甘い瞳の底にあるもの
マリアル学園の校内には購買部がある。
今世のミレディアは一度も訪れたことがなかったが……前世でも休みの日は近くの街に出かけられたのでほとんど利用していなかった。
図書館で借りた本を抱えて購買部へと歩く。今の地図は手に入ったが、古い地図は300年前のものしか見つからなかった。学園の歴史を書いた本も借りたが、パラパラと見ただけでは手掛かりになりそうにない。
前世で『災厄の王』について調べるのは大変だった。領地経営の片手間に古代語を勉強するところから始まり、確か古代語を完璧に翻訳できるようになったのは『マリアル・アカデミア』で四年生になったぐらいだろうか。
『災厄の王』についての資料を集めてもグリモワ先輩に先を越されていることばかりで、五年生になり『救世の乙女』が入学してきたところで諦めて先輩に協力を依頼したのだ。
前世のミレディアは本気で『災厄の王』が現れないことを願っていた。ヒロインの一存で世界が滅びるなんて冗談じゃないし、自分が『災厄の王』に憑かれるのも御免だった。
結局、前世で上手くいかなかったことは沢山あったけど。それでも自分に出来ることを精一杯にやったという意味では花丸満点だ。
そして、それは今の自分にも言えることである。
先輩に貰ったお札で、なるべく栄養価が高くて先輩が太りそうなものを購買に並んだ商品から選ぶ。
食事を摂るというのは、どうしても時間を使ってしまう。そういう意味でハンバーガーやサンドイッチにおにぎりといったワンハンドで食べられるものは最高なのだ。
もちろん時間がある時はゆっくり食事を摂っていいのだけれど。グリモワ先輩は元から余り食事に興味がない性質だ。ちなみにミレディアは当然の如く食事に興味が……前世では必要な分だけしかなかったな。
正直、前世の食事って現代から比べると質が悪かったし。自分が関わったものはやっぱり興味があるし、楽しいけれど。
そういう意味では自分の領地から採れたと聞くだけで興味が出るので、領地経営というのは楽しいことだったのかもしれない。
困った時のサンドイッチとばかりに、野菜とハムに卵が挟まったサンドイッチに手が伸びてしまう。卵の栄養価は高いので、ミレディアはいつも卵が入っているものを選んでしまう。
あとはお菓子と飲み物を買おうと購買の店内を歩いたところで嫌なものを見つけて固まる。
「あれ、ミレディア嬢? こんにちは」
ハニーイエローの髪にラズベリーピンクの瞳、ミレディアより少し低い身長に庇護欲をそそる顔立ち。前世の仇であるラクシア・ラトゥーニは親しげな笑顔と声で話しかけてくる。
ここで会ったが百年目、死ね。そう言いたくなるのを堪えて無言で睨んでいたら、あははと笑われた。
「ボクの名前、忘れちゃった? ラクシア・ラトゥーニだよ」
「覚えてはいますが、貴方とお話する時間はありませんから」
「マイザ君のせいでボクたち全員が余計に嫌われたかな? ごめんね、怖かったよね」
本当に申し訳なさそうに眉を下げたラクシアに眉をひそめる。
この腹黒が真正面から謝罪している訳がない。何らかの目的があって振舞っているに決まっている。
「グループラインで堂々とシエロ君経由で文句を言うって、ミレディア嬢らしいけど。怖かったのは多分本当なんだよね、マイザ君にも注意はしておいたよ」
そういえば、そんなこともあった。
あの陰険眼鏡について耐えかねたので、生徒会の四人が入っているというメッセージアプリで、『ミレディアがマイザに監視されて怖がっている』とシエロに伝えてもらったのだ。本当に迷惑しているし、怖がってもいたので何も嘘はついていない、うん。
シエロは堂々と四人のメッセージをミレディアに見せてくれた。
王子様ことレクスは『あのミレディアが怖がる訳がないだろ』と応え、
マイザは『監視とはどれを指していましたか』と応え、
ラクシアが『もしかしてこの画面ミレディア嬢に見せてる?』と聞いたところで、
シエロはそのメッセージが見られるグループを追い出されたのである。
友だちにメッセージアプリから追い出されるなんて、流石のミレディアでもシエロに悪いと思って聞いたら、「よくあることだ」と言われた。さっさとお友達をやめた方がいいのでは、ミレディアはつい本音でそう口にしそうになった。
ただ、すぐにレクスから『ごめん、また招待する』とシエロへ連絡が来ていたので……もしかして、レクスだけがシエロのお友達だったのかもしれない。
ラクシア・ラトゥーニ、前世の仇である彼は他人の感情を読んで、その懐に入るのが上手い。だから、シエロがミレディアにメッセージを見せていることにもすぐに気づいた。つまり、ミレディアの警戒にも気づいた上で接触してきている。
「……貴方は何を企んでいるんですか?」
「ミレディア嬢って昔からそうだよね、ボクにすごく警戒している。
君に謝罪したいのも、出来れば力になりたいのも本当なんだけどね」
嘘をつく時には本音を混ぜた方がバレにくい。この腹黒ラクシアだって同じこと知っているはずだ。
だからこそ、どこから嘘で、どこからが本当なのか区別がつかない。
「ごめんね、シエロ君やマイザ君も、レクス会長も完全に止めることができなくってさ。
ボクに止められる範囲を超えているっていうのもあるけど、そもそも資格がないっていう部分もあるし」
「意図が分かりません。それに、本当に止めたいなら力づくでも止めるべきでは?」
友だちだというなら、間違ったことをしているなら拳を使ってでも止めるべきだ。資格なんてどうだっていい。
「……ミレディア嬢はほんとうに強いなぁ、羨ましくなっちゃう」
甘いラズベリーピンクの瞳が上目遣いで焦がれるようにミレディアを見る。この眼差しに籠絡された女生徒は一体何人いるのだろうか。
「そうだ、これ買ったお菓子。話してくれたお礼に貰って、まだ封は開けてないからさ」
そう言って購入済のシールが貼られたお菓子が強引に押し付けられた。突き返すことも出来ずに鞄にしまう。ラクシアはそれ以上無理には関わって来ずに、購買を立ち去った。
さっきのラクシアの言葉は本音に聞こえたが、残念ながらミレディアは彼ほど嘘が上手くない。だから、本音がどれかを見つけられない。
「私より人付き合いが上手い人に言われてもな」
昔から他人と話すのは得意じゃない。グリモワ先輩はよく他人を馬鹿にするが、それは一度目の人生で自分がよく思っていたことだった。どうして、こんな簡単なことが分からないのかと思っていた。
自分と他人は同じ生き物じゃない。だから、同じことを考えてくれる訳じゃない。何度も人生を送ったのだから、それぐらいは分かっている。
今ではある程度の話術を身につけたつもりだけれど、それでも交流を深めるだけの会話というのは理解しがたい。だから、そういうのが得意な人間というのは羨ましい。
先輩からもらったお金で飲み物や軽食の会計を済ませる。
ミレディアと正反対のラクシア・ラトゥーニには、喧嘩であれば絶対に勝てる。けれど、他人の感情を操作して扇動するという部分では勝てない相手だ。
彼が何を企んでいるのか全然分からないままだった。
ラクシアの登場は暫くこの回だけです。




