救世という名の呪い
一度目の人生でプレイした乙女ゲーム『マリアージュ♡ラブ』は、ゲーム本編で『災厄の王と救世の乙女』について詳しく説明していない。ゲームの設定資料集には載っていたかもしれないが、そこまで好みでもなかったので買ってなかった。
『災厄の王と救世の乙女』、その二つについてゲーム本編で一番詳しく説明されるのは、攻略対象の中でも隠しキャラの『グリモワ・メルクリーオ』のルートだ。
そこで、学園長の正体も露わになる。そもそも、ゲーム本編でヒロインが学園長に呼び出された時に同行するのは、その時に一番好感度の高いキャラだ。
生徒会連中全員を同行させている時点で、前世のヒロインであるアンジュは攻略失敗の道を突き進んでいた。
「まあ、憶測ですよ。現時点では確定するだけの根拠もありませんから」
「違う、ミリアがそう思っただけの証拠があるはずだ」
必死に言い募るシエロに上手く説明できるだけの根拠はない。けれど、あるとしたらこの学園への入学のことだ。
「私がどうやってマリアル学園に入学したか知りませんか?」
「それは、特待生として……まさか、直接招かれたのか!?」
学園長の正体は最初の『救世の乙女』、初めて『災厄の王』を封じたマリア自身だ。
彼女は魔法道具の研究を進め、人生の終盤にその魂を魔法道具『サルヴェイ』に移し替えた。
学園長室にある大きなリンゴを象った置物を彼らも見たはずだ。
その置物に魔法道具『サルヴェイ』と『聖女マリアの魂、ここに眠る』という刻印がされているので、リンゴの置物が魔法道具だと『グリモワ・メルクリーオ』だけは気づく。
そう、彼以外は気づかないのである。
「進路に悩んでいたある日、道で怪しい老婆が話しかけてきて、マリアル学園への案内状を渡されたんです。案内状を受け取ったら老婆は消えました。
それを持ってマリアル学園を訪問したら、今の家庭環境とか色々と聞かれて。一応、入学試験も受けた上で、特待生として入学しました。」
本気でマリアル学園が貧困層への特待生制度を設立しただけだと思っていた時期もありました、ミレディアは内心で文句を言う。だって、ミレディアは前世で死んでまで『災厄の王』を滅ぼしたのに、生まれ変わってまでそんなの言われたって困るだけだ。
「それはおかしい! 『救世の乙女』なら直接そう言うはずだ。それに、入学試験だって必要ない」
入学試験はただの体裁だったのか。マリアル学園が、『マリアル・アカデミア』と同じものなのか。
「マリアル学園にどれだけ『災厄の王』や『救世の乙女』の伝説が残っているのか、シエロは知っていますか?
「今世ではどちらも聞いたこともない。それに、それはレクスたちも同じだと思う」
まあ、そうだろう。前世の彼らは災厄をおとぎ話だと断じていたそうだし……結局、こういう話ではあの先輩が一番頼りになる。
前世でミレディア『災厄の王』に憑りつかれて、災厄と成り果てるところだった。憑りつかれた人間は、『災厄の王』の器として文献に記されていた。器の適性としては、多分ミレディアが一番高いはずだ、というか流石にそう思いたい。
「私以外の誰かに憑りつかなければいいんですけどね」
「なっ、何を言ってるんだ!? 逆だ、ミリアだけはもう、そんなの絶対にダメだ!」
「私、人殺しにだけはなりたくありませんから。災厄を払うなんて名目で他人を殺すのだけは嫌です」
譲れない部分はいつだって明確だ。それに、ミレディア以外の誰かが『災厄の王』に憑りつかれたら、その絶望への誘惑に耐えるのは難しいと思う。
乙女ゲームの『マリアージュ♡ラブ』、その本編で悪役令嬢の『ミレディア・スーペルノヴァ』は災厄と成り果てて、ヒロインである『救世の乙女』が災厄を打ち払う。その過程で悪役令嬢も亡くなる。自分を虐めていた悪役令嬢の死を悲しむヒロインを、攻略対象たちは慰める、ヒロインの優しさに感動すらしながら。
私はそうはなりたくないな、ミレディアは自然とそう思う。世界を救うなんて名目で人を殺したくない。
まだ情報が残っていた前世ですら器から『災厄の王』を引きはがす方法は分からなかった。前世では神秘は薄れて魔法は失われ、魔法道具や伝承だけが残っている状態だった。
