グリモワ・メルクリーオの罪 ⑩
グリモワ先輩視点の前世は、この話で終了です。
ミレディアが遺した受け取ってから、グリモワは手と頭を動かし始めた。
今まで『災厄の王と救世の乙女』はただの伝承だった。けれど、大勢の生徒がミレディアの亡くなる様を、あの異様な『災厄の王』の声を聞いた。
だから、馬鹿な大衆でも『災厄の王』をただの伝承だともう扱えない。
寝食を忘れて没頭する。どうすれば一番効果的かを考えて、その過程でミレディアの両親にすら会ってしまって。自分たちの最愛を失った悲しみに落ちながらも、それでも彼女が残したものを大事にしようとしている彼らに、自分とは真逆だなと思った。
こんなのは意趣返しで、ただの嫌がらせだ。ただでさえミレディアを『導きの星』だと思い込んでいた人々は、星を撃ち落した王家への憎しみを募らせているのだから。
どんなに馬鹿な奴らでも分かるように丁寧にかみ砕いて、君が何に苦しんで、誰に陥れられて、それでも憎しみに落ち切らずに抗ったこと記していく。
これをミレディアが望まないと分かっていながら、グリモワは手を動かしていた。
だって、死んだ彼女にはもう何の権利もないのだから。
ミレディアの両親の手を借りて出来上がった『真の救世の乙女 ミレディア・スーペルノヴァ』という本は、彼女の両親や知り合いが泣き崩れるぐらいセンセーショナルなものに仕上がった。そういう風に調整した、事実だけを列挙するだけでなく他人の感情を煽れる悲劇的なものにした。
本の題名だって、わざと人目を引くものにした。
こんな本が出回ったら、政治は更に混乱して、王家と対立する貴族も増えるだろう。わざとミレディア側の悲劇性ばかりを膨らませた。著者の欄にはミレディアの両親を含めた大勢の名前があって、グリモワの名前はその一人ということになっている。
「グリモワ君、ありがとう。ミリアに君みたいな友だちがいてくれて本当によかった。
きちんと食べているかい? 前会った時より随分と細くなっているじゃないか」
そう言ってきた人の良いミレディアの父親は、彼女の願いもグリモワの気持ちも分かっていなかった。愚かな民衆を守るためだけに政治を安定させようとしていたミレディア、世界を救うために自分の命を捧げた彼女はこんなこと望んでいない。
学術的に役立てろ、そう願って遺されたものを違う目的に使った。
無事に本が出たこと、上手く内容が広まっていることにやっと息をつく。
息をついて見た自分の身体は確かに肉が削げていた。
こんな姿を見たら、きっと彼女は自分が太って見えるから早く食べろと言ってくる。
けれど、君はいない。いないから、食べ物を見るのが嫌になった。
『ふふん、なんと新しい品種が出来ました。少ない水で育つ! 天才的な小麦ですよ、その代わりちょっと不味いけど』
そうやって、不味いと言いながらパンを持ち込んでグリモワが食べるのをキラキラと瞳を輝かせて待つ君がいない。
『なんと私が作った菓子店がこの近くにも支店を出して……なんで菓子店がこんな流行っちゃったんでしょう。あっ、今は人に任せてますよ』
様子を見に行ったらいっぱい貰っちゃったので、そう言って山のように焼き菓子を持ち込む君がいない。
他の子に分けて贔屓と思われてはいけませんから、ここは細すぎて突けば倒れそうな先輩に特別にあげましょう、私が太らないために。そうやって自分の体重を引き合いに出しながら、本当は心配してくれていただけの君がいない。
だから、もう仕方がない。だって、君はもういないのだから。動かなくなっていく身体も、苦しみや痛みも、もうどうだってよかった。
こんなに苦しいなら君に出会いたくなんてなかった。君と過ごした時間だけが価値のあるものになってしまった。
それでも、やっぱり。もう一度会うことがあったら、きっと。
また、同じがそれ以上に大切になってしまうんだろう。そう分かっていた。
グリモワ・メルクリーオの人生はこうして幕を閉じた。
—――――――――――――――
そして、生まれ変わった。物心ついた時には前世の記憶を思い出していた。
そう、死んだはずなのに生まれている、生まれる前の記憶がある。こんな馬鹿げたことはない。
前世とは違って科学と技術が発達した世界では、インターネットがあって、あらゆる情報にアクセスできた。
