確かに恋だった
この話だけミレディアの独白です
(読み飛ばしても問題ありません)
一度目の人生は、せっかく現代日本に生まれたのに、就職するまでは狂った生活をしていた。子どもには逃げ場がなく、親というものに無条件に従うしかない。だから、四六時中監視をされながら勉強を続けて、少しでも点数が下がればヒステリックに叫んでテスト用紙をビリビリに裂く母親も、それをただ見ているだけだった父親も。全部を当然のものとして、勉強だけを続けるしかなかった。
大人になるにつれて、自分の環境が異常だと分かっていく。インターネットの世界は自由で、膨大な情報が溢れていた。だから、就職すると同時に家を飛び出した。
理系の研究職で仕事は大変だったけれど、他人とのコミュニケーションが少なくて助かった。勉強だけを続けてきたから、人との接し方が分からなかった。
就職して初めて買ったゲーム機で、色んなゲームをした。特にシミュレーションゲームは性にあっていて、色んな種類に手を出した。そんな中で、恋愛シミュレーションゲーム、その中でも男性と恋をする乙女ゲームにハマった。
乙女ゲームの『マリアージュ♡ラブ』は、プレイしてみると好みのゲームではなかった。近現代というには設定が甘いヨーロッパ風の学園生活恋愛ゲームは、妙なファンタジー要素まであった。
けれど、せっかく買ったのだからと何人かのルートをやった。そうして攻略している途中に、一度目の人生は終わった。その頃は体調が悪かったから、病気か何かだったのだろう。健康診断の結果を無視せずに、病院に行っておけばよかった。死ぬ間際、揺れる意識の中でそう後悔した。
二度目の人生は、『マリアージュ♡ラブ』に登場する悪役令嬢『ミレディア・スーペルノヴァ』として生まれた。自分が悪役令嬢であることに気づいた時には非常に驚いたけれど、それ以上に驚いたのは両親に対してだった。そこには、ゲームでしか見たことのない、愛情という得体の知れないものを与えてくれる人たちがいた。
元の悪役令嬢の魂がどこに行ったのかも分からず、身体を奪い取った覚えもない。物心ついた頃には前世の記憶があった。自分に前世の記憶があること、それはとても有利なことだった。
だから、両親に許しを貰って広大な国中を見て回った。そこで飢える人を見た、病で倒れる人たちを見た。そして、一度目の自分よりもずっと酷い生活をする人たちを、死の淵にいる彼らを助けられるだけの力があると錯覚した。
それはきっと、彼に対しても同じだった。乙女ゲームの『マリアージュ♡ラブ』で攻略対象の一人だった『シエロ・プラティナ』は、現実で会うとゲームなんかと全然違った。
一目で心奪われる天使のような外見をした少年は、一度目の自分以上に深く傷ついていた。ただ、そこに産まれたというだけで自由がない、生きていく理由すら分からない。
気づけばその少年の手を取って歩いていた。
「今が辛くて苦しくても大人になれば自由になる、道はいつか開けます……なんて、今言われたってしょうがないですよね」
言葉は傲慢で、触れた手はただの昔の自分への手向けだった。
一度目の自分が与えられなかったもの、二度目の自分が与えられたもの。見返りを求めない愛なんて、ミレディアは他人へ向けられない。だって、それは一度目の自分に与えられなかったから。いつだって、見返りを求めてしまう。
与えた分だけ与えられたい、好きになった分だけ好きになってほしい。いつか君が私の手を離すことを知っていた。君の言った、守りたいなんていう言葉は空言だと分かっていた。
それでも、私が君の手を引いた。だから、君も私の手を離さないでいてくれるかもしれないなんて。
そんなのはアラサーまで生きた人間が、たった16歳の子どもへ求めていいことではなかったのである。
三度目の人生を送るミレディアは、紅茶を飲みながら過ぎた感傷を内心で見送る。前世のミレディアはシエロに求めすぎた、期待しすぎた。前世では手紙を書いている時に、結構なやらかしをしたことに気づいた。弱者救済だとか、誇りを持てだとか。彼自身が自尊心を育めるようにと伝えた言葉は、全部きっと空回りしていた。そして、もし自分が死んだら呪いになるかもしれない。だから、手紙にそういうのは理想論だときちんと書いた。
前世のミレディアは、シエロに宛てた手紙を気軽に書いていた。入れるものがなかったから、そういえばシエロは子どもの頃の自分の絵を持っていなかったかもと思って絵を入れたし、好きに生きていいなんて当たり前のことを書いた。
この手紙をシエロが読むことがないといいなと思って、もし自分が死んで読んでしまったとしても、この先のシエロが幸せになればいいと思った。
シエロとなんて二度と会いたくなかった。前世で不仲になった幼馴染なんて会いたくもない。三度目の人生では、前世の記憶なんて夢で時折見るぐらいだった。記憶は続いていても、過去は過去だ。過ぎたものには知識以外の価値がない。
ミレディアは紅茶を飲み干す。価値はないものに執着し続けた男は、ミレディアが願ったことと反対のことをした。生きろと願った相手が死ぬなんて、本当に酷い話だ。
飲み干したティーカップの底には、ミレディアの苦笑だけが映った。
前世のシエロをどう思っていたかの、ミレディアの独白はこれで終了です。
次話から通常の地の文に戻ります。




