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嫌いな奴ら

 

 ミレディアは隣を歩くシエロに声をかけないまま歩く。駅について改札に定期を翳(かざ)して、電車へ乗る。早朝のこの時間帯は空いているので、まだ痴漢に遭いにくい。座れるほどではないが、立っている人はまばらだ。


 特待生の特権で通学定期はマリアル学園から支給されているし、制服や鞄だって無償だ。そうでもなければミレディアは高校に通うことすら諦めていただろう。



 シエロを初めとした前世の嫌な知り合いに会いたくはなかったが、再会しても向こうが前世の記憶を持っていなければ、何も問題はなかった。前世なんて馬鹿げた記憶はミレディアがそっと閉まって、関わらないようにしていればいいだけなのだから。


 それなのに、入学して初日からシエロやその他の馬鹿たちは、ミレディアに積極的に関わってくる。


「どうして付きまとうのか、適当な理由ぐらい応えたらどうですか」

「……君には、理解できないことだ」

「私は今、猛烈に貴方を警察に突き出したい気持ちです」


 まあ、シエロのような社会的地位が高い奴らが捕まる訳がないのだけれど。


「……すまない、俺の罪はそれでは償えない。それに、父は警察官だ」


 死ねと言いたくなるのを理性で抑える。ネットでプラティナのファミリーネームを検索すればすぐに出てくる。こいつの父親は警察のトップを務めている、ストーカーとして捕まるはずがない。


 前世ではこの誠実過ぎて嘘がつけない、一周回って不器用すぎる幼馴染に情を感じていたこともあった。けれど、それも昔の話だ。


 ため息とともにスマートフォンを取り出す。広告が出る代わりに無料で使える学習用のアプリを開いて、有線のイヤホンを耳に押し込む。学園の最寄りに電車が着くまで、ミレディアは隣の存在を意識的に無視した。






 マリアル学園はとても広くて豪奢な学校だ。教科書に載るような著名人の多くがこの学校を卒業しており、運営している学校法人には多額の寄付が集まる。通っているのは財界や政界といった富裕層の子息や子女で、入学するには多額の学費だけでなく、両親の社会的地位まで求められる。


 前世でミレディアが通っていた貴族の子女や子息が通う『マリアル・アカデミア』の完璧な現代版である。前世とは違って、監視カメラなんかのセキュリティは向上しているが、学生の内訳は似たようなものだ。


 前世では特待生の位置に平民のヒロイン、所謂乙女ゲームの主人公がいたのだけれど。今世で自分がその立場になっていると思うとげんなりとする。


 けれど、ミレディアが真っ当な学校を卒業するには、このマリアル学園しか残されていなかったのだから、仕方がない。高卒と中卒とでは扱いが違うのである。


 門の前に立っている警備員に軽く頭を下げてから、校内へと入っていく。広大な敷地には、無駄に大きな庭園があったり、絶対に要らないだろう聖堂があったりと……概ねの建物の配置が前世と同じだ。


 ミレディアは迷うことなく教室へと向かっていく。丁度、この時間帯に登校している生徒もいるらしい。廊下の窓からは、正門の前に生徒たちの送迎車が並んでいる様子が見えた。


「貴方も車で送ってもらえばいいでしょう」

「鍛錬も兼ねて、中等部の頃から歩いてきていた」

「私は通学に電車を使っているので大した距離もないでしょう。さっさと中等部の頃の通学経路に戻してはどうですか」


 今世のシエロは都合が悪くなれば押し黙るので、ミレディアはシエロを睨むことしかできない。もちろん、睨んでも歩みだけは止めない。

 この学園は無駄にお金を使っているので、教室のドアは自動で開く。ミレディアが1-Cと書かれた教室に入ると同時に爽やかな声がした。


「おはよう、ミレディア」

「生徒会長、貴方は隣のクラスのはずでは?」


 教室の中心には王子様が立っていた。教室のLEDの輝度にさえ負けない黄金の輝きを放つ髪に、晴れやかな空色の瞳と黄金比を描いた顔立ち。絵本から飛び出た王子のような外見をしている男は、前世ではレクス・セグン・アウルムとして王家の第二王子をやっていた。


