『災厄の王と救世の乙女』
シエロが長々と語った前世の話には色々とおかしな点が多かったし、何をやっているんだと言いたくなるところも多かった。前世のヒロイン、アンジュ・セラフに対する虐めの部分もそうだ。
当然、虐めはよくないことだ。そもそも、あの救世の乙女が入学する前から、ミレディアは虐めを見つける度に止める側だった。
前世のミレディアが所属していた社交部は、部活動というより交流サークルのようなものだった。校内の8割程度の女生徒が属していたそこではお茶会や勉強会と称した情報交換が行われていた。そこでミレディアは虐めの芽を見つける度につんでいた。
けれど、アンジュへのそれは……ある種の報復で、当然の帰結だった。
貴族の女性にとって、婚約というのは人生を左右するものだ。その重さを理解できないアンジュや生徒会の連中には、彼女たちの詰みが見えない。アンジュに惹かれたからと家格が高い相手から婚約を破棄された女生徒は、お前が悪いのだと実家から勘当されそうになっていた。
そういう子たちを慰めて、ミレディアが縁のある家からまともな相手を紹介する。その上でアンジュへの直接的な被害を抑え、彼女自身へも迂闊な行動を取らないように注意した。
何人もの貴族女性を破滅させようとしたアンジュを、弱者だといってシエロは庇い、あの馬鹿王子は権力を使って虐めた相手を潰そうとした。
そうやって馬鹿王子たちが迂闊な行動をしたせいで、アンジュへの虐めはミレディアが抑えきれるものではなくなっていった。
女生徒の中でも、王家に仕える騎士団や文官家系の子たちはいた。直接、あの馬鹿王子に反抗できないからといって身代わりに糾弾されそうな子たちを庇って、あの馬鹿王子たちが広げた被害の救済をする。
そう、ミレディアがやっていたのは完璧な尻ぬぐいだ。
その尻ぬぐいをやっていたミレディアに対して、公開処刑紛いの婚約破棄に、冤罪での国外追放だ。女生徒を中心に馬鹿王子たちに反発したのは当然のことだ。
前世のミレディアは確かに頑張ったし、よくやっていた。けれど、『救世の乙女』は前世のヒロインであるアンジュ・セラフだ。
「前世のミレディアが死んだ後、『救世の乙女』の称号を使ったのは本当ですか」
「使った、というよりは。君の派閥の人が、世界を救ったミリアを本当の『救世の乙女』だと呼んでいた。あっ、アンジュは紛い物だと」
アンジュの名前を意識しすぎて、名前を呼んだだけで不自然になったシエロを睨む。
「ちっ、違う! 彼女のことはもうどうとも……そもそもミリアが亡くなった後に彼女が何をしていたかも知らない」
「それは知っていてほしかったんですけど」
『救世の乙女』の本来的な役割は、災厄の王を封印するということだ。その役割を果たせなかった彼女は、その称号を失うのだろうか。
「それから、貴方があの女と一緒に学園長に呼ばれた時、学園長はどういう外見をしていましたか?」
学園長がヒロインに伝えることは、『マリアージュ♡ラブ』のゲーム本編では攻略キャラの好感度によって変わる。
アンジュとシエロたちは『絆が足りぬ。このままでは災厄を封じることはできず、全ては滅びる。急げ』と言われたらしいので、前世のアンジュは好感度が足りなくてバッドエンドルートに突入しかけていた。
彼女はハーレムルートに行っていると思っていたのだけれど、ゲーム本編でのハーレムルートは一番攻略難易度が高いので好感度不足は起きやすい。
『マリアージュ♡ラブ』のゲーム本編では、バッドエンドになると本気で世界が滅ぶ。詳しくは描写されてなかったが、国一つは確実に滅んでいた。
「……ごめん、詳しくは覚えていない。老婆のような外見で、紫のローブを頭から被っていた。
座っていたから身長も曖昧で、声は年老いた女性のものだった」
シエロの言葉に眉をひそめる。シエロの言葉はゲーム本編と学園長の外見が同じだと証明した。
ミレディアは目を閉じて耳を澄ます、あの絶望へと誘う鬱陶しい声は聞こえない。
目を開けて自分の指先を見る、ささくれが出来ている荒れた手指は肌色のままだった。
「ミリア?」
不安げに声をかけてきたシエロに口を開くかどうか迷う。一度は彼に間違えた期待をした。
「これは推測なので、誰にも言わないでほしい。それは守れますか」
「分かった、約束する」
真剣な顔をした彼に苦笑を返す。推測というには余りにも馬鹿げた考えだ。
「『災厄の王』は、また現れるかもしれません。恐らく、私は『救世の乙女』という役割に選ばれたからマリアル学園に特待生として入学した……いや、本物ではないか。どちらも兼任するのかもしれませんね」
シエロの瞳が大きく見開かれた。そんな、そう言って狼狽える貴方に。
今度は貴方がきちんと殺してくださいね、そう言いそうになって。
言葉を飲み込んで、そんな酷いことを言うのをやめた。




