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グリモワ・メルクリーオの罪 ①

今話からグリモワ先輩視点の過去編が始まります。

 

 再会したミレディア・スーペルノヴァは軽やかに振舞う、今までグリモワ自身が前世の彼女の死で傷ついていたのが嘘みたいだった。生まれ変わってさえ出会うなんて予想もしていなかったし、ましてや彼女も前世の記憶を持し越しているなんて思わなかった。


 再会した翌日の放課後、今までの経緯を簡潔に語る彼女の話をまとめていく。彼女の元婚約者『シエロ・プラティナ』から聞いた前世の情報に彼女自身が昨夜見た夢。『救世の乙女と災厄の王』について、前世で集めた情報や学園長の正体である聖女マリア。

 他の問題、前世で彼女を追いつめた生徒会のメンバーが、前世の記憶を持ち越していて、一部は意図が不明な上にストーカーもされているなんて。


 今世でも問題は多くて、その根は深い。特に他人の感情なんていう扱いきれないものは手に負えない。


 状況は危機的で、立場が逆ならきっと自分は泣いて部屋に籠っているだろう。けれど、ミレディア・スーペルノヴァはそんなことしない。


 話をまとめながら、グリモワは自然と今までの全部を思い浮かべていた。

 前世、前の世界で生きた記憶。それは長いようでいてい短い記憶と記録だった。





 —――――――――――――――





 昔から、大抵のことが嫌いだった。王都の学校で教師をしながら研究を続ける両親は息子であるグリモワに興味がなかった。元々、メルクリーオ家はそういう家だった。

 研究内容が評価されて、子爵の爵位を戴いたが、社交に興味がない者が多かった。研究にのめり込む親族は人に興味がない。けれど、全員が高い知性を有していた。


 グリモワは昔から賢かった。自分に興味がない、そう目線で語る両親には必要な分しか話しかけなかった。気を遣って話しかけてくる使用人はグリモワを馬鹿にしていたし、その憐憫の視線が不快だった。


 馬鹿な人間で埋め尽くされた世界には嫌悪感しかなかったけれど、理路整然と知識を記載された本だけはよかった。


 家にあった沢山の本を読みつくしたら、入場料がかかる王都の図書館に通うようになった。そこで、『災厄の王と救世の乙女』について知った。

 こんな世界を滅ぼそうとするなんて、『災厄の王』とやらは見る目がある。『災厄の王』が初めて現れた時代、聖女マリアや魔法が現存していた神秘に包まれた時代。自然とグリモワの興味はそこに注がれた。


 但し、『災厄の王』については情報を集めきれず、研究が止まった。だから、他に手をつけやすい部分、魔法道具の収集や解析、錬金術といった方に興味が偏っていった。


『災厄の王』が現れた最後の記録は今から数百年前、もう伝承の類になっている。だから、本当に世界が滅びることはないんだろうと思っていた。




 グリモワの生活は『マリアル・アカデミア』に入学してからも変わらなかった。全寮制の狭い部屋は本で埋め尽くされて、私物化した歴史研究会の部室では魔法道具や錬金術の器具が詰め込まれていた。


 グリモワがまとめた錬金術の研究は一定以上の評価をされて部室も私物化できたが、魔法道具は古臭いものとして研究したところで賛同者は少なかった。


 けれど、一部の古物収集家たちはグリモワの研究結果に興味を持ち、魔法道具の解析を頼まれることもあった。新しいものを触って検証を続けて効果を確かめることも、集めた文献から事実を発掘していくのも、自分にとっては楽しいことであった。


 そう、それは自分にしか分からないことだった。子爵家でありながら社交をしないことを、親戚の中でも頭が悪い人々に指摘されたことはある。グリモワを含めたメルクリーオ家自体がそういう風に思われている。


