な愛情というのは理解しがたくて。
それを模倣するしかなかったミレディアは今もきっと間違っていた。




