奇妙な日常
二度あることは三度ある。つまり、三度目の人生というのもあり得るということだ。何の因果か、ミレディア・スーペルノヴァは三度目の人生を送っている。
一度目は現代日本の一般的な女性として、二度目は悪役令嬢のミレディア・スーペルノヴァとして。
そして、三度目の今は女子高生をやっている。何が悲しくて高校生を3回やらないといけないのか。そう思いつつも今世は一度目と同じ現代風の世界なので、前世のような貴族社会とは無縁で助かっている。
前世で運を使い果たしたのか、今世では親ガチャ大失敗だ。父親が誰かも分からず、母親はクソみたいな性格で気を抜けば電気が止まるような生活をしている。ミレディアに大人として生きた記憶がなければ、今世はとっくに詰んでいただろう。
不幸中の幸いというべきか、母がクズでも母の兄である伯父はそこまでではないし、子どもの頃から何かと手助けしてくれる人がいた。お陰で今日もミレディアは元気に制服を着て、身支度を整え、今にも壊れそうなボロアパートから学校に通うことが出来ている。
眠っている母に声をかけることはせずに、ガタついた玄関のドアを開ける。ギィーという今にも壊れそうな音と共に視界が広がる。そして、視界の右端にはミレディアと同じ制服を着た、目が潰れそうなほどに整った顔立ちのイケメンが突っ立っていた。
「……はぁ」
ドアを閉めて錆びた錠前を力づくで施錠してから、ため息をついてイケメンへと向き合う。
「待ち伏せや付きまといは非常に迷惑な行為で、私は困っています。何度も言いましたよね」
太陽の光を浴びて、白金の髪が輝く。肩甲骨まで伸びた長い髪は一つに束ねられている。男のくせに顔がいいから、長髪が妙に似合っている。その髪を売れば、それなりの値段がするのではないのだろうか。
真摯さだけを伴ったプラチナのように輝く瞳がミレディアを見つめる。
「……すまない」
「意味のない謝罪は不要です。他人の家で待ち伏せをする迷惑な行為を直ちにやめてください」
「……」
無言で応えたその端正な顔立ち睨む。それでも、目の前の相手は行動を変えるつもりはないらしい。何も言わずに廊下を塞いでいるその身体を軽く突き飛ばして、横切り、ギシギシと音を立てる階段を降りていく。
後ろから足音が付いてきているのはある種のホラーだろう。途中で振り返れば、やはり目もくらむようなイケメンは困ったような顔をして立っている。
「背後をとるぐらいなら、横で歩いてください」
一番はさっさとどこかへ行ってもらうことだが、目的地が同じである以上、行き先は必然的に同じことになる。
「いいのか?」
「それが出来ないなら、ご自宅にでも帰っては?」
銀髪の男は、黙ってミレディアの隣へ並んだ。後ろから突き飛ばされるかもしれないので、隣の方が多少はマシだ。
隣にいると身長差や体格差が余計に目立つ。ミレディアは170センチで女性にしては高身長だが、隣の男は身長が10センチ以上は高そうだ。ちなみに剣術部に所属しているらしい。高身長で運動が出来て顔もいい。天は二物を与えすぎだ。
「貴方はシエロ・プラティナと言いましたね? 私はマリアル学園に入学して一週間。つまり、貴方にお会いしたのは一週間前ということです。
それ以来、こうして待ち伏せされたり、付きまとわれたりとストーカー被害にあっている訳ですが。どういう目的ですか?」
「……すまない」
銀髪のイケメンこと同級生のシエロは、ただ無愛想に謝るだけであった。正直、苛々はしている。
「私は行動を改善しろと言っています。改善を伴わない謝罪に意味はありません」
何度同じことを強く言ってもシエロはただ押し黙るだけだ。肩には通学鞄の他に竹刀袋のような長物を入れられる袋を担いでいる。
「この辺りは治安が悪い、貴方のような方が来る場所ではありません」
歩いている道路のコンクリートにはヒビが入っているし、散乱したゴミにはカラスが集まっている。ミレディアが道を選んでいるお陰で浮浪者はいないが、一つ道を間違えば道端で薬を売っている連中にすら会いかねない。
キラキラと輝く銀髪のイケメンが呑気に歩いていたら、人攫いに遭ってもおかしくない。
「それは君も同じ。いや、君の方が危ない」
「私は貴方たちと違う。ここには生まれた時から住んでいますし、特待生としてマリアル学園に入学しています」
マリアル学園は富裕層が通っていると有名な学校だ。中等部と高等部に分かれており、新入生は中等部からエスカレーター式で進学していくので、基本的に途中入学することはない。
今年度から試験的に設けられた特待生の第一号として、ミレディアはマリアル学園の高等部へ一週間前に入学した。
表向きは特待生を募ることでの交流を掲げているが、実質は富裕層による一種のチャリティ活動のようなものだ。あるいは財力にあぐらをかかずに、貧困層の実態も把握しているというアピールだろうか。つまり、特待生のミレディアと通常のマリアル学園の生徒では、住む世界が違う。
「……それでも、俺は君を守りたい」
「勝手なことを」
つい言葉に恨みが載ってしまいそうになるのを、理性で押し留める。けれど、溢れた怒りの一部はシエロに伝わったのだろう、再度すまないと答えられた。
それ以上、ミレディアは言葉を紡がずに歩みを進める。シエロは相変わらず黙って隣を歩いていた。
ミレディアはこの男に二度と会いたくなかった。シエロ・プラティナ、この誠実で真摯さを伴っているように見える男。
前世の彼はミレディアの幼馴染かつ婚約者であったのに、ミレディアを断罪して婚約を破棄した男だった。
そして、シエロ・プラティナの他にも同じような男が何人かいる。ミレディアの前世は『マリアージュ♡ラブ』という乙女ゲームの世界であり、シエロを含めた5人の男は乙女ゲームの攻略対象だった。




