状況整理と課題抽出
今話からミレディア視点 今世のグリモワ先輩編に戻ります。
バイト先の老夫婦からもらったクッキーをグリモワ先輩に分けつつも、部室で経緯と状況を整理する。
先輩から聞いた新情報は前世の自分の死後、『真の救世の乙女 ミレディア・スーペルノヴァ』なんて馬鹿げた本が発行されたことだ。
前世のミレディアの両親はすごくいい人たちで、これはもしかして親バカというやつなのかと疑うことすらあった。
前世の仕事、その全部を両親には引継ぎとして手紙にまとめて遺したのだけれど、その中には前世のミレディアの交友関係も入れておいた。グリモワ先輩にはお世話になった人として、何かあったら手を貸してあげてほしいと書いたので、先輩が彼らに接触するのは意外と簡単だったのかもしれない。
グリモワ先輩は優秀なので、前世の彼が作った本はプロパガンダとして強く効いたはずだ。
「先輩は生徒会の連中に接触されましたか?」
「全く。君の本は共同で著作されたとして、筆者一覧が並んでいたから。
どういう関わりかも察していないんじゃない?」
「あー、シエロは手紙の配達を頼んだせいで多少は気づいたようですけどね。
まあ、本が出る頃にはアイツは死んでたから除外か」
「君のせいで政治的な混乱は起きてたし、本が出てからは尚更ね。
本の効力が本格的に出る頃には、僕は死んでたから知らないけど」
死なないでくださいよ、そう告げながらも旧校舎だから残されているだろう黒板に書き加える。
「じゃあ、シエロを除いた生徒会の連中、彼らが私への恨みを前世から持ち越している可能性はあると」
前世で起きた政治の混乱をミレディアの責任だと思い込んで、今世のミレディアを見当違いに恨んでいる可能性はある。死んでから恨まれても知らないのだけど。
「だから君の動向を監視してるって? まあ、君はうっかりで本物の『救世の乙女』以上のことを為したから、ゼロでもないか」
いやだなぁ、照れちゃう。そう頬を掻くと「全然褒めてないから」と即座に返された。
「シエロ単体の動機は監視じゃない、恐らくPTSDや愛着障害からくる異常行動。私を守らないといけないっていう強迫観念、かな」
「それを他の生徒会のお仲間に利用されてるってわけ? 馬鹿すぎない?」
「まあ、馬鹿じゃないと公爵令嬢との婚約破棄なんてしませんから」
多少なりとも考える頭があれば、あの状況であんな手は打たない。シエロは自分の頭で考えたことよりも、信頼できる他人と判定した相手を信じる節がある。
「諜報には向きませんが、シエロ自体は他よりは意思疎通できますよ。
物理的な力で勝てないという点以外の脅威はないので。ああ、他者加害もあるか」
「それは君の責任の範疇じゃないでしょ。好きに殴らせればっていうか、僕はその元婚約者を殴りたいけど」
先輩がミレディアの言葉をまとめた内容を黒板に書き加えていく。シエロの欄だけでも結構な情報量だ。
「先輩が殴ると、先輩の手の方が傷つくので駄目です。アレは頑丈ですよ」
王子様ことレクス、陰険眼鏡ことマイザ、そして一学年下の腹黒ことラクシア・ラトゥーニ。この三人は前世の記憶を持っていることが確定している癖に、目的が不明だ。
動機が恨みと仮定して、手段が監視。具体的な目的を推察するには情報が足りない。
「元婚約者によると、残った三人は前世のことを後悔しているか。嘘、と判じるにも微妙だね」
「ええー、絶対嘘ですよ、シエロが騙されてるだけです。
後悔している連中が私を監視したり、シエロのストーキングを野放しにしたりする訳ないじゃないですか」
ミレディアの言葉を聞いて、グリモワ先輩がぴたりと止まった。つい、首を傾げる。
「人が理性だけで生きていけるなら、僕は入院していないし、君の元婚約者も自殺未遂なんて起こさない」
「……うーん、そう言われるとぐぅの音も出ないです」
他人が自分と同じように動くことを期待するのは愚かなことだ。自分と他人は違うし、人間が矛盾した生き物であることなんて、そんなの分かっているつもりだけれど。
「やっぱり先輩がいると視野が広がるから、本当に助かります」
「こっちは君のせいでいらない思考が混じった訳だけど」
「いいじゃないですか、他人を好きになるのは世界を好きになるのと同意義ですよ。
こんなに可愛い後輩がいるなんて、素晴らしいことですよ」
「その可愛い後輩が死んだせいで、世界は滅びたのと同意義になったんだけど」
うっ、墓穴を掘ってしまった! 前世の自分がうっかり死んだせいで! まあ、状況的に致し方なかったし、他の手立てがない以上取れる選択は……こう言い訳を並べたところで、この人についた傷が癒される訳でもない。
「軽率に触れて墓穴を掘ったっていう顔をするのやめてくれる?
一旦、『災厄の王』も含めて考え直すから、何か買ってきて。あと地図」
「はーい。地図は『マリアル学園』と『マリアル・アカデミア』のすり合わせ、今と古いもの両方ですね」
「何年前だと思う?」
「建物自体は全部新しくなっていたけど、森にある木が一致しているなら千はいってないと思います。
木が腐っていませんでしたから」
歴史にはどうしても主観が混じるし、数千年前の出来事になると確証はなくなっていく。地理や生物学といった別視点から考慮した方がまだ可能性はありそうだ。
マツの木の寿命は確か千年ぐらいで、前世と同じ位置にあるマツの木は健在だった。まあ、木の種別自体を誤っていなければの話だけれど。
「廊下の石碑は撤去されていたけどね」
「それなら『学園長』自体がもうロストしている、先生方も存在を認識していませんでしたよ」
『救世の乙女と災厄の王』について調べるのは難しそうだ、前世の時点でアレだけ資料を集めるのが大変だったのだから。それこそ別のアプローチが必要だろう。
「前世はパラレルじゃない、世界が繋がっていることはほぼ確定だろうけどね」
そう言いながらグリモワ先輩はお使い用のお金としてお札を渡してきた。
「君、クッキーがなくなったから次に食べさせる物がないって目線で語ってたんだけど」
「先輩ってもしかして私の双子の兄だったりしません?」
「するわけないだろ」
言葉にせずとも考えていることが全てバレるなんて、友だちっていうのはすごい存在なんだな。そう思ってミレディアが頷いていたら、呆れた先輩の視線が刺さった。
ミレディアは部室の扉を開いて、受け取ったお金を軍資金に購買で何を買うか考えて歩く。
当然、図書館にも寄るけれど、このマリアル学園の図書館にどの時代までの地図があるか分からない。先輩のことだから、今頃はネットでも同じように地図を探していることだろう。
ミレディアは軽い足取りでまずは図書館に向かった。