今世で奇跡は科学に変わっており、魔法道具なんてみんなゲームやアニメといった架空の話だとしか思わないだろう。『災厄の王や救世の乙女』に関してもそうだ。
「でも、『災厄の王』なんてこないかもしれない!」
「ああ、『災厄の王と救世の乙女』はセットですよ。
『災厄の王』が目覚めるのを察知して、学園長は『救世の乙女』を探してマリアル・アカデミアに入学させるんです」
それが始まりの『救世の乙女』、聖女マリアが自身の身体が朽ち果てた後の世界を守るためにやっていることだ。自分の魂を魔法道具に移してまで、聖女マリアは世界を守り続けている。本当に見上げた根性だ。
確か、魔法道具を使っているから、長くは現世に顕現できない上に、聖女マリア自身に大した力はないはずだ。
「まあ、貴方の言う通り、私が『救世の乙女』なんて馬鹿げたものだと確定した訳ではありませんから。話半分に聞き流してください」
あの老婆が聖女マリアでミレディアが正式に選ばれたのだとしたら、『救世の乙女』という単語を使ったはずだ。多分、ミレディアは正統なるそれではない。
そう、多分だ。ここまで来ると推定でしかない。
「聞き流す訳がないだろう!」
いきなり立ち上がったシエロに首を傾げる。やっぱりシエロには難しかったのかもしれない。
「俺は二度と君を離さない! 今後こそ君を信じるし、絶対に守る。そして、結婚する」
「しれっと求婚するのやめてくれません? 信じる以外は全部お断りします」
これが前世の続きなら、一年ほどは猶予があると思っていい。乙女ゲーム『マリアージュ♡ラブ』の本編でも、前世でも、『救世の乙女』が入学してから『災厄の王』が顕現するまでに約一年かかった。
ゲーム本編では、その間に攻略キャラの好感度を上げて、乙女ゲームにありがちなイベントをこなす。聖女マリアの言葉を借りるなら『絆を結ぶ』だ。
「俺は、ミリアに酷いことをした。君に相応しくない、分かってる。でも、守らせてほしい」
シエロは至って大真面目に言葉を紡ぐが、これは好感度が高いんじゃない。
シエロの言動は異常だ。その原因は心的外傷後ストレス障害、所謂PTSDや愛着障害の一種だと思う。前世のシエロは目の前で幼馴染のミレディアが死ぬ様を見た、PTSDを発症する可能性は充分ある。
そして、今世のシエロはまともな愛情を受け取れずに育ってきた。愛着障害といっていいのかも分からないが、愛情が不足していたという部分では合っているだろう。
こうやって他人を判じているミレディア自身が正常である確信なんてどこにもない。それに専門家でもないのに病名を診断するのは危うい。
だからといって、今のシエロに心療内科に通院するように言ったところで……前世の記憶の時点で妄想だと誤診されるだろうし、病院の質って本当に千差万別なので、下手に通って悪化することすらあり得そうだ。
「お前のことを都合よく使ってやるって言ったでしょう。貴方に話したのは保険ですよ。大体、お前は具体的な案もなく守ると繰り返すのをやめなさい。
敵は何か、守るためにどうすればいいか。そういう策を立てないと、守るものも守れないでしょう。物理で勝てる相手だけではないのだから」
シエロは瞳を瞬かせてから、ゆっくりと頷いた。前世からこの男は物理的な力以外では役に立たない。
嘘をつかない彼に心を許した頃もあったけれど、今は違う。上手く利用して、ミレディアは自分を自分で守る。
シエロに言ったように、自分を守れない人間に何かを守るなんて到底無理な話なのだから。自分を守れないと分かったから、前世のミレディアは死んだ。
三度目の人生、今度こそ、ミレディアは生き残って還暦を迎えるのだ。
シエロを上手く利用して、けれど。その過程でシエロがもう少し真っ当になればいいとも思った。前世のミレディアが差し出した手は、貴方に向けたものじゃなかったから。
シエロが真っ当になるということは、一度目の自分が報われるということでもあるなんて。
結局は、自分を裏切った相手すら痛ましいと思ってしまう自分を誤魔化すための方便だった。




