↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

PR
32/41

前世の自分が唯一反省すべき点

 

 ミレディアは授業が終わるとダッシュを決め込んだ。休み時間でもシエロはストーカーをしてくるので、一人でグリモワ先輩に会うためにはシエロを撒く必要がある。まあ、休み時間は主に勉強かお手洗いぐらいしかやることがないのだけれど。


 一応、シエロに授業までに戻るから付いてくるなとメッセージを送って釘を刺す。




 前世のグリモワ先輩は超がつくほどの人見知りで、知らない人がいる時は会話から徐々にフェードアウトしていき、いつの間にか立ち去っているタイプだ。

 一度目の人生で陰キャとコミュ障を拗らせていた身としては、親近感しか湧かない。


 けれど、先輩は研究者らしく、自分の専門になると口数が多くなり、圧倒的な情報量を早口で話す。分かりやすく言えばオタクということだ、身に覚えがありすぎる。



 前世のミレディアは自分がまとめた『災厄の王』に関する伝承をグリモワ先輩のそれと突き合わせて、研究を進めた。結局、世界を存続させるためにはミレディアが『災厄の王』ごと死ぬ以外の解決を見つけられなかった。


 だから、前世のミレディアはグリモワ先輩に、自分が『災厄の王』に憑りつかれたことも、自分が死ぬ手段を入手してほしいとも言えなかった。そんなことを言われた方は気分がよくないし、何よりミレディア自身の選択の重荷を他人に分けるつもりもなかった。


 ミレディアは『災厄の王』からの浸食を記録としてまとめて、自分の死後にグリモワ先輩へ届くように遺した。

 実際に災厄の王に憑りつかれた実証なんてミレディアしかない、その記録がグリモワ先輩自身の研究成果として、彼の功績になればいいと思った。

 ミレディアには彼に礼として贈れるものが、彼の役に立つものがその程度しか思いつかなかった。






 保健室に横たわっていたのは、病的な痩せ方をした今のグリモワ先輩だった。保険医はミレディアと入れ替わりで他の教師に呼び出されて、出て行った。急病人でも出たのだろうか。

 今にも死んでしまいそうなグリモワ先輩の方が、ミレディアには急病人よりもずっと優先すべきものに見えた。


 ミレディアは賢いので、彼が生きていると呟いた意味自体は分かる。前世のミレディアが死ぬ場面には、グリモワ先輩も居合わせた。


 普段のグリモワ先輩は大勢の人がいる場所を避ける。前世では舞踏会すら欠席していた。


 けれど、乙女ゲーム『マリアージュ♡ラブ』の本編でも、前世でも、聖堂で『ミレディア・スーペルノヴァ』が断罪されて、災厄へと変質する場面だけには居合わせる。理由は確か、普段の行事で聖堂を使わないから、それに違和感を覚えたからだったか。


 今世のグリモワ先輩はきっと、前世のミレディアが死んだ時の記憶を持ち越している。だから、ミレディアが生きていることに驚いたのだろう。



 痩せたその人の側に立つ、横たわったままの彼は相変わらず目を閉じていた。


「グリモワ先輩」


 ミレディアはしっかりとした声で彼の名前を呼ぶ。声は聞こえたらしい。長い前髪の下にある瞳がゆっくりと開いていく、肉がそげた顔では黒い瞳が目立つ。そして、その目線はミレディアの赤い瞳とようやく交わった。


「おはようございます。超絶美人で有能な知性溢れる後輩、このミレディアが貴方を起こしにきました。ところで、前世の記憶ってあったりします?」

「ゆ、夢じゃない? この、この絶妙にむかつく、こっちの都合を考えもしない話し方は」

「なっ!? 私は気遣いの人間ですよ!……ごほん、話が逸れました。

 私はミレディア、ミレディア・スーペルノヴァです。

 前世では災厄の王と心中して世界を救った誇り高き公爵令嬢、

 今世では社会の最底辺に近い美人で有能な貧乏女子高生ですよ」


 グリモワ先輩の頭がいいことを知っているから、つい言葉の情報量が多くなってしまう。ミレディアはきちんと相手の能力を考えて話しているのである。


「はぁ、僕もついに幻覚を見るまでになったか」

 グリも先輩は落胆とともに目を閉じようとするので、ミレディアは慌ててその両肩を掴んで上半身を抱き起した。そして、掴んだ両肩の細さにぎょっとした。


「せっかく起きたのに、私を幽霊扱いして寝ないでくださいよ!

