前世からの友だち
ミレディアは前世のことを引きずって償いたいと言うシエロに、償いは必要ないと言った。けれど、何も悪くないのにやせ細ってしまった先輩を見ると、ミレディアは反省して、償う必要があると思ってしまう。
そして、当座の償いは食べてもらうことぐらいしか思いつかない。
ミレディアに突っ込まれたラムネでもごもごと口を動かした先輩は、それを飲み込んでから強い怒りを黒い瞳に灯す。
「僕は友だちだと思っていたのに!」
「えっ、とととと友だち? わ、私が?」
ついラムネを持つ手が止まって、頬に熱が籠っていく。友だち!?
「友だちとすら思ってなかったんだ。へぇ、それはそうだよね。君は何も話してなかった訳だし、僕が一方的に」
「いっ、いや!? その、ととと友だちなんて、公爵令嬢という立場上、どうしても上下関係とか関わってくるから出来ないというか、先輩にもどちらかというと一方的にお世話になった認識というか」
途端に気恥ずかしくなって目線を逸らせば、ため息が聞こえた。恐る恐ると目線を向ければ、先ほどよりは元気になったのか先輩は自分で上半身を起こした態勢を維持していた。
その瞳からは涙がもう零れていない。
「い、今でも友だちと思ってくださっていますか?」
声だけでなく指先まで震えてしまう、自信のなさが態度に現れてしまう。二度目の人生で身につけたはずの自信がありそうな振る舞いが、全部崩れ落ちてしまう。
「……僕は、自分から世界のために死ぬような人と友だちになりたくない」
「こっ、今度こそ! 死なないように頑張ります!」
「本当に?」
じっとりとした視線に、ミレディアは両手で小さくファイティングポーズをとる。
「本当です! だから、今世でも『災厄の王』が私の中にいる気がしても、死なないで世界まるごと私も生き残る方法を探します!」
「ええええっ!? またいるの?」
驚きすぎて固まっている先輩から目を逸らす、頬どころか顔全体が熱い。
「多分、証拠はないけど確信はあるというか、その。ええと、だから……友だちとして助けてくれませんか?」
出来れば今世でも協力してくれると嬉しい、主に今世のミレディアが生き残る方法を探すという形で。
「ミレディア嬢……君は選択肢がなかったら、今度も同じ選択をとるくせに」
「うっ」
つい図星を突かれて呻きが漏れる。だって、だって、今世でもミレディアに良くしてくれた人たちは沢山いるのだ。そんな人たちが傷つく未来を選ぶなんて出来ない。
「いいよ。とっ、友だちとして助けてあげても。でも、条件がある」
グリモワ先輩はミレディアに勝るとも劣らない知性を備えている。よって、その条件は聞くのも身構えてしまう。恐る恐ると視線を向けて目を合わせる、黒の瞳は深淵を思わせるような輝きを灯していた。
「そういう選択を取る前に、僕に相談すること。そしたら、僕は君を今度こそ止めるから、それが嫌なら僕を殺してみせろよ」
「わ、分かりましたけど! もしかして友だちって、婚約者よりも重かったりします?」
つい前世のシエロがミレディアのためなら死ぬと即答していたのを思い出す。
まあ、当のシエロはそう言ったのに、結局は婚約を破棄して、ミレディアを信じてもくれなかったのだけれど。
「君以外にいなかったから知らないけど、そうなんじゃないの。君が死んでからずーっと死に様がちらついて食べる気力もなくなった訳だし」
自嘲の笑みを浮かべたグリモワ先輩に流石のミレディアも頭を下げた。
「その節は申し訳ありませんでした! 不肖ミレディア、貴方の体重を戻すために誠心誠意食べさせます、具体的には授業とバイトと勉強以外の時間は……お金はないですけど」
そして顔を上げて、再度残ったラムネを持っていこうとしたところで、抵抗される。
「誰も口に押し込めとは言ってないけど!!」
「友だち同士なら普通のことですよ、多分きっと恐らく!」
「前世では淑女だからとかほざいて絶対距離を保ってたくせに!?」
「ただの貧乏女子高校生に品位を求めないでください!」
ミレディアの方が力は強いのである、何ていったって今世の先輩は骨と皮と内臓だけで構成されているので。そして、打ち勝ったミレディアがガッツポーズをしているところで、扉が開く音がする。
「メルクリーオくん!? ああ、なんて奇跡みたいな……よかった、食べられるようになったんだね」
走り寄ってきた保険医がラムネをモゴモゴさせている先輩を見て、一粒の涙を流した。
目線だけで自分は無理やり食べさせられたんだがと不満を訴えてくる先輩に、ミレディアはブンブンと首を横に振った。
せっかく感動してくれているのだから、この勢いで食料を持ってきてもらうべきである。
「あの、先生。グリモワ先輩は空腹みたいなんですが、何か食べるものはありますか?」
「分かった、直ぐにもってくるよ!」
保険医は小走りでミレディアたちの側を離れて行く。
「いくら私がか弱い女性だといっても、その細さでは勝てませんよ。
もっと食べて、せめて私以上には太ってもらわないと、私の立つ瀬がなくなります」
「君がか弱かったら、全世界の女性はか弱いってことになるんだけど」
親しくなったグリモワ先輩は口だけは悪いし、いつも皮肉ばかりを言うのだけれど。その口元は何だかんだ言って緩んでいる。つまり、笑っているのである。
ミレディアはそれを知っているから、同じように笑っていた。
初めての友だちは、どうやら前世から居たらしかった。




