シエロとミリア
結局、ファミレスに長居してしまったミレディアは、夕食もシエロに奢らせることにした。これはもうシエロの話が長いせいなので仕方がない。そう、ミレディアが途中で長々と話していたのは幻聴である!
その途中で確認したこと、この嘘がつけないシエロに前世の話をしないように口止めしていたのは馬鹿王子たちらしい。つまり、王子様ことレクス、陰険眼鏡ことマイザ、腹黒ことラクシアの三人だ。
そして、シエロ曰くその三人は前世のことを後悔していて、ミレディアに罪悪感を持っているらしい。うーん、絶対嘘である。
もしかしたら王子様ことレクスはあり得るかもしれないが、陰険眼鏡と腹黒の二人が罪悪感なんて持つわけがない。
まずもって、あの二人はシエロとレクスを騙しているのだから。前世のミレディアの冤罪と国外追放、あれを仕込んだのはあの眼鏡と腹黒だ。そして正義に酔うタイプのレクスは真実に気づいたら冤罪を晴らす方向に行く、シエロもレクス側だ。
当のシエロは未だに前世で騙されていたことに気づいていないようだ。ということは、今世のレクスも気づいていない可能性が……生徒会の四人ともが前世を覚えているといっても、四人の人間関係は歪んでいそうだ。
今のシエロは危ない方向に全力ダッシュなので、前世の眼鏡と腹黒がミレディアを陥れたことに気づいたら、本気で殺しにかかるかもしれない。そして、あのもやしっ子二人はシエロには勝てない。
殺人教唆の罪になってもいけないので、ミレディアは色々と気づかなかったことにした。
ファミレスを出る頃には辺りは暗くなっていた。結構な金額を堂々と胸を張ってシエロに奢ってもらったミレディアは、その足で薬局に寄る。
シエロは何故か財布を手にしていて貢ぐ気満々だった、これが古に存在したと言われる『貢ぐ君』というやつだろうか。
薬局の棚を探して、目当ての箱を手に取る。今世で薬を買うのは初めてかもしれない。お金もないし、何よりミレディアは健康優良児なのである。
若いって無茶が効いていい。年をとると分かることだが、健康に勝るものはない。
まあ、買うのはシエロだけれど。会計を済ませて外に出ると、そのまま箱をシエロに渡す。
「これ、持ってなさい」
「……これは?」
「眠りやすくなる薬です。ベッドに入っても眠れないなって時に、1回2錠飲むんですよ。睡眠は健全な生活に一番大事なものですから」
長く生きていると嫌な夢を見ることだってあるが、夢は夢でしかない。もう一度眠ればいいだけの話だ。
けれど、それが長く続くなら話は変わってくる。乙女ゲームの攻略対象らしい白磁の肌には隈が目立ちすぎる。寝不足でべったりと隈を作った男に言い放つ。
「お前は顔だけはいいんですから、その綺麗な顔に隈を作ってはもったいないでしょう。夜にしっかりと眠ることは美容にだっていいんですよ」
まぁ、一度目の人生からそれは諦めているのだけれど。ゲームというのは楽しすぎてつい睡眠時間を削ってしまうものである。特にシミュレーションゲームはやれることが多すぎるのだ。
その点、乙女ゲームはストーリーが終われば一周なので丁度いい……閑話休題、話を戻そう。
今のミレディアにゲームをやるお金と時間はないのである、残念なことに。
「みっ、ミリア、どうして君は」
そう言いながらシエロは涙をポロポロと瞳から溢れさせた。やっぱり寝不足は情緒を不安定にさせる。
「俺は君を裏切って殺したのに。君は優しいから、優しすぎたから。だから、あんなことになったのに」
「誰のこと言ってます? というか、私のハンカチは貴方が持ったままでしょう。使っていいので、いい年をして人前で泣くのをさっさとやめなさい」
あと、前世でシエロに殺された覚えは一切ない。前世のミレディアを殺したのは自分自身であって、ある意味での主犯は『災厄の王』だ。まあ、前世のミレディアの罪を捏造した眼鏡と腹黒も遠因ではある。
「ミリア……俺は昔から君が優しいことを知っていたのに、それなのに。だから、今後こそ君を守りたいって」
「いい加減にお前は守るなんて言葉を使うのをやめなさい。自分を守れもしない奴が誰を守れるというんですか?