違う世界にあっても両親はやっぱり自分に無関心で、世界には馬鹿ばっかりで。食べ物だって見るのも嫌なままで。
入院させられたらインターネットを取り上げられるから、しょうがなく点滴を受け入れて、吐き気を抑えて流動食を口に流し込む。退院したら元の生活に逆戻り、そもそも食べたくもないんだから仕方ないだろ。
前世と似たようなマリアル学園に入学して、そこには似たような場所があって。
だから、入学して一年も経つ頃には歴史研究会の部室や学園の裏にある森で過ごすことが多くなった。
舞踏会の晩、森にある泉でグリモワが魔法道具を試してしまったから、自分が死ぬしかないって君は覚悟を決めてしまった。
元々がいつ入院させられてもおかしくない状態で、真っすぐに歩くことも難しくて。森から部室へと戻ろうとしたところで、倒れてしまった。暫くすれば立ってもよかったけど、立つのも億劫だった。
そんな時に、少女の声が耳に届いた。はっきりと響く大きな声は、倒れているグリモワに驚きながらも担ぎあげて保健室に運ぶなんてことをした。
そして、少女は自分がミレディアだなんて名乗った。
「おはようございます。超絶美人で有能な知性溢れる後輩、このミレディアが貴方を起こしにきました。ところで、前世の記憶ってあったりします?」
いつも行動力だけはあって口にラムネを押し込んでくる、知性と理性に合理性を全て善意だけに費やした馬鹿な人。
前世からずっと友だちだと思っていたのはこちらだけで、ミレディアは自分が死んでグリモワがどんな気持ちになるかなんて想像もしていなくて。
それでも、友だちという言葉に本当に嬉しそうに笑う人。
同じ歴史研究会に入部したミレディアは至って簡潔に今までの経緯を話す。
「なので私は飛び降りようとしたシエロを力尽くで引き止めて、前世の経緯を聞いた訳です」
「そのまま飛び降りさせればいいのに」
「なっ、目の前でI can flyされるなんて嫌がらせですよ!?」
「だって前世の元婚約者で、婚約破棄された相手な上に、今はストーカーでしょ。いなくなってもらった方が都合がいいじゃん」
「先輩の非人道的! 理屈はあってますけど、私は先輩より慈悲深いので」
胸をはって言う彼女は前世から全然変わっていない。公爵令嬢から貧乏女子高生になってしまったとか。前世と違って何の権力もないとか、そういうことを言っているけれど。
ミレディアは『いつだって出来ることをやるだけ』と言っていたし、それは本心だったのだろう。
彼女はその出来ることに自分を犠牲にして世界を救うことが含まれたから、そうしただけのことなんだろう。分かっている。
「その慈悲で自滅するくせに」
自覚はしているのだろう、ミレディアはきゅっと口元を引き結んだ。
「まあ、そうなる前に今度は手を打つよ。君が死んでから、嫌でも他人と関わった訳だしね」
赤い瞳が大きく見開かれて、先輩が?と意外そうな顔をする。
「君の両親にも会ったし、君の功績をわざと悲劇的に書いた『真の救世の乙女 ミレディア・スーペルノヴァ』なんて本も出した。『災厄の王』に抗った救世主として世に認められたわけだ」
ミレディアはものすごく嫌そうに顔を歪めた。だから、やっとグリモワの口元が緩む。
「何ていう嫌がらせを。前世の私って結構人望あったんですよ、そんなお題目であの馬鹿殿下を悪しように書いたら王権自体を揺るがす、政治的安定は臨めないじゃないですか」
「じゃあ、精々自分が死んだことを後悔しなよ」
こっちは本心から言っているというのに、本人は首を捻って最悪な答えを出す。
「世界が滅ぶよりは人的損害を避けられるので、後悔すべき点はないですね!」
自信満々に返ってきた言葉は予想した通りのもので。
それでも、言葉がきちんと返ってくるから許している。
その声がまた聞こえなくなったら、もう二度と許さない。何も。
それをミレディア自身が理解しているはずもなく、理解できる訳もない。
だから、グリモワは呑気な彼女が口元に押し付けてくるクッキーをしょうがなく食べた。
お読みいただきありがとうございます。
次話からはミレディア視点の今世で戻ります。
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