 けれど、お茶を飲んで上辺だけの会話をしている馬鹿どもよりグリモワは有益なことをしている。無駄な時間の消費をして、言葉の裏側に悪意だけを籠める人々は愚かだ。


 愚かだと今でも思っている。けれど、たった一人の友人はその愚かさを許して、救おうとした。




 グリモワが『マリアル・アカデミア』の最終学年である6年生になった時、平民の少女が『救世の乙女』として一学年下に入学してきた。

『マリアル・アカデミア』は元々聖女マリアが『災厄の王』を封じた功績で建てられた学校だ。


 ここ百年の歴史を遡って、特待生として『救世の乙女』が入学してきたのは初めてだと知る。百年以上前の歴史はすぐには遡れなかった。


 以前の『災厄の王』が現世に現れた記録があるのは、グリモワが知る限りは200年前だった。『救世の乙女』が選ばれたということは、『災厄の王』も現れるのだろうか。


 元々グリモワは他人と接触するのが得意じゃない。自分の専門分野で同じような知識を持った相手ならともかく、馬鹿な相手と話すのは嫌だった。


 だから、グリモワのような社交界に顔を出さない人間でも知っているような『導きの星』、ミレディア・スーペルノヴァが部室を訪れた時には全力で拒否をした。


「ちょっと、いきなり扉を閉めるのはやめてください! まだ要件を言ってないでしょう」

「君みたいな有名人が来る場所じゃない!」

「私は『災厄の王』について調べている方がいると伺って、訪ねてきたんです」


 王族に最も近い公爵家である『スーペルノヴァ家』の長子にして唯一の子ども、齢6歳にして農業改革や新規事業の開拓に勤しんだ。そんな話は噂に疎いグリモワですら知っていた。

 彼女に焦がれる人々はその後をついていく。だから、『導きの星』と呼ばれていた。


 全くもって馬鹿な話だ、どうせ噂だけが独り歩きしているのだろう。公爵家の長女だから、権力を気にする人たちは立場を慮った噂だけをばら撒く。


 グリモワの精一杯の拒絶を全然受け入れないミレディアを、仕方なく部室に招き入れた。権力に守られて、持ち上げられてきた一学年下の馬鹿は、少し本音を話せば出ていくと思った。


「それで、公爵家のご令嬢が何の用? 言っとくけど、僕は君の派閥じゃないし、手伝いもしないから」

「ご挨拶が遅れました、ミレディア・スーペルノヴァと申します。面倒なので単刀直入にお話いたしますが、研究に限界が来ました」


 そう言いながら公爵令嬢は両手に抱えた資料をバラバラと机に並べた。


「『救世の乙女』が選ばれた。最後にそれをこの『マリアル・アカデミア』が選んだのは200年前、恐らく最後に『災厄の王』が現れたのも同じ時期ではありませんか?」


 慌ててグリモワが資料を確認していく。古代語で書かれた『マリアル・アカデミア』の歴史には、確かに200年前に特待生が現れたことが記されていた。


「確かに一致する、この前年に王都であった災害は?」

「冬季に起きた火災ですね、こちらに記載があります」

「だったら、記載年の誤りではない。つまり、『救世の乙女』が現れた年が『災厄の王』の出現する年だっていうこと?」

「同年か翌年かは怪しいですが、直近でありそうという仮説までは。ただ、私が集めたい資料まで貴方が持っているので」


 思わずグリモワはその令嬢をしっかりと見た。夜闇のように黒い髪は丁寧に手入れをされて、鎖骨まで伸びている。吊り目の赤い瞳は熱意と知性を灯してグリモワを見つめていた。


「公爵令嬢の君が『災厄の王』をどうして調べるわけ?」


「『救世の乙女』が現れた以上、『災厄の王』をただの伝承と扱うには危険管理意識が薄すぎませんか。『災厄の王』は封印されるまでの間に、数百人以上の人々が死んだという文献もありました。

 せっかく整えた領地を荒らされては堪らないでしょう

 対抗手段があるかどうかぐらいは調べておきたい、そう思うのが当然だと思いませんか?」


「君は他に手足として使える人間が沢山いる。それこそ、権力を使って僕に命じるななり何なりした方が早いんじゃないの」


 大真面目に言ったミレディアへ伝えれば、彼女の瞳が大きく見開かれた。


「……その発想はありませんでしたね。私は賢いので、私がやった方が早いし、信憑性も高いので」

「どこからその自信が出るわけ? 別に、僕が集めた資料を貸すぐらいならやってもいいけど」


 ミレディアは本当に安心したように、それは助かりますと微笑んだ。


 元々、『災厄の王』の研究はグリモワ一人では行き詰まっていた。

 もしかしたら、彼女がいることで研究が進むかもしれない。



 この時のグリモワは自然とそう思っていた。


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