いいですか、自分を守るっていうのは、自分の健康をきちんと把握して保つ、自分の好き嫌いを把握して自分の機嫌をとる。そういうことを含むんですよ」
つい前世の癖で過ぎたことを言ってしまった。そう思ったのに、シエロは涙を止めないままに頷いた。前世のミレディアは彼に対する態度を間違えた。こうあるべきだと理想論ばかりを語ったし、前世のシエロはそれを真に受けた。
そう、真に受けるだけの可愛げはある奴だったのだ。今のミレディアの母とは全然違う。何度怒っても行動を改善しない母とは違って、シエロには素直さだけはあったのだ。
「俺が自分を守れるようになったら、君を守れる?」
「はぁ、今よりは少し可能性があるんじゃないですか。大体、このエンタメが豊富な時代で趣味もないのはどうかしているかと」
まずもってミレディアは強いので、通常ならシエロに守られる必要は全然ない。今は足を怪我しているので、夜道だけはシエロがいた方が望ましいが、それ以外では全然必要ない。
精神的な健康、正常なメンタルを保つということ。それを自覚的に行うというのは難しいことである。特に今のシエロのような壊滅的な生活を送っている人間には。ミレディアが渡したハンカチで涙を拭きとっているイケメンは、楽しいものがある時代に似つかわしくない生活を送っている。
「あと、ストーカーもやめなさい」
とりあえず試しにミレディアが言ってみれば、シエロからは無言だけが返ってきた。コイツ、悪いことをしている自覚はあるんだよな。ミレディアは聞こえるようにため息をついた。
「やめる気はないんですね、理由は?」
「……怖い、俺の知らないところで君が傷つくのが嫌だ、もう絶対に嫌だ。やっとまた会えたのに、それなのに」
あの馬鹿王子たちの口止めを破って、本音で理由を話すようになっただけマシだというべきなのだろうか。そもそもストーカーという行為自体が他人を傷つけるものだと何度も言ったはずだけれど。
前世の記憶なんていうものがシエロ自身を捻じ曲げて歪ませた。そして、その根は深い。
「チッ、主張自体は理解しました。但し、それは悪いことだと認識して、いずれは改善することを目指しなさい」
つい淑女らしくない舌打ちが出てしまう。世は無常である、全く持ってままならいことばかりだ。ミレディアは世界がそうであることをとっくの昔に知っていた。けれど、それと同じだけいいことだって沢山あることも知っていた。
「まあ、偶にデートぐらいならしてあげてもいいですよ。お前がお金を出すなら。
この世界には楽しいことが沢山あることを、お前はもっと知るべきです!」
ミレディアは家へ向かって歩き出す、エンタメは楽しむために存在しているのだ。ミレディアは大人になったらゲームをする、仕事を始めれば余暇は全てゲームに費やしてもいいのである。友だちがいないボッチの行動とは言わないでほしい。
呆気にとられていたシエロは、慌てて駆け寄ってきてミレディアの隣に並んだ。拳三つ分ほどの距離あけて。だから、それが正しい距離だった。
前世のミレディア・スーペルノヴァは死んだ。だからもう間違えない。誰かを導くようなことはしないし、頼ることもしない。全部利用するだけだ。
「デートっていうのは、何を」
「ええと、映画観賞や遊園地とかじゃないですか? 男女が二人で遊びに出かけたら、全部デートになる……はずです」
まずもってミレディアの恋愛知識は全て乙女ゲームなので、偉そうにしたところで中身はない。前世は貴族社会だったので、今世とは感覚が違うだろう。それに恋愛は前世で一番上手くいかなった部分なので、苦手を通り越して最早弱点かもしれない。
「ミリア」
シエロは感極まって上手く言葉が出ずに、ミレディアの古い名前だけを呼んだ。
「……俺は、君だけが好きだ。今度こそ、君を守れるように、結婚できるように努力する」
これが乙女ゲームならスチル絵が出そうなところだけれど、ストーカーに言われたところで精神異常者の戯言にしか聞こえない。
「それよりもきちんと部活に行くこと、成績を維持すること、部活の仲間と仲良くすることを優先なさい」
「ありがとう、ミリア」
注意にお礼を言われるとどМにしか見えないからやめてほしい。
隣にいる美しい男は未だに『ミリア』と古い呼称を使う。今世のミレディアが使ってない呼び方で、前世のミレディアが使っていた愛称。そして、『ミリア』は一番目の人生と同じ音の響きをしている。
一番目の人生では『実莉愛』と呼ばれていた。それを覚えているのはもうミレディアだけだった。二度目の人生に至っても、友を作れず、努力は実を結ばなかった。
三度目の人生、もう諦めてはいるし、他人を救いたいと思う傲慢さの代償は二度目の人生で散々実感した。
それでも飽きずに、隣に立つこの未練がましくて重たい男がストーカーをやめられるぐらいには正常になってほしいと思う。
だって、人生は楽しく豊かなものであるべきだ。
お読みいただきありがとうございます、シエロ編はこれで終了です。
次話は登場人物一覧、
明日の更新分からはグリモワ先輩編です。
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