作った覚えのない傀儡
あの女教師はミレディアを妬んでいるのだろう。ミレディア自身の能力を妬むのならまだ見る目があるが、モテていると思われたらお前の目は節穴かと言わざるを得ない。そして、呼び出しの理由は後者だった。
シエロがついてくると思っていなかったのだろう女教師は面食らっていたが、それでもシエロ程度なら問題ないと思ったのか、ミレディアへつらつらと見当違いな説教を始めた。
「貧しい家の生まれである貴方に礼儀は分からないかもしれませんが、男性と過剰に接触する姿は卑しいとしか言いようがありません」
咄嗟にシエロが反論しそうになるので、女教師に気づかれないように足を蹴って黙らせる。勝手についてきた上に邪魔をしないでほしい。
まあ、女教師の言っていることは全部聞き流しているので、頭には入ってない。ミレディアはそうですかと繰り返し続けながら、脳内で今日の授業の復習を始める。
「つまり、貴方は由緒正しいこの学園に相応しくないということです!」
「そうですか」
そろそろ説教の締めに入ったのだろうか。全然聞いていなかったから分からない。
「シエロ、そろそろ止めていいですよ」
頭を使ったからかお腹が減ってきたし、甲高い声を聞くのにも飽きた。シエロは隠していた携帯を堂々と触って、録音を停止する。
「なっ、貴方たち今のを録音していたんですか!? 今すぐそのスマホを渡しなさい!」
ミレディアは振り返って職員室を出るために歩き出す。シエロから力尽くで携帯を取り上げるのは不可能だ。
「シエロ、その音声を生徒会長と副会長に送ってください……これで私があの人たちの言動で迷惑してるって伝わりますかね?」
女教師の追跡を平然と避けてきたシエロは、当然のようにミレディアの隣を歩く。後ろについてくるよりは隣の方がマシではある。
「無理だと思う。それに彼女は教師に相応しくない、レクスは怒ると思う」
「あの人たち、今でも教師を辞めさせられるほどの権力をもっているんですか?」
ついミレディアが眉間に皺を寄せれば、シエロは分からないと言った。
「けれど、レクスやマイザは家が学園へ寄付をしているから、配慮されるとは言っていた」
「最悪じゃないですか」
今世のミレディアは権力どころか、社会の最底辺に近い場所にいる。あの馬鹿王子や陰険眼鏡、ラクシアとかいう腹黒に対抗できるだけの手札はない。そうなると対立を避けるのが必須だが……シエロはその面子の全員が前世の記憶を持っているといった。
「……これは参考にであって。別にそうしろと言っている訳ではありませんが。
シエロは私があの人たちと対立した場合、どっちにつきます?」
前世の記憶を持っているということは、ウルトラCな方向で変に恨みをもって攻撃してきてもおかしくない。
「ミリアに決まっている。誰が相手でも同じだ、俺が君を守る」
シエロが即答したのでつい呆れた視線を向けてしまう。本人は本気で言っているのだろうけれど。
正直、シエロが彼らに勝るのは物理的な力のみだ。
「それはどうも」
あの馬鹿王子たちが何を考えているのかは分からない。前世の記憶を全員が持っている、そういう前提で見れば今までの言動も色々と怪しくすら見えてくる。
ぐぅとお腹の音が鳴る。考えるのは後にして、ミレディアは隣にシエロを連れたままファミレスへ向かった。
全国チェーンのファミレスは手軽な値段で食事を提供してくれる。一人暮らしの疲れ切ったアラサー女性には非常に有難い存在で、一番目の人生では散々お世話になった。
今世でファミレスに訪れるのは三度目ぐらいだろうか。連れてきてくれたのは当然伯父さんである、母が連れてくる訳がない。
一応は富裕層のシエロは来たことがないらしく、周囲の様子を窺っていた。
「タッチパネルに配膳ロボット! ハイテクですね」
「ハイテク?」
繰り返したシエロに、ハイテクノロジー、つまり機械文明が進んでいるだと補足する。教えておきながら、もしかしたら死語かもしれないと思い直す。
とりあえずタッチパネルで二人分のドリンクバーと山盛りのポテトを注文して、タッチパネルごとシエロに渡す。
「貴方も何か食べなさい」
受け取ったはいいものの固まっているシエロに、デジタルネイティブ世代のくせに使い方が分からないのかと訝しむ。昼を抜いて空腹なのはシエロも同じはずだ。
「使い方は分かるでしょう」
「何を食べたら、君の迷惑にならない?」
ついミレディアはずっこけそうになった。何を言っているんだこいつは、そう思いながらも嫌な予感を口にする。
「シエロ、お前好きな食べ物は?」
「何でも食べられる」
つい死ねと言いそうになって押し込める、それを言ったら本当にこの男は死にかねない。とりあえずシエロにはミレディアと同じハンバーグセットを注文して、飲み物を取りに行く。無言でついてきたシエロにはミレディアと同じお茶を入れて、席に戻る。
「今世でどう育ったらそうなるんですか」
シエロはミレディアの疑問に答える前に、先に注文した山盛りのポテトを配膳ロボットが運んできた。この状況での猫型の配膳ロボットは癒しでしかない。
受け取ったポテトの皿をテーブルの中央に置く。
「貴方も食べなさい、シェアハピですよ」
「シェアハピ?」
「シェアハッピー、美味しい食べ物は分け合うと幸せということです」
「そうなのか。だったら、俺の物はミリアが食べるといい」
「それはシェアじゃなくて、強奪でしょう。私を何だと思っているんですか」
文句を言いながらミレディアはポテトを摘まんで口にする。低血糖になりかけていたので塩気の効いた炭水化物の塊はありがたい。ラムネでも常備した方がいいだろうか、余計な出費は避けたいのだけれど倒れると医療費の方が高くつく。
口癖のように謝罪したシエロは、ミレディアを真似するようにポテトを摘まんで口にした。そして、美味しいと言った。
前世でミレディアが出会った天使のような外見をした少年は、真っ当に大きく育ったはずだ。初めて出会った時の幼いシエロは自尊心すら擦り切れていた。まともに自分の意見も口に出せず、謝罪で自分の心を守り、他人が手を挙げれば自分の頭を庇う子どもだった。
けれど、前世のシエロはきちんと成長した。自分の意見と意志を持つようになった。そして、前世のヒロインであるアンジュを好きになって、ミレディアの信頼を裏切った。婚約は破棄されたし、シエロもあの馬鹿共と一緒になって前世のミレディアを断罪した。
だから、決してミレディアの傀儡ではなかった。
今のシエロは、前世で初めて会った時よりも酷い。そして、それを自覚すら出来ていない。ミレディアは続けて運ばれたハンバーグを口にしながら、内心であの馬鹿王子たちを詰った。
お友達なら何とかしてやれよ、あの馬鹿どもが。けれど、あの馬鹿どもに期待するのも詮無いことだ。
だから、ハンバーグとセットのサラダにご飯を食べ終わったミレディアは嫌々口を開く。ストーカー被害を受けているのはミレディア自身だし、何より。
前世の幼馴染をこんな形で見るのは嫌な気分だった。
嫌なことは自分の手で変えるしかない。三度目の人生を送るミレディアにとっては当たり前のことだった。




