再会は虚弱の形をしていた
図書館を飛び出たはいいものの、教室にはあの王子様ことレクスが来る可能性がある。アイツは近くにいると煩くて勉強が出来ない。
そういえば、レクスは生徒会に入らないかと誘ってきた。当然断ったが、何らかの部活動をしないといけないというのは合っている。この学園では前世と同じくクラブへの所属が必須だ。
担任教師にも特待生で慣れないだろうからと猶予は貰っているが、今月中にはどこかのクラブに入るようにと言われている。そして、4月は残り一週間もない。
「期限があるからって後回しにしすぎたな」
因みにシエロの激推しは剣術部のマネージャーである、絶対に入る訳がないと足を蹴ったけれど。
担任教師からクラブの一覧は貰ったけれど、どこに入るのも悩ましい。今朝は嫌な夢を見た上に、つい先ほど恐怖体験をしてきたので、どこか落ち着く場所で考えようと歩き出す。
そして、ミレディアは学園の裏手にある森林地帯のことを思い出した。生徒が少ないので考え事をするには丁度いい。机がないので勉強には向かないからと今世ではまだ行ったことがなかった。
迷うことなく森林へ向かって歩いていけば、木々の匂いが漂ってくる。森林セラピーなんていうのも確かあったはずだ、木の匂いは気持ちを落ち着かせる。虫が多いから女生徒には不人気な場所だが、虫よりあの陰険眼鏡の方がよっぽど厄介だ。
コンクリートから土に変わった地面を踏んで歩いて……地面に生えている草と半ば一体化するように倒れている男子生徒を見つけた。
「しっ、死んでる!?」
ミレディアが慌てて駆け寄る、男子生徒は地面に顔から突っ伏している。後頭部の黒に近い緑の長髪には見覚えがあった。
「大丈夫ですか?」
気道を確保するために身体を横向きへと変える。そして、露わになった横顔は前世の先輩ことグリモワ・メルクリーオだった! 長い前髪は表情を隠していて目も閉じているが、流石に分かる。
「わぁ!?」
ついミレディアが大きな声を出すと、グリモワ先輩は呻いた。どうやら生きているらしい。
「きゅっ、救急車!」
急いでミレディアが携帯を取り出すと、小さな声で『いらない』とだけ聞こえた。
「倒れていたんだから、呼んだ方がいいでしょ」
また囁くような声で『いい』とだけ返事がくる。ミレディアが難聴なら聞き取れないような声だ。
「なら、私が保健室まで運んであげます」
前世では恩のある先輩だし、何よりこんな倒れている状態で放置するのも忍びない。救急車がいらないと話す元気があるし、一見したところ外傷はない。抱えて歩いても問題はないだろう。
ミレディアは倒れた彼の両腕を引っ張って自分の肩に載せ、そのまま身体ごと持ち上げた。グリモワ先輩は身長の割には体重が軽いようで、肩に担いでしまえば一人でも運べる。
「うわっ」
囁くような小さな声で驚いているが、耳元にグリモワ先輩に顔があるので余裕で聞こえた。先輩の頭が近いのに嫌な臭いがしない、これが乙女ゲーム効果なのだろうか。
どうせ風呂キャン界隈にいるだろう先輩からは、森の木々に近い匂いがした。前世では淑女として物理的な距離を置いていたので、こうやって匂いがするのは不思議な気分だ。
グリモワ・メルクリーオは乙女ゲームの『マリアージュ♡ラブ』に出てくる攻略対象であり、前世のミレディアにとっては恩人のようなものだ。
彼のお陰で『災厄の王』に乗っ取られる前に自殺すれば、『災厄の王』を滅ぼせるという解決策を得た。
そして、彼を通じて、声さえ届けば確実に死ぬことが出来る魔法道具、魔槍『グンニグル』を入手できた。
つまり、彼は世界を救う手段を整えたので、ある意味では救世主である。
そして、前世のミレディアは彼へ研究成果をまとめた手紙を贈った。ミレディアの死後、シエロはきちんと手紙をグリモワ先輩に渡してくれたのである、ここだけは褒めていい。
元々グリモワ先輩は『災厄の王と救世の乙女』について研究していたので、実際に『災厄の王』に憑りつかれたミレディアの記録は大いに役立ったに違いない。
保健室にグリモワ先輩を運ぶと、保険医にか弱い女生徒が男子生徒を抱えていることにびっくりされてしまった。ただ、グリモワ先輩が運びこまれたことには大して驚いていなかった。
そのまま彼をベッドに横たえる、本当に身長に対して軽かった。身長はミレディアと同じぐらいのはずだったが、顔や身体には骨が浮いている。この学園に通っているのだから、貧しさで飢えている訳ではないはずだ。
前世のグリモワ先輩も出不精で小食の不健康ではあったけれど、道端で倒れていることは流石になかった。
「あの、彼は大丈夫なんですか?」
まだグリモワ先輩は目を閉じたままだった、流石におかしい。保険医は首を振った。
「彼はよく運ばれてきてね。全然生活を改善しなくて、私たちも困っているんだ。運んでくれてありがとう、そういえば君は?」
「この春に入学したミレディア・スーペルノヴァです」
ミレディアが丁寧に名乗ると保険医は「君が例の」と呟いた。やっぱり先生方の間で特待生のミレディアは有名らしい。
話し声が聞こえたのか、グリモワ先輩は横たわったままに瞳を開いた。髪の隙間から覗く黒い瞳と目が合う。
「み、みれでぃあ?」
囁くような声が聞こえたので、ミレディアは彼に近づいて堂々と声をあげる。
「お初にお目にかかります。私はミレディア・スーパーノヴァ、この春からマリアル学園の高等部に入学した一年生です。どうぞよろしくお願いいたします」
スカートの両端を持って、軽く礼をする。前世でお世話になったので、礼は尽くさないといけない。
「み、ミレディア嬢が生きてる?」
「いやだな、人を死人みたいに。五体満足どころから、貴方を森から運んだのは私なので。感謝してくれてもいいんですよ?」
「……うわっ」
小さな声で驚いた先輩は、ショックすぎたのかそのまま意識を失った。
慌てたミレディアは駆け寄って呼吸を確認する、どうやら生きてはいるようだ。
「あの、先生。彼は、その、入院させなくていいんですか?」
「……色々あってね。君は教室に戻るといい」
一見したところは、摂食障害に近いのだろうか。骨は不自然に浮いているし、背負った感触の肉付きは悪かった。道で倒れるぐらいなのだから日常生活に支障が出ている、普通なら強制的に入院させるはずだ。
教室に戻れと言われても、流石に心配だ。ミレディアが立ち去らずにいたら、保険医は訝し気にミレディアを見た。
「先ほど自己紹介していたようだけれど、彼とは知り合いなのかい?」
「ああ、ええと。一方的に知っていて、恩があるというか。
昔、グリモワ先輩に助けてもらったことがあるんです。彼は覚えていないかもしれませんが」
保険医は大きく目を見開いて、もしかしたらと頷いた。
「そしたら、次の休み時間に様子を見に来るといい。まだ授業に戻す訳にもいかないからね」
ミレディアはその提案に飛びついた。心配だと顔にも出てしまっていることだろう。
保険医はミレディアを見て少し安心したようにしていた。
「また来ます!」
そう告げてミレディアは保健室を後にした。