 今世では王政は廃止されているが、王族の血を引いた末裔は残っており、財界や政界に芸能界といった場所で未だに名を残している。


「なに、ミレディアとシエロが無事に登校してくるのを待っていてね。今日も壮健そうで何よりだよ」


 レクス・アウルム、このマリアル学園の生徒会長にして王族の末裔(まつえい)は肖像画のように微笑んだ。


「そうですか。では、このように無事に登校したので、ご自身の教室にお戻りください」


 つい前世の癖で王子様に対しての言葉遣いに寄っていく。なお、当然教室には疎(まば)らだが他の生徒もいる。

 生徒会長で学園の人気者である王子様に対して、ひねくれた態度をとっているミレディアの立場は当然よくない。


 特待生の時点で人目を引いているのに、シエロやレクスといったイケメンに絡まれているのだから、もうどう足掻いたって浮くことは避けられない。まだ虐められていないだけマシだというべきだろう。


 まあ、女子の視線は日に日に厳しくなっているので、それも時間の問題かもしれない。


「ミレディアは入学して日が浅い、慣れないところもあるだろう? 分からないことがあれば俺を頼ってくれ」

「お気遣いありがとうございます。では、彼が私の住所を知っていた理由を教えてもらえますか?」

「住所? それは俺が教えたが、何か困ったのか」


 キラキラとした悪意のない笑顔に死ねと言いたくなる。この王子様は前世から同じ、自分の立場を自覚せずに勝手な行動をとって、周囲に迷惑をまき散らす。


「プライバシーというものをご理解ください。私のような一般家庭の出身は自宅の場所を勝手に他人が知っていることを酷く嫌がるものです」


 王子様は空色の瞳を丸くして、それはすまなかったと頭を下げた。周りの女子がレクス様に頭を下げさせるなんて、そうざわつく。


「生徒会長の立場で知り得た情報を迂闊《うかつ》に他者へ共有しないよう、ご注意ください」


 睨みつけないだけでも褒めてもらいたい、この王子様とは前世から相性が悪い。


 自分の立場を考えずに無神経に振舞う姿はいつだって不快だった。反省してすまなかったと頭を下げるだけ前世よりはマシかもしれないが……いや、前世で王族に頭を下げさせた公爵令嬢となったら、それはそれで状況が悪かっただろう。


 ため息を押し込んで教室を出ようとすれば、生徒会長兼王子様は頭を上げて口を開いた。


「どこへ行くんだ? 俺が案内しよう」


「いえ、案内人は生徒会長のご友人が既にいますから」


 ミレディアは軽く頭を下げてから、教室を出る。当然のようにシエロはついてきている。ミレディアは図書館へと歩き出しながら、隣のシエロへと声をかける。


「貴方、部活は?」

「……行かなくてもいい」

「駄目でしょう、校内で誰から私を守る気ですか?」


 変わらずシエロは返事をしなかった。


「私は今から図書館で勉強をします。危険なことはありませんし、貴方が付き添う理由もありません。部活にも行かない腑抜けの貴方が誰を守れるというんですか?

 私に引きずって部活に連れて行かれたくなければ、自分で行きなさい」


「……君は傷つかないか?」


 不安げに揺れた銀の瞳にいつかの幼い少年の姿が重なる。少年は騎士になんてなれないと丸い瞳に涙を浮かべ、柔くて小さな両手を握りしめていた。


「意味が分かりません。誰がこの私を傷つけられると? 

 私は他人に守ってもらうほど弱くはありませんし、付きまとって私を傷つけているのはシエロ、お前自身です」


 この世界で初めて会った時からシエロは不安がっていた。昔から余り表情には出にくいタイプの幼馴染だったが、前世からの付き合いなので流石に分かる。

 ただ、単なる不安というには些か狂気じみている。シエロは元がクソ真面目なので、正常なら部活をサボるなんてことはしない。


「……部活に行けば、ミリアを守れるのか」

「行かないよりはまだ可能性があるのでは? あと、誰も貴方に愛称で呼んでいいとは言ってません」


 だからさっさと行けと手で追い払えば、シエロは頷いてやっと離れていった。





 ミレディアはため息をつきながら、図書館へと入る。3階建てのあらゆる本が蒐集された図書館は、前世ならミレディアにとって癒しの場所だった。


 但し、今世はそうもいかない。入ってすぐに広がる幾つものテーブルには何人かの生徒が座っている。その中の一人がミレディアの気配を察して席を立つ。


 立ち上がって歩み寄ってきたのは、暗い夜の海と同じ濃青の髪に切れ長の薄い金色の瞳、銀縁の眼鏡をかけた理知的な顔立ちの男だ。


「おはようございます、ミレディア・スーペルノヴァ」


 ミレディアは内心で朝から嫌な男に会ったと舌打ちをした。



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