グリモワ・メルクリーオの罪 ②
人々に『導きの星』なんて大層な呼び方をされているミレディアという後輩は話が早かった。
本人が自分を賢いと自称するだけはあった。そこらの馬鹿とは違う。
打てば響くというべきか、グリモワが必要とする分だけの情報を集めて、別の視点から解釈をする。
だからこそ、言い争いになることは多かった。
「だから、そこは2年前の水害を指してますって! 『災厄の王』を水害に見立てただけで、本物じゃないでしょう」
「だったら、このうねうねの絵をどう解釈するんだ!」
「そのうねうねが、ちょっと待ってください。どっかに同じ絵師の絵が……図書館にしかない! 取ってくるから首洗って待っててください」
「自称品位ある公爵令嬢が首洗って待つなんて言葉使うな!」
部室を出て行ったミレディアに文句を言いながらも、グリモワは散らばった資料を整理していく。同じ年代の資料を集めて内容を精査することに没頭していたところで、ミレディアが部室へと戻ってくる。
「ほら、これがその絵師の画集ですよ! どこからどう見ても、うねうねは水じゃないですか」
「うっ、確かにその時代に水害はあったみたいだけどさ。じゃあ、この使い方なら『災厄の王』じゃなくて、単なる災害を指していたってことか?」
「そうとも限らないでしょう。古代語って途中で変異している上に、地域で使い方変わるじゃないですか」
「なら、とりあえずこの部分だけ水害で確定させて。残った言葉が本来の災厄を指しているか考証しなおさないと」
「やっぱり『災厄の王』って数百年ごとの単位で出現させるは確定していいんじゃないですか。途中の古代語で災厄って使っているのは、災害を指しているとして」
グリモワは紙にガリガリと考証をまとめているのに、当のミレディアは部室に勝手に持ち込んだ焼き菓子を摘まみ始めた。
「グリモワ先輩も少しは食べてくださいよ。砂糖は頭を使うのにいいんですよ」
「へぇ、それどこの学説?」
「アルキメデス学派がまとめた栄養学の本に載っていますよ」
「この流れで本当に考証済みなことってある?」
根拠もないことを言うからだと馬鹿にする用意は出来ていたというのに。
「本当にグリモワ先輩は専門外の知識が浅いんだから。もっと拘らずに色んな知識を身につけた方が、視野が広がりますよ」
「殴っていい?」
「駄目でーす! こんな美人で有能な後輩を殴るなんて、紳士にあるまじき行為ですよ」
イラっとしながらグリモワは勝手に持ち込まれた焼き菓子を摘まんで口に入れる。確かにほのかな甘さが思考をクリアにする。
ミレディアはグリモワがまとめた紙に年代や根拠資料を追記し始めた。態度はともかく、本当に頭だけは優秀だった。
「君って本当に公爵令嬢なわけ?」
「普通の公爵令嬢がこんなに可愛い訳がないなんて、事実を言われても困りますよ」
「一言も言ってないけど」
会話をしながらミレディアの手は動いているし、追記が止まれば更に資料を漁り始めた。
「婚約者がいるのに、こんなことしてていい訳?」
「あっちが浮気してるのに、私がしたら駄目とかあります? あと、グリモワ先輩が引きこもりすぎて全然噂になってないですよ」
ミレディアは浮気というけれど、親しいのは口だけで物理的な距離は保っている。それこそ拳三つ分ぐらいは距離を空けて、近寄りすぎないように本人も注意している。多分、婚約者がいる身としては、当然の距離なんだろう。
「浮気されてるんだ?」
「ええ、救世の乙女に選ばれた『アンジュ・セラフ』に。彼女は本当に注目されている、良くも悪くもね」
平然と答えながら、ミレディアの手は止まらない。時折、ぶつぶつと呟きながらも、朽ちそうな紙を丁寧に広げて読む。焼き菓子を摘まみながら、グリモワも『アンジュ・セラフ』へ思考を広げる。
「『救世の乙女』に選ばれる条件も、『災厄の王』を封印する具体的な方法もまだ分かってないけど。本人と接触したら、歴代の『救世の乙女』と類似性が見出せるかも」
「うーん、どうでしょう。男を惚れさせる才能以外は、視野の狭い平民の少女に感じましたが。
女性耐性のないグリモワ先輩なら即落ちかもしれません」
グリモワは全生徒が集まるような舞踏会ですらサボってしまうほど、社交の場に顔を出さない。授業も研究成果が認められて出席は必須ではないから、図書館や部室に寮の自室、後は考えをまとめるために校舎裏の森へ行く程度しか出歩かない。
確かに女性と関わることは少ないし、よく話すのもミレディアぐらいしかいない。
それでも、常識的に考えれば、公爵令嬢という権力の頂点に近い少女が浮気をされたというのが悪い話題だということぐらいは分かる。
「惚れさせるって、君の婚約者まで? 正気?」
「残念ながら、荒れ狂う婚約破棄の嵐を収めるのにこっちは大変ですよ。
先輩もいい感じの人がいたら教えてください、婚約破棄された子たちに宛がうので」
「……それ、公爵令嬢の仕事?」
「私のような慈悲深く格式高い女性は、泣いている女の子を放っておけないんですよ。偉いでしょう?」
本人は自慢げに話しているが、その両手は今も資料をめくっている。そして、ぴたりとその手が止まった。
「まさか私には向いていないなんて思ってないですよね?」
「あっ、自覚してるんだそこ」
つい本音でグリモワが突っ込めば、してませんが! そう大きな声が返ってきた。
「あー、その辺の資料に『救世の乙女』の後世なかった?」
「あるけど、これ絶対捏造入ってません? すっごい美化されてると思うんですが」
「だよね。類似点を洗い出すにも、確定事項だけ抽出しないと」
本当にこの功績なら他の資料に載っているから、発行元を確認した上で突合させていきましょう。そう言ってミレディアはパタパタと動き回っている。
頭がよくて、軽口をよく叩く、助手のような後輩。もしかして、この後輩は自分に似ているのではないかなんて。グリモワは自分よりもずっと『偉い』立場であるはずのミレディアにそんな親近感を覚え始めていた。
だから、彼女がやりたくないことをやっているだけだと分かり始めてしまった。
そして、分かっていたのに、止めることをしなかった。