 あと、細すぎます、これじゃ骨と皮と内臓だけで構成されているじゃないですか。何か食べてください!」

 片手で先輩の身体を支えたまま、ポケットからラムネを取り出す。安価なのに糖質を取りやすいラムネは糖分補給に最適で、ここ最近は低血糖対策に持ち歩いていた。


「……この強引で他人の話を聞かないどころか、騙くらかして協力させる感じ、まさか」

「だから人を何だと思っているんですか! そりゃ、『災厄の王』に憑りつかれたことを話してなかったのは悪かったかもしれませんが、気遣いですよ、き・づ・か・い!」


 そう言いながら、ミレディアは素早く身体を支える手を離して、ラムネを先輩の口に押し込んだ。


「実体のある幽霊はいないでしょう? そのラムネこそが、私が生きている証です!」

「なっ、なんで、君がいきて? だって、君は僕がころしたのに」

「先輩に殺された覚えはありませんが!? シエロといい、どうして率先的に冤罪を請け負おうとするのか。前世のミレディアは自分自身の意思によって死にました、それだけのことですよ」


 そう言いながら、ミレディアは続けてポイポイとラムネを口へ素早く放り込んでいく。もごもごと先輩が口を動かし始めたので、一旦手を止める。


「まさか先輩がこんなにガリガリになっているとは思いませんでした。お腹が空いているから余計に暗くなるんですよ」


 少しすると放り込んだラムネは口の中で溶けたのだろう、薄い唇は開いた。黒い瞳は、ミレディア自身の罪を証明するようにミレディアを見据えた。


「き、君が、本当にミレディア嬢なら。だったら、僕がどんな気持ちで! だって、僕は君を殺したくなんか、そんなこと!」

「ええと、その節は大変申し訳ありませんでした。結果的に先輩を利用したことになった訳ですし。

 その、シエロから前世の自分の死に様は聞いて……グリモワ先輩に対してだけは、反省しています」

「ひっ、ふぐっ」


 先輩が変な声を上げたと思ったら、その黒い瞳からは大粒の涙が零れていた。だから、やっぱりミレディアは悪かったなと思う。前世のミレディアは、この先輩がこんな風に悲しむなんてちっとも思っていなかった。


 前世の両親やミレディア自身にある種の依存をしていた子たちは、自分が亡くなれば泣くかもしれないと思った。けれど、その人たちは前世のミレディアが死んだことを踏み台にして生きていけると思っていた。先輩も同じ程度の反応だろうと思い込んでいた。


「ごめんなさい、貴方を傷つけて。それから、ありがとうございます」

 けれど、それだけが最適解だった。だから、何度反省しても、他の選択肢はない。前世のミレディアは目の前で泣いている彼がいたから、最期の瞬間だけ運命に抗えた。

 世界を呪う災厄と成り果てずに、自分の生き様に納得して死ぬことが出来た。


「ばか、ばかじゃないの? だって、君は、世界を呪ってよかった。その、資格があった。それなのに」

「うーん。世界を呪うよりは、世界を愛する方が簡単だと思いませんか?」


 ミレディアは世界が悪いものばかりじゃないと知っている。地獄のような悪い部分と同じだけ、良い部分があることを知っている。そして、生まれ変わってさえ前世のミレディアが亡くなったことに泣いてくれるこの人は、良い部分だった。


「死者に語る権利はないですが……それでも前世のミレディアがいたらこう言ったことでしょう。泣いてくれる貴方がいるだけで、充分に救う価値があった世界だったと」


 ミレディアが必死に紡いだ言葉は、更にグリモワ先輩の涙腺を壊したらしい。止めどなく溢れる涙はベッドのシーツに水たまりを作っていく。


「さ、最悪だ。だったら、僕が、僕たちがいなかった。そしたら、君は死ななかったってことだろ! 世界のためなんかに!」


 痩せた先輩が発する精一杯の怒りは、ミレディアの声よりずっと小さい。だからこそ余計に痛ましい。グリモワ先輩は頭がいいので、ミレディアの言葉を簡単に反転させてしまう。彼の言葉は筋が通っている、確かに守りたいものなんてなければ前世のミレディアは世界を救わなかった。


「それって、そんなにダメなことですか? それに、グリモワ先輩がいなくてもきっと、私はその結末に自力で辿り着いていたか、或いはたどり着けずに後悔の中で絶望していたかのどちらかだったので。

 本当に、私は貴方に感謝しているんです」


 本心から伝えた言葉に、信じられないとでも言うかのように先輩は目を見開いていた。


 未だに前世のミレディアの死を引きずっている彼に出来ることは何なのだろう。



 とりあえず少しでも体重を増やしてもらうために、ミレディアは再度ラムネを口の中に突っ込んだ。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。