グリモワ・メルクリーオの罪 ③
週に数回ミレディアが部室に訪れて、研究を手伝うようになって、『災厄の王と救世の乙女』についてはある程度の考証が進んでいった。
そう、ある程度であって欲しいものが見つからないことなんて多々ある。
これだけあれば確定するのにと唸ったことも数回ではない。
「私は公爵令嬢、つまり顔が広くて伝手が広い。夏休み中には足りない資料を全て集めてみますとも!」
「おおー、でも何か領地の様子を云々とか言ってなかった?」
ミレディアは毎回といっていいほど部室に何か食べ物を持ち込む。簡単なサンドイッチや本格的な焼き菓子、正直言って不味いパンまで。
グリモワに向かって自分よりも体重が軽かったら許さないとまで言ってくる。同じぐらいの身長なので、地味に体重を気にしているらしい。
「丁度、グリモワ先輩が食べているそのパンが寒冷地用に品種改良した小麦を使っているんですよ」
「へぇ、だから不味いんだ」
「これでも結構美味しくなったんですよ」
乾燥したパンは少し酸っぱくてお世辞にも美味しいとは言えないが、寒冷地で小麦が育つというのは大きな功績だ。
「君って、専門広いよね。農地改革に品種改良、後は経済?」
「新規事業も偶にやってるけど、本質的には領地経営というか、目的は領地を豊かにすることだけですよ。功績調整するために、分家に押し付けたりしてますし」
そう言いながらミレディアは持ち込んだ資料に唸っていた。収支差が拙いことになっている、そう呟きながら資料を見ているので苦労はしているらしい。
「領地外のこともやってない? そもそも公爵令嬢なら、婚約者と遊びに行くとかあるでしょ」
パンを咀嚼し終えたグリモワは集めた魔法道具の情報を見る。どれも信憑性が薄いけれど、面白そうなものが一つ転がっていたので、本当に存在しているか夏休みに確認しようと決める。
「まあ、やりたいことの本質が苦しむ人を減らしたいですから。領地外でも手を出せる範囲なら出しますよ。シエロの馬鹿や殿下は遊ぶんじゃないですか」
「うわぁ」
つい本音を漏らせば、ミレディアはきゅっと目を細めてグリモワを睨んだ。
「口だけとか言わないでくださいよ! 私はきちんと目標に向かって邁進している訳なので」
「逆に具体的な策を講じて実行している方がやばいんだが」
「私は優秀なのである程度の成果は出せているんですよ。それでも、ある程度ですけど」
本当に悔しそうな声音でミレディアが言うので、グリモワは再度うわぁと漏らした。本気で他人を救いたいと願って、それを実行して、取りこぼしたものを悔やむなんて。
そんなの歴史の中で美化された『救世の乙女』の人となりじゃないか。
「どれか一つに絞れば? 一人だと回せないでしょ」
「任せられる分は任せてますよ、特に分家の子たちとかには。まだ安定してないのだけ、私で持ってますけど」
今更になってグリモワは『導きの星』と呼ばれた彼女の功績が本当どころか、多分聞いていること以上の成果を出したのだろうと思った。
6歳で農地改革や新規事業の開拓というのも、これだけの知性に権力が備われば可能ではあるだろう。
そして、その目的は途方もない善性から生まれている。
「手伝ってくれたりします?」
「嫌に決まってるんだけど。馬鹿な奴らに随分と積極的なんだね」
「ですよね。というか、貴方から見たら大抵の人間は馬鹿でしょう」
ミレディアは知性と合理性を重んじる。本人は偶に合理的に考えてとか、この文献とこの文献が相違しているけれど時代的に合致するのはとか、そういう風に言い出すのだから。
グリモワと同じように、彼女は大衆に知性も合理性もないことぐらい気づいているはずだ。大抵の人間は少し考えれば分かることすら気づかない。
「公爵令嬢の婚約者が、夏休みすら君と関わらないって。どういう頭をしてるわけ? さっさと君の方から糾弾するなり何なりすれば」
「シエロは確かに馬鹿ですが、こっちもこの状況で殿下とあまり波風立てたくないんですよ。私がちょっと頑張り過ぎたからって、派閥拡大させているとか何とか思われている訳ですし」
どうかしているな、政治に疎いグリモワですらそう思う。善意で他人を救おうとしただけなのに、政治的な脅威として警戒される。以前、ミレディアは婚約破棄の後始末をしていると言ったから、自分の派閥への取り込みもそこから警戒されたのだろう。
本当に損な性格をしている。
「休みの間に、骨董市で魔法道具がないか漁るんだけど。来る?」
「流石にそれは興味がある、専門外なんで見分け方含めて教えてください」
「だと思った」
彼女ならそう言うだろうと思ったし、その言葉に嘘も何も含まれていないだろうと分かっていた。偶に、グリモワ先輩って実は天才だったりしますね。そう言う彼女が本当にグリモワを認めていることを分かっていた。
グリモワは勝手にミレディアのことを、鏡に映った自分のように見ていた。当然、自分にはあれほど強い善意はない。
夏休みに一緒に行った骨董市で、物の素材や刻印で本来の価値を予測するミレディアの知識と知性を認めていた。それを自分と同じものだとして、別の使い方をしているだけだと分かってしまった。
私にはせどりの才能があるかも、そう胸を張る彼女に、だったらそう生きればいいのにと思って。もっと別の生き方を出来るだけの才能があるのに、それを選ばない人を。
だから、そんな生き方では幸せになんてなれないと強引に手を引くべきだったのに。そうしなかった。




