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陰険眼鏡


 乙女ゲームには多種多様なイケメンが登場する。その中でも眼鏡キャラというのはどのゲームにも大抵一人はいるだろう。落ち着いた声音で挨拶をしてきた眼鏡に軽く頭を下げる。ミレディアはこのいけ好かない眼鏡にも一応礼儀正しく振舞ってやる、そうでないと特待生の立場もあって余計に浮くだけだ。


「おはようございます、副会長」


 マイザ・カルコスは眼鏡の縁に触れて、軽く頷いた。この眼鏡も前世の登場人物だ。


 前世ではカルコス家は王の側近で、王の参謀役を務めていた。王国の文官として頂点にいたようなものだ。カルコス家自体が、博識で知性の高い人間を輩出してきた家柄だ。



 なお、今世のマイザは大手銀行の代表取締役の息子だ。カルコス家自体が財閥の血統で、財界で大きな権力をもっている。マイザ自体はミレディアと同学年で生徒会の副会長と会計を兼任しており、学年トップの成績を修めている。知的で優美だと女子生徒からも人気が高いようだ。


 現に普段は静かな図書館であってさえ、女子がマイザの存在に色めきだって囁く声が聞こえる。当然、これはあのクソ真面目な元幼馴染のシエロや王子様ことレクスにも起こる現象だ。


「探している本の場所を案内しましょう」

「……私は、何を探していると一言も伝えていないんですが」

「僕の知性をもってすれば、その程度のことは簡単なことです」


 つい死ね陰険眼鏡と言いたくなるのを抑える。この鼻につく態度は前世から苦手だ。


 前世では遠縁の親戚であった王子様ことレクスはともかく、王の側近であったこの眼鏡とは大した関わりがなかった。レクスの付き添いとして突っ立っていたことはよくあったが、積極的に干渉してくる相手ではなかった。


 まあ、前世では無駄な証拠ばかりを集めてきてミレディアを追いつめて来た相手だし、レクスが断罪に踏み切れたのはこの眼鏡の根回しがあってこそだ。


 王子様であるレクスは単体では詰めが甘い、この眼鏡はその詰めの甘さを理屈と知性で埋めていくタイプの男だ。この眼鏡がいなければ、前世のミレディアが死ぬことはなかった。まぁ、それはレクスや他の天敵にも言えることかもしれないが。


「それほどの知性なら、もっと有益なことに使ってはどうでしょうか」


 少なくともミレディアの個人情報を調べることに使うべきではない。基本、王子様のレクスに流れる情報は、この眼鏡が情報源だ。


「これは有益なことです。レクスからもミレディア、貴方を補助するように頼まれています」

「つまり、そこに貴方の意思はないと? 嫌いな相手に関わるのはやめてはどうでしょうか」


 少なくとも、前世の陰険眼鏡はミレディアのことを嫌っていたように見えた。自分から話しかけてくることはなかったし、断罪の場所でも蔑む目をしていた。まあ、それは他の奴らにも言えることではあるが。


「ミレディア。僕は貴方を嫌ってはいませんし、貴方自身を知りたいと思っています」


 無機質な表情からは感情が読み取りにくいが、その声だけは本心かのように重く聞こえた。勝手なことを、そう内心で再度呟く。


 ミレディアは今を生きているし、前世の嫌な記憶なんて思い出したくもない。それなのに彼らは前世のことを引きずった言動ばかりをとる。


「そうですか」

 けれど、拒絶すればするほど自分の立場が悪くなるだけだ。今のミレディアと同じような位置に立っていた前世のヒロイン、乙女ゲームの主人公はもっと楽しそうにしていたが。

 陰険眼鏡が案内した2階の本棚には、確かにミレディアが求めていた物理学の本が並んでいた。


「これが一番あっているかと」


 そう言って眼鏡が渡してきたのは、授業についていくのに欲していた本だった。この学園の授業はレベルが高い。ミレディアが通っていた中学は半ば学級崩壊していたので、勉強はほとんど独学だ。一度目の人生が勉強漬けだったお陰で、勉強のコツは分かっているが、それでも今のミレディアは学園の中でも成績が低い方だろう。


 まあ、それも今だけだ。学期末までには成績を上位に引き上げるつもりだが、そのためには授業外での勉強が欠かせない。


「分からないことがあれば、すぐに僕に聞いてください」

「……ご親切にどうも」


 この眼鏡は前世で関わりが薄かったはずなのに、今世ではこんなにも親切な振りをしてくる。それが非常に不気味で、なおかつ不愉快だ。


 本を受け取ったミレディアはそのまま受付で貸出の処理をしてもらってから、図書館を出ようとして立ち止まる。教室には王子様が、図書館には陰険眼鏡がいる。他にも行ける場所はあるが、勉強しやすいのはその二つしかない。


 ミレディアは諦めて図書館のテーブルに本や教科書、ノートを広げた。当然のようにミレディアの隣に陰険眼鏡が座る。朝の図書館は人がまばらなので、他に座れる場所は沢山あるにも関わらず、陰険眼鏡はよりにもよってミレディアの隣に座る。


 眼鏡をかけている人間すべてがクソという訳ではない。母の兄である伯父も壊れかけの眼鏡をかけているが、母と本当に血が繋がっているのかと疑わしくなるほどに常識がある。



 つまり、このマイザとかいう陰険眼鏡の性根が腐っているだけである。けれど、この眼鏡が比にならないくらいに最悪な男が攻略キャラの中にいる。学年が違うお陰で顔を合わせる機会は今のところない、あったとしても昼食の時ぐらいだろう。


 ミレディアは杞憂を振り払うように、本を開いて勉強を始めた。集中すれば雑事は忘れられるものだ。ミレディアは予鈴がなるまでの間、自然と周囲の全てを忘れた。





 その間、マイザ・カルコスは深い後悔とともにミレディアを見つめていた。


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