グリモワ・メルクリーオの罪 ④
夏休みが終わって、ミレディアが使用人に手伝ってもらって部室に持ち込んだのは大量の資料だった。
それは山のように積み上がり、天井にまで届いていた。
「私の人望がありすぎるばっかりに、こんなに集まりました!」
「えっ、本当に人望あったんだ。ほんとに全部が『災厄の王と救世の乙女』関連な訳?」
「失礼な、私はこれでも偉いんですよ。精査は終わってませんがその名目で集めてたら、大昔にそういうのを調べていた人の研究資料も何か集まっちゃって」
「これ、古代語が大半じゃん。翻訳に時間かかるけど、卒業までに終わるかな」
全然責めている訳ではなかったのだけれど、持ち込んだ本人は途端に申し訳なさそうな顔をした。
「でっ、出来るだけ時間を作るし! 終わらなかった年末に持ち帰ります」
「そもそも論、『災厄の王と救世の乙女』は僕の研究なんだけど。これだけ集めたことに驚きはしたけど、別の人脈使っての情報収集は正直助かるっていうか」
さっきまでの申し訳なさげな顔はころっと自信に満ち溢れた笑顔に変わった。
「そうでしょう! これで、『災厄の王』の消滅方法だって見つけられるかもしれません」
最初の『救世の乙女』である聖女マリアですら封印しか出来なかったのに。本当にそんな術が見つかるとは思えない。
それでも、真剣に『災厄の王』に立ち向かおうとしているミレディアに、ひょっとしたら彼女だったらそういう方法を見つけ出すかもと思った。
それから数日後、学園の裏手の森でグリモワは今の『救世の乙女』である『アンジュ・セラフ』と出会った。
他人を惹きつける花のような匂いに、素直で裏表のない笑顔は確かにミレディアが言う『男を惚れさせる才能』があるように思えた。
何より、距離が近くて普通に目を合わせることすら出来なかった。平気で身体が触れる距離まで近寄って来て下から見上げてくるのだから、本当に無理だった。
それはそれとして、『救世の乙女』に選ばれた経緯を聴取した。老婆に学園の入学許可証を貰ったのだと彼女は言っていた。他にも生育環境を聞いているところで用があるからと立ち去ったので、また会う約束をした。
何度かの聞き取りで、『アンジュ・セラフ』自体には特別な血統も能力も見つけられなかった。アンジュと呼んでください、そう親しげに話す彼女はとても世界を救う人には見えなかった。
「君は救世、つまり世界を救う乙女ってことになってるけど。世界を救いたいと願う?」
少女は瞳を丸くしてから、分かりませんと答えた。
「分からないけど、『災厄の王』が本当にいるなら怖いなって思います。私は、ミレディアさんすら怖いのに、そんなものを本当に何とか出来るのかなって」
不意に出た後輩の名前に息が止まる。ミレディアの名前がアンジュから出る? 確かに彼女は貴族の中では『導きの星』として有名だが、平民のアンジュがそれを知っていると思えない。
「どうして、ミレディア嬢がそこで出てくるわけ?」
「あっ、ええと。彼女に男の人と近づくなって強く注意されたことがあって。レクスさんはそれを嫉妬だって言っていましたし、女の子たちに私が冷たくされるのも彼女のせいだって。その、ご本人も否定はしていませんでしたけど」
その時の場面を思い出したのか、アンジュは緑の瞳に薄っすらと涙を浮かべた。ああ、だから、グリモワは本能的に察した。この子に世界は救えない、きっと救世は果たされない。
「そっか」
もしかしたら、ミレディアも同じように思ったから『災厄の王と救世の乙女』を研究し始めたのかもしない。
アンジュはあのレクス第二王子殿下を『レクスさん』と呼び、ミレディアを『虐めの主犯』と称した。馬鹿な彼女にはそれがどういう意味を持つのかなんて分かっていなかった。
もし、グリモワがもっと他人と交流していれば、政治に関心を持っていれば、それを覆すことが出来ていたかもしれないなんて。
そんなのは絶対に無理なことだったから、全ては最悪へと向かって突き進んでいった。




