グリモワ・メルクリーオの罪 ⑦
舞踏会が終わってから、偶にしか教室に顔を出さないグリモワですら分かるぐらいに校内の空気は冷え切っていた。嫌々ながら数年ぶりに話しかけた同級生は、声をかけたグリモワの姿を見て驚いていたが舞踏会であったことを話してくれた。
そこであったのは、公開処刑のようなものだった。レクス第二王子を中心とした生徒会は、ミレディアがアンジュを虐めたとして糾弾した上で、彼女の婚約破棄を言い渡したらしい。
「俺たち今年で卒業なのに、ああいうのは本当に止めてほしいよな」
同級生の男子生徒はどちらの味方もしないように、言い回しに気を付けていた。
聞きたいことだけ聞き終えると、直ぐに部室へと戻る。馬鹿な人間が嫌いだ。そして、この世の大半は馬鹿な人しかいない。
相変わらず『災厄の王』の研究は続けていた。本格的な冬を迎える前、部室にやって来たミレディアはグリモワへ頭を下げた。
「グリモワ先輩には魔法道具を入手できる伝手があると見込んでお願いしたいんですけど」
この後輩が言う頼みごとには嫌な予感しかせず、渋々と口を開いた。
「なに?」
白い手袋したまま自分の人差し指をつんつんと合わせて、目も合わせずにミレディアが言い募る。
「ほら、私には護身用具が必要な訳であって。手足が動かない状態、具体的には拘束されている状態でも使える魔法道具とかないかなって。お金はいくらでも出すので!」
「手足を拘束されるような状態って、どんな危険に首突っ込む気?」
「ぎくっ!」
「それ口で言うことあるんだ」
今までに聞いた魔法道具の情報、全てが頭の中で整理されていく。ここで危ないこと自体をするなと止めたところで、止まるような人じゃない。
「まあ、宛てがない訳でもないけど。幾らまで出せる?」
このぐらいまでなら、そう言って具体的に提示された金額は充分以上だった。
「それで、それを何に使うのか。どういう効能を期待しているのか」
何かを考えた様子のミレディアが真っすぐにグリモワを見る。
「守るために決まってるじゃないですか、後は切り札兼お守り的な。
必須は携帯可能、身動きできない状態で使用可能、物を断ち切れる。魔除けの意味があると尚望ましいですね」
自分で言っておきながら、あり得ないと思ったのだろう。そんな都合のいいものある訳ないですよね、そう彼女は肩を竦めた。
「あるんだよな、それが」
「あることあるんですか!?」
魔法道具の一つ、魔槍『グンニグル』は魔を断つなんて伝承さえ残っている貴重な魔法道具だ。今の所有者はそれを手放す気はないと言っていたはずだ。
「交渉はしてみるけど。君の名前も使っていいわけ?」
「当然ですよ! 家から使いを出すのでも、紋章入りの何かでも、全部用意します!」
『導きの星』なんて呼ばれているミレディアは有名人なので、彼女の名前が有利に働く可能性もある。全力で期待を向けている後輩に、グリモワはため息をつきながらも同じように全力で応えてしまった。
冬休みの間に連絡をとった魔槍『グンニグル』の所持者は、どういうめぐり合わせかミレディアの世話になったことがあるらしかった。彼女の手紙をつけて結構な金額を渡せば、代わりにとそれは手に入った。
年が明けてから余ったお金と一緒に渡した魔槍『グンニグル』を受け取ったミレディアは、飛び跳ねるように喜んだ。彼女の瞳と同じような色合いの赤いペンダント、その中には魔槍『グンニグル』が封じられている。
「所有者の声で起動するから、これの通りに声を登録して」
そう言って簡単にまとめたメモを一緒に渡せば、ミレディアは勢いよく頭を下げた。
「ありがとうございます! これでやっと夜に安心して眠れる!」
「えっ、襲撃警戒して寝れてなかったんだ」
ミレディアは赤いペンダントを銀の鎖に通すと、しっかりと服の下に隠した。
「ふふふっ、これで私にも切り札が出来たわけです」
本当に嬉しそうに笑う彼女に、自然とよかったねと言ってしまっていた。本当はそんなの全然いいことじゃなかったのに。
ミレディアが持ち込んだ資料の大半は翻訳と要約を終えた。貴重な資料たちは研究が終わったらそのままグリモワに引き取ってほしい、ミレディアはそう言った。
グリモワは世界が本当に滅ぶのかもと思っていたけれど。そんなのはミレディア自身が一人で傷つくことに比べれば、全然怖くなかった。
だから、君だけは傷つかなければいいと思っていた